2025
隠された宝
『For the Strength of Youth—青少年の強さのために』2025年4月号


『わたしに従ってきなさい』

教義と聖約29-40章

隠された

聖文を掘り下げると見つかるものの例を紹介します。

ジョセフ・スミス

すべての戒めは霊的なもの!

教義と聖約29章

救い主は預言者ジョセフ・スミスにこうおっしゃいました。「わたしにとってはすべてが霊にかかわるものであり,わたしはいまだかつて,現世の律法をあなたがたに与えたことがない」(教義と聖約29:34)。

現世の」とは,この物質的な世界に関連することを意味します。知恵の言葉は「現世の」律法ではないのでしょうか。

これらの「現世の」律法でさえ,少なくとも2つの理由から,霊的な律法でもあります。

  1. どんな戒めにも従うとき,聖霊に近づきます。神の存在と愛を,さらに強く感じます。明らかに,これらは霊的な祝福です。

  2. きわめて「現世」にかかわる律法にさえ,特に霊的な祝福が伴います。例えば,知恵の言葉は肉体的な健康を約束しますが(教義と聖約89:18,20参照),「知恵と知識の大いなる宝,すなわち隠された宝さえ見いだす」ことも約束されています(教義と聖約89:19)。

霊的な健康が肉体の健康にどのように影響するか,またその逆についても,わたしたちは完全に理解しているわけではありません。究極的には,すべての戒めが霊的であるのは,神が霊の御方であられるからというだけでなく,わたしたちが霊の存在だからです。

1830年に伝道に召されたとしたら,あなたならどのように応じたでしょうか。

教義と聖約30-33章

今日伝道に出れば,常に同僚と住む場所があるでしょう。どこに召されても,教会はすでにその地に存在しています。どのくらいの期間奉仕するよう期待されているかも前もって分かっています。

しかし,回復された福音の最初の宣教師たちには,そうではありませんでした。

1830年代初期に召しを受け入れた男性たちは,新たに回復された福音をだれも聞いたことのない場所へと携えて行くに当たり,物質的な支援もほとんどないまま,一人で旅することがよくありました。彼らの召しは無期限で,要するに「やめなさいと言われるまで,出て行って福音を広めなさい」というようなものでした。

しかも,1830年に教会が正式に組織されたばかりで,すべての宣教師は新会員でもあったのです。

今でも,伝道に出ることには,課題がつきものです。例えば,パーリー・P・プラットは,インターネット上の注意をそらすものについて心配する必要はありませんでした。しかし現在は,伝道のやり方全体がはるかにスムーズで,より安全で,より整理されています。わたしたちは,あらゆる国に福音を携えて行く基礎を据え,それをはるかに容易にしてくれた初期の宣教師たちに感謝すべきです。

主に助言を求めるときは,それを受け入れる準備をしておいてください。

教義と聖約39-40章

聖文の物語の多くは良い例です。それらは,なすべきことを教えてくれます。しかし,聖文に出てくる幾つかの出来事は,いわゆる「反面教師」,すなわち行うべきでない事柄の例です。

その一つが,牧師ジェームズ・コービルの悲しい話です。彼は福音を紹介され,預言者ジョセフ・スミスを通して主から与えられた命令には何でも従うと言いました。

教義と聖約第39章は,まさに彼が求めたものでした。すなわち,主が彼に何をするよう望んでおられるか,そしてそれを行うことによってどのような祝福がもたらされるかを告げる,彼自身のための啓示でした(教義と聖約39:10-13参照)。

第40章には残念な結末が記されています。彼はそれを行わなかったのです。「彼は喜んで御言葉を受け入れたが,サタンはすぐに彼を誘惑した。そして,迫害の恐れと世の思い煩いが,彼に御言葉を拒ませた」(教義と聖約40:2)と主は言われました。

コービル兄弟は,自分が交わした聖約を破りました(教義と聖約40:3参照)。コービル兄弟には同情の余地があるかもしれません。40年間牧師を務めてきた教会を去るという,非常に難しい決断を迫られていたからです。しかし,わたしたちは彼の過ちから学ぶこともできます。