聖文ヘルプ
1コリント1-7章


「1コリント1-7章」『聖文ヘルプ:新約聖書』

聖文ヘルプ

1コリント1-7章

使徒パウロは,コリントで改宗したばかりの人々を力づけようとしました。彼らは過去の信条や習慣を手放すのに苦労していたためです。パウロは教会の会衆内に分裂が生じることのないよう警告し,一致の必要性を強調しました。パウロは性的不道徳について警告し,体は聖なる御霊が宿る宮であると教えました。パウロは,イエス・キリストの贖罪と約束された主の再臨に注意を向けさせました。また,結婚に関する具体的な質問にも応じました。

リソース

注:末日聖徒イエス・キリスト教会が発信したものではない情報源が引用されている場合,その情報源や著者が教会によって承認されている,あるいは教会の公式見解を表していることを意味するものではありません。

背景と文脈

コリント人への第一の手紙はだれにむけて,またどのような理由で書かれたのか

この手紙は,使徒パウロがローマの属州であるアカヤの州都,コリントに住む聖徒たちに向けて書いたものです。コリントは豊かな交易の中心地であり,ローマ帝国全土の人々を引きつけていました。

コリント,エペソ,エルサレムの位置が示されている地中海の地図

パウロはこの手紙を書く数年前,2回目の伝道の旅の間,コリントで何か月も過ごしました。紀元50-51年ごろには,その地に教会の支部を組織しました。コリントを去ってしばらくすると,パウロはコリントの支部で問題が起きていることを知りました。パウロが最初に受け取ったメッセージと,パウロの返信はともに失われてしまいました。パウロはエペソで教えを説く中,再びコリントにおける困難について耳にしました。パウロは紀元55年から57年の間のある時点で,後に「コリント人への第一の手紙」として知られることになる別の手紙を書きました。

コリントの新しい改宗者たちは,多くの困難に直面していました。彼らは世俗的な哲学やはびこる不道徳,邪悪に満ちた社会に立ち向かっていたのです。

コリント人への第一の手紙の中で,パウロは苦悩している改宗者たちに対し,過去の信条や習慣に戻ることのないように励ましました。以下は,パウロがこの手紙で採り上げた主要なテーマの一部です:

  • コリントにおける教会の分裂

  • 結婚と離婚

  • 教義上の意見の相違

  • 女性の礼拝

  • 霊性

  • イエス・キリストの贖罪

  • 救い主の死と復活

  • イエス・キリストの最終的な地上への再臨

パウロはローマ人およびガラテヤ人への手紙において,救いは律法に従うことによって得られるものではないと明確に教えていますが,コリント人への第一の手紙ではさらに一歩踏み込んでいます。コリント人に対しては,「神の戒めを守ること」とキリストの律法の重要性を強調しました。

1コリント1:10-17

コリントの聖徒たちの中で分裂があったのはなぜだろうか

パウロの時代,コリントは経済的に繁栄していたために,社会的,経済的な分断が生じることとなりました。ギリシヤの哲学と文化が町に広がっていたころです。ギリシヤ文化の影響が,競争心や優越感の追求に拍車をかけた可能性もあります。こうした文化的影響こそ,パウロが手紙で述べた高慢および分裂の一因となったのかもしれません。

パウロはコリントの教会に問題が起きているという報告を受けました。その知らせは,クロエという人物の家に集っていた会衆からもたらされたものです。クロエはコリントの聖徒たちの中でよく知られた女性でした。パウロは,教会員が派閥に分かれつつあることを知りました。こうした分裂の中には,経済格差を巡って生じたものもあったようです。また,異なる教会指導者への忠誠心を巡っても分裂が起こりました。会員の中には,自分がだれにバプテスマを施してもらったかを自慢する人々もいました。パウロは彼らに,会員はキリストを頭として一つになるべきであると告げました。

1コリント1:17-312:1-13

「この世の知恵」とは何を意味するのか

コリントでは,教養のある改宗者たちがギリシヤ哲学の思想の影響を受けていたようです。こうした思想は,パウロが「この世の知恵」と呼んだものの一部であったと思われます。この種の世俗的な知恵のために,自分は神の律法を超越しているという高慢な考えを抱く人々もいました。コリント人への第一の手紙において,パウロはギリシヤの思想から影響を受けた,以下のような教義上および行動上の問題を採り上げました:

  • すべてのことが自分に許されていると主張する人々がいた。

  • 肉体およびその欲求を悪と見なす人々がいた。それとは対照的に,「肉体が求める欲」は何でも満たしてよいと考える人々もいた。

  • 異教徒の崇拝儀式に加わることは容認されると信じる人々がいた。

  • 社会的慣習を無視する人々がいた。

  • 十字架上で亡くなられたイエス・キリストを,メシヤとして受け入れるのに苦労した人々がいた。

パウロは「この世の知恵」に反対しました。イエス・キリストの純粋な福音を理解し,それに従って生きることから会員をそらす,この世の哲学について警告したのです。

1コリント2:14-16

「生れながらの人」とは何か

ギリシヤ語のpsychikosは,新約聖書において「生まれながらの」または「霊的でない」と訳されています。したがって,生まれながらの人とは,「聖なる御霊の促しよりも,激情,情欲,欲望,肉欲に影響された選択をする人」であり,「このような人は,物質的なことは理解できても,霊的なことは理解できない」のです。

1コリント3:16-17

会衆はいかにして神の宮を表しているのか

これらの節において,神の宮はコリントの会衆だけでなく,教会全体をも指しています。神の御霊は,主の教会に属する会員の中に宿られます。パウロは,神の民を汚し,滅ぼそうとする者たちは大きな代償を払うことになると警告しました。1コリント6:19で,パウロは人の肉体を神殿にたとえています。

1コリント4:9-14

使徒たちはどのような点で世の見せ物なのか

spectacle〔訳注—聖典内で「見せ物」と訳されている〕という言葉は,「劇場」という概念に関連しています。それは,「捕虜が野外劇場で公然と中傷されているイメージを呼び起こす」ものです。パウロはここで,使徒たちが迫害に遭い,さらには死に直面することを示唆しています。

1コリント5:1-13

パウロが聖徒たちに,会員の一人を排除するよう勧告したのはなぜか

コリントの会衆の中には,継母と性的な関係を持っている会員がいました。それを知ったパウロは,この許し難い性的な罪を非難しました。パウロはまた,この罪深い行いに対処しなかった教会を叱責し,その人を教会から除くよう助言しました。パウロは,罪を犯した人を教会に残しておくと,悪の影響が会員の間に広がると説明しました。

以前の手紙の中で,パウロはコリントの聖徒に対し,性的に不道徳な人々と交際することのないよう助言していました。これらの節で,パウロはこの禁止事項を拡大し,ほかの罪を犯す人々とも交際しないように告げています。

1コリント6:1-7

パウロは同胞である会員同士の法的争いについて,何を教えたか

コリントの会員の中には,同胞である会員に対して訴訟を起こす者もいました。これは,会衆の分裂を招いた原因の一つです。パウロは彼らに,互いの相違を解決するよう助言しました。救い主も同様の原則を説いておられます。

1コリント6:12

神の目には,ほんとうにすべてのことが許されるのか

1コリント10:23と比較)

この節において,パウロはすべてのことが自分にとって合法である,または許されると書いたことが伝えられていますが,ジョセフ・スミス訳では次のように明確化されています:「これらすべてのことはわたしに許されておらずまたこれらすべてのことが益になるわけではない。すべてのことは,わたしに許されておらずそのために,わたしは何ものにも支配されることはない。」

1コリント6:13-20

パウロは性的不道徳について何を語ったか

姦淫,すなわち性的不道徳は,コリントの聖徒たちの間で大きな問題となっていました。パウロは,肉体的な飢えが食物によって適切に満たされるように,性的な欲求も不品行によって適切に満たされるという,コリント人の主張を退けました。それどころか,性的不道徳はわたしたち自身の体に対する罪であると警告したのです。パウロは,人が娼婦(売春婦)と性的関係を持つとき,二人は一つの体になると論じました。こうして一体となることは,全身を汚す行為です。

ジェフリー・R・ホランド会長は,この聖句について次のように述べています。「ここでは,わたしたちの—すなわちわたしたちの霊および肉体が危険にさらされているのです。パウロは魂の教義を理解していました。……わたしたちの満ちみちる喜び,すなわち肉体と霊が永遠に一つになるために払われた代価とは,この世の救い主の清く汚れのない血です。そうであるなら,おのれの無知や反抗心をもって次のように言うことはできません。『まあ,これはわたしの人生なのだから』,あるいはさらにひどい場合,『これはわたしの体なのだから』と。そうではありません。『あなたがたは,もはや自分自身のものではない』と,パウロは語っています。『あなたがたは,代価を払って買いとられた』存在なのです。ですから,『神がこれほどまでに性的な背きを懸念されるのはなぜだろうか』という問いへの答えとして,一つには,わたしたちがあまりにも頻繁に安っぽく粗末な方法で扱い,乱用している魂,すなわち肉体および霊を贖うために,神の独り子によって,また独り子を通して贈られた貴い賜物のためなのです。」

1コリント7:1-5

パウロは結婚について何を教えたか

ジョセフ・スミス訳は,パウロがこの章でコリント人からの質問に答えていることを明らかにしています。わたしたちは,パウロが答えていたすべての質問を知っているわけではありません。しかし,パウロの教えを文脈から理解する手がかりは,本文中にあります。例として,「男子は婦人にふれない〔性交渉をしない〕がよい」と信じている人々もいたようです。これに対してパウロは,男女間の結婚において,性的な関係は適切なものであると断言しました。

コリントの会員の中には,既婚者であっても禁欲を実践すべきだと信じる人々もいたようです。これに対してパウロは,結婚における性的な親密さは,夫と妻が「その分」〔訳注—然るべき愛〕をささげ,互いに「夫婦としての権利」をもたらす重要な方法であると教えました。

「この節〔1コリント7:3〕において,パウロは一般的な礼儀作法についてのみ語っているのだと,誤って解釈している人々もいます。パウロはこの文脈において,性的な親密さが果たす役割を含め,夫妻間の契約上の合意について話しているのです。この節を言い換えるなら,次のようになります:夫婦となった今,皆さんの一部は互いのものとなります。与えると約束したものをだまし取ったり,隠したりすることのないようにしてください。伴侶にあなたの性的独占権を認め,その権利を拒否しないでください。夫婦があまりにも多くの時間を離れて過ごすなら,サタンが力を得てしまうからです。」

夫婦間の親密さに関するパウロの教えを,誤って用いないようにすることが大切です。ハワード・W・ハンター大管長は次のように説明しています。「利己心ではなく,愛情と敬意が夫婦間の親密な関係を育む原則とならなければなりません。夫婦は互いの必要と望みに対し,敏感で思いやり深くなければなりません。親密であるべき夫婦関係に支配的な態度や破廉恥な,あるいは節度のない行いがあるなら,主の責めを受けることでしょう。」

1コリント7:7-40

パウロは結婚していたのか

この章における幾つかの記述から,パウロは結婚していなかったと考える人々もいます。ここでも,またほかの手紙においても,パウロは結婚および家庭生活の重要性をはっきりと教えています。この章におけるパウロの指示の多くは,専任宣教師として奉仕するためには結婚を遅らせることが適切な場合もあることを教会員に理解してもらうための内容であったと思われます。

サンヒドリン〔訳注—ユダヤ人最高議会〕とのかかわりを考えると,パウロは結婚していたのではないかと示唆する学者もいます。サンヒドリンの会員資格を満たすうえで,パウロは結婚している必要があったと思われるからです。サンヒドリンの一員でなかったとしても,パウロには,当時受け入れられていたユダヤ人のあらゆる慣習に調和する形で,結婚することが期待されていたはずです。

1コリント7:12-19

信仰心のない配偶者と結婚した教会員に対して,パウロはどのような勧告を与えたか

パウロは不信者と結婚している会員に対して,その配偶者の不信仰を理由に離婚することのないよう勧告しました。結婚生活を続け,キリストに忠実に従う者として生活するよう会員たちを励ましました。そうすることによって,結婚におけるパートナーとして,信仰心のない配偶者を聖める仲立ちとなることができるのです。

1コリント7:14

信者と不信者の間の結婚により生まれた子供について,パウロは何を教えたか

パウロはこの聖句の中で,一方の配偶者がイエス・キリストの福音に改宗しており,もう一方が改宗することなく依然としてモーセの律法に忠実である場合の結婚について言及しました。教義と聖約74章は,この聖句に関する重要な洞察を提供しています。教義と聖約74:3によると,不信者である父親たちが,自分の子供が男児である場合に割礼を受けさせ,モーセの律法に従うことを願ったために争いが生じました。こうした父親たちは,割礼を受けていないかぎり,子供たちは聖められないと信じていました。こうした子供たちが成長すると,その多くは「先祖の言い伝え」に従って生きることを選び,イエス・キリストの福音を信じなかったようです。

使徒パウロは,こうした子供たち,またほかの子供たちが,生まれつき汚れている,あるいは罪深い存在であると教えていたわけではありません。むしろ,信仰心を持つ配偶者は,信仰心のない配偶者や子供たちに義にかなった影響をもたらすことができると教えたのです。そうした影響には,責任を負う年齢に達した子供たちが福音に従い,イエス・キリストの贖罪を通して「聖く」なることができるように導く力があります。

さらに学ぶ

コリントの文化的背景

肉体は聖霊の宮である

結婚に関するパウロの教えを実践する

  • Matthew O. Richardson, “Three Principles of Marriage,” Ensign, Apr. 2005, 20–24

メディア

ビデオ

「あなたがたは神の宮であって」(1:02)

1:2

“Our Body Is Bought with a Price” (1:29)

1:30

画像

机に向かい書き物をするパウロ

手紙を書いているパウロ

コリントのアポロン神殿遺跡

コリントのアポロン神殿

  1. 使徒18:1-18参照

  2. 1コリント5:9参照

  3. 1コリント1:1116:8参照

  4. Bible Dictionary, “Pauline Epistles,” Gospel Library.参照

  5. 例として,コリントにはギリシヤ神話の愛の女神,アフロディーテをまつる神殿があった。「この悪名高い場所には,売春婦として生活する人々がおり(1,000人に及んだという説もある),彼女たちは女神に身をささげ,神殿のため,ひいては町のために財を築いた。実際,ギリシヤ語ではコリント風という言葉が生まれたが,それは『酔いしれて不道徳な生活を送る』ことを意味した。」(Russell P. Spittler, The Corinthian Correspondence [1976], 11, quoted in Mary Jane Woodger, “The ‘I’s’ of Corinth: Modern Problems Not New,” in Go Ye into All the World: Messages of the New Testament Apostles [2002], 46See also Richard D. Draper and Michael D. Rhodes, Paul’s First Epistle to the Corinthians, Brigham Young University New Testament Commentary (2017), 14; Eric D. Huntsman, “‘The Wisdom of Men’: Greek Philosophy, Corinthian Behavior, and the Teachings of Paul,” in Shedding Light on the New Testament: Acts–Revelation, ed.Ray L. Huntington and others (2009), 74–75, 77; Bible Dictionary, “Pauline Epistles.”

  6. 1コリント1-4章参照

  7. 1コリント7章参照

  8. 1コリント8-10章参照

  9. 1コリント11章参照

  10. 1コリント12-14章参照

  11. 1コリント1:17-18,306:207:23参照

  12. 1コリント1:232:2,86:148:1110:1611:2615:3-8,12-23,55-57参照

  13. 1コリント1:7-84:55:5参照

  14. 1コリント7:19

  15. 1コリント9:21参照

  16. See Woodger, “The ‘I’s’ of Corinth,” 42.

  17. See Huntsman, “The Wisdom of Men,” 71.

  18. 1コリント1:10-12参照

  19. 「こうした派閥争いは,すでに存在していた社会経済的な分断によるところもあったようである。とりわけ,クリスチャンの中でも裕福な人々は,恐らくほとんどの礼拝行事を自宅で開いており,リーダーシップは当然自分たちにあると考えていた。さらに,会衆内の恵まれない人々に対しては,意識的な差別があった可能性もある(1コリント11:17-22参照)。」(Huntsman, “The Wisdom of Men,” 73

  20. 1コリント1:12参照。see also Kent P. Jackson, “Early Signs of the Apostasy,” Ensign, Dec. 1984, 11.

  21. 1コリント1:10参照。教義と聖約38:27も参照

  22. 1コリント1:20

  23. See Huntsman, “The Wisdom of Men,” 75, 77–78.

  24. 1コリント6:12-20参照

  25. D. Kelly Ogden and Andrew C. Skinner, Verse by Verse: Acts through Revelation (1998), 129.

  26. 1コリント8:1-1310:13-3311:1参照

  27. 1コリント11:2-16参照

  28. 1コリント1:23

  29. 1コリント1:20

  30. Pyschikosは,平凡でありふれた人物や視点を表す(see Tremper Longman III and Mark L. Strauss, The Baker Expository Dictionary of Biblical Words [2023], entry 5591, page 5931コリント2:1415:44,46ユダ1:10も参照)。

  31. 『聖句ガイド』「生まれながらの人」福音ライブラリー。モーサヤ3:19も参照

  32. See Draper and Rhodes, Paul’s First Epistle to the Corinthians, 206.

  33. 2コリント6:16エペソ2:21-22参照

  34. See Draper and Rhodes, Paul’s First Epistle to the Corinthians, 207.

  35. See Longman and Strauss, The Baker Expository Dictionary, entry 2302, page 1087.

  36. Kenneth L. Barker and others, eds., NIV Study Bible: Fully Revised Edition (2020), 2006, note for 1 Corinthians 4:9.

  37. See Draper and Rhodes, Paul’s First Epistle to the Corinthians, 239.

  38. レビ18:8,29申命22:3027:20参照

  39. 1コリント5:5,13参照

  40. 1コリント5:6-8参照。『総合手引き―末日聖徒イエスキリスト教会における奉仕』32.2.3,福音ライブラリーも参照

  41. 1コリント5:9参照

  42. 1コリント5:11参照

  43. マタイ5:2518:15参照。現代の聖文は,教会員間の法的な問題が,国の法律によって解決される場合があることを認めている(教義と聖約42:78-89参照)。

  44. ジョセフ・スミス訳,1コリント6:12(英文)から和訳(in 1 Corinthians 6:12, footnote a)。see also Joseph Smith Translation, 1 Corinthians 10:23 (in 1 Corinthians 10:23, footnote a).ほかの聖書訳には,パウロがコリント人の間で流行していた偽りの言葉に対処していたことが示唆されている。「『わたしには何でもする権利がある』とあなたがたは言う—しかし,すべてのことが益となるわけではない。『わたしには何でもする権利がある』—しかし,わたしは何ものにも支配されることはない。」(1 Corinthians 6:12, New International Version; see also 1 Corinthians 6:12, New Revised Standard Version)この解釈は,パウロはすべてのことが自分に許されていると主張していたわけではないという,ジョセフ・スミスの説明と一致している。

  45. See Monte S. Nyman, “The Stumbling Blocks of First Corinthians,” in Sperry Symposium Classics: The New Testament, ed.Frank F. Judd Jr. and Gaye Strathearn (2006), 285–86.

  46. Jeffrey R. Holland, “Of Souls, Symbols, and Sacraments” (Brigham Young University devotional, Jan. 12, 1988), 5, speeches.byu.edu.

  47. 「さて,あなたがたが書いてよこしたこと,すなわち男は女に触れない方がよいということについてであるが,」(ジョセフ・スミス訳,1コリント7:1(英文)から和訳〔in 1 Corinthians 7:1, footnote a

  48. 触れる,『性交渉を持つ』の慣用句。」(Harold W. Attridge and others, eds., The HarperCollins Study Bible: New Revised Standard Version, Including the Apocryphal/Deuterocanonical Books [2006], 1940, note for 1 Corinthians 7:1

  49. 1コリント7:2。現代において,主はこのように宣言された。「だれでも結婚を禁じる者は,神から聖任されていない。結婚は人のために神によって定められているからである。」(教義と聖約49:15

  50. 1コリント7:3

  51. Barker and others, NIV Study Bible (2009), note for 1 Corinthians 7:4.

  52. 「読者はまた,パウロがこれらの節で生殖について言及していないことに気づくだろう。結婚において肉体関係が持たれる唯一の理由は子供をもうけるためであると説く人々に,パウロは異議を唱えるはずである。結婚において肉体的な親密さが果たす役割について,これほど率直かつ肯定的に語っている聖文の書き手はほかにいない。」(Woodger, “The ‘I’s’ of Corinth,” 48

  53. 『歴代大管長の教え—ハワード・W・ハンター』196

  54. 1コリント7:7-8参照。「次の例のように,誤解を招くような比較をしている訳もある:『わたしのように独身でいなさい』(Revised Standard Version);『わたしのように独身を貫きなさい』(Phillips);『わたしのように未婚のままでいなさい』(New International Version)。ギリシヤ語の本文に,このような記述はない。『わたし自身のように』(7節),『わたしのように』(8節)と,二度比較がなされている。パウロが結婚していたかどうか,これらの節からはその手がかりを得られない。」(Richard Lloyd Anderson, Guide to Acts and the Apostles’ Letters [1981], 59, quoted in D. Kelly Ogden and Andrew C. Skinner, New Testament Apostles Testify of Christ: A Guide for Acts through Revelation [1998], 135

  55. 1コリント7:211:11エペソ5:21-6:41テモテ3:2参照

  56. ジョセフ・スミス訳,1コリント7:29,32-33(福音ライブラリー)参照

  57. 使徒8:39:1-222:526:10参照

  58. Ogden and Skinner, New Testament Apostles Testify of Christ, 135.

  59. 1832年,預言者ジョセフ・スミスは教義と聖約74章に記録された啓示を受けた。この啓示は,パウロが1コリント7:14で採り上げていた問題に対する重要な背景を提供している。

  60. 教義と聖約74:4

  61. 教義と聖約74:7参照

  62. 1コリント7:14教義と聖約74:1参照