Institute & YSA Gathering Place ─若い世代の経験
大きな心の変化
わたしが末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したのは2019年12月のことでした。その2か月後,新型コロナウイルスによるパンデミックが始まりました。教会は閉鎖され,活動はすべてオンラインで行われるようになりました。オンラインでの聖餐会やYSAの活動に参加しましたが,改宗したばかりの新会員が,教会員との直接の交流なしに信仰を維持するのは難しいことでした。わたしの信仰は少しずつ弱まっていき,パンデミックが収まって対面での集会が再開されるようになっても,教会には行きませんでした。
数年後,わたしの生活に異変が起こりました。片づけが全くできなくなったのです。どこから手を付けたらいいか分からないほど散らかった部屋にいるのに,外出することもおっ くう億劫でした。誰にも会いたくない気持ちで毎日ひどく気持ちが落ち込み,生死にかかわる考えも頭に浮かびました。ともかくここにいてはいけないという気持ちで,精神的な問題を持つ人々を支援するNPO法人と繋がりました。
当時わたしは愛知県に住んでいましたが,NPO法人の本拠地は北海道にあり,北海道への転居を勧められました。環境を変えることが必要だと感じたわたしはその勧めに従い,2024年10月に北海道の札幌市に引っ越しました。転居してすぐに受診した病院で,うつ病と不安障害の診断を受けました。
北の地での孤独
転居した当初困ったのは,北海道に知人がだれもいないことでした。当時教会は休んでいましたが,知っている会員も北海道にはいません。スーパーや病院など,生活上必要な情報についてすぐに聞ける人がいない,ちょっとした会話ができる友達がいないことは深い孤独を感じさせました。
そんな矢先,愛知時代の友人から連絡がありました。札幌で行われるYSAカンファレンスに参加するので,北海道で会おうということでした。カンファレンスの2日目,自由時間に友人と再会して話していると,ふと彼が言いました。「明日札幌のインスティテュートハウスに行くんだ。」……インスティテュートハウスが何をする場所かも知りませんでした。友人はインスティテュートの秋学期のパンフレットと,オープニングソーシャルのチラシをくれました。でもそのときは,正直興味がもてませんでした。それでも友人は帰る前,北海道の教会員の友達を紹介してくれて,早速,連絡がきました。「竹中兄弟,今度インスティテュートハウスでオープニングソーシャルっていうのがあるんですけど,一緒に行きませんか?」
誘われてとても迷いました。わたしは昔からたくさんの人が集まる場所が苦手でした。自分から話しかけることができないからです。勇気を出して話しかけても,相手は「は?」と言って眉をひそめたり,「え?」と困った顔をしたりしました。そういった経験を重ねるうちに,「人と会話をすることは怖いことだ」と思うようになったのです。
ただ,このままではいけないと思う気持ちもどこかにあって,オープニングソーシャルに参加することにしました。
「縁」を感じて
2025年1月に行われたオープニングソーシャル当日,札幌市の大通りにあるインスティテュートハウスにはたくさんのYSAが集まっていました。入ってすぐに「誰も知っている人がいないな,ちょっと苦手な感じだな」と思いました。それでも参加者の方々を眺めていると,「あ,この人,知ってる!」わたしがお休みになる前に参加していたオンラインYSA活動で見かけた人でした。よく見ると,4人は見覚えのある会員がいました。話しかけることはできませんでしたが,かつて同じ時間を共有していた人との出会いに「縁」を感じて励まされました。それから行われた,お餅を丸めて食べたりインスティテュートの紹介を聞いたりする活動はとても楽しくて─インスティテュートに登録しようと思ったのはその日がきっかけだったと思います。
大きな変化
間もなく,インスティテュートの冬学期が始まりました。毎週月曜日朝6時45分からの『教義と聖約』コースで,わたしの他に登録者が3人ほどと宣教師が出席していました。知らない人ばかりで不安はありましたし,わたしは教会を休んでいたほぼ5年の間,全く聖典に触れていませんでした。ですが,初めてのクラスで「すごく楽しい」と感じたのです。先生の解説を聞き,この時代の人々がどのように主に仕えていたのかということを,御霊を感じながら学ぶのはすばらしい時間でした。
それから毎回クラスに出席しました。朝早いクラスなので,5時には起きて地下鉄に乗らなければなりません。でもそれを面倒だとかつらいとか思ったことはありません。日曜日になると次の日のクラスが楽しみで「早く寝ないと!」とワクワクしていました。
1か月ほどたったころ,わたしは自分の性質と性格の変化に気付きました。愛知にいた頃の,部屋が片付けられず外に出られなかった無気力な自分と打って変わって,外に出たい,部屋をきれいに保ちたい気持ちが強くなっていたのです。常にいくつも抱えていた不安がなくなり,明るい気持ちで過ごすことが増えました。それまで自分を包んでいた重たい膜のようなものが,体から剥がれ落ちるような感覚でした。
また,人から注目されるのが嫌で自分からは発言できなかったわたしが,クラスで手を挙げて質問をするようになったのです。「目立ちたくない」よりも「学びたい」気持ちが上回ったからです。そして,あれほど話しかけるのが怖かったわたしが自分から話しかけられるようになりました。「お名前をお伺いしていいですか?」と初めて勇気を出して尋ねたとき,隣の姉妹はほほえんで名前を教え,わたしについても尋ねてくれました。以来,多くの兄弟姉妹と友人になることができ,今は一緒にカラオケに行ったり楽しい活動を企画したりしています。
彼らと知り合い,わたしが変わるきっかけをくれたギャザリング・プレイスはわたしにとって,「神様の下で働いている人たちの集いの場所」です。同時に,誰かを助けられる場所でもあります。ここで,今度はわたしが,孤独を感じているだれかのために奉仕できたらと考えています。◆