「パーリー,ゆるしを求める」『教義と聖約物語』
「パーリー,ゆるしを求める」『教義と聖約物語』
1837年1月-7月
パーリー,ゆるしを求める
友人の証が信仰をきずく
出産の日が近づいていたサンクフル・プラットとパーリー・プラットは,カナダでの伝道から帰ってきました。主が約束されたとおりに,二人の元に元気な男の子が生まれました。
『聖徒たち』第1かん,256
悲しいことに,サンクフルは赤ちゃんが生まれて数時間後に死んでしまいました。パーリーは,サンクフルがいなければ赤ちゃんの世話ができないことを知っていました。パーリーは,カナダにもどって伝道を終えるまでの間,カートランドにいる女性に赤ちゃんの世話をたのみました。
『聖徒たち』第1かん,256
カートランドで,ジョセフ・スミスは神様の業のためのお金を集めるために銀行を始めました。ジョセフは人々に,ほかの人がお金を借りることができるよう,銀行にお金を使わせてほしいと言いました。しかし,色々な理由があり,銀行には十分なお金がなく,とじることになりました。アメリカのほかの銀行もつぶれていきました。
『聖徒たち』第1かん,246-247,250-254
聖徒たちはきびしい生活を送らなければならなくなりました。仕事がなくなり,食べ物や洋服を買うお金がない人もいました。ジョセフにはらを立てる人もいました。仲の良い友人でさえもです。銀行がつぶれてしまったので,ジョセフはほんとうの預言者ではないと思ったのです。
『聖徒たち』第1かん,250-254,257-260
そうしているうちに,パーリーは伝道から帰って来ました。銀行の問題のために,パーリーの生活も苦しくなりました。このままでは家のしはらいのためのお金もなく,住む場所もなくなってしまいます。
『聖徒たち』第1かん,256-257
今やパーリーも,ジョセフに対してはらを立てていました。パーリーはジョセフに手紙を書き,今でもモルモン書を信じていると伝えました。しかし,預言者に対して思いやりのないことも言いました。パーリーはジョセフに,そもそも銀行を始めたのが間違いだったと言いました。
『聖徒たち』第1かん,257
その後,パーリーの友人たちがカナダからカートランドにやって来ました。彼らはパーリーが以前に福音を教えた人々で,かれらは再会できたことをよろこびました。
『聖徒たち』第1かん,264-265
しかし,パーリーやほかの多くの人たちが,ジョセフ・スミスが預言者であるという信仰をなくしていることにもおどろきました。
『聖徒たち』第1かん,264-265
カナダ出身のパーリーの友人の一人に,ジョン・テーラーがいました。パーリーはジョンに会うと,ジョセフ・スミスに対してどれだけおこっているかをジョンに話しました。パーリーはジョンに,もうジョセフにしたがわないようにと言いました。
『聖徒たち』第1かん,265
ジョンはパーリーに,かれらがカナダにいたときに,パーリーはジョセフ・スミスがたしかに預言者であるとあかししたことを思い出させました。「今わたしは,同じあかしを持っています。この業が6か月前に真実だったのであれば,今でも真実です。当時ジョセフ・スミスが預言者だったのであれば,今でも預言者です」とジョンは言いました。
『聖徒たち』第1かん,265
パーリーは,友人のジョンの言っていることが正しいと思いました。ジョセフにおこって手紙を書いたことを悪く思いました。パーリーはジョセフが主の業を行うために努力していることを知っていました。銀行の問題は,ジョセフがイエス・キリストのほんとうの預言者ではないことを示しているわけではありませんでした。
『聖徒たち』第1かん,268
パーリーはジョセフの家に行き,思いやりのないことを言って悪かった,とジョセフに言いました。ジョセフはパーリーをゆるし,パーリーのためにいのり,パーリーを祝福しました。パーリーはその後何度も伝道に出て,ジョセフ・スミスが主の預言者であることを世界中の人々に伝えました。
教義と聖約64:7-11; 『聖徒たち』 第1かん,268