2025
羊を覚えることで
2025年11月号


12:14

羊を覚えることで

数え、報告責任を果たすという原則には効果があります。それは主の方法です。

キリストは良い羊飼いであられます。群れの一匹一匹が、主にとって貴い存在です。主は羊を世話する規範を示し、言葉と行いによって良い羊飼いの特質を教えてくださいました。それには自分の羊の名前を知り、羊を愛し、迷い出た羊を見つけ、養い、最終的には羊たちを家へと連れて帰ることが含まれます。主は御自分の下で働くわたしたち羊飼いが、同じことを行うように期待しておられます。

わたしたちは古代の預言者であり、卓越した羊飼いでもあったモロナイから、主の方法でミニスタリングを行うことに関して多くのことを学ぶことができます。モロナイは携帯電話やパソコン、インターネットといった文明の利器のない、非常に困難な時代に生きていましたが、それでも羊の行方を追うことができました。どのようにしてそのようなことができたのでしょうか。モロナイ書第6章から、モロナイの取った手法を垣間見ることができます。このように書かれています。会員たちは「キリストの教会の民の中に数えられ、その名が記録された。それは、彼らが覚えられ、神の善い言葉で養われ、そして彼らを正しい道にとどめるため……である。」教会員は「断食し、祈るため、また人の幸いについて互いに語り合うためにしばしば集まった」とあります(モロナイ6:4-5;強調付加)。

モロナイにとって、すべては人々に関することであり、名前こそが重要なものだったのです。すべての人が覚えられるように、モロナイは「数え、報告責任を果たす」という原則を実践しました。苦しんでいる人やさまよっている人がいれば必ず気にかけることによって、聖徒たちは評議会において、そのような人々の幸いについて話し合うことができました。(安全かつ安心できる状態にあったであろう)99匹を残して、いなくなった1匹を探しに行った羊飼いのように(ルカ15:4-7参照)、わたしたちも自分の群れに気を配るように、つまり、気がつき、覚え、行って、同じように行うことが求められているのです。

インドで伝道部指導者を務めていたころのことです。ある若い支部会長に、来年の目標について尋ねたことを思い出します。「メルキゼデク神権を受けられるように、何人の男性を備えようと考えていますか。」支部会長は即座に、「7人です」と答えました。

一体どこからそのように非常に具体的な数字を導き出したのだろうかと思ったのですが、わたしが言葉を発する前に、支部会長は1から7までの数字が端に書かれた紙を取り出しました。1から5の数字の横には、実在する人々の名前が記されていました。彼が長老定員会と協力しつつ、人生において神権の祝福を受けられるように招き、励まそうとしている人々の名前です。当然わたしは、名前が書かれていない6と7の欄について尋ねました。支部会長はわたしの思いをくみ取るかのように首を振ると、こう言いました。「ああ、ジャクソン会長、今年の前半に少なくとも二人の男性にバプテスマを施して、年の終わりまでには神権を受けられるようにするつもりなんです。」この優れた指導者は、数え、報告責任を果たすという原則を理解していたのです。

キリストは、人々が忘れ去られることのないような形で御自分の教会を組織されました。それは、一人一人が主にとって大切な存在だからです。年齢や性別にかかわらず、ワードに属するすべての個人には大勢の管理人、すなわち羊飼いがおり、各個人を気にかけ、覚える務めを負っています。例を挙げると、一人の若い男性の福利を見守るのに、ビショップリック、ミニスタリングブラザー、成人の青少年アドバイザー、セミナリー教師、定員会会長会といった人々が割り当てられています。皆がセーフティネットとしての役割を果たしており、その青少年が転んだときにも受け止められるだけのネットがしっかりと張られています。たった一つでもネットが適切に配置されていれば、その青少年は安全であり、気にかけられ、覚えられているのです。それでも、あるべきネットが一つも張られていないことは往々にしてあります。人々が日夜、霧の中に迷い込んでいるものの、だれも気がつかないのです。より良い羊飼いとなるには、どうすればよいのでしょうか。わたしたちは数え、報告責任を果たす方法を学ぶことができます。

まさしくそれを行えるように、すなわち覚えることができるように、教会は報告書やツールを提供しています。「四半期報告書」はその典型的な例です。これにより、わたしたちは何度も各会員を数え、報告責任を果たす過程を踏むことができますし、行方が分からなくなっている人々や、わたしたちの助けと愛を必要としている人々に気がつくこともできます。「対応・面接リスト」は、「神殿推薦状の状況報告書」やその他の項目と同じく、今すぐ注意を向ける必要のある人々を明らかにします。こうした、数え、報告責任を果たすための各ツールは、わたしたちが人々に焦点を当てられるようにしてくれます。召しや神権昇進を必要としている人、神殿に家族の名前を携えて行くのに助けを必要としている人はだれでしょうか。専任宣教師になる備えができるよう、わたしたちが手助けできる人はいるでしょうか。今月、行方が分からなくなったのはだれでしょうか。これらのツールは、わたしたちが人々を覚える助けとなります。

わたしの知り合いに、アフリカでの割り当てを受けたアメリカ合衆国出身の家族がいます。初めての日曜日、国内で唯一の教会のユニットに足を踏み入れると、彼らは熱烈な歓迎を受けました。お昼を迎える前に、その家族の妻は扶助協会会長として、夫は若い男性の指導者として召されました。その兄弟は疲れ切った様子の支部会長に、若い男性の人数を尋ねました。この忠実な、第一世代の指導者は、聖餐会の部屋の後方を指さして言いました。「あそこにいる二人です。」信じ難かった彼は、支部の名簿を家に持ち帰りました。するとすぐに、実際にはリスト上に20人の若い男性がいることが分かりました。彼は支部会長のもとに行き、二人の活発な、バイリンガルのヤングアダルトを自分の顧問として召してくれるようにお願いしました。それからその顧問二人と、教会に来ている二人の青少年とともに座り、リストに載っていた人々の名前を確認しました。

この勤勉な若者たちは、働き始めました。その後数か月かけて、彼らはリストに載っていたすべての若者たちを見つけました。一人一人の名前が、失われていた羊たちが、仲間たちの歓迎を受け、霊的にも肉体的にも養われたのです。1年とたたないうちに、毎週の日曜日には平均21人の若い男性が出席するようになりました。数え、報告責任を果たした若い男性たちに感謝しています。

わたしの愛する友人の一人は、若い大学院生として学業を続けるため、家族とともにアメリカの大都市に移り住みました。彼は直ちに、長老定員会を管理するように召されました。ステーク会長との最初の面接を控え、多少の緊張を感じながらも、彼は準備万端で臨もうと決意しました。彼はステーク会長に対し、来年に向けて3つの目標を掲げたことを伝えました。(1)90パーセントのミニスタリング達成率、(2)毎週の実りある福音レッスン、(3)よく計画された毎月の定員会活動です。

この賢明なステーク会長は、わたしの友人にほほえみかけながらこう尋ねました。「今あまり教会に来られていない定員会会員の中で、今年家族と一緒に神殿に行けるように助けたいと思う人の名前を挙げていただけますか。」わたしの友人はその問いかけに驚きました。彼は慎重に考え、名前を思い浮かべてみました。するとステーク会長は、「思い浮かんだ名前を書き留めてください」と言いました。それから、この経験豊富な指導者は同じ質問をさらに3回繰り返し、ついに面接は終わりました。この若い男性は、リーダーシップおよびミニスタリングに関する最も偉大な教訓の一つを学び、面接の場を後にしました。彼はプログラム、レッスン、活動のプランを携えて面接に臨みましたが、名前を携えて部屋を出ることになったのです。そのときに彼が思い浮かべた4人の名前は、彼がその後、定員会とともにミニスタリングを果たすうえで焦点を当てるべき人々となりました。

伝道部指導者として、ある日曜日の朝、わたしは一つの支部を訪問しました。わたしは、支部会長がポケットからカードを取り出しては、そこに何かを書き留めていることに気づきました。閉会の祈りの後に、それについて尋ねようと思いました。集会が終わり、カードについて質問しようと思った矢先、支部の伝道主任が壇上に駆けつけ、その紙のカードを受け取りました。わたしはすぐさま、この熱意あふれる指導者の後を追うと、毎週支部で行われている伝道調整集会に参加しました。会を始める前に、伝道主任はポケットからあの紙を取り出しました。そこには、聖餐会に来ていなかった会員たちの名前がびっしりと書かれていました。数分もしないうちに、評議会の各会員は一人か二人の名前を選びました。その日のうちに彼らを訪問して無事を確認するとともに、彼らがいなくて寂しく思っていることを伝えに行くという決意のもとにです。これこそまさに、数え、報告責任を果たすということです。

最寄りの神殿から飛行機で数時間を要する、ある地方部のことを思い出します。その地方部では、実際に使われる機会がほぼないにもかかわらず、有効な推薦状を保持することが最優先事項となっていました。毎月第一日曜日になると、指導者たちはカウント用のツールを活用し、エンダウメントを受けた会員たちに対する報告責任を果たしていました。推薦状の有効期限が近づいていることが分かると、幹部書記は更新の面接の予定を組みました。推薦状の有効期限が切れてしまっている人々については評議を行い、聖約の道に戻るために支援する方法を探し求めました。エンダウメントを受けた会員のうち、現在有効な推薦状を持っている人が何人いるのか尋ねたところ、答えは98.6パーセントという驚異的なものでした。さらに、推薦状の期限が切れている6人について尋ねると、指導者たちは彼らの名前を知っているだけでなく、彼らを連れ戻そうと払われている努力についても説明してくれたのです。

数年前、わたしたち家族はアメリカ合衆国に戻りました。わたしたちはより小規模で、孤立した場所にある各ユニットにおいて、26年というすばらしい歳月を過ごした後、こうして祖国の教会に集える機会に胸を躍らせていました。わたしはワード宣教師に召されました。ワードにはすばらしい伝道主任がおり、楽しく働きつつ、すばらしい人々を教えていました。わたしはワード評議会に出席して様子を伺い、わたしたちが働きかけている友人たちに対して助けを得られるようにしたいと申し出ました。ところが驚いたことに、話し合われていたのは、近日中に行われるワードの活動のことばかりでした。その後、わたしはワード伝道主任に話しかけ、わたしたちが働きかけている人々について報告する機会はないのかと聞いてみました。彼の答えはどうだったでしょう。「ああ、それについては報告する機会がまったくないんですよ。」

ほんの数週間前まで参加していた、パキスタンのラホールにおける支部評議会集会とは対照的でした。この少人数の人々は、小さなテーブルを囲んでともに座り、終始人々について話し合っていました。名前を挙げて、です。各指導者は自らの管理の職について、また気にかかっている個人や家族について報告していました。話し合いの場で挙げられた人々に祝福をもたらす最善の方法について、各々が自分の考えを述べる機会もありました。彼らは計画を立て、割り当てをしました。名前を挙げて数え、報告責任を果たすことに関して、こうした第一世代の兄弟姉妹たちから何とすばらしい教えを受けたことでしょう。

イエス・キリストの教会において、わたしたちは過去および現在の預言者—また救い主が定められた規範によって—ミニスタリングの方法を教えられてきました。わたしたちは名前を挙げ、人々を覚え、人々の幸いについて評議します。これを行う指導者たちは、評議会集会において議題に事欠くことがありません。数え、報告責任を果たすという原則には効果があります。それは主の方法です。わたしたちはより良い形でこの方法を実践することができます。宇宙を創造し、万物を治めておられる神にとって、この業、つまり神御自身の業および栄光とは、一人一人に向けられたものなのです。そして、救いと昇栄という御父のすばらしい御業において、その御手に使われるわたしたち一人一人も、そうあるべきです。そうするなら、実在する人々の人生において、数々の奇跡がもたらされることでしょう。イエス・キリストの御名により、アーメン。