神はいつもあなたとともにおられます
神を信じていなかったときでさえ、神はわたしを愛し、見守ってくださっていました。
イラスト/ウラン・デュオ
わたしが神を知る前から、神はわたしを御存じでした
わたしが8歳のとき、通りで祖母とおばが宣教師に会いました。福音について学んだ後、わたしたちは全員バプテスマを受けました。けれども2020年、新型コロナウイルス感染症のために教会に行くのをやめなければなりませんでした。やがてわたしたちは信仰を失ってしまいました。
2年前、わたしは神を信じてさえおらず、神が実在するのかも分かりませんでした。ある日の放課後、おやつを買うために通りを渡ろうと思いました。でも、道を渡らないようにという声が聞こえました。立ち止まると、目の前で2台の車が衝突しました。もし道を横断していたら、車にはねられたか、たぶん命を落としていたでしょう。そのとき、神がわたしを御存じであり、愛しておられることを知りました。当時わたしは神を信じておらず、教会にも出席していませんでしたが、それでも神はわたしを愛し、守ってくださったのです。
わたしは再びモルモン書を読み始め、それが神の言葉であることを知るようになりました。再び教会にも行き始めました。教会に行くと、平安と、神の愛と、神の助けを感じます。神がいつもそばにいてくださると感じて、幸せな気持ちになります。
わたしの好きな賛美歌は「神の子です」です。天の御父がわたしたちを愛し、助けてくださることを思い出させてくれるからです。また、ニーファイ第二書第2章27節の聖句も好きです。そこには、わたしたちは善と悪を自由に選ぶことができることについて書かれています。
困難の中で神はわたしとともにいてくださいます
何か月も前に、弟はわたしと一緒に教会に行くようになりましたが、しばらくするとやめてしまいました。友達や周りの人にどう思われるかを心配しているのです。弟は教会に行くのは恥ずかしいことだと思っていますが、わたしは友達がどう思うかは重要ではないと言いました。重要なのは、神がどう思われるかなのです。
わたしの家族は教会に行っていません。わたし一人で行っています。わたしが住んでいる通りには教会まで行くバスがないので、歩いて30分ほどかかります。家族はほかの人たちにどう思われるかを心配しますが、わたしは教会が真実だと知っているので、そんなことは関係ないと言っています。
友達と会うとき、彼らがコーヒーを飲むことがあります。それを見ていると、時々自分もコーヒーを飲みたくなります。でも、神がわたしとともにいてくださることを思い起こします。神はわたしの手を取り、助けてくださいます。それをしないようにと告げる声が聞こえます。そして、わたしがこれらの困難を乗り越えられるように神が助けてくださっていることが分かるのです。
家族なしで教会に出席するのはつらいことですが、ナラは神が自分を愛し、祝福してくださっていることを知っています。神はかつて彼女を交通事故から守られたことさえありました。
わたしのような人への助言
わたしのような状況にある人に助言をするとしたら、こう言うでしょう。「あなたはとても祝福されていて、とても強い信仰があります。あなたは一人ではありません。教会員や宣教師が良い助言を与えてくれるからです。神はあなたを愛しておられます。あなたは神の息子、娘であり、神はあなたを助けたいと望んでおられます。」
筆者はアルメニアのエレバン在住です。