2025
わたしはあなたのそばにいます
2025年7月号


Come unto Jesus ─ 主に来たれ

わたしはあなたのそばにいます

神殿への主の招き

わたしは教会員の2世として生まれ、家族と一緒に教会に集っていました。短大卒業後は手術室の看護師として総合病院で働き始めましたが、就職直後から先輩からのいじめが続き、それが原因でわたしは心を病み、治療を受けるようになりました。病気になってからは大好きな看護師の仕事を辞め、我慢しなければならないこともたくさんあり、つらい症状や薬の副作用、将来の不安といつも向き合っていました。

でもある日、わたしの病気への心ない言葉で深く傷ついたことがあり、「教会なんかやめてやる」と自暴自棄になって祈るのをやめ、知恵の言葉も守らなくなってしまいました。

神殿オープンハウスから

4~5年前、家族で湘南ワードに転入したことをきっかけに、わたしは再び教会に集い始めました。ワードには、かつて若い女性のときに一緒に活動した友人もいて、親しい人たちに会って話をしたいという思いで、できる限り教会に行きました。教会で感じる安らぎも求めていました。ただ、薬の影響で寝てしまったり、具合が悪くなって聖餐会の途中で帰ることもありました。知恵の言葉も守れていませんでした。

変化の始まりは、3年前の東京神殿のオープンハウスです。若い女性のときにステークの団体参入で死者のためのバプテスマを受けた思い出が、ずっと心の中にありました。神殿に入りたい気持ちがあっても、もうその資格などないと諦めていました。だから、「神殿推薦状がなくても誰でも入れるよ」と聞いて、行ってみたい気持ちが一気に募りました。体調を考えると電車ではとても行けそうになく、当時ビショップだった兄弟に頼んで、彼の家族と一緒に車に乗せてもらいました。日の栄えの部屋があんなにきれいだと思っていませんでした。神殿は静かですごく霊的で安心できました。死者のためのバプテスマを受けたいという望みが膨らむのを感じました。

それ以来、多くの変化がありました。国から薬の減量や減数の方向性が出され、わたしの薬もずいぶん減りました。体が慣れるまでは大変でしたが、だんだん頭もクリアになって、体力もついてきました。週2日の仕事を3日に増やし、日曜日を休みにしてもらうなどで、扶助協会や日曜学校にも出るようになると、次第にレッスンを受けるのが楽しいと感じるようになっていました。「ああ、そういう意味だったのか!」と気づくことの連続で、ようやく福音を学ぶことの喜びを知り、聖典っておもしろいなと思うようになったのです。歌の発表を聞いて涙を流したり、賛美歌の伴奏で御霊を感じることも増えました。

優しい声

そして今年4月27日、わたしは扶助協会の集会で、皆の前でこう宣言しました。「あさってのステーク神殿団体参入の日に、わたしは神殿別館ツアーに行きます!」すると、参入の準備を始めていたナンシー姉妹も、「わたしも行きたい」と手を挙げてくれました。2日後、平塚駅で待ち合わせて神殿別館に向かいました。実はこの日に向けてお茶やコーヒー、お酒はきっぱりやめられましたが、たばこだけはだめでした。職場でモヤモヤすることがあり、誘惑に負けてしまったのです。「わたしのような者が神殿別館に行ってもいいのだろうか?」ずっと葛藤がありました。でも希望を捨てなかったのは、神様からの直接の励ましがあったからです。

誘惑に負けたその日は、ずきずきと胸が痛んでいました。夜7時頃、わたしはグループホームの自室に敷いた布団の上で、泣きながら祈りました。「天のお父さま、わたしはこんな姿になってしまいました。それでも、わたしのそばにいてくださいますか?」小さな声で語りかけると─

「山下姉妹、わたしはあなたのそばにいますよ。あなたをいつも見ていますよ。たばこをやめて、神殿に入りなさい。」

すごく優しい、ささやきかけるような声が聴こえました。一瞬、えっ、幻聴?と思いましたが、人を苦しめ、否定し、暗くさせる幻聴とは違って、温かく、心を慰めてくれるものでした。ありがたい言葉だけど、すぐにもっと悲しくなりました。色々な方法を試して頑張ろうとしても、失敗を繰り返してばかり。いったいわたしは何をやっているんだろうと。情けなくて、涙が落ちました。─「神様、本当につらくてたまらないんです。どうか、たばこをやめられるように助けてください。」すると、

「わたしの娘よ。わたしのもとに戻ってきなさい」と、また声が聴こえたのです。

神様はわたしの病気や制しがたい弱さも、神殿に入りたい思いも御存じで、ずっと待っていてくださったと知りました。

皆が参入している間、わたしたちは神殿別館でベビーシッターをしている会員たちと時間を過ごしました。早朝からの疲れもありソファでまどろんでいると、「足跡」の詩にあるように、主が心を病んだ自分をおぶって人生を共に歩んでくださっている夢を見た思いがしました。「山下姉妹、よく来てくださいましたね。わたしは、あなたがつらいときも喜んでいるときも、いつもそばにいますよ。」夢の中でそう語りかける声を聴いて、自分の霊がとても喜んでいるのを感じました。来てよかったと心から思いました。

ロビーにて

「外に行こうか?」何となくナンシー姉妹に声をかけ、14時過ぎに神殿別館を出ると、参入を終えた会員たちが広場で語り合っていました。すると、長老定員会会長の兄弟と奥様がわたしたちに気づいて、「ロビーまで入っていいんだよ」と声をかけてくれたのです。それは奇跡のようなタイミングでした。ロビーに入ると、残っている人はわずかでした。わたしはナンシー姉妹に、「この下にバプテスマフォントがあって、死者のためのバプテスマをするんだよ」「この奥に入っていくと、エンダウメントや結び固めが受けられるんだよ」と夢中で説明していました。そして、「これが神様の家なんだ。今度は本館に入って儀式を受けたい。死者のためのバプテスマだけでなく、いつかはエンダウメントも受けたい。」新たな望みが胸の奥から湧き上がるのを感じました。扶助協会のグループLINEには、「二人のキラキラした瞳がとても印象的でした」という投稿もあり、多くの姉妹たちがわたしたちの神殿別館ツアーの参加を喜んでくれたことを知って、本当にありがたかったです。

イエス様に見守られ

神殿に行くまでは、イエス様の写真を携帯の待ち受け画面にしていました。いつもイエス様の顔が見えたらたばこを完全にやめられるかな、と期待したのです。でも、怖くて主の目を見ることはできませんでした。戒めを守れないわたしをすごく怒っていると感じ、心を見透かされていると思っていたのです。

神殿から帰ると、わたしは神殿の前で撮った集合写真を待ち受け画面に入れ替え、イエス様の写真を布団の右横の壁に貼りました。寝ているときも主の顔がすぐに見えるように、神様のことをいつも覚えていられるように、そしてたばこの誘惑やわたしの病気から守ってくださるようにという切なる願いからです。今では主の目を見ても怖くありません。陽が差し込む南窓の下で、眠りにつく寝床の中で、イエス様を近くに感じ、一日に何度も主を思い出しています。霊が弱って死んだような状態のときはイエス様の存在を感じられなかったけど、主は誘惑と必死で戦っているわたしを離れることはないと知っています。毎晩、布団の上で右向きに横になると、真正面にイエス様の顔と向き合います。明け方早く目が覚めてしまったときも、イエス様の優しい目を見て、安心してまた眠りにつきます。

***

先日、友人から「若いときより丸くなったね」と言われました。最近、学ぶことが多くなったかなと思います。助けてくれる人や世話をしてくれる人を通して、人を頼りにしないと生きていけないことも、「優しさってこういうもんだよ」ということも学んでいます。うれしいことに、わたしの霊と体はたばこを拒否するようにと変化しています。イエス様がずっとそばにいてくださるので、月例のワード扶助協会の神殿ツアーで、今度は姉妹たちと一緒に神殿に入り、先祖のために儀式を受けたいです。◆

  1. "Footprints"マーガレット・F・パワーズ作