「人間関係でキリストのようなつながりを築く鍵」『リアホナ』
「YAウィークリー」から
人間関係でキリストのようなつながりを築く鍵
イエス・キリストを土台として人間関係を築くと、より深い一致と喜びを味わうことができます。
ヤングアダルトについてわたしが感心することの一つは、鋭い質問を積極的にしてくることです。
若い友人たちからよくこんな質問を受けます。「どうすればキリストのような真の人間関係を築くことができるでしょうか。」他者との真の深いつながりを見いだすこと、築くことは、今日多くの人にとって難しいかもしれません。
人とのつながりを求めることは、死すべきこの世では自然なことです。天の御父は、夫と妻、親と子、親族を永遠に結ぶために、御自分の計画を立てられました(マラキ4:6;1コリント11:11参照)。
悪魔は、人間関係にひびを入れることにかけては天才です。わたしはヤングアダルトの結び固めをたくさん執行してきましたが、悲しいことに、結び固められた若い夫婦が関係を解消し、サタンの策略が心の痛みを引き起こすのも見てきました。
虐待や不貞、義務の放棄などの醜い現実が、結婚生活が破綻する原因なのかもしれません。しかし多くの場合、婚姻関係を解消に至らせたり、継続を困難にしたりするのは、霊的および情緒的な親密さの欠如です。
若者の中には、地元のヤングアダルトと真のつながりがないために疎外感を抱き、孤独を感じる人がいます。悩みをだれにも打ち明けられないと感じ、孤独に身を任せているかもしれません。救い主との深いつながりと、人との深いつながりがあると、深い悩みから癒され周りと良い関係を築くのに必要な助けを見つけやすくなります。
真の友情から永続する結婚まで、多くの人間関係に欠かせない前提条件は情緒的および霊的な親密さです。ほかのことに気を取られていたり、諦めや遠慮があったりするために、人間関係を育むことをおろそかにしたり、避けてしまうことがあまりにも多くあります。しかし、真のつながりの原則を実践し、イエス・キリストを土台として関係を築くならば、関係はより円滑になり、一致と喜びがあります。
偽りのつながりに頼らない
親密さというものは、人と人とが互いに深く、ほんとうの意味で愛し合い、理解し合い、つながっていると感じるときに生まれます。これだけ多くのテクノロジーが進歩した世界にいると、かつてないほど人と人とがつながっているかのように見えるかもしれません。しかし実は、画面を見る時間が長くなったことにより、人とのつながりが阻まれているおそれがあります。
多くのヤングアダルトがポルノグラフィーに苦しんでいます。ポルノグラフィーの使用を放っておくと、人と真の親密さを育む妨げとなることがあります。また、人工知能は、情報を得るためだけでなく、架空のつながりを生むためのツールにもなりつつあります。ソーシャルメディアのインフルエンサーと自分を比較して、この世的な美やライフスタイルのトレンドについていくことに時間を費やすことによって、世の人たちとつながっていると錯覚するヤングアダルトもいます。本やゲーム、テレビに過度に時間をかけることで、実在しない人々との非現実的なやり取りを頭の中でする人もいます。世俗的な面で快適なら人との真の親密さは要らないと考えて、現実の人との交流を極力避ける人もいます。
十二使徒定員会のデビッド・A・ベドナー長老は、デジタル世界で生きることの危険性についてヤングアダルトに警告し、次のように述べています。「偽りの情緒的な親密さが、まさに人と人を結ぶ実生活での情緒的な親密さに取って代わるかもしれません。」
残念なことにサタンは、人とつながるよりも孤立している方がはるかに魅力的であるかのように見せます。何かを変えて人間関係を築くために一歩踏み出すよりも、これまでしてきたことを続ける方が簡単だと思わせるのです。友人や家族、指導者、伴侶との思いやりのある確かな関係を築いていれば、お互いやイエス・キリストの純粋な愛と強くつながっていると感じやすくなることを、サタンは知っているのです。
七十人のデビッド・L・バックナー長老は次のように証しています。「兄弟姉妹の皆さん、わたしたちは分裂する理由を探すのをやめ、その代わりに、『一つとなる』〔教義と聖約38:27〕機会を求めなければなりません。〔救い主〕はわたしたちに、互いに学び、個人的な成長を促すために、独自の賜物と特徴を与えてくださいました。……分裂して支配することは、友情や家族、信仰を破壊しようとする敵の計画なのです。わたしたちを一つにさせるのは救い主です。」
「あなたがたは自分のなすべきことをよく考えるがよい」
何に時間やエネルギー、力を注ぐかによって、刈り取る報いが決まります。
旧約聖書で、預言者ハガイはこう教えています。「あなたがたは多くまいても、取入れは少なく、食べても、飽きることはない。飲んでも、満たされない。着ても、暖まらない。賃銀を得ても、これを破れた袋に入れているようなものである。」(ハガイ1:6)
偽のつながりを作り出すものに多くの時間を費やすことは、穴の開いた袋に自分の得た賃金を入れるようなものです。代わりに得るものは何もありません。何の実も結びません。存在しないものや存在しないだれかと親密になろうとしているのであり、それが、人と現実のつながりを築き親密になるうえでの障壁になります。
対策となりうるものが、1度だけでなく2度も主から与えられています。それは「自分のなすべきことをよく考える」(ハガイ1:5、7)ことです。
小さな目標から始めましょう。コンピューターやゲーム、携帯電話から離れて、毎日主の言葉を学ぶことに時間を割いてください。ヨハネは教えています。「初めに言があった。言は神と共にあった。言葉は神であった。」(ヨハネ1:1)イエス・キリストに包み込まれてください。主こそが言葉であられるのです!
さらに主は、「自分のなすべきことをよく考えるがよい」という勧告を与えた後、主の宮を建てるよう御自分の民を招かれました。「山に登り、木を持ってきて主の家を建てよ。そうすればわたしはこれを喜び、かつ栄光のうちに現れると主は言われる。」(ハガイ1:8)
神や人とつながる動機が必要なら、天の御父に助けを求めてください。神との親密さと結びつきが深まるにつれて、生活や人間関係で慈愛を経験する能力が深まります。
プライドを捨てて謙虚になる
人間関係で情緒的、霊的な親密さを育むには、自分自身という話しづらいテーマについて率直に話し合わなければなりません。
悩みや弱さ、望み、関心、気持ちを伝えるには、自らをさらけ出す強さと勇気が必要です。しかしながら、こうした重要な点について深く話すのを妨げるおもな障壁が一つあります。
プライドです。
どう思われるかが気になってほんとうの自分を出すことができない、という気持ちです。自分を出したら好感を持たれるでしょうか、それとも拒絶されるでしょうか。他人との比較は、喜びを奪いかねません。
自分をさらけ出すことや、柔和さ、率直さは、人間関係における信頼、親しみ、親密さを増すことにつながります。心の奥底にあることを打ち明けるのはリスクが高いように思うかもしれませんが、人間関係で自分の気持ちを言わないのでは、プライドを捨てたことになりません。
人には謙虚さが必要です。
どうすれば、生活の中でもっと謙虚になれるでしょうか。
聖なる場所に立ちましょう。聖なる人たちとともにいましょう。聖なる習慣を実践しましょう。
妻のエイミーと交わした会話で、最もすばらしく、最もつながりを育む助けとなったのは、神殿の日の栄えの部屋で交わした会話です。わたしは御霊が宿れる場所にいるときの方が、心の奥底で人とつながりたいと積極的に思うようになります。
ネルソン大管長はこう約束しています。「イエス・キリストを心から求める人は皆、神殿で主を見いだすでしょう。主の憐れみを感じるでしょう。皆さんを非常に悩ませている疑問の答えを見いだすでしょう。主の福音の喜びをさらに理解するようになるでしょう。 」
神殿やインスティテュート、聖餐会など、御霊が心に触れる場所にいることを最優先するなら、謙遜になりたいと思うようになります。神と親しい関係を築きたいと望むようになり、深いつながりを育む会話をしたいと思うようになります。
真剣な交際をしている相手に、過去の苦労や直せずにいる習慣、ポルノグラフィーの使用、苦手な金銭管理、トラウマや虐待について率直に話すとき、主があなたを強めてくださることを、わたしは約束します。主はあなたを、支えとなる友人や良い相談相手へと導いてくださいます。そういう人になら、福音に関する疑問や心の健康の問題、孤独感などを打ち明けることができます。
七十人名誉会員であるジョセフ・W・シターティ長老は次のように教えています。「謙虚な姿勢があれば、全身全霊で父なる神を知り愛することと、自分を愛するようにほかの人を何のためらいもなく愛することは、実際に可能です。」
バランスと完全を求める
結婚できないのではないかという恐れを抱いているヤングシングルアダルトをよく見かけます。この恐れがあるために、ほかの霊的、知的、身体的、社会的な目標が後回しになり、そしてだれかをよく知り、霊的にも気持ちのうえでも親しくなる時間を取ることなく、急いで交際し、結婚しようとしてしまうのです。
自分が恐怖心からデートしていることに気がついたことはありますか。何が起こるか分からない未来がどれほど恐ろしいかは、わたしにも分かります。恐れを感じている人に対して、ヤコブは次のように勧告しています。
「いろいろな試練に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。
あなたがたの知っているとおり、信仰がためされることによって、忍耐が生み出されるからである。
だから、なんら欠点のない、完全な、でき上がった人となるように、その忍耐力を十分に働かせるがよい。」(ジョセフ・スミス訳ヤコブの手紙1:2〔『聖句ガイド』〕;ヤコブの手紙1:3-4)
ギリシャ語の完全とは、「欠けていない」または「完成した」という意味です。それによってこの聖句がどう変わるか考えてみてください。「欠けていない、完成した人となるように、その忍耐力を十分に働かせるがよい。」
自分の力でどうにもならないことにはくよくよせず、忍耐力を十分に働かせるべきです。
神殿で結婚し子供をもうけることは価値ある目標ですが、恋愛関係とはかかわりのない目標や計画も持つべきです。人生のほかの目標を追求しているとき、人間関係はより神聖なものになります。追求する目標に友人や家族、天の御父、イエス・キリストとのより深いつながりや感情的な親密さを育むことが含まれていればなおさらです。
神を第一とする
「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」(マタイ6:33)
時々、わたしたちはこの約束を過小評価します。
まず神を求めるべきなのです。神を求めるなら、同じように神を求めている人に引き寄せられることでしょう。それは強く、長く続く友情や結婚生活を育むために不可欠です。
霊的な事柄を一番に考え、救い主の名をしばしば口にしなければなりません。
M・ラッセル・バラード会長(1928-2023)はこう証しています。「わたしが……最も大切であると分かったことは、天の御父とその愛する御子とのわたしたちの関係であり、家族や隣人との関係です。そして、その関係を主の御霊に導いていただけるようにして、最も大切で、最も長く残るものについて証できるようにすることが大切なのです。」
人には人が必要です。そして人と人とのつながりを通して、イエス・キリストに頼るよう助け合うことができます。
イエス・キリストとのつながりは、習慣や態度を変え、周りの人と深くつながりたいという意欲を高める鍵です。神との関係を最優先するならば、自分をありのままに出して本当の意味で親しい人間関係を築くことができます。そのような人間関係は、永続する喜びと愛によって人生を豊かにしてくれます。