2025
家族の物語(ストーリー)がもたらすもの
2025年1月号


Message for the Area ─地域へのメッセージ

家族の物語ストーリーがもたらすもの

─アジア北地域のための家族歴史ディボーショナル─

2024年10月18日(金),東京神殿別館にて,家族歴史担当七十人であるK・ブレット・ナットレス長老を迎えた特別ディボーショナルが行われた。ナットレス長老夫妻に加え,アジア北地域会長会のジョン・A・マキューン会長夫妻,第一顧問のJ・キモ・エスプリン長老,また地域七十人の今井裕一長老夫妻らが壇上に並ぶ中,とりわけ神殿・家族歴史の業を支える召しを受けている会員たちに向けて,アジア北地域全域の兄弟姉妹にメッセージが届けられた。

ナットレス長老:ストーリーがもたらす力

「皆さんの人生に良い変化をもたらしてくれた家族や友人はいますか?」そう問いかけるナットレス長老は,一つのストーリーを分かち合う。フランス領ポリネシアで,ある会員宅を訪ねたときのことだ。歓迎されていないことは明らかで,地元の指導者が開口一番,「なぜ教会に来ないんだい?」と尋ねると,「教会は自分たちに合わない」と答える有様だった。そんな中,一家が暮らす小さな家を見渡すと,ある写真が目に留まった。だれかが飛行機から降り,神殿に向かおうとしている様子─写真について質問すると,二人の姉妹は,自分たちの父親が写っているものだと答えた。「お父様は神殿に行こうとされていたのですか?」そう尋ねると,彼女たちは涙を流し始めた。「父のことを愛しています。福音に対して強い証を持っている人でした。」それから二人は,自分たちも写真に写っていることを教えてくれた。この世と永遠にわたって結び固められるために,家族で神殿に向かった際の特別な一枚だったのだ。そこから空気は一変,心地良い御霊が部屋に流れ込み,イエス・キリストの福音について語る時間が設けられた。彼女たちにとって,「人生に良い変化をもたらしてくれた家族」とは,父親だったのだ。ナットレス長老は,家族歴史において様々な人のストーリーこそ,人生に大いなる力をもたらしてくれると断言する。

集中ゾーン

ここで,「心が張り裂けそうな」動画を見せたいというナットレス長老。パリ五輪,陸上400mリレーの一部を切り取ったものだ。声援が送られる中,凄まじいスピードでレーンを駆け抜ける選手たち。圧倒的優勝候補となっていたアメリカ勢だったが,バトンパスで致命的なミスが発生する。リレーでは「テイクオーバーゾーン」,すなわちパスを行うことのできる区間が指定されているが,アメリカ勢はパスの際に既定のゾーンを超えてしまい,ルール違反で失格となったのだった。「泣いているのはわたしだけでしょうか」と笑いを誘うナットレス長老は,家族歴史を教えるに当たり,わたしたちが「集中すべきゾーン」について語る。「第一に,訓練の中心に救い主を据えてください。第二に,シンプルに保つことです。」世界的アスリートでさえ,バトンを規定区間内でパスするというシンプルなことを行えなかったために憂き目を見た。シンプルに保つことは非常に重要な側面だとしつつ,第三のポイントを伝える。「人々に霊感をもたらし,人々のやる気を引き出し,彼らが主の愛を感じられるようにしていただきたいのです。」これこそ一番の「集中ゾーン」である。「自分にはできない」と感じて人々が背を向けてしまうようでは本末転倒だ。ナットレス長老は,家族歴史に関してあまりに多くを教えようとする傾向を懸念し,「全会員が『準備ができている儀式』を使えるようになったら,それは大成功」だと訴える。「教えすぎることのないようにしてください。的を絞ることで,最大の効果を得られるのです。」

全員が結び固められるまで

パプアニューギニアのある村人たちの写真を見せ,別のストーリーを語り出すナットレス長老。中央幹部に初めて会ったという赤い服を着た女性は,ナットレス長老の肩をつかんで揺さぶると,自分の経験を熱心に語り出した。ある日,真理を知りたいと7年もの間祈りをささげていた彼女のもとに,「白黒の人たち」がやって来た。白いシャツに焼けた肌─末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師たちだった。レッスンを聞く中で,彼女は確かな力を感じ取り,彼らの言葉が真実であることを確信する。「神が生きておられることを知り,わたしの人生は変わったのです。」改宗し,5人の息子たちに毎日モルモン書を読み聞かせるようになった姉妹。安息日になると,朝5時に起き,5つの川と2つの山を越えて教会へ歩いていく。片道5時間,往復10時間にもおよぶ道のりだが,すべてはキリストに対する証を得ているゆえ,聖餐にあずかるためだ。一生に一度,結び固めを受けるために神殿に行きたいと,貯金を始めて5年がたった。依然としてお金は足りず,ビザを入手する手立てもない。一家の状況を踏まえ,神殿に行く道が拓けるよう国にかけ合うも,ナットレス長老はアメリカに戻るよう割り当てられ,一家の暮らす地域から離れることになった。その半年後,ナットレス夫妻は再び太平洋地域での割り当てを受ける。16時間のフライトを経て,ニュージーランドに到着した夫妻は,車に乗り込み,真っ直ぐ神殿へ向かった。そこで目に飛び込んできたのは,あの村の人々が白い服に身を包んだ姿だった。「これは奇跡です。」赤い服を着ていたあの姉妹に,彼女の夫と5人の息子たち,皆が神殿に辿り着いたのだ。結び固めの執行を頼まれ,喜んで引き受けたナットレス長老だったが,儀式を終えると,彼らはさらに150人の名前を取り出した。「家族全員が結び固められるまで,神殿を後にすることはできません。」そうして彼らは,夜になっても働き続けたのだった。「人生において,家族の歴史を知ることがいかに重要かお分かりいただけるでしょうか。これは主の業です。…… 家族歴史に携わるとき,わたしたちは家族が永遠になる手助けをしているのです。」

マキューン長老:妻へと続くストーリー

「わたしたちは驚くべき時代に生きています。」マキューン長老が福岡で伝道していた42年前,アジアには一つの神殿しかなかった。ところが今や,アジア北地域だけでも稼働中の神殿が6つ,さらには3つの神殿が建設発表されていることを指摘する。「教会の主要な目的の一つは,儀式を提供し,執行することです。わたしたちは幕の両側でイスラエルを集めるのです。」神殿に定期的に参入できる環境にあることは「非常に幸運」だと語るマキューン長老。回復の初期にあって,人々は神殿の祝福にあずかろうと世界中からユタ州へ集まった。1824年,イギリスの裕福な農家で生まれ育ったエライザ・カスワース・バートンは,そのような人物の一人だ。結婚後間もなく宣教師に出会うも,教会の悪いうわさを耳にしていたエライザは,深くかかわるつもりなどなかった。一方の夫は興味津々で,制しようとしても「心配ない」と返ってくるばかり。ある晩,心配のあまり寝つけずにいたエライザは,自分の問題について考え,祈りをささげることにした。すると,部屋が明るくなり始め,真昼のごとく光に満ちた。その奇跡的な経験を経て教会が真実であることを確信した彼女は,夫とともにバプテスマを受けたのだった。家族として結び固められることを願った夫妻は,ユタ州へ向かう計画を立て始め,その間二人の子供に恵まれた。ところが勤務中,不慮の事故に見舞われた夫は,突如として帰らぬ人になってしまう。死ぬ間際,夫がエライザに願ったのは,神殿で家族として結び固められることだった。身内から猛反対を受ける中,エライザは7歳の息子と4歳の娘を連れて祖国イギリスを後にする。しかし,船旅を経てアイオワ州に着いたころには,時季が遅くなりすぎていた。幌馬車を手に入れることができず,手車を使って大陸を横断し始めるも,食糧を得るのは困難で,暴風雪にも見舞われた。それでも,凍てつく川に差しかかった際には,「わたしのことを運ぶ必要はない」と,駆けつけた救助隊の助けを断り,息子を抱え,娘を抱え,3回にわたり川を渡った。4分の1が旅の途中で命を落としたという,悲劇の手車隊の一員であったエライザ。壮絶な行程を経てユタに辿り着いた彼女は,1865年に夫との結び固めを受け,ついに約束を果たしたのだった。このエライザの子孫こそ,自分の妻であると明かしたマキューン長老は,「妻も抱きかかえられて川を渡るのを嫌がると思う」と,聴衆の笑いを誘った。エライザは,自分のストーリーが注目に値するとは思っていなかったはずだ。しかしながら,懸命に生きた人々のストーリーは,確かにわたしたちを強めてくれる。そのような力強さを,今日の聖徒の中にも見いだすことができると語るマキューン長老。

家族を結ぶストーリー

マキューン長老には94歳の母親がいる。数年前,自分の人生に特筆すべきことはないという母を説得し,そのストーリーを録音した。母は6人の子供の母親だったが,再婚した夫には8人の子供がいた。合わせて14人の子供たちを受け入れた彼女には,70人の孫がいる。マキューン長老の孫娘の一人は,彼女にとって200人目に当たるひ孫だ。それぞれの配偶者たちも含めると,彼女には実に500人以上の子孫がいる。「わたしたちは,自分自身がそのような驚くべきストーリーを持っているとは思わないかもしれません。しかし,子供たち,孫たち,ひ孫たちは,わたしたちのことを知りたいと思っているのです。」シンプルな写真や簡単な録音を「思い出」に記録するように勧めるマキューン長老。「準備ができている儀式」を使い,「思い出」を記録できるよう人々を助けるなら,「大変な成功を収めることになる」と約束した。「ストーリーを通して,わたしたちは家族として霊的に結ばれ,わたしたち自身,またわたしたちの証が強められます。」シンプルに保ち,救い主に焦点を当てることを再度強調し,証を締めくくった。「これは救い主の業であり,ここは主の教会です。イエス・キリストは生きておられます。主はわたしたちの救い主,贖い主であられます。イエス・キリストの御名により,アーメン。」◆