サムエル上17-18章;24-26章;サムエル下5-7章:第75課
サムエル上25章
救い主はわたしたちが赦せるよう助けてくださる
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人生では、人から傷つけられたり、攻撃されたりすることがあります。ダビデはナバルという男からの侮辱に直面しました。ナバルの妻アビガイルが、赦してもらおうと間に入りました。アビガイルの行動とイエス・キリストの行動を比較することで、赦しがいかに強力になり得るかが分かります。この課は、人を赦すのにイエス・キリストがどのような助けとなるかを理解するのに役立ちます。
聖文を研究する
次の文をどのように完成させるか深く考えてください。「イエス・キリストのおかげで、わたしは……することができる。」
ラッセル・M・ネルソン大管長は、イエス・キリストのおかげでわたしたち皆ができることを次のように述べています。
「〔救い主の〕無限の贖罪を通して、皆さんを傷つけた人や、残虐な行為の責任を決して取ろうとしない人を赦すことができます。
心からへりくだって赦しを求める人を赦すのは、普通は簡単なことです。しかし、救い主は、何らかの方法で不当な扱いをしてきた人をすべて赦す力を与えてくださいます。そうすれば、有害な行為はもはや皆さんの心をむしばむことはないのです。」(「イエス・キリストが授ける4つの賜物」〔大管長会クリスマス・ディボーショナル、2018年12月2日〕、福音ライブラリー)
サムエル上25章には、アビガイルという女性の行動をイエス・キリストの行動と比べることができる記述が含まれています。この対比は、キリストについてさらに詳しく学ぶのに役立ちます。
戦いの間、疲弊した兵士たちは、必要なものを手に入れるために律法を破ることがよくありました。ダビデたちは助けと支えを必要としていました。彼らはナバルという名の男に会いました。ナバルは裕福な人で、多数の家畜を所有していました。ダビデとその兵士たちは、ナバルから欲しいものを奪うのではなく、ナバルとその家族に親切にしました。ダビデたちはナバルたちから何も奪いませんでした(サムエル上25:7、15-16参照)。ダビデは何人かのしもべを遣わして、どうしても必要な分だけ、食糧や物資を分けてもらえるよう、ナバルに穏やか頼みました(サムエル上25:5-9参照)。ナバルはダビデを侮辱し、ダビデの軍を助けることを拒否しました(サムエル上25:10-11参照)。
サムエル上25:3、14、17、25を読んで、ナバルの性質を見つけてください。次に、サムエル上25:13、21-22を読んで、ナバルの侮辱と援助の拒否に対するダビデの反応を見つけてください。
以下の質問について、深く考えてください。
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あなたがダビデなら、どう感じるでしょうか。
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あなたが傷つけられたり、攻撃されたりしたときのことを考えてください。あなたはどのように応じましたか。
ナバルのしもべは、ナバルとダビデとの間の対立を目撃しました。しもべはナバルの妻アビガイルにそのことを知らせました(サムエル上25:14-17参照)。この争いを知ったアビガイルは、ナバルに代わって仲裁に入り、ダビデに赦しを求めました(サムエル上25:18-20、23-28参照)。
アビガイルはキリストの予型です。聖文においてキリストの予型とは、わたしたちがキリストについて考える助けとなる人、物、または出来事のことです。
以下の学習オプションを確認してください。一つまたはそれ以上行ってください。
オプションA
アビガイルからイエス・キリストについて何を学ぶことができるだろうか
サムエル上25:18-19、23-28、31を読んでください。アビガイルの言動の中で、イエス・キリストの言動と似ていることに印をつけてください。
中央扶助協会会長会のクリスティン・M・イー姉妹は、わたしたちが赦せるよう助けてくださる救い主の力について、洞察を分かち合っています。
「この話の中で、アビガイルはイエス・キリストを明確に示すひながた、あるいは象徴と捉えることができます。イエス・キリストは贖いの犠牲を通して、罪と争いの心という重荷からわたしたちを解放し、わたしたちに必要な養いを与えてくださいます。
アビガイルが進んでナバルの罪を自分が受けようとしたように、救い主も理解し難い方法でわたしたちの罪と、わたしたちを傷つけ、わたしたちの気分を害した人々の罪を引き受けてくださいます。……
アビガイルがたくさんの食糧と物資を持ってきたことは、救い主が傷ついた人々に、その人が癒され、元気になるために必要な養いと助けを与えてくださることを教えています。」(「灰にかえて冠を:赦しに至る癒しの道」『リアホナ』2022年11月号、36-37)
サムエル上25:32-35を読み、アビガイルに対するダビデの気持ちと、ダビデにナバルを赦してもらおうとするアビガイルの取り組みに対するダビデの気持ちを見つけてください。救い主の助けを受けて人を赦すことができたとき、わたしたちはどのように同様の感情を抱くでしょうか。
アビガイルの模範から学んだことをノートに書き出してください。
オプションB
救い主は、わたしたちがほかの人を赦せるよう、どのように助けてくださるか
アビガイルの行いによって、ダビデはナバルを赦しました。アビガイルはダビデとその兵士たちを支えました(サムエル上25:18参照)。彼女はナバルの過ちに対して責任を取り、ダビデに赦しを求めました(サムエル上25:24、28参照)。同様に、イエス・キリストの贖罪によって、わたしたちも人を赦すことができます。
ラッセル・M・ネルソン大管長は次のように教えています。
「怒って当然と感じる怒りを解くのはひどく難しいということがあります。破壊的な行為で罪のない人を傷つけた者を赦すのは不可能だ、と思われるかもしれません。それでも、救い主は、『すべての人を赦す』〔教義と聖約64:10〕ようわたしたちに勧告されました。……
……今は赦すのが無理だと思われても、皆さんの助けになるイエス・キリストの贖いの血による力を願い求めてください。皆さんがそうするときに、個人的な平安と霊的推進力のほとばしりがあることを、わたしは約束します。
救い主は、全人類のために贖いをされたとき、御自分に従う人々が主の癒しと強化と贖いの力に近づける道を開かれました。」(「霊的推進力」『リアホナ』2022年5月号、97、100)
次の赦しに関する聖句から、三つまたはそれ以上選んでください。「赦し」というタグを付けます。
人を赦すようイエス・キリストが助けてくださることについて、あなたがどのように感じているかをイエス・キリストに伝える機会があったと想像してください。ノートに、あなたならキリストに何と伝えるか、簡単に書いてください。
考えを分かち合う
この課の目的:人を赦すのをイエス・キリストがどのように助けてくださるかを理解できるようにします。
教師やクラスに、以下から一つまたはそれ以上を分かち合ってください。
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アビガイルがキリストの予型であることについて学んだことのリスト。
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イエス・キリストに対してノートに書いたこと。
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この課の目的を達成するため具体的に行ったこと。
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この課で浮かんだ質問。あなたの質問の答えをどのように見つけようと思いますか。