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ヨハネ5-7章
ヨハネ5-7章の紹介とタイムライン
ヨハネ5-7章には,多くの教義が記録されているだけでなく,イエス・キリストに対する人々の様々な姿勢が描写されています。その中には最終的にイエスを死に追いやった反対勢力や敵対心なども含まれています。38年間病気に悩んでいる男に「起きて……歩きなさい」と命じられた後(ヨハネ5:8),救い主は,神の御子を信じ従うすべての者はよみがえって永遠の命を受けると教えられました(ヨハネ5:21-29参照)。救い主は,5,000人に食物をお与えになることで,御自身が命のパン,つまり永遠の命の源であることを教える機会がありました(ヨハネ6:35,48参照)。以前は主の弟子であった多くの者がこの教えを受け入れず「もはやイエスと行動を共に」しませんでした(ヨハネ6:66)。イエスがだれであり,その目的は何なのかと様々な意見が激しく交わされるようになる中,イエスは仮庵の祭(ヨハネ7章参照)で,御自身の言葉に忠実に従うことによってのみ,人々は御自身がだれであるか,また御自身の教えを知ることができると言明されました。
ヨハネ5-7章の解説
ヨハネ5:2-4ベテスダの池
ベテスダという言葉は,「憐れみの家」または「恵みの家」と訳すことができます(Bible Dictionary, “Bethesda”参照)。遺跡の発掘によりベテスダの池は,エルサレムにある古代神殿区域の北門のすぐ外にあったことが分かっています。犠牲の羊はこの門を通って神殿の敷地の中に入れられた可能性があります(ヨハネ5:2参照)。
今日見られるベテスダの池
十二使徒定員会のブルース・R・マッコンキー長老(1915-1985年)は,池にあったと言われる癒しの力について次のように書いています。「天使が来て水を揺らし,その後に最初に池に入った者が癒されるというのは,まったくの迷信でした。癒しの奇跡は,そのような方法でもたらされるものではありません。」(Doctrinal New Testament Commentary,,3 vols. [1965–73], 1:188)
ヨハネ5:5-15「なおりたいのか」
ベテスダの池で救い主は,38年間「病気に悩んでいる」男を癒されると,男はすぐによくなりました。メリル・J・ベイトマン長老は管理ビショップとして奉仕していたとき,ベテスダの池での癒しが今日のわたしたち個人にとってどのように重要なのか,次のように述べています。
「ベテスダの池にいた足の不自由な人が,癒やされるために自分よりも強い人を必要としたように(ヨハネ5:1-9参照),わたしたちは嘆きや悲しみや罪から癒やされるために,キリストの贖罪の奇跡に頼るのです。キリストを通して,傷ついた心が癒され,不安や悲しみが平安に変わるのです。……イザヤは救い主についてこう言いました。『まことに彼はわれわれの病を負い,われわれの悲しみをになった。……その打たれた傷によって,われわれはいやされたのだ。』(イザヤ53:4-5)……
園と十字架における救い主の贖いは,無限であると同時に個人的なものです。永遠にその効力が及ぶので無限であり,救い主が一人一人の苦痛や苦悩,病を負われたので個人的なのです。だからこそ主は,どうすればわたしたちの悲しみを取り除き,重荷を軽くし,人を内から癒し,完全な者とし,神の王国で永遠の喜びを受けさせられるかを御存じなのです。天の御父と御子への信仰が,完全になるための助けとなるよう,イエス・キリストの御名により祈ります。」(「内から癒す力」『聖徒の道』1995年7月号,14-15)
Pool of Bethesda, by Carl H. Bloch
ヨハネ5:16-47非難するユダヤ人への救い主の教え
救い主がベテスダで男を癒された後, その業が安息日に行われたため,ユダヤ人たちは救い主を殺そうとしました(ヨハネ5:10,16,18参照)。イエスに対抗するユダヤ人指導者たちへの救い主の長い答えが,ヨハネ5:17-47に書かれています。この言葉の重要性について,十二使徒定員会のジェームズ・E・タルメージ長老(1862-1933年)は次のように述べています。「〔救い主の〕答えは,安息日の遵守という問題に限られてはいませんでした。その答えは,永遠の父なる神と御子イエス・キリストとの関係というきわめて大切な問題に触れた,『聖書』に記されたものの中でも,きわめて包括的な教えです。」(『キリスト・イエス』205)
ヨハネ5:18「神を自分の父と呼んで,自分を神と等しいものとされた」と主は言われた
ユダヤ人は,主が男を安息日に癒されたということだけでなく,神は主の父であると言われたことを理由に救い主を迫害しました(ヨハネ5:18参照)。救い主が地上で務めを行われていたとき,救い主にとって「神と等しいもの」とはどんな意味であったのか,ブルース・R・マッコンキー長老は次のように説明しています。
「『神と等しいもの』,それはすさまじい神への冒瀆または偉大な真理。二つのうちどちらかです。どっちつかずということはあり得ず,妥協点もなく,これら以外の意味も考えられません。イエスは神を冒瀆しているか,イエスが神であられるかのどちらかなのです。
『神と等しいもの』,その時点ではまだ無限かつ永遠のという意味ではないですが,神とともにおり,神の相続人として,神がお持ちのすべてを受け継がれるよう定められているという意味です。
『神と等しいもの』,神とイエスの手によって創造されたすべてを,栄光と昇栄の内にすでに統治されていたということではなく,主が神の御子であられ,その御子に御父は御自身の御名,栄光,栄誉,力を授けられたという意味で〔等しいので〕す。」 (The Mortal Messiah: From Bethlehem to Calvary, 4 vols. [1979–81], 2:71)
ヨハネ5:19-21,23「自分からは何事もすることができない」
主は御自身の使命についてユダヤ人に引き続き教える中,御自身は「自分からは何事も」することはできず,その代わりに父のなさることを見て行われたと明言されました(ヨハネ5:19)。十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド長老は,次のように証しています。イエスは地上に来られ,「 御自分の父親である天の御父の本質を明らかにし,御父の本質を人が自分で理解できるよう努めておられたのです。このような崇高な使命を帯びて地上に来られ,神が語られるように語り,裁き,仕え,愛を示し,警告し,耐え,赦しながら,エロヒムの御心をそのまま行うということは,人間にはとうてい理解できない途方もなく重い責任でした。にもかかわらず,神の御子の属性である忠誠心と固い決意をもって,イエスはそれを理解し,行われました。そして称賛と誉れを受けられた折には,謙遜にも主は,自分ではなく御父を称賛するようにと言われたのです〔ヨハネ5:19;14:10参照〕。」(「偉大な神の性質」『リアホナ』2003年11月号,70-71)
ヨハネ5:19-21,23にある救い主の言葉は,御父の業は御子の業であることを教え,御父と御子が一致されていることを強調しています。御父は御子に「みずからなさることは,すべて」見せられます。御父が「死人を起して命をお与えになるように,子もまた,そのこころにかなう人々に命を与え」られます。そして「すべての人が父を敬うと同様に,子を敬う」のです。このような教えは,御父と御子の完全な一致を明確に証しています。
ヨハネ5:22,27,30イエス・キリストはわたしたちの裁き主になられる
御自身と御父との関係についての教えの中で,イエス・キリストは,御父が「さばきのことはすべて,子にゆだねられ」,人々に「さばきを行う権威をお与え」になったことを証されました(ヨハネ5:22,27)。十二使徒定員会のリチャード・G・スコット長老は,贖罪の犠牲のために,イエス・キリストがわたしたちの裁き主になられることを次のように説明しています。
「贖いは,神の御子の犠牲によって実現された,無限で永遠に重大な意味を持つ無私の行いでした。贖いを通して,救い主は死の縄目を断たれました。わたしたちが贖い主によって裁かれる理由もここにあります。……
リーハイは息子ヤコブにこう語りました。『聖なるメシヤの功徳と憐れみと恵みによらなければ,だれも神の御前に住める者がいない……。』〔2ニーファイ2:8〕
イエス・キリストは,だれも得ることのできなかった功徳をお持ちでした。ベツレヘムにお生まれになる以前,主は,神すなわちエホバでした。……主は完全で罪のない生涯をお過ごしになったため,正義の要求には縛られませんでした。主は,愛,哀れみ,忍耐,従順,赦し,謙虚さを含むすべての特質において完全であられました。……
計り知れないほど大きな代価を支払うために,救い主が想像を絶する苦痛と苦悶によって,わたしたちの贖い主,仲保者,裁き主になられたことを証します。」(「贖いは,平安と幸福を確固としたものとする」『リアホナ』2006年11月号,42)
ヨハネ5:25,28救い主は,御自身が獄にいる霊たちに教えを説くことを教えられた
十二使徒定員会のD・トッド・クリストファーソン長老は,御自身が死者に教えを説かれるという救い主の預言について次のように説明しています。「イエスはこの世においでになる間に,死者にも福音が伝えられると預言されました〔ヨハネ5:25参照〕。ペテロによれば,これは救い主の十字架上での死と復活の間に起きました〔1ペテロ3:18-19参照〕。ジョセフ・F・スミス大管長は示現で救い主が霊界を訪問されるのを見ました。そして主は『義人〔の霊〕の中から軍勢を組織し,力と権能をまとった使者たちを任じて,暗闇の中にいる者たち,すなわちすべての人の霊のもとへ行って福音の光を伝えるように彼らに命じられ』ました〔教義と聖約138:30〕。」(「死者の贖いと,イエスへの証」『リアホナ』2001年1月号,10)
ヨハネ5:26イエス・キリストは肉体の死に打ち勝つ力をお持ちである(ヨハネ10:17-18も参照)
メリル・J・ベイトマン長老は七十人会長会で奉仕していたとき,神の御子がどのように「自分のうちに生命を持〔って〕」いたのか次のように説明しています。「両親から死の特質を受け継いでいるわたしたちと違って,イエスは死すべき体を持つ母と不死不滅の体を持つ御父を両親としてお生まれになりました。マリヤから受け継がれた死の特質は,イエスにやがて死が訪れることを意味していました。しかし主は御父から無限の命を受け継いでおられ,御自分の意志で死をお選びになったのです。このためイエスはユダヤ人にこうおっしゃいました。『それは,父がご自分のうちに生命をお持ちになっていると同様に,子にもまた,自分のうちに生命を持つことをお許しになったからである。』」(ヨハネ5:26)」(「万人に共通する規範」『リアホナ』2005年11月,75)
ヨハネ5:28-29「墓の中にいる者たちがみな……それぞれ出てくる」
預言者ジョセフ・スミスとシドニー・リグドンが教義と聖約の76章となる示現を受けたのは,彼らがヨハネ5:29について深く考えていたときでした。その示現は全人類の復活について彼らにさらなる理解を与えるものでした(教義と聖約76:11-19参照)。預言者ジョセフ・スミス(1805-1844年)は次のように記録しています。「これまでに受けてきたいろいろな啓示から,人の救いに関する多くの重要な事項が『聖書』から取り去られたか,あるいはそれが編さんされる前に失われたか,どちらかであることは明らかであった。残された真理からおのずと明らかなように,もし神がすべての人に肉体にあってなした行いに応じて報いを与えられるとすれば,聖徒たちの永遠の住まいとされる『天』という言葉には,一つではなく複数の王国が含まれるに違いない。それで『ヨハネによる福音書』を翻訳している最中に,わたしとリグドン長老は次のような示現を見た。」(教義と聖約76章の前書き)
ヨハネ5:29は,善を行った人々同様に悪を行った人々も全人類が復活することをはっきりと表しています。十二使徒定員会のジョセフ・B・ワースリン長老(1917-2008年)は次のように述べています。「墓からよみがえられた救い主は,だれもしたことのない,また成し得なかったことをされたのです。救い主は,御自身だけでなく,義人も悪人も,生を受けたすべての人のために,死の縄目を断たれました。」(「日曜日は必ずやって来る」『リアホナ』2006年11月号,29)
ヨハネ5:39-40「あなたがたは,聖書の中に永遠の命があると思って〔いる〕」
イエスの時代には多くのユダヤ人が聖文を研究し,この聖文の研究によって永遠の命がもたらされると信じていました。「あなたがたは,聖書の中に永遠の命があると思って調べている。」(ヨハネ5:39;強調付加)救い主は,ユダヤ人が究極の権威と考えている聖書が,永遠の命は聖書の中ではなくイエス・キリストに従うことで見いだされると証していることをお教えになることで,誤った考えを正そうとなさいました。キリストが真理と命の究極の源であられるために,聖書はキリストの言葉でありその目的は人々をキリストに導くことであるということも,ユダヤ人たちには分かりませんでした。ペテロは「主よ,わたしたちは,だれのところに行きましょう。永遠の命の言をもっているのはあなたです」(ヨハネ6:68)と明言したときに,イエス・キリストが永遠の命の源であられることを認識しました。
ヨハネ5:39-40聖文はイエス・キリストについて証している
十二使徒定員会のM・ラッセル・バラード長老は,いかに聖文がイエス・キリストについての証の源であられるかを次のように説明しています。
「イエスは教えられました。『聖文を調べ』なさい,それは『わたしについてあかしをするものである』と(欽定訳ヨハネ5:39から和訳)。これらの言葉は,イエス・キリストについての真理を熱心に探求するすべての人に,洞察と霊感を与えてくれます。聖文は,歴史や教義,物語,説教,証の宝庫であり,それらすべてが最終的に焦点を当てているのは,永遠なるキリストについて,またキリストが天の御父の子供たちに対して肉体的,霊的に携えておられる使命についてなのです。……
キリストについての第1の証は旧約聖書です。旧約聖書は,救い主の来臨,偉大な生涯,人々を解放する贖罪について預言しました。
キリストについての第2の証は新約聖書です。新約聖書には,主の降誕と生涯,主の務め,主の福音と教会,主の贖いと復活,そして主の弟子たちの証が記録されています。
キリストについての第3の証はモルモン書です。モルモン書は,キリストの来臨を預言し,救いをもたらす贖いに関する聖書の記述を確認し,復活した主が地球の西半球を訪れられたことを明らかにしています。モルモン書の表紙には,この聖典が書かれた目的を明らかにする「キリストについてのもう一つの証」という副題が印刷されています。
この3冊の聖典はいずれも,主が御自身の子供たちのために啓示された偉大な御言葉であり,互いに切り離すことができません。そこにはキリストの御言葉が記されています。」(「聖書という奇跡」『リアホナ』2007年5月号,81-82)
ヨハネ5:44人の誉を求める
ヨハネ5:44にある救い主の問いかけは,神が自分についてどう考えておられるかではなく,周りの人が自分についてどう考えているかを気にしている間は,わたしたちの信仰の成長は妨げられてしまうことを教えています。ブルース・R・マッコンキー長老は,その理由を次のように説明しています。「人の誉れを得ようと努力すると,キリストを信じ,心をキリストに集中させることから離れてしまい,そのために救いを失ってしまうのです。」 (Doctrinal New Testament Commentary, 1:201)
ヨハネ6章ヨハネ6章に見られる主の務め
救い主がニーファイ人を訪れられたとき, 御自身は申命記18:15,18-19にある,モーセのような預言者であると彼らに述べられました(3ニーファイ20:23参照)。ヨハネ6章と出エジプト記には,救い主の務めとモーセの務めの意義深い共通点が見られます。ヨハネ6章に記録された出来事は,モーセと強い関連性のある過越の祭(ヨハネ6:4参照)の時期に起こったものです(出エジプト12章参照)。イエスがガリラヤの海(正式なローマの名前では,テベリア湖と呼ばれています)を渡られたとき,多くの群集がイエスについて来ました(ヨハネ6:1-2参照)。イスラエルの子らもモーセに導かれ,紅海を通って荒れ野を旅しました(出エジプト12:38;13:18参照)。イエスは奇跡的に,5つのパンと2匹の魚で5,000人の群集を養われました(ヨハネ6:5-14参照)。モーセも天から奇跡的に与えられたマナで人々を養いました(出エジプト16:3-4;ヨハネ6:31参照)。群集がイエスを捕らえて王にしようとしたとき,イエスは人々から離れ,その夜ガリラヤの海を渡って弟子たちのところへ行かれました(ヨハネ6:15-21参照)。モーセに導かれたイスラエルの民も,夜に紅海を渡りました(出エジプト14:21参照)。群集に食物を与えられた次の日,イエスは御自身が「天から下ってきたパン」であると宣言されました(ヨハネ6:22-65参照)。ここでも天から与えれたマナとの共通点が見られます。
恐らく,モーセと救い主の務めに見られる最も印象的な共通点の一つは,「わたしは……である」〔訳注—英語ではI Am〕という言葉の用例です。イスラエルの子らが主の名前を尋ねたときに何と答えればよいかとモーセが主に尋ねたとき,主は「わたしは,有って有る者」(I AM THAT I AM)と答えられました(出エジプト3:13-14)。旧約聖書の中で知られる救い主の呼び名の一つである「わたしは有る」(I Am)は,ヨハネにより何度も記録されており,エホバが語られたことがイスラエルの民に分かるように,モーセはこの名前を使うよう指示を受けました。ヨハネは「わたしが命のパンである」(I am the bread of life)と救い主が宣言されたことを記録しました(ヨハネ6:35,48,51,強調付加)。救い主は務めの中で「わたしは……である」と同様の言葉をほかの場所でも使われています(ヨハネ8:12;10:9,11;11:25;14:6;15:1参照)。
ヨハネ6:1-145,000人に食物を与えられた奇跡
5,000人に食物を与えられた奇跡についての詳細は,マルコ6:32-44の解説を参照してください。
ヨハネ6:15。人々はなぜイエス・キリストを王にしようとしたのか
5,000人の人々に食物を与えられた後が,恐らく救い主が最も民衆から受け入れられた時でした。ヨハネは「〔イエス〕をとらえて王にしようとしている」人々がいると記録しました(ヨハネ6:15)。そのように救い主を担ぎ上げようとしていた人々の目には何が映っていたのでしょうか。ブルース・R・マッコンキー長老は,イエス・キリストが,人々の中で長い間大切にされてきた伝承の成就であったことを,次のように説明しています。
「ラビによって教えられ,民衆の心に固く根付いている伝承がありました。これは,メシヤが来られるとき,メシヤが天からのパンで養ってくださるというものです。……メシヤが来られると,この驚くべき奇跡が繰り返されることでメシヤの降誕が明らかになるという考えが人々の間で広く受け入れられていました。ラビは次のように言っています。『エジプトの束縛から解放をもたらした最初の救い主は,イスラエルのために天からマナを降らせ,メシヤである第2の救い主ももう一度彼らのためのマナを降らせるのです。』〔Cunningham Geikie, The Life and Words of Christ (1886), 516–17〕
そのため,イエスが5つの大麦のパンと2匹の小さな魚を増やされたとき,それはまるで伝承にあったしるしが与えられたかのように見えたのです。救い主に対する評判もこの上なく高まりました。イエスは彼らの目に最も偉大な者に映ったのです。それで,人々はイエスこそがメシヤであり,王として君臨すべき者であられると考えたのです。」(Mortal Messiah, 2:367–68)
ヨハネ6:16-21水の上を歩く
ガリラヤの海を歩いたイエス・キリストについて読むには,マタイ14:22-33の解説を参照してください。
ヨハネ6:26-27「永遠の命に至る朽ちない食物」
イエスが奇跡的に5,000人を養われた後,ヨハネ6:3-14にあるように,食物が与えられた人々はイエスにさらに食物を求めました。食物を与える代わりに,イエスは御自身が「命のパン」であり,御自身が彼らに与える霊的な食物を求めるべきであると教えられました。その後多くの弟子たちは主と行動を共にしなくなりました(ヨハネ6:26-27,66参照)。この記録についてジェフリー・R・ホランド長老は,次のように述べています。
「この短い話は,現代のわたしたちが直面している危機的な状況にも幾分通じるものがあります。わたしたちもこの時代に成功や高度な知識を得る一方で,ほんとうに大切な永遠の命のパンから離れ去ったり, 霊的な拒食症のようなものに自らはまり込んで, 一種の霊的な栄養失調になったりする道を選んでしまうこともあります。昔の子供じみたガリラヤ人と同じように,わたしたちは神から食べ物を目の前に並べられても,それを鼻先であしらってしまうことがあります。……
……わたしたちは,命のパンを心から求めていたキリストの最初の弟子たちの体験を一緒に追体験するよう,皆さんにお勧めします。彼らはキリストから離れずに,みもとへ来て,そこにとどまり,キリスト以外に安全と救いを求める先はないことを理解しました〔ヨハネ6:68参照〕。」(「主は,飢えている者を良いもので飽かせなさいます」『聖徒の道』1998年1月号, 72-73)
救い主が5,000人に食物を与えられた奇跡についての詳細は,マルコ6:32-44の解説を参照してください。
ヨハネ6:32-35,48-51「天からのまことのパン」
多くの文化圏で一般的な主食であるパンは,救い主の役割と救い主の教えが彼らの生活に与えるべき影響力の究極の象徴として機能しています。イエスは,「命のパン」について人々に教えたとき,聴衆の文化的背景を活用されていたのです。主は,彼らの宗教的歴史を,教えるための道具として使われました。それは,5,000人を養われたことと命のパンの説教が,過越の祭に備えるユダヤ人の間で行われたことから分かります。過越の祭の間,イスラエルの子らは彼らのエジプトからの解放の記念に,パン種の入っていないパンと荒れ野で神が彼らにお与えになったマナを食べました。主は,人々の個人的な経験を使われました。この場で主に耳を傾けていた者の多くは,前日に主が奇跡的に与えられたパンを食べた5,000人に含まれていたからです( ヨハネ6:1-14参照)。
カペナウムのひきうす
救い主は聴衆の地理的な場所も利用されました。聴衆はカペナウムで救い主の教えに耳を傾けていましたが,カペナウムはパン作りに関連のある場所だったと考えられています。イスラエルのほかのどの場所よりも多く,ひきうすのかけらがカペナウムで見つかっているからです。モーセの時代にイスラエルに与えられたマナについて群衆が語ったとき,救い主は,その「天からのパン」(ヨハネ6:32)を与えられた同じ神が,ここで「天からのまことのパン」を彼らに与えられていることを指摘されました。イエスは間違いなく人々を一時的に養うことはおできになりますが,それだけでなく御自身が,ここで与えられている霊的な栄養を取る者たちに永遠の命をもたらすその「命のパン」(ヨハネ6:48)であることを示されました(ヨハネ6:51参照)。
ヨハネ6:44,65人々が救い主のもとへ来るように御父はどのように助けられるか
ユダヤ人指導者たちへの説教の中で,救い主は,人々が御子のもとに来るのをどんな方法で神が助けられるのかを強調しました。御父はわたしたちを救い主に「引きよせ」られます。「引きよせ〔る〕」とは,「聖なる御霊の勧め」に表現されるように,優しく引き込むということです(ヨハネ6:44;モーサヤ3:19参照)。また,御父が救い主を「与えて下さ〔る〕」ことなしに,わたしたちは救い主のもとに来ることはできません。御父が信仰または悔い改めをわたしたちに「与えて下さ〔る〕」とは,イエス・キリストを信じ,イエス・キリストに従うための神からの助けを受けるという意味です(ヨハネ6:65;1コリント12:3;2ニーファイ31:19参照)。
ヨハネ6:51-58「生きたパン」を食べる
救い主の肉を食べ,血を飲むというたとえは,一部の読者にとって衝撃的であるように思われますが,救い主は「飲む」「食べる」という言葉を比喩的に使っていたことを明確にされました(ヨハネ6:58,63参照)。イエスが表現されるところの食べるとは,「父によって生き〔る〕」ことを意味すると説明されました(ヨハネ6:57)。また,救い主の言葉は,最後の晩餐で御自身が定められた聖餐の儀式をあらかじめ示すものでした。ジェームズ・E・タルメージ長老は次のように説明しています。
Christ Holding Sacrament Bread, by Del Parson.主は生けるパンであられます。
「キリストの肉を食べ血を飲むということの意味は,過去においても現在においても,キリストが文字どおり『神の子』であり『世の救い主』であられると信じて,キリストを受け入れ,その戒めに従うことです。人が飲み食いする食物の物質が,肉体を構成している組織に同化されて組織の一部となるように,『神の御霊』が人間それぞれの本質の永続する一部となるためには,これらの方法によるほかはありません。
……『人類の贖い主』として絶対無条件にイエス・キリストを受け入れる象徴として,『その肉を食べ,その血を飲む』というイエス御自身の表現は,この上なく大切です。これによって,イエス・キリストが父なる神の独り子であり,前世から永遠にわたり神にましますことをはっきり受け入れるからです。イエス・キリストが裏切られる前夜に定められた主の晩餐の聖餐は,イエス・キリストを覚えてパンとぶどう酒とを取るという形で,象徴としてのキリストの肉を食べ,キリストの血を飲む意義をいつまでも伝えるのです。イエスをキリストとして受け入れることの中には,イエス・キリストの福音の律法と儀式に従うことが含まれています。」(『キリスト・イエス』335-336)
ヨハネ6:60-69。「ひどい言葉」が弟子たちを試す
ヨハネ6章には,救い主に対する民衆の態度の劇的な変化が記録されています。主は,最も民衆から受け入れられる存在から,極端に拒まれる存在になられました。ある日イエス・キリストを王にしようとしていた(ヨハネ6:15参照)同じ群集が,なぜ次の日には主を捨てる(ヨハネ6:66参照)ことができたのか,疑問に思うかもしれません。十二使徒定員会のニール・A・マックスウェル長老(1926-2004年)は,なぜ人々はイエスを捨てたのか,なぜわたしたちは世の中では受け入れ難い厳しい福音の教義ですらも進んで受け入れなければならないのかを,次のように説明しています。
「イエスが初めて厳しい教義(聖文ではこれらを「ひどい言葉」と呼んでいます)を教え始めれらたとき,イエスに従っていた多くの者たちは『去っていって,もはやイエスと行動を共にし〔ませんでした。〕』(ヨハネ6:66)イエスの教義が人々に難しいことを求めるようになると,それは多くの者にとって受け入れられないものになりました。
わたしたちのこの世の社会においても,人が口にするのをためらいながらも耳を傾けるべき同様の「ひどい言葉」があります。それらは多くの人に受け入れられるものではありません。……真理とはわたしたちの心に響くこともあれば,つまらないものであったり,単に不快なものであったりします。しかしそれらは真理へのわたしたちの反応であり,その反応のために真理そのものの現実性が変わるものでもありません。……ひどい言葉とは,よく考えると,この世のものを捨てることを容易にしてくれることがあります。……
ニーファイは,多くの人々が『偉大な知識を……理解』しないことを悲しく思いました(2ニーファイ32:7)。教義の複雑さが原因であることはほとんどありません。福音は明白で単純なものだからです。むしろ理解できないのは,この世のものを捨てたくないというかたくなな気持ちがあるために,主の言葉の大切な真理を深く考えるのに十分な時間を取らないことにあるようです。」(Wherefore, Ye Must Press Forward [1977], 6–7, 22)
ヨハネ7:1-14仮庵の祭に臨まれた救い主
モーセの律法下,古代のイスラエルは毎年3つの大きな巡礼の祭りを祝いました。これらの祭りの期間には,多くのユダヤ人がエルサレムを訪れました。その祭りには,除酵祭 (種入れぬパンの祭,過越の祭),刈入れの祭(七週の祭または五旬節),取入れの祭(仮庵の祭)がありました(出エジプト23:14-17;申命16:16参照)。
新約聖書の時代, 仮庵の祭は「最も偉大で喜びの多い」祭りと考えられていました。現在の暦の9月,10月に祝われた祭りで,「イスラエルの子らの荒れ野での滞在(レビ23:43)とその年の実を取入れること(出エジプト23:16)を祝うものでした。」(Bible Dictionary, “Feasts”)1週間に及ぶ祭りでは,イスラエルの人々はなつめやしとミルトスの枝で作った小屋(仮庵とも呼ばれる)に住みました(レビ23:42-43;ネヘミヤ8:14-15参照)。この1週間は,ほかのどの宗教行事よりも多くの犠牲が神殿でささげられました。
ヨハネ7章に記録されている出来事は,仮庵の祭の週に起こったことです。エルサレムの人々はイエスを殺そうとしていたユダヤ人指導者たちに強い影響を受けていたため,イエスはエルサレムの地域を避け,多くの者に受け入れられていたガリラヤの地に滞在されていました。ヨハネ7:1にある「ユダヤ人」とは,ユダヤ人の一般大衆ではなく,ユダヤ人指導者たちのことを指しています。3節にある「イエスの兄弟たち」は,イエスの異父兄弟たちのことです。(イエスの異父兄弟たちの詳細については,マタイ13:55-56と使徒1:14の解説を参照してください。)イエスの異父兄弟たちは,エルサレムの仮庵の祭に行くようイエスに勧めました。イエスは最初は断りましたが,後にひそかに祭に行き神殿で教え始められました(ヨハネ7:1-14参照)。
仮庵の祭の間,水と光が重要な象徴として使われました。救い主はこれらの象徴を使って,メシヤとしての御自身を信じるように人々に呼びかけられました。夜から早朝にかけて続く踊りや祝いの催しの間中,四つの大きな金の燭台(メノラと呼ばれる7本枝の燭台)が神殿の敷地に灯されました。高さ50キュビト(約73フィートまたは22.25メートル)のそれらの金の燭台は,祝いのために明かりを灯すだけでなく,暗闇を歩く人々にとってイスラエルが明かりとなることを象徴していました。祭で最もよく知られ,人々が待望していた儀式は毎日の行列です。ここでは宮仕えの役割の祭司がシロアムの川の水を金の水差しにくんで,朝のぶどう酒のささげ物とともに神殿の祭壇の付け根にある銀の器に注ぎました。
Hezekiah Reopens the Temple, by T. C. Dugdale.神殿の祭壇に立つ祭司たち
「祭の終りの大事な日」に群集が最後の水注ぎを祝った後,「イエスは立って,叫んで言われた。『だれでもかわく者は,わたしのところにきて飲むがよい。』」(ヨハネ7:37)主の言葉は,ゼカリヤ14:8にあるメシヤが来られるときは「生ける水がエルサレムから流れ出〔る〕」という預言の成就でした。安息日である次の日の早朝,救い主は再び神殿に戻られました。祭の期間大きな金の燭台が立っていた場所の近くで教えられていた主は, 「わたしは世の光である」と宣言されました(ヨハネ8:12)。すべての人に光を与えられるのはイエス・キリストです。
ヨハネ7:14-36神殿で教えられたイエス
仮庵の祭の間イエスが神殿で教えられると,一部のユダヤ人は,彼らの宗教理論を学んでいなかったイエスがそのように教えることがおできになったことに驚きました。イエスはこれらの人々に,御自身の教義は御父から来ていること,またその教義に従う者はその真理を知るであろうと教えられました(ヨハネ7:14-17参照)。この教えについて大管長会のジェームズ・E・ファウスト管長(1920-2007年)は次のように述べています。「福音の原則に対する証は,それに従って生活しようと努めることにより得られます。救い主が言われたように,『神のみこころを行おうと思う者であれば,だれでも,……この教が……わかる』のです〔ヨハネ7:17〕。祈りの効果に対する証は,真心からの謙遜な祈りを通して得られます。什分の一の証は,什分の一を納めることにより得られます。……霊的な光や真理,知識を求めて受け入れる手順を踏んでいくならば,必ず与えられることを証します。信仰をもって前進することにより,信仰は増し加えられます。」(「信じます。不信仰なわたしを,お助けください」『リアホナ』2003年11月号,22)
多くのユダヤ人は,イエスがモーセの律法に従っていないと思っていたため,イエスの言葉に耳を傾けようとしませんでした。しかしモーセの律法は何世紀もの期間を経て腐敗していました。当時のモーセの律法では禁じられていたにもかかわらず主が安息日に男を癒されたため,彼らは腹を立てていました(ヨハネ5:8-9;7:21-23参照)。イエスは次のように教えられました「あなたの伝承で人を裁かないで,義にかなった裁きをしなさい。」(ジョセフ・スミス訳ヨハネ7:24〔英文〕から和訳 )これはイエスの時代のユダヤ人だけでなく,わたしたちの時代においても重要な教義です。わたしたちは神の律法を守るために,ある特定の伝統を捨てなければならないことがあります。
イエスの教えを聞き,イエスがメシヤであられると信じた者もいました。パリサイ人は,ユダヤ人が真理を理解できるようイエスが助けられているのを知っていながら,下役を遣わしイエスを捕らえようとしました。イエスは「わたしのいる所に,あなたがたは来ることができない」ため彼らはすぐに探しに来るが,見つけることはできないと言われました(ヨハネ7:30-34参照)。ヨハネ7:34にあるこれらの言葉で,救い主が何を伝えようとされていたのかをさらに理解するには,ヨハネ8:21-24の解説を参照してください。
ヨハネ7:37-39「生ける水」
だれかが御自身を信じるとき「その腹から生ける水が川となって流れ出る」と救い主は教えられました(ヨハネ7:38)。この表現は「生ける水」は信じる者の内にあることを示唆しています。その水は,仮庵の祭で行われたように祭司が祭壇に注ぐものではなく,信じる者の内から奇跡的に湧いて流れ出るものなのです。このたとえは,聖霊の賜物を的確に表しています。
ヨハネ7:39には,救い主がヨハネ7:38で言及された「生ける水」が,天の御父とイエス・キリストを証することをおもな使命とする聖霊を指しているという,ヨハネからの補足的な説明が記述されています。救い主の「生ける水」の比喩は,水が重要な霊的真理を表すというイスラエル人の長い伝統に由来するものです。古代中近東の渇いた気候において,水を利用できることは生き延びるためにきわめて重要であり,その希少さとともに,水は貴重な資源かつ強力な象徴となっていました。主は,モーセが岩から奇跡的に水を出したとき,ホレブにいたイスラエル人をお救いになりました(出エジプト17章;民数20章参照)。旧約聖書の預言者,イザヤ,エレミヤ,エゼキエルは,主の御霊,将来に備えた配意,癒しの力の象徴として水を使いました(イザヤ41:17-18; 58:11; エレミヤ2:13; エゼキエル47:1-12参照)。
救い主を信じる者は,将来彼らの中に「生ける水」を受けるという主の約束は,「御霊がまだ下っていなかった」(ヨハネ7:39)という事実を反映しています。「聖文には何らかの理由で完全に説明されていないが,聖霊はイエスが現世にとどまられた年月の間,ユダヤ人の間で完全に働かれなかった(ヨハネ7:39;16:7)。聖霊が先の神権時代にも効力を持っておられたのはきわめて明らかであることから,イエスが復活されるまで御霊が下らなかったという旨の声明は,この特定の時代のみに該当することを示すために必然的なものでした。さらに,バプテスマのヨハネとイエスの務めの間には聖霊の力が働いていたため,これは聖霊の賜物が存在しなかったことのみに言及しています。聖霊が働いていなければ,ヨハネとイエスがお教えになった真理の証を得る人はいなかったはずです(マタイ16:16-17;1コリント12:3も参照)。」(Bible Dictionary, “Holy Ghost”)
ヨハネ7:50-51ニコデモ
ニコデモについての詳細は,ヨハネ3:1の解説を参照してください。