2025
主はわたしを御存じだったのです
2025年9月号


Young Missionary′s Story ─宣教師のものがたり

主はわたしを御存じだったのです

伝道で出会った人生の宝物

わたしは両親と姉、弟の5人家族の中で育ちました。はっきりとした理由は分かりませんが、かわいがられる姉と弟に対し、わたしは邪険に扱われ、家族での外出時も一人取り残されました。「お前はうちの子供じゃない。」「ブス。」「早く本当の両親が迎えに来るといいね。」両親から幾度となくそんな言葉を浴びせられ、姉と弟には毎日のように虐げられ、いつも苦痛と孤独を感じていました。

12歳のとき、母は病気で他界しました。母が余命宣告を受けてから自殺未遂を繰り返していた父は、精神病院へ入ることになりました。「施設なんかに入ったら女の子は結婚できなくなる。」母方の祖父の古い考えにより、残された子供たちだけで、両親がいないことを隠しながら生活する日々が始まりました。度重なる暴力に、劣悪な生活環境、周囲からの偏見─もう死んでしまおうと、真冬に家を飛び出したこともあります。

なぜ生まれてきたのだろう?

そのように過酷な日々を経て成人したわたしは、人は何のために生き、死んだらどこへ行くのだろうかと度々考えていましたが、わたしの質問に答えられる人はいませんでした。ある日、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観ていたときのことです。修道女見習いの主人公が神様に祈るシーンを見て、ひらめきました。「そうだ、分からないことは神様に聞けばいいんだ!」

その晩、わたしは人生で初めて祈りをささげました。自分が生まれた理由、この世でなすべきことを尋ねました。「歩むべき道を示していただけるならば、わたしはそれに従います。」

それからというもの、不思議なことが次々と起こりました。宣教師に出会い、何か特別な力によってこの教会に導かれていると確信したわたしは、ついにバプテスマを受けました。

「ちゃんと神様に伝えたの?」

クリスチャンとしての生活は楽しくもあり、大変でもありました。教会では先祖を敬い、家族を大切にすることに重きが置かれています。福音を学べば学ぶほど、心が重くなりました。家族のことを尋ねられたり、家族に宣教師を紹介するように勧められたりすると、自分が封印していた負の感情を無理矢理こじ開けられているようで苦しかったのです。

異常な環境で育ったわたしの気持ちなど、だれにも分かるはずがない─わたしは教会を離れることにしました。改宗後1年間はお世話になった身として、せめてだれかにあいさつしてから去ろうと思いました。これが最後の日、そう決めて教会に行くと、わたしはそばにいた一人の姉妹を呼び止めて言いました。「もう来週から教会には来ません。今までお世話になりました。」彼女は何があったのか聞いてくれましたが、詳しく話す気にもなれず、「どうしても納得できないことがある」とだけ伝えました。

すると彼女は、「その気持ちをちゃんと神様に伝えたの?」と言いました。目から鱗が落ちたようでした。感謝や願いは口にしていたものの、祈りの中で不満を言ったことは一度もなかったのです。

わたしはひざまずいて祈りをささげました。「今までわたしはたくさん苦しみ、辛い思いをしてきました。教会に集うことによってさらなる苦しみを味わうのなら、わたしはもう教会へ行きません。」そう伝えながら涙があふれました。

主の腕に抱かれて

その晩、わたしは夢を見ました。広い原っぱのような所で、様々な人種の人が一つの長い列を作っていました。よく見ると、真っ白な衣を身にまとったイエス様がおられます。イエス様は自ら一人一人に近づいては、優しくお話をし、祝福をしておられました。どうしたらよいのか分からないまま立ち尽くしていると、イエス様が歩み寄ってこられ、わたしの名前を呼ばれました。

「わたしはあなたが今まで経験した悲しみや苦しみのすべてを知っています。あなたがこの地上に来たのは目的と使命があるからです。」

そうしてイエス様は、わたしがこの世で果たすべきことを教えてくださいました。わたしは頷きながら、それを行うと約束しました。

「あなたは必ず幸せになることができます。それはもうすぐ、もうすぐです。ですから最後まで堪え忍びなさい。」

そう言って、イエス様はわたしを優しく抱き締めてくれました。

その瞬間に目が覚めましたが、抱き締められた感触はまだ残っていました─イエス様はわたしを御存じだったのです!わたしは次の日曜日も、その翌週も、翌々週も……教会へ行き続けました。

覚えられない老夫婦

夢の中で伝えられた使命については、どうしても思い出せませんでした。きっと、人生にあって自分で見いださなければならないのだろうと考えているうちに、宣教師になった方がよいのではと感じるようになりました。会員の方々の助けにより、日本札幌伝道部で働く召しを受けました。想像していた楽しい日々とは異なり、凍えるほど寒い雪の中で伝道するのは辛いものでした。

その頃、レッスンを聞いてくれるのは一組の老夫婦だけでした。90歳の寝たきりのおじいさんに、80歳のおばあさんです。おじいさんはレッスン中に寝てしまいますし、おばあさんはイエス・キリストの名前さえ覚えることができません。それでも、彼らは熱心に福音を学ぼうとしていました。訪問時には必ずこたつの上に、モルモン書とレッスンガイドが綺麗に並べて準備してありました。

あるときは、寝入っているおじいさんを起こすのはかわいそうだと思い、おばあさんだけでレッスンを進めることを提案しました。すると、おばあさんは言いました。「起こさなかったら、わたしが叱られてしまうんです。それくらい、あなたたちが来るのを楽しみにしているんですよ。」彼女が指差した先にはカレンダーがあり、わたしたちが来る日に大きな赤い丸印が付けてありました。

わたしたちと老夫婦は良い関係を築いていたものの、レッスン1から先に進めないでいました。訪問する度に、前回のレッスン内容を忘れてしまっているからです。別の宣教師たちからは、時間の無駄だと笑われました。ついにはこの件が伝道部会長の耳に入り、訪問をやめるように言われました。わたしが反論すると、会長は次回の訪問時にAPを連れて行くように言いました。レッスンの継続については彼が判断するものとし、その決定に必ず従うようにと言うのです。

おばあさんの不自由な両手

おばあさんは両手が不自由でした。若い頃、クリーニング工場で働いていたときに誤ってプレス機に手を挟まれ、大やけどを負ってしまったそうです。両手とも、親指以外の4本の指は、皮膚が溶けてくっついたままになっていました。どんなに熱く、痛かったことか……包帯をグルグル巻きにした手で家事や育児をこなし、今では夫の介護をしている彼女の苦労を思うと、胸が苦しくなりました。

わたしたちは老夫婦に、伝道部会長から指示されたことを正直に伝えました。おじいさんはガックリとうなだれて涙をこぼしました。「……わたしたちは年寄りだから覚えることが難しいけれど、それでも神様のことを学びたいんです。」絞り出すような声でそう言いました。こんなに謙遜ですばらしい人たちを神様が見捨てるわけがない!! わたしは同僚と一緒に助けを求めて祈り、レッスンの前日には断食しました。

レッスン当日は、老夫婦の緊張がひしひしと伝わってきました。わたしたちは何度も繰り返してきたレッスン1をもう一度教えましたが、おじいさんは途中で眠ってしまいました。頼みの綱はおばあさんだけです。レッスンが終わると、APの長老はイエス様の絵を見せながら、「だれか分かりますか?」と尋ねました。おばあさんはしばらく考えてから、「先生」と答えました。次にジョセフ・スミスの絵を見せられると、おばあさんは何か答えなければと必死に辺りを見回し、「ヨハネ」と答えます。わたしと同僚は目を合わせてため息をつき、肩を落としました。

すると、おばあさんが口を開きます。「そういえば昨日、先生が夢に出てきたんです。」わたしたちは驚いて身を乗り出しました。

「先生」の腕に抱かれて

「広い原っぱのような所にたくさんの人がいて、先生が色々な人と話しておられました。先生はわたしのところに来ると、名前で呼んでくれました。それからわたしの手を取って、こう言ってくれたんです。『痛かったでしょう。辛かったでしょう。わたしはあなたが経験した苦しみをすべて知っています。』そして、こう約束してくれたんです。『あなたの体は完全な形に復活します』と。それがいつかは分からないけれど、わたしはその日を楽しみにしています。」

─長老はイエス様の絵をもう一度取り出すと、「あなたの夢に出てきたのはこの方ですか?」と尋ねました。「この方です。先生はわたしを優しく抱き締めてくれました。」おばあさんはその絵を手に取ると、そっと胸に抱き寄せました。

強い御霊がありました。わたしたち3人は涙をこらえられずに、教会までの帰り道、黙ったまま泣きながら歩きました。すると、先頭を歩いていた長老が突然振り返って、こう言いました。「姉妹たち、どうか彼らにレッスンを続けてください。一週間に二度でも三度でも、彼らを訪問してあげてください。」

当時、伝道部のルールではレッスンは週に一度となっていましたから、真面目な彼がそんなことを言うなんてと驚きました。わたしは念のため、「彼らはレッスンを覚えられないし、おばあさんはイエス様のことを先生と呼んでいるけれど、それでも大丈夫ですか?」と聞きました。

「姉妹、あなたは聖書の時代に、イエス様が『先生』と呼ばれていたことを知らないんですか?」長老はそう言うと、笑顔でウィンクしました。

イエス様は、わたしたちがまだ教えていなかった、おばあさんが最も待ち望んでいたであろう復活に関する大切なメッセージを直接伝えられました。おばあさんの夢は、以前にわたしが見た夢とまるで同じでした。神様、イエス様はすべての人の名前を知っていて、一人一人の思い、苦しみや悲しみ、経験していることのすべてを御存じなのだと、確かに分かりました。「人の価値が神の目に大いなるものであることを覚えておきなさい。」すべての人は愛されているのです!!この経験は、今でもわたしの人生の宝物です。◆

  1. 名作ミュージカルをもとにした映画。第二次世界大戦前、ナチスの占領下にあったオーストリアで、歌と家族愛で人々を励まし続けた一家の実話に基づく

  2. 宣教師として教えるべき一連のレッスンのうち、最初のレッスンを指す。イエス・キリストの福音の回復について説いている

  3. Assistant President:伝道部会長の補佐として働く宣教師。男性の宣教師は「長老」と呼ばれる

  4. 高温と蒸気で衣類のシワを伸ばしたり、形状を整えたりするのに用いられる機械

  5. 教義と聖約18:10