デジタル版のみ:わたしに従ってきなさい
あなたは歴史を作っています―記録の仕方をご紹介!
歴史を記録するようにという戒めに従う方法が分からないですか。始め方をご紹介します。
もしニーファイが記録を残すという戒めに従っていなかったらと、想像してください。ニーファイ第一書がなかったとしたら、モルモン書はどうなっていたでしょうか。どれだけの大切な真理や霊感を与える物語を失っていたことでしょうか。
天の御父は御自分の民に「歴史を記録〔する〕」(教義と聖約85:1)よう命じておられます。それは、人生の物語や霊的なひらめきを記録することからもたらされる祝福があることを御存じだからです。十二使徒定員会のニール・L・アンダーソン長老は、わたしたちの霊的な経験は、道に迷ったときに正しい道に戻れるよう導いてくれる「光る石」のようなものだと説明しています。
言い換えれば、証が弱いときには、最も霊的だったときの経験を思い返すと、自分を強く保つ助けになるということです。しかし、そのような経験をまったく記録していなければ、忘れてしまい、必要なときに光る石がないという危険性があります。
それでも、良い習慣を始める(または再開する)のは難しい場合があります。日記をつける習慣を身につけるための4つのヒントを紹介しましょう。
1.自分に合う方法を見つける。
書くのが苦手でも、心配しないでください!長い文を書くことだけが日記をつける方法ではありません。様々なスタイルを試して、自分に最も合うものを見つけてください。アイデアを紹介しましょう:
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スケッチや漫画を描いて、その日にあったことを説明する。
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音声を録音する。
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写真やチケットの半券など、物理的な記念品のスクラップブックを作成する。
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日記の内容を入力する。
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毎日の目標や感謝していることなどのリストを作る。
2.うまく書けているかどうかは気にしない。
あなたの日記は、何よりもまずあなたのためのものです!完璧なものにしようとストレスを感じないでください。
うまく書けているかどうかの判断を抜きに日記を書く一つの方法は、頭に浮かんだことを何でも書くことです。何かを書きたくても、それがあまりにもつまらないことや、とりとめのないことだと不安なら、とにかくそれを録音してください!後になって何が自分にとって価値のあるものになるかは、分かりません。スペンサー・W・キンボール大管長(1895-1985年)はこう言っています。「あなたという人間は独りしかいません。ほかのどんな人の人生の記録より、もっと貴重ですばらしいあなたなりの経験や出来事が書けるはずです。」
1日、あるいはそれ以上日記をつけなかったからといって、自分を責めないでください。今からやり直しましょう。書かなかった日の分はできるときに書いてください。出来事は順不同に書いてもよいのです。
3.日記のプロンプト〔訳注—日記やジャーナルを書く際に使う「きっかけとなる質問やテーマ」のこと〕を使う。
何について書けばよいか分からない場合は、プロンプトから始めましょう。大管長会のヘンリー・B・アイリング管長は、プロンプトを使って日記をつけていました。
「書く前には、次の質問を考えるようにしました。『今日、神様がわたしたち、子供たち、家族に手を差し伸べて、触れられるのを見ただろうか。』……一日の出来事に思いをはせると、神様が家族のだれかのためにされたこと……がよく分かるようになったのです。……覚えておこうと努力することで、神様は御自身がなさったことを示してくださることが分かるようになりました。」
質問から始めると、アイリング管長のように、焦点を絞って新たな視点から物事を見ることができるようになります。やってみるとよいプロンプトを幾つか紹介します。
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霊感を与えてくれる言葉や聖句について書く。
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身近な人に手紙を書く(送る必要はありません)。
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「世界のどこへでも行けるとしたら、どこに行きたいですか」または「大人になったら何になりたいですか」といった質問に答える。
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自分の証を強くしてくれた霊的な経験について説明する。
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今日、自分に喜びをもたらしてくれた事柄について書く。
4.日記をつけることの恩恵を楽しみにする。
日記をつけることは、記憶力を良くし、ストレスを和らげ、感情をコントロールするのに役立ちます。御存じでしたか?以上が日記を始める大きな理由です!
しかし、その恩恵は、さらに深いものになります。トーマス・S・モンソン大管長(1927-2018年)は、日記をつけることによって自分の人生を違った方法で振り返ることができました。こう言っています。
「一歩下がって、一見ささやかに見える祝福や、時には見過ごされるような祝福を含め、人生で頂いている様々な祝福のことを考えると、わたしたちはさらに大きな幸福にあずかれることが分かってきました。……
……わたしのこれまでの数え切れないほどの経験は、必ずしも特別だと思われるようなものではなかったということです。……しかしながら、振り返って考えれば、それらは、わたし自身の人生を含め、人々の人生を豊かにし、祝福するものでした。」
日記をつけると、自分の人生に対する新しい視点が生まれるでしょう。主がどのように自分を導いてくださったかを知ろうとして過去を振り返ると、これまで見過ごしていた祝福や奇跡にさえも気づくことができるでしょう。困難なときにあなたを力づけてくれる強力で霊的な記憶を呼び覚ますことができるでしょう。その祝福を逃す手はありません!