すくいをうけるためにイエス・キリストにたよる
主のめぐみによってすくわれる
様々な場所から人々がイエス・キリストの教会に加わっていきました。教会員は「聖徒」とよばれました。
聖徒の中には、まだモーセの律法にしたがっているユダヤ人もいれば、そうでない人もいました。かれらは、モーセの律法にしたがう必要があるかどうかについて意見が分かれました。
パウロは、聖徒たちがこれらの疑問を持っていることを知っていました。パウロはローマの聖徒たちに手紙を書き、モーセの律法にしたがおうとするだけではだれもすくわれない、とかれらに言いました。わたしたちはみなつみをおかすのだと、パウロは説明しました。すくわれるためには、すべての人がイエス・キリストを信じる信仰を持ち、主にしたがう必要があるのです。
パウロは、神様がわたしたちのつみを背負うためにイエス・キリストをつかわされたと教えました。イエス・キリストのぎせいのおかげで、わたしたちはみな、くい改めてつみのゆるしを受けることができます。
パウロは、イエス・キリストがゆるしの賜物とよいことを行う強さをあたえてくださると教えました。この愛にあふれた賜物はイエス・キリストのめぐみとよばれ、わたしたちを希望と喜びで満たしてくれます。パウロは、イエス様のようにバプテスマを受けることは、イエス様にしたがう者として新しい人生を始めるようなものだと言いました。