2025
ささやきに導かれて
2025年7月号


Power of Covenants ─ 聖約による守りの力

ささやきに導かれて

一刻を争う命の危機に道が備えられる

テストイメージ

2024年8月17日の土曜日、台風一過の青空が広がる早朝に、わたしたち夫婦は東京神殿へ向かっていました。わたしたちは、東京神殿の儀式執行者として、隔週金曜日の夜と土曜日の午前中に奉仕させて頂いています。主の宮に集い、主に忠実な兄弟姉妹から教えを請い、主に愛された神殿参入者の皆様のお手伝いをさせていただけることを、とても幸せに思います。

突然の体調悪化

小田急多摩センター駅を6時31分発。いつもより少し遅い電車でしたが空いていたので座れました。発車後間もなくしてわたしは気持ちが悪くなり、吐き気を催しました。駅まで急いだので汗をかいていましたが、さらに顔や背中に、ジワジワと冷や汗が出てきて気持ち悪さが増します。手に持っていた汗拭きタオルで口を押さえながら夫に言いました。

「次の駅で降りるね。」

「どうした?気分が悪いの?大丈夫?」

夫は心配そうに聞いてくれますが、わたしには返事をする余裕がありません。電車の中を汚したら大変、汚したくない、そのことばかりが気になりました。すぐにでも下車したかったのですが、次の停車駅はまだもう少し先です。

「一緒に降りようか?」

「……ううん、いい。」

神殿に急ぎたい夫の気持ちがよく分かっていたので、頼めませんでした。

「じゃあ、一足先に行っとくね。気を付けてね、お祈りしているよ。」

途中下車したわたしを残して、神殿に急ぐ夫を乗せた電車は走り去って行きました。

電車の外に出ると少し吐き気が治まり楽になりました。ちょっと休めばわたしも神殿に行けるかも知れない、そんな気持ちで一人、空っぽになったプラットホームの、涼しい待合室に座っていました。

待合室が一人二人と混み始めてきた頃、また吐き気が襲ってきました。

(ほかの人に迷惑をかけたらいけない、待合室を汚したら申し訳ない)

トイレに行こうと急いで下り階段に向かいましたが、どうしたことか足がとても重くて普通に歩けません。身体に力が入らなくてフラフラします。こんなことは初めてです。手荷物は神殿着を入れたトートバッグと身の回り品を入れた小さなリュックだけなのに、とても重く感じられます。

(やっぱり一緒に降りてもらえばよかった、助けてもらえたのに。荷物だけでも持ってもらえたのに)

わたしにはよくあることですが、強がって夫に頼らなかったことを後悔しました。長い階段は一人では降りられそうにありませんが、エレベーターなら頑張れば乗れそうです。急ぎたい気持ちとは裏腹にゆっくりと一歩ずつ、まるでロボットのような歩みしかできませんでしたが、何とか誰もいないエレベーターに乗り込めました。気分はどんどん悪くなり、目を開けておくのも辛いくらいでしたが、知る人が誰もそばにいない今は、一人で頑張るしかないと思っていました。

途中下車したくり ひら栗平駅には今まで来たことはなく、初めてでしたが、土曜日の早朝ということもあってか、トイレは静かできれいでした。周りを汚さずに用を足せてホッとしましたが、脱力感や胸のモヤモヤ感は変わりません。次に何をすれば良いのかも思いつかず、ボーッと考えていました。夫は無事に神殿に向かっているだろうか。わたしのことを心配しているのではないだろうか。急に奉仕を休むことになって、みんなに迷惑や心配をかけてしまう……でもわたしのことは心配しないで。きっと誰かが助けてくださるから……。

***

過去の経験ですが、我が家にとても困ったことがあり、家族で断食をして祈りました。ある朝みんなが出かけた後、台所でメソメソしながら一人で片付け物をしていると、わたしの右後ろから小さな歌声が聞こえてきました。

おお知らずや 天使降り

な汝がそばにいますを

賛美歌67番の一節です。学校に行ったと思った子どもの誰かが忘れ物をして帰ってきたのかと、あたりを見回しましたがだれもいません。テレビがついていたかどうか覚えていませんが、歌声はこの一節だけでした。わたしの周りに天使がいてくださることを教えていただきました。それ以来、困ったときに祈るといつも、どこからか賛美歌の一節が聞こえます。主がお祈りを聞いてくださっていることや、天使がわたしのそばにいて助けてくださることを、毎回思い起こさせてくれるのです。慰めや勇気、希望が湧いてきます。主が下さった、わたしへの応援歌だと思っています。

***

「おお知らずや 天使降り……」賛美歌の一節を何度も思い返しながら、助けを求めて祈りました。そのとき─

「こんな所にいてはだめ、から き だ唐木田駅に行って駅員さんに救急車を呼んでもらいなさい」

静かな声(言葉)を心に感じました。何も考えず直ぐホームに出ると、「唐木田」行きの電車が目の前に来て、待つこともなく乗車できました。

唐木田駅で下車してから改札口までは本当に遠く感じました。小田急線唐木田駅は我が家から遠く離れていますが、よく利用する駅です。前の方の車両に乗ったつもりでしたが、重い足取りでゆっくりとしか進めないので、後から来る人たちにどんどん追い越されました。気のせいか、ようやく乗ったエスカレーターの動きまでが、いつもより遅く感じられ、改札口に着いたのはわたしが最後でした。

「すみません、救急車を呼んでくださいませんか。」説明も無しに声を掛けましたが、改札口の駅員さんはわたしの様子を見て、「体調が悪いですか、すぐ手配しますから中にお入りください。」親切に駅員室のいすを勧めてくださり、住所や名前、連絡先などを尋ねられました。

しばらくして救急隊の方々がドドッと入ってこられたので、救急車が来たのだと思いました。

ずっと意識はしっかりしているつもりでしたが、病院の手術室で手術の同意書にサインを求められたことや、大スクリーンに映し出された、心筋梗塞のわたしの心臓の画像を見たこと、都内に住んでいる息子と連絡が取れて、病院に向かっていると知らされたことなど、断片的なことしか記憶にありません。

備えられた道

わたしが運ばれた都立の総合病院は唐木田駅のすぐ近くにあります。2週間前、最寄りの病院の紹介で初めて、循環器の精密検査を受けた病院でした。そのときの検査では異常は見つかりませんでした。

それまでわたしは、軽度の胸の痛みを3回感じていました。数か月に1回、それもいつも数分間だけの症状です。痛みが治まれば胸のことはすっかり忘れていました。もちろん医療に詳しい友人に、「大病の予兆かもしれない」と受診を勧められるまで、検査に行くことなど考えてもいませんでした。心筋梗塞は症状が起これば、生命維持に一刻を争うこともあるということも、他人ごとのようにしか思っていませんでした。

お見舞いに来てくれた娘や孫たちに、神様に助けていただいて感謝していることを話しました。─そのとき、誰かに聞かれます。「でもなぜ唐木田駅まで戻って来たの、栗平駅の駅員さんに救急車を呼んでもらえばいいのにね。」自分では考えてもみなかった質問でした。

わたしは決して信仰深い者ではありませんが、聖文の中に今、その答えを見つけることができます。

「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっている」

「主が命じられることには、それを成し遂げられるように主によって道が備えられており、それでなくては、主はなんの命令も人の子らに下されない」

手術後、医療機器に囲まれたベッドで目を覚ますと、看護師さんがわたしのお世話をしながら、教えてくださいました。

「心筋梗塞だったんですね。手術が間に合って本当によかったですね。」

「手術をしてくださった循環器の部長先生が、土曜日のこんな時間に病院にいらっしゃるのは珍しいんですよ。」

神様に助けて頂き、今日があることに感謝しています。早く元気になってまた東京神殿で奉仕させていただくことを楽しみにしています。父なる神様と御子イエス・キリスト様は生きておられ、わたしたちが永遠の幸福を得られるようにと、守りお導きくださっていることを証します。◆