「YAウィークリー」から
クリスマスの時季に霊的な静けさを育む
筆者はオーストリア、ウィーン在住です。
救い主の降誕という静かで聖なる夜に思いを向けるとき、わたしたちの祝祭において、神聖な気持ちを高めることができます。
「ひとりの男の子がわれわれに与えられた」Eva Koleva Timothy画
クリスマスの賛美歌「聖し、この夜」の意味について考えたことはありますか。
クリスマスの時期は、活気ある活動や伝統、明るい曲に満ちていますが、この曲はいつもわたしにとって大きな意味を持っています。敬虔で美しい曲で、救い主がお生まれになった夜の地上の静けさを描写しています。また、祝祭のさなかにも静けさと神聖さのために時間を作る必要があることを、わたしに思い出させてくれます。
救い主の降誕と、救い主の生涯がわたしたちにとってどのような意味を持つか深く考えるときに感じる神聖な気持ちは、適切な注意を払うことによって、この季節にとても強くなるでしょう。しかし、12月は期末試験、家族や友人との集まり、旅行、買い物、その他の責務でいっぱいになることが多いため、ペースを落とすことは生産性に欠け、不可能だと感じるかもしれません。
しかし、クリスマスの季節に静けさが持つ力について、また、静けさがクリスマスの精神および救い主との関係をどのように深めるかについて、幾つかのことを学びました。
祝日休暇中の奉仕
クリスマスの時季は忙しいものですが、わたしに最も報いをもたらしてくれることの一つは、人々に奉仕する機会です。わたしにとって最高のクリスマスの幾つかは、ワードや家族と様々な奉仕プロジェクトに携わって過ごしたことです。忙しいときでも、自由な時間にリラックスしたいときでも、奉仕は自分以外に目を向けさせ、生活に御霊を招きます。
だれかに奉仕しているとき、わたしは救い主について考えます。救い主が人々に奉仕されたとき、主は人々を注意深く見て、耳を傾け、人々の必要を見いだされました。長血を患っていた女性やベテスダの池にいた男性に対して行ったように、主は時間を取って、一人一人に仕えられました(マルコ5:24-34;ヨハネ5:5-9参照)。それらの奇跡は力強いものでしたが、それは静かで親密な、救い主と神の子供たちとの間での時間だとわたしは考えています。
たとえクリスマスの奉仕プロジェクトが騒がしかったり、せわしなくて忙しいとしても、一歩下がってキリストに焦点を当てると、主に対する畏敬の念と感謝の気持ちを感じます。奉仕はわたしの心に静けさをもたらし、主をより近くに感じさせてくれます。
クリスマスの季節の静けさ
ここオーストリアでは、「聖し、この夜」を歌うことは特別なものです。二人のオーストリア人作曲家によって書かれたからです。クリスマスイブまで歌いません。わたしの家族では、ルカ2章で救い主の降誕について読んだ後、クリスマスツリーのろうそくの明かりのそばで一緒に歌います。
歌詞は、救い主とこの季節の理由について深く考えるのを助けてくれます。地上で最も静かで平和な夜に、飼い葉おけに横たわる主のことを思うと、聖さと敬虔さを感じます。また、季節の祝祭が終わりに近づくにつれて、聖い夜を体験する素晴らしい方法です。
このような伝統がなくても、この季節に気を散らすものを脇に置き、静かな時間を見つけて、聖文にある救い主の生涯を研究し、主の降誕が自分にとってどのような意味を持つかについて深く考えることをお勧めします。
救い主の喜びを受け入れる
中央若い女性会長会第一顧問のタマラ・W・ルニア姉妹は、次のように見事に教えています。「あの聖なるクリスマスの夜、天使が良い知らせを、大いなる喜びのおとずれを告げました。……天使はこのように告げたのではないでしょうか。『あなたの友、あなたの親友がたった今来られました。主が自分をどれほど注意深く見守ってこられたか、かつて神とともに暮らしていたときに自分がどれほど主を頼みとしていたのか、また、主が自分のために何を犠牲にされようとしておられるのか、自分が家に帰るのを助けるために主が今後もどれだけのこと喜んで果たそうとしておられるのかを理解していたなら、あなたは飼い葉おけにおられる主を急いで拝みに行くでしょう。」
祈りを通して、神殿の中で、聖文を研究しているとき、またほかの人に奉仕しているときに、そのような静かな時間こそ、救い主とのつながりを最も感じるときなのです。わたしたちが主に仕え、主の降誕の喜びについて深く考えるとき、この季節を通して、またどの季節を通しても、主を見いだし、主の平安を感じることができると知っています。