「創世6-11章;モーセ8章」『聖文ヘルプ:旧約聖書』
聖文ヘルプ
創世6-11章;モーセ8章
ノアの時代の人々は暴力的で邪悪でした。大洪水の120年前、神は悔い改めを宣べ伝えるようにノアを召されました。もし悔い改めないならば滅ぼされると民に警告したのです。人々はこの警告を拒み、主は洪水を送られました。ノアは戒めに従って箱舟を造り、神はノアとその家族を守られました。主はノアを通して、エノクと交わした聖約を新たにされました。バベルの人々は塔を建てました。主は彼らの言語を乱され、地の全面に散らされました。
リソース
注:末日聖徒イエス・キリスト教会が発信したものではない情報源が引用されている場合、その情報源や著者が教会によって承認されている、あるいは教会の公式見解を表していることを意味するものではありません。
背景と文脈
120年の約束にはどのような意味があるだろうか
モーセ書は、神が洪水を送られる前に,ノアが悔い改めを宣べ伝えるための期間として割り当てられたのが120年だったことを明確にしています。ペテロはこの時期を「神が寛容をもって待っておられた」時と呼びました。慈悲深い主は、長年にわたって、人々に悔い改める機会を幾度となく与えられました。
「Building the Ark (Noah’s Preaching Scorned)」ハリー・アンダーソン画
「地上に巨人たち」がいたとはどういう意味だろうか
「モーセ7:15その地に巨人がいるとは、どのような意味だろうか」を参照してください。
「主は悔いた」という言葉から、何を理解すべきだろうか
欽定訳聖書の創世6:6には、「主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め〔た〕」と書いてあります。モーセ8:25とジョセフ・スミス訳の創世6:6には、この節を次のように修正しています。「ノアは、主が地上に人を造られたことを悔やみ、心を痛めた。彼はそれを心に深く悲しんだ。」
創世6:6で「悔い改める」と訳されているヘブライ語は、後悔、悲しみ、哀れみ、または「行動方針を変える決意」を示す言葉です。罪に対する悔恨を示すときに使われる別のヘブライ語は、旧約聖書の中で「悔い改める」と訳されることが多い言葉です。
ノアは完全だったのだろうか
「完全」と訳されているヘブライ語は、「完了、全体、全き人」という意味です。ノアやほかの人々が完全であると表現する方法について採り上げ、ラッセル・M・ネルソン大管長は次のように教えています。
「聖文には、ノア、セツ、ヨブのことが完全な人として記述されています。……
このことは、彼らが何の誤ちも犯さず、間違いを正す必要が一度もなかったという意味ではありません。完成への道には、克服すべきチャレンジや、非常な苦痛を伴うかもしれない悔い改めの段階が含まれます。……
現世での完成は、わたしたちがすべての務めを果たし、すべての戒めを守り、天父が御自分の属する世界において完全であられるように、わたしたちも自分の置かれた状況の中で完全になろうと努力するときに達成されます。もし最善を尽くすなら、主はわたしたちの行いと心の望みに応じて祝福してくださいます。」
預言者ジョセフ・スミスは、ノアはガブリエルとしても知られており、「神権においてアダムの次に権能を持っています。ノアは神からこの職に召されました」と教えています。天使ガブリエルとして、ノアはマリヤにも姿を現し、彼女が神の御子の母親になると告げました。主はそれよりも前にガブリエルを遣わして、ザカリヤとその妻エリサベツには、救い主のために道を備える男の子、バプテスマのヨハネをもうけると告げさせました。
神が洪水を送られた理由として、どのようなことが考えられるだろうか
この世は絶えず暴虐と悪事に満ちていたため、もはや神の目的を成就することができなくなっていました。ジョン・テイラー大管長は次のように説明しています。「〔邪悪な〕人々をこの世から取り去ることで、〔神は〕彼らが子孫に罪を課すことや子孫が堕落〔または腐敗〕することを防がれたのです。」ニール・A・マックスウェル長老も次のように教えています。「〔このような〕選択の自由を滅ぼしてしまうほど世が腐敗し、霊を公正に送り込むことができなくな〔りまし〕た。」
預言者ニーファイは、神は「世のためになることでなければ何事もなさらない。……世を愛しておられるからである」と教えました。洪水について永遠の観点で考えることにより、主が御自分の目的を成し遂げるためにどのように働かれるかを理解しやくすなります。
モーセ7章に記録されている示現の中で、エノクは、主が主に従うことを拒んだ御自分の子供たちに涙を流しておられるのを目の当たりにしました。主はその後、洪水で滅びる者たちは霊界に行くことになると説明されました。そこでは、イエス・キリストの福音を教えられ、自分の罪を悔い改める機会が与えられます。エノクはその後、イエス・キリストが地上に来られ、贖罪を成し遂げられるのを見て、神のすべての子供たちのための主の救いの計画を喜びました。
箱舟にアスファルトを塗ることにはどのような意味があるだろうか
神はノアに、箱舟を「塗る」ように言われました。これは、タールのような材料で箱舟を塗り固めて、水を通さないようにするという意味です。「塗る」と訳されているヘブライ語は、「贖う」の語源でもあります。これは、「イエス・キリストの贖罪がわたしたちを守る覆いを与えてくれること、すなわち、この塗装が生命を脅かす水から箱舟を守ったように、イエスの覆いがサタンの力からわたしたちを守ってくれる」ことを示唆していました。
箱舟の大きさはどれくらいだったのだろうか
聖典は箱舟の大きさをキュビトで測っています。キュビトとは、ひじから中指の先までの長さを基準としています。1キュビトは一般に46から56センチメートル(18-22インチ)と推定されています。46センチメートル(18インチ)を1キュビトとすると、箱舟は長さ約138メートル(450フィート)、幅23メートル(75フィート)、高さ14メートル(46フィート)でした。
「Preserved by Covenant」イバ・コリバ・ティモシー画
洪水において何が象徴的だったのだろうか
使徒ペテロは洪水とバプテスマを象徴的に関連付けました。ノアの家族が洪水から救い出されたことが地球の新たな始まりを表しているように、水によるバプテスマは、キリストの新しい命に再び生まれることを表しています。
血を流すことについて、主は何を教えられただろうか
預言者ジョセフ・スミスの霊感訳は、これらの節を明確にし、ノアとその子孫が動物の命をどのように扱うかについて、彼らに責任を負わせることを強調しています。主は、人間の命を保つための食物とするとき以外は動物を殺してはならないと命じられました。「また、あなたがたの命を保つための食物とするときのほかは、決して血を流してはならない。わたしはすべての獣の血について、あなたがたの手にその血の値を要求する。」主はまたノアの家族に、ほかの人間の命を守るよう命じられ、「人は人の血を流してはならない」と宣言されました。
教義と聖約の中で、主は「食物として、また着る物として人が使うよう」に地の動物を与えられたことを繰り返されています。主はまた、人間が不必要に動物を殺すことを快く思われないと次のように説明されました。「必要がないのに、血を流したり、肉を無駄にしたりする者は、災いである。」
虹のしるしから、どのようなことが学べるだろうか
「モーセ7:50-52。ジョセフ・スミス訳を読むことで、神がエノクおよびノアと交わされた聖約に対する理解はどのように深まるだろうか」を参照してください。
なぜノアはカナンをのろったのだろうか
聖文では、ハムの息子カナンが、ハムのノアに対する侮辱のためにのろわれた理由が明確に説明されていません。また、ハムの侮辱が何であったかは明らかではありませんが、彼は父親を辱めたか、何らかの神聖なものを軽んじたのではないかと思われます。その話に関連する詳細がすべて分かっているわけではないので、何が起こったのか、またはその意味をわたしたちは正確に理解していません。
ノアはカナンをのろって、カナンはセムとヤペテの僕になると宣言しました。ジョセフ・スミスによる聖書の霊感訳は、「暗闇の幕」がカナンを覆い、「彼がすべての人の間に知られるように」すると付け加えています。この「暗闇の幕」の意味は分かっていません。
一部の人々は、カナンののろいを誤って用いて、特にアフリカの黒人を先祖に持つ人を奴隷とし、差別することを正当化してきました。主はこう教えられました。「どんな人であっても、一人の人がほかの人に束縛されるということは正しくない。」さらにモルモン書では、主は御自分のもとに来て、「主の慈しみにあずかるよう」すべての人を招いておられると教えています。「すべての人が神にとって等しい存在」だからです。
ニムロデとはどのような人物だったのだろうか
創世10:9のジョセフ・スミス訳は、ニムロデが「主の前」ではなく「地で」力ある狩人であったことを明確にしています。彼はバベル(後にバビロンと呼ばれた)などの大いなる王国の建国者でした。ニムロデはモルモン書でも言及されています。
バベルの塔の建設について、何が間違っていたのだろうか
初期のユダヤ教とキリスト教の言い伝えでは、バベルの塔は偽りの神殿であったとされています。まことの神殿は、聖約を通して人々を神のみもとに集めるために建てられます。対してバベルの民は、神のみもとに行くために塔を建てましたが、その行動は神の御心に添っていませんでした。その結果、主は彼らの言語を乱し、散らされました。
創世記によると、塔は火で焼いたれんがで建てられていました。そのようなれんがは、それよりも前の世代で使われていた日干しれんがよりもはるかに丈夫だったため、塔を高く建てることができたのです。「スライム」またはビチューメンとは、アスファルトやタールのような物質で、れんがのモルタルとして使われました。スライムは、神が再び地球に洪水を送ることにした場合に備えて、塔が水を通さないようにするためのものでもあったと示唆する人もいます。
「Tower of Babel」デビッド・グリーン画
主はどのくらいの早さでバベルの民の言語を乱されたのだろうか
モルモン書に記録されているバベルの塔の話の中で、ヤレドは自分の兄弟に、自分たちの言葉に混乱が起きないよう主に願い求めて欲しいと依頼しています。主はこの願いを聞き入れられました。ヤレドはその後、その友の言葉も自分たちのと同様に乱されないよう嘆願してほしいと自分の兄弟に願いました。この要求も聞き入れられました。これらの出来事は、言語の混乱が一瞬ではなく、時間をかけて起こった可能性があることを示しています。
セムの系図にはどのような意味があるのだろうか
創世11章では、主がバベルの民を散らされる記述の後に、セムの系図が記されています。バベルの民をセムやその子孫たちと比較すると勉強になるでしょう。
バベルの民は、町と塔とを建てて、「その頂を天に届かせ〔る〕」ことで自分たちの名を上げようとしました。Shem(セム)は「名声」や「評判」という意味です。セムの系図の中で注目すべき子孫はアブラハムです。自分たちの名を上げようとしたバベルの民とは対照的に、神は御自身がアブラハムの名を偉大なものにすると約束されました。神はまた、イエス・キリストがアブラハムの血統から生まれることをアブラハムに約束されました。イエス・キリストの名によってのみ、わたしたちは救われ、神のみもとに行くことができるのです。わたしたちは主の福音の儀式によって主の名を受けます。
バベルの民が町と塔を建てたもう一つの理由は、自分たちが散らされないようにすることでした。彼らの意図に反して、主は彼らを全地に散らされました。一方アブラハムの聖約には、家族が一緒に集められて永遠に結び固められるという祝福が含まれています。アブラハムは、自分とその子孫を通して地のすべての家族が祝福されると約束されました。
さらに学ぶ
ノア
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「ノアの箱舟」『リアホナ』2022年2月号、46
バベルの塔
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“The Tower of Babel,” Ensign, Feb. 2018, 66–67
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“I Have a Question,” Ensign, Feb. 1994, 60–61
メディア
音楽
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“Jesus Is the Way,” Hymns—For Home and Church
画像
The Lord Fulfilleth All His Words」クラーク・ケリー・プライス画
「Jehovah Keeps a Promise」サム・ローラー画
Family Prayer」ケンダル・レイ・ジョンソン画
「Confusion of Tongues」ギュスターブ・ドレ画
「The Jaredites Leaving Babel」アルビン・ベセルカ画