Young Missionary′s Story ─宣教師のものがたり
愛し、分かち合い、招く喜び
わたしにできる伝道
わたしは19、20歳の頃に、大好きなおばあちゃんを亡くし、仕事でも嫌なことや大変なことがいっぱいあって、そういったストレスをたくさん溜め込んでしまいました。一気に自分が崩れていくような感覚を体験してからは、人を怖いと感じたり、涙が止まらなかったり、ベッドから起き上がれなかったりで苦しみました。心療内科でカウンセリングや薬物療法を受けるようになってからは、症状は安定したものの、いつしか宣教師になるのは不可能だと思うようになりました。
YSAカンファレンスにて
2022年3月のYSAカンファレンスでは、青少年のときから仲の良かった友達に久しぶりに会えて、楽しい時間を過ごしました。自分が伝道に出たいのかどうかあまり分かっていなかった時期で、友達に色々聞きたいと思っていました。伝道から帰還した子たちは、「大変だったけど祝福されていた。楽しかった」と語り、霊的な経験や証を話してくれました。結婚か伝道かで迷っていて、カンファレンス後に伝道に出ると決めた友達もいました。
「すごく差ができている……」
伝道に出た子は自信があってキラキラしていて、自分とかけ離れていると感じてちょっとしんどかったです。これまでちゃんと真面目にやって来たし、証もあったけど、病気になってからは、自分から霊的なものを選ぶことをしていなかったし、インスティテュートにも行かなくなったこともあって、「他の子と比べて、聖典の知識も全然ないな」って。病気になってまだ間がないけれど、「もっと成長する必要がある」と感じました。
わたしは何をすべきか
「やっぱり伝道に出た方がいいのかな。でも、宣教師にならなくても伝道はできるな。わたしはどうしよう。」頭の中は、そんな考えでいっぱいになりました。
YSAカンファレンス翌月の総大会でネルソン大管長は、「平和の福音を宣べ伝える」と「霊的推進力」の2つの説教を通して、わたしの思いを照らしてくださいました。大管長は、「伝道に出ることを主が望んでおられるかどうか知るために祈れば、聖霊があなたの心と思いにこたえてくださいます。」また、「わたしたちは神殿でさらなる聖約を交わし、そこでさらに大いなる約束を受けます。儀式と聖約によって、わたしたちは神性の力を得られるようになります」と語られました。
今わたしがやるべきことは、伝道について祈ること。そして、伝道に出るか出ないか以前に、エンダウメントを受けるべきだと感じました。すぐに、祈りや断食、聖典を読むなど、できる限りの準備を始めました。
祝福文の答え
ある朝、祝福文を読んでいるとき、「わたしの人生は、本当に伝道なんだな」と感じる文がありました。小さいときから何も怖がらずに教会のいろいろな活動に友達を誘ってきたことが思い起こされ、「わたしが伝道に出たい、出たくないではなくて、神様はわたしに伝道に出てほしいと望んでおられるんだ」と知りました。
5か月後、わたしは東京神殿でエンダウメントを受けました。聖約を交わしたとき、「自分のことだけでなく、家族や子孫のためにも、わたしは変わらなければならない」と感じ、聖約には試練を乗り越えさせる祝福と力があることを知りました。
天使の助け
伝道の準備をし始めたとき、それまで誘惑だと感じなかったことも誘惑と感じるようになりました。わたしの中には自分を好きになれないわたしもいて、家族に優しくできなかったとか、ちょっとしたことでも自分を厳しく責めてしまいます。「なんでわたしはこんな風になっちゃったんだろう。こんな自分は嫌いだ、消えてしまいたい、わたしは弱すぎる、誰からも愛されない……」そして、「伝道に出るにふさわしくない」と思ってしまうのでした。友達が「そんなことないよ」と言ってくれても、信じられませんでした。
でも、相談しているときには御霊を感じられたので、両親やビショップ、信頼できる友達に積極的に相談するようになりました。苦しいときでも、教会やインスティテュートに行って、霊的なものを受けるように努めました。そんなわたしに主は天使を遣わしてくださいました。伝道地から励ましてくれる友達もいましたし、姉妹宣教師たちは、聖句や指導者の言葉を分かち合ってくれたり、一緒に祈ってくれたりして、神様の愛を感じられるように助けてくれました。今経験している弱さは、人の辛さや苦しみを理解して助けられるように与えられていること、試練のときにあっても、人にミニスタリングし、奉仕するなら、喜びを感じられることを知りました。
今できる伝道を
その頃お父さんが、健康に不安がある今の状態だと「ヤング奉仕宣教師」に召される可能性があると教えてくれました。頭では、神様から召されているのでどちらでも良いと考えていたのですが、心の中で、ヤング奉仕宣教師はティーチング宣教師より下の存在だと勝手に思ってしまっていました。もし自分がヤング奉仕宣教師になったら、「やっぱりそらちゃんには宣教師は無理だったかぁ」とか、周りにそういうふうに見られるのではないかという不安と恐怖を感じました。
そのとき、
伝道の準備をする中で宣教師と過ごすことが多くなり、彼女たちから「愛し、分かち合い、招く」ことの大切さを学びました。模擬レッスンに参加したり、宣教師のお友達と一緒にインスティテュートやご飯に行ったり、仲良くなったお友達のバプテスマを見ることができたり、いろんな経験を積み重ねていくうちに、「もしかしたらわたしは宣教師として召されないかもしれないけれど、わたしに今できる伝道をしたい、宣教師を助けたい」という気持ちが湧いてきました。
心の促しに従って
わたしには高校のときからの大切な友達がいます。わたしたちはアニメやゲームが好きで、趣味もお気に入りのアニメのジャンルも似ていました。わたしは学校帰りによく彼女の家に行って、一緒に絵を描いたり、ゲームをして、楽しい時間を過ごしました。
昨年11月、彼女の家で一緒に過ごしていたときのことです。「インスティテュートに誘った方がいい、誘った方がいい」とずっと心の中で促しを感じました。でも、以前誘ったときに彼女の予定と合わなくて断られたことがあり、「また誘ってしつこく思われたらどうしようか。一番の仲良しとの縁がなくなったら嫌だな」と、なかなか話し出せずにいました。友達と別れて、インスティテュートハウスに向かうバスの中でも、「ああ、言えなかった。やっぱり言った方が……」と葛藤で苦しみました。
そんなとき、祈るべきだという思いを感じました。神様に助けを願ってから友達にLINEを送りました。「今度、一緒にインスティテュートに行けたらいいなと思っているんだけど、どうかな?」するとすぐに、「いいよ!」と返信があったのです。その晩、インスティテュートに出席し、先生に友達が来ることを伝えました。
そして約束の日から何度かクラスに出席した後、 インスティテュートハウスの先生の部屋を借りて、姉妹宣教師と彼女、伝道から帰還した友達とわたしの5人で「救いの計画」 のレッスンが始まりました。彼女の手には、高1のときにわたしがプレゼントしたモルモン書がありました。わたしは「神さまはあなたのことを知っていて、愛してくれているよ」と証しました。
最後に姉妹宣教師が「救いの計画を信じますか?」と尋ねると、彼女は「信じます」と答えました。
その真剣な表情を見て、胸がいっぱいになりました。愛し、分かち合い、招くことが、どれほどすばらしい経験や祝福、喜びをもたらすかを知ったのです。
神様の御心
わたしは、「伝道の申請をとにかく出してみよう。そして、どういう結果であっても、それを引き受けて頑張ろう」と決意しました。「病気が落ち着いてからでも」と考えていた家族も、「これは神様と本人との関係のことだから」と、わたしの選択を支持してくれました。
召しが届いたときは本当に嬉しくて、感謝の祈りをしたときには、「頑張りましたね」と神様も喜んでくださっているように感じました。
今年3月にヤング奉仕宣教師に召されて、4か月が過ぎました。「申請書をすぐに出して本当によかった。これが神様の御心だったな」と感じることがよくあります。今は、おもちゃ図書館でのボランティアや、レッスンの立ち会い、活動への招きなどの奉仕をしています。奉仕をしているときはとても楽しく、証が強められています。
環境が変わったストレスから体調の波や試練もありますが、徐々に乗り越えていけるという確信があります。この召しを通して、神様や、弱さや苦しみを抱えている人々に仕える機会に感謝しています。わたしはいろんな人からの愛、そして分かち合いと招きを通してこの召しをいただくことができました。わたしも愛し、分かち合い、招くことで祝福を受けています。本当にこれは真実です。◆