「回復がもたらす祝福」『リアホナ』2025年1月号
わたしに従ってきなさい
回復がもたらす祝福
回復されたイエス・キリストの福音は,わたしと家族に祝福をもたらしてきましたし,これからも全世界を祝福し続けることでしょう。
フィジー・スバ神殿の結び固めの部屋の写真
1820年の春,答えを必要としていた14歳の少年が森に入りました。少年は,周りにある多くの教会の中でどの教会に入るべきか知りたいと望んでいました。「あなたがたのうち,知恵に不足している者があれば,その人は……神に,願い求めるがよい」(ヤコブの手紙1:5)と聖句から学んだ少年は,森へ行き,神に胸の内を明かしました。少年が祈ると,天が開かれました。
父なる神とその御子イエス・キリストがジョセフ・スミスに御姿を現し,ジョセフの祈りにこたえられました(ジョセフ・スミス—歴史1:16-20参照)。この神聖な出来事により,イエス・キリストの完全な永遠の福音の回復が幕を開けました。この知識はわたしの人生を大いに祝福してきてくれましたが,自分で証を得るのにはしばらく時間がかかりました。
イエス・キリストは御自分の教会を回復された
何年も前,わたしは若いジョセフのように感じていました。フィジーの様々な教会にあった「言葉の争いと見解の騒動」(ジョセフ・スミス—歴史1:10)によって困惑していたのです。初めて宣教師に会ったとき,わたしにはたくさんの疑問がありました。わたしは8年間も教会について学んだので,学ぶのが遅いとからかう人もいました。わたしの改心は,教会の名前を理解することから始まりました。
イエス・キリストは地上で務めを果たした間に,御自分の教会を設立されました。時がたつにつれ,主の教会の教義と神権の権能は失われていきました。現代において,イエス・キリストは預言者ジョセフ・スミスを通して,御自分が地上にいたときに設立したのと同じ教会を回復されました(信仰箇条1:6参照)。主はまた啓示を通して次のように命じられました。「わたしの教会は,終わりの時にこのように,すなわち末日聖徒イエス・キリスト教会と呼ばれなければならない。」(教義と聖約115:4)
教会がイエス・キリストの名を冠しているのは,主の教会だからです。8年がたって,この真理がわたしの思いと心に響きました。わたしは27歳でバプテスマを受け,間もなくワード若い男性会長会顧問と早朝セミナリー教師に召されました。その間,わたしの証は成長し続けました。
回復は続いている
セミナリーを教え,聖餐会に出席し,総大会の話を聞くうちに,わたしの人生は変わりました。また,回復とジョセフ・スミスの預言者の召しの具体的な証拠であり,現れであるモルモン書を読んだとき,心地よく,慰めと霊感をもたらす御霊の影響力を感じました。
主はジョセフを召し,「彼に天から語り,戒めを与えた」(教義と聖約1:17)とき,御自分が「実に人々に霊感を与えて,昔と同じようにこの時期と時代にあっても神の聖なる業に人々を召しておられること」と,「御自分が昨日も,今日も,またとこしえに変わることのない神であること」(教義と聖約20:11-12)を示されました。
ジョセフから始まった回復は,今日も続いています。末日聖徒として,わたしたちは救い主の名によって語るように召されています。「信仰〔が〕地に増すため」,主の「永遠の聖約が確立されるため」,そして「〔主〕の完全な福音が弱い者や純朴な者によって世の果てまで……宣べられるため」(教義と聖約1:21-23)です。わたしたちは恵まれて,教会を築き上げ,イエス・キリストが再び来られる日のために世を備える助けができます。
ワコロ長老とワコロ姉妹(右端)は,ワコロ長老が教会に加わった1年後の1995年8月に,トンガ・ヌクアロファ神殿でエンダウメントと結び固めを受けました。この写真は神殿会長会と一緒に撮影したものです。
預言者ジョセフへの感謝
わたしがバプテスマを受けて1年後,妻のアニタとわたしはこの世と永遠にわたって結び固められるために,トンガ・ヌクアロファ神殿に行きました。回復についての証のおかげで,神殿に行くことはとても意義深いものになりました。回復されたイエス・キリストの福音は,実にかけがえのないものです!福音がわたしと家族にもたらしてきた祝福への感謝で胸がいっぱいです。
これらの貴い祝福は,「ただイエスは別として,この世に生を受けた他のいかなる人よりも,この世の人々の救いのために多くのことをなし遂げた」,「主の預言者であり聖見者であるジョセフ・スミス」(教義と聖約135:3)を通して世にもたらされました。わたしたちは,この最後の神権時代の預言者を通して与えられているものを常に感謝しなければならず,決して見失ってはなりません。
ジョセフを通して,わたしたちは天の御父とイエス・キリストと自分たちの聖約の関係を理解しています。わたしたちには回復された神権と儀式と聖約があります。聖なる森でのジョセフの経験から,御父は御子イエス・キリストを紹介する前に,ジョセフを名前で呼ばれたことが分かります(ジョセフ・スミス—歴史1:17参照)。御父はわたしたちを名前で御存じなのです。そして天を開き,14歳の少年の簡潔な心からの祈りにおこたえになったように,わたしたちの年齢に関係なく,御自分の思いと,方法と,時期により,わたしたちの祈りにもこたえてくださいます。これらの真理は,わたしの心の奥深くに響いています。これらが真実であることを証します。
わたしはこの世で善いことを行っている者でありたいと願っています。もしわたしがそのような者であるとしたら,それはジョセフ・スミスによるところが大きいです。預言者ジョセフが命を犠牲にして世にもたらした回復された福音がなかったならば,わたしの人生は今日のようなものにはなっていなかったでしょう。今のような夫や父親でもなかったでしょうし,今のように幸せでもなかったでしょう。福音はわたしに輝きと希望を与えてくれます。このことについて,わたしは預言者ジョセフに永遠に感謝することでしょう。
いつでも,どこにいても
だれかに渡して,イエス・キリストの回復された福音を紹介できればと願って,わたしはどこに行くにもモルモン書を持ち歩いています。これまでに世界中で何百冊も渡しました。いつでも,どこにいても,回復のメッセージを分かち合うのが大好きです。
家庭という囲いの中でアニタと一緒に子供たちに教え,証するときは特にそうです。娘は現在,アメリカ合衆国ニューヨーク市で伝道しています。わたしたちは娘にこう言ってきました。「行って,世界のそちら側で救い主について証しなさい。お母さんとお父さんは世界のこちら側で同じことをするから。」わたしたちは,自分たちの奉仕について近況を報告し合うのが大好きです。そして今,わたしたちには4歳の孫娘がいます。わたしの心からの望みと願いは,おじいちゃんが救い主と主の福音について証するのを孫が度々聞き,いつも覚えていてくれたらということです。
イエス・キリストの弟子として模範的な生活を送るなら,わたしたちは皆いつでも,どこにいても,回復された福音がもたらす祝福について証することができます。『モルモン書—イエス・キリストについてのもう一つの証』を分かち合うことができます。そして,イエス・キリストが御自分の完全な福音を回復し,今日,教会を導いておられることを証することができます。ラッセル・M・ネルソン大管長は,「回復が進行しているこの過程の中で,啓示が主から与えられ続けています」と教えています。 このことは,預言者,聖見者,啓示者が持つ,神権の鍵の途絶えることのない系譜を通して続いていることを証します。預言者は霊感を与え,導き,わたしたちが救い主イエス・キリストに結ばれるように助けてくれます。
これがわたしの証です。わたしはいつでも喜んで証を分かち合い,決して疑うことはないでしょう。