リアホナ
福音について話す
『リアホナ』2026年2月号


中学生の証

福音について話す

「わたしたちは伝道するために召され、神様の祝福を多くの人に与えるために、福音をのべ伝えなければならないということを知った。」─中学3年になったばかりの昨年4月、わたしはセミナリーで伝道について学んだときの印象を日記に書きました。「あなたがたはラッパの音のように声を上げ……わたしの福音を告げ知らせるために召されている」「心を尽くして鎌を入れなさい。そうすれば、あなたの罪は赦されて、あなたの背に束を積まれるであろう。」心に響いた聖句をノートに書き留めました。

それから、不思議なくらい福音について分かち合う機会が増えました。

ある日の昼休み、わたしは教室の隣りの学習室で二者面談を受けていました。進路のことや最近の状況について話すなかで、わたしは夜になると色々なことを考えていると担任の先生に話しました。すると先生は、「自分も寝る前に死後のことについて考えている」と言ったのです。わたしは先生に、人が死んだ後どうなるのか、天国と地獄だけではなく、3つの栄光と外の暗闇があって、日の栄えの王国が3つに分かれていることも分かち合いました。先生はうなずきながらとても興味があるようで、「また話そう」と言ってくれました。

総合の時間に、社会科の先生から人権についてのプレゼンテーションを受けたときのことです。感想文の宿題があり、先生だけが読めるようにGoogleフォームで提出することになっていました。わたしは、知恵の言葉について友達からばかにされた経験について書きました。コーヒー牛乳を飲まない理由を聞かれ、「教会に入っていて神様の教えだから」と話したとき、クラスメートから「えー、飲めないの?損してる。そのまま信じてるの、だっせー」と皆の前であざけられたことを書きました。心が傷ついて怖くなったこと、そして、宗教のことで誤解や差別をしたり、人をいじめることはよくないと書きました。感想文を読んだ先生はわたしを呼び出し、「すごくいい内容だった」とほめてくれました。校長先生や教頭先生にも呼ばれ、直接「良かったよ」と声をかけてもらいました。

わたしは,日本に大いなる日が訪れることを約束しました。回復された福音の証を,……人々に熱心に語って聞かせる会員が著しく増えると語ったのです。……その偉大な奇跡,大きな変化が,……会員の心の中に起きることを確信しています。 - ヘンリー・B・アイリング

また、国語の時間に学んだ論語の中に、「其れ恕か 己の欲せざる所は 人に施すこと勿れ」という孔子の言葉がありました。それは、「自分のしてほしくないことを、他人にしてはいけない。それが思いやりというものだ」という意味です。それはどういうことだろうと深く思い巡らしました。「これって、自分がしてほしいことを人にしてあげるという意味だろうな。」セミナリーで学んだレビ記の聖句がひらめきました。すぐにセミナリーのノートを見返すと、聞く人にもっとプラスに捉えてもらえる言葉が見つかりました。「あなたは……あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。」

わたしは論語の感想文に「わたしが信じているキリスト教にも、似たような戒めがあります」と書きました。

その後、全員の感想文が廊下に貼り出されました。それを読んで興味を持ってくれた友達から声をかけられました。

「教会に入ってるんだ!」

「うん、末日聖徒イエス・キリスト教会っていうの」

教会の名前を伝えた彼女とは、いろいろなことを話せる仲良しになりました。

教会のことを分かち合う機会がたくさんあったのは、本当にセミナリーのおかげです。体調不良で早朝に教会に行けないときがあっても、ノートだけはきちんと取って、よく考えながらレッスンを受けたいと思っています。英語も貯金も苦手なわたしですが、いつか宣教師になれるように、苦手なことも神様が助けてくださると信じています。◆