セミナリー
イザヤ5章:わざわいなるかな,彼らは悪を呼んで善といい,善を呼んで悪という


「イザヤ5章:わざわいなるかな,彼らは悪を呼んで善といい,善を呼んで悪という」『旧約聖書 セミナリー教師用手引き』(2026年)

「イザヤ5章:わざわいなるかな,彼らは悪を呼んで善といい,善を呼んで悪という」『旧約聖書 セミナリー教師用手引き』

イザヤ1-12章:第115課

イザヤ5章

わざわいなるかな,彼らは悪を呼んで善といい,善を呼んで悪という

Cheetah in the African wild.

預言者イザヤを通して,主は,「悪を呼んで善といい,善を呼んで悪と」いうなど,罪深い選択をするイスラエルに対して警告されました(イザヤ5:20)。今日,一見善良に見える破壊的な考えや習慣が数多く存在します。この課は,生徒の善悪を見分ける能力を高めることができます。

生徒の準備:無害か,場合によっては善であるとさえ思われていたものが,結果的には有害であることが明らかになった例を発表する準備をしてレッスンに来るよう,生徒を招きます。

学習活動案

霊的に危うい考えや行動

レッスンのはじめに,この課の冒頭にあるような,背景に溶け込んでいるチーターの写真を見せるとよいでしょう。その後,次の質問をして,デビッド・A・ベドナー長老の言葉を見せるとよいでしょう。

  • チーターが獲物にとって危険なのはなぜでしょうか。

十二使徒定員会のデビッド・A・ベドナー長老は,危険な考えや行動をチーターに例えています。

15:59
Elder David A. Bednar, Quorum of the Twelve Apostles official portrait. 2020.

「わたしにとって,チーターはしなやかで,目を奪うほど魅力的な生き物です。チーターの黄褐色と灰色がかった白色の上に黒い斑点のある毛皮は,見事な保護色となり,アフリカの草原で獲物に忍び寄る際,姿がほとんど目につかなくなります。

同様に,霊的に危うい考えや行動も,しばしば魅力的で,望ましく,楽しいもののように見える場合があります。ですから,イザヤが警告しているように,現代社会においては,一人一人が善を装う悪に惑わされないよう気をつける必要があるのです。」(「絶えず祈りに気を配る」『リアホナ』2019年11月号,32-33)

  • 「魅力的で,望ましく,楽しいもののように見える」「霊的に危うい考えや行動」の例には,どのようなものがあるでしょうか。

    生徒の答えをホワイトボードに書いてもよいでしょう。生徒からは,次のような答えが出るかもしれません。「それはわたしの体です。わたしは自分の体を使ってやりたいことできる」とか「見つからなければいい」など。ホワイトボードに書かれたこれらの考えについては,後で採り上げます。

  • 善良なふりをした悪を見分けるのが,あなたにとって大切なのはなぜですか。

以下の説明と招きは,生徒がこの課で学ぶことが自分の生活においてどれほど重要であるかを理解するのに役立ちます。

そうした欺きのような考えや行動は,特にわたしたちがそれらに影響されている可能性がある場合に,見分けるのが難しいことがあります。わたしたちは皆,イエス・キリストの教えと完全に一致しない考え方や行動を取ります(ローマ3:23参照)。わたしたちが聖霊を通して天の御父とイエス・キリストに助けを求めれば,御二方はわたしたちがそれについて見分けられるよう助けてくださいます。今日の学習では,聖霊はどのように真理と誤りを見分けられるよう助けてくださるのかによく注意を払ってください。

隠された欺き

次の段落を要約して,イザヤ5章の全体的なメッセージを生徒に紹介してください。

イザヤ5章で,主は果樹園のたとえを通して,イスラエルの民に対する主の愛と,彼らの罪深い選択の結果について教えられました。主は彼らの成長を助けようとされましたが,イスラエルの民は,その罪深い選択により,堕落と冷酷な性格の象徴である「野ぶどう」(イザヤ5:2参照)になってしまいました。彼らは主とその教えを「捨て」て軽んじることを選んだので(イザヤ5:24参照),主の助けがないまま放置されることになります。

生徒に,イザヤ5:8-23に目を通してもらい,主が「わざわい」という言葉を何回使われたか数えてもらいます(6回)。「わざわい」とは,激しい悲しみや苦しみを意味することを説明します。主はイスラエルの民に,その罪深い選択が彼らを主から遠ざけ,悲しみと苦しみに導いていることを教えようとされました。

この課で焦点を当てることのできる真理はたくさんありますが,この課の残りの部分では,マスター教義聖句イザヤ5:20に焦点を当てます。

マスター教義のアイコン イザヤ5:20はマスター教義聖句です。マスター教義聖句には目立つ印を付けて見つけやすくしておくこともできると,生徒を招くとよいでしょう。

イザヤ5:20を読み,わざわい,すなわち悲しみや苦しみをもたらすものを見つけてください。

  • どのようなことが見つかりましたか。

悪を善と呼び,善を悪と呼ぶなら,わたしたちには最終的に悲しみと苦しみが訪れる,といった真理を生徒が理解できるように助けてください。この節にある,「悪」と「善」,「暗き」と「光」,「苦き」と「甘き」という三つの対に印を付けるよう生徒を招いてもよいかもしれません。。イザヤは自分の教えをより明確にするために,よく複数の例を用いたことを説明します。

  • 悪を善と呼び,善を悪と呼ぶことが,最終的に悲しみと苦しみにつながるのはなぜでしょうか。

このような欺きを見分けるのは難しいことが分かると,生徒は納得し,その障壁に気づいて,神の必要性を理解するのに役立ちます。

ホワイトボードに書いた「霊的に危うい考えや行動」のリストを参照しながら,次の質問をします。

  • これらの霊的に危うい考えや行動を見分けるのを難しくするものは何でしょうか。

あなたが魅力的で、望ましく、楽しいと思う霊的に危険な考えや行動があるかどうか考えてください。

イエス・キリストこそ真理である

難しいことを生徒が納得したら、イエス・キリストを解決策として理解できるように助けましょう。

ヨハネ14:6を読み,御自身が何者であるかについてイエスがおっしゃったことを見つけてください。

  • イエスは御自分が真理であると言われたとき,どのような意味で言われたと思いますか。

  • 先に挙げた欺きの考えや行動をわたしたちが見分けられるように,天の御父とイエス・キリストは何を与えてくださっているでしょうか。

これがすべてではありませんが,生徒からは以下のような意見が出るとよいでしょう。

生徒の必要に気づいたら,提供されている聖句を幾つか読んで話し合うとよいでしょう。

次の活動は,生徒が救い主の教えを研究し,主の真理を理解できるようにする機会となります。生徒に,ホワイトボードに書かれた霊的に危険な考えや行動のリストを見てもらいましょう。以下の指示を見せてください。

真理と誤りを見分ける助けとして,わたしたちはイエス・キリストとその預言者の教えに立ち返ることができます。わたしたちが「イエス・キリストとその預言者の教えを見つける」ことができる場所の一つは,『青少年の強さのために—選択の指針』(「霊感に基づいた選択をする」『青少年の強さのために—選択の指針』〔2022年〕)です。

善のふりをしている邪悪な考えや行動,または悪として描かれていたり,悪のレッテルを貼られている善い考えや行動を一つ選んでください。『青少年の強さのために』を研究して,悪魔の欺くメッセージではなく,イエス・キリストに従うことを選ぶ助けとなる,イエス・キリストとその預言者の教えを探してください。救い主の教えがどのように誤った考えを正すかを書いてください。

生徒に,見つけたことを発表してもらいます。そのために,生徒の一人にホワイトボードから考えや行動を選んでもらいましょう。そして,クラスの生徒に,学んだことから,その考えや行動がどのように霊的に破壊的であると分かるかを説明してもらいます。例えば,一人の生徒が「見つからなければいい」を選んだ場合,『青少年の強さのためのに-選択の指針』の「真理は自由を得させる」の項の中にある,「誠実に生きるとは,個人的な心地良さや人気,都合よりも,心を尽くして真理を愛するということです」で始まる段落や,「真理を愛してください」とある部分から学んだことを発表することができます。

学習について振り返る

次のような質問を見せて,学んだことを振り返る機会を作りましょう。

次の質問に対する答えを学習帳に書いてください。

  • 今日は,真理を見極め,イエス・キリストにさらによく従うために役立つ,どのようなことを学びましたか。

書いたことを生徒に発表してもらって,自分の気持ちや証を分かち合ってもらうとよいでしょう。イエス・キリストと,真理というキリストの称号について証するとよいでしょう。

暗記する

この課でマスター教義聖句と鍵となる聖句を暗記できるよう生徒を助け,今後の課で復習するとよいでしょう。イザヤ5:20の鍵となる聖句は,「わざわいなるかな,彼らは悪を呼んで善といい,善を呼んで悪とい〔う〕」です。暗記活動のアイデアは,付録の「マスター教義の復習活動」の項に記載されています。