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マタイ26章
マタイ26章の紹介とタイムライン
マタイ26章の情報によって,御自分に何が起ころうとしているかについての救い主の予告からペテロがキリストを3度否認するところまでの,贖いの出来事に関するマタイの記述が始まります。贖いの記述を含む,贖いに至るまでの重要な出来事には,(1)主の贖いを表す儀式である聖餐を設けられた,救い主と弟子たちとの最後の晩餐,(2)肉体と霊の激しい苦痛を受けながらも,御自分ではなく天の御父の御心に従われた救い主のゲツセマネの園での苦しみ,そして(3)裏切り,逮捕,ユダヤ人の議会での裁判が含まれます。
マタイ26章の解説
マタイ26:1-5。イエスを殺そうとたくらんだ祭司長とパリサイ人
過越の祭が近づくと,救い主は裏切りと十字架の刑が近いことを知り,これらの事柄が祭の間に起こると弟子たちに預言されました。祭司長と律法学者たちは,どのように民衆の中に騒ぎが起きないようにイエスを捕らえ,殺すことができるかについて相談するために大祭司カヤパの中庭に集まりました。祭司長と長老たちは, エルサレムの最高議会(サンヒドリン)の宗教と行政面の指導者を代表していました。彼らは,大勢の人々がイエス・キリストを敬っていることを知っており,祭のために多くの巡礼者がエルサレムに滞在しているときにイエスを捕らえようとすると暴動が起きるかもしれないと懸念していました。
マタイ26:6-13。ベタニヤでの油注ぎ
救い主に油が注がれたことに関する洞察については,マルコ14:3-9とヨハネ12:1-8の解説を参照してください。
マタイ26:14-16。「銀貨三十枚」
祭司長は,イエス・キリストを裏切り,彼らの手に渡すことで「銀貨三十枚」を払うとイスカリオテのユダに約束しました(マタイ26:15)。この金額は,「『あなたがたがもし,よいと思うならば,わたしに賃銀を払いなさい。……』と言ったので,彼らはわたしの賃銀として,銀三十シケルを量った」(ゼカリヤ11:12)というゼカリヤの預言を成就しました。モーセの律法によると,銀30シケルは,奴隷の死をその主人に賠償する金額でした(出エジプト21:32参照)。つまり,裏切りの代価は,預言の成就に加え,ユダと祭司長たちが救い主を軽んじていたことも反映しています。
邪悪な行いをするように予任された人はいません。ユダは救い主を裏切ることを選択したのです。聖書のジョセフ・スミス訳は,ユダが裏切った理由の一つが救い主のお教えになった教義であったことを説明しています。「しかし, 十二弟子のひとりでもあったイスカリオテのユダは,イエスを祭司長たちに引き渡そうとして,彼らの所へ行った。彼はそむいて主に従わず,主の御言葉につまずいた。」(ジョセフ・スミス訳マルコ14:31〔英文〕から和訳)
マタイ26:17-30。過越の祭と聖餐(マルコ14:12-25;ルカ22:7-30;ヨハネ13:1-2も参照)
モーセの時代,イスラエルの子らが主によってエジプトでの奴隷の状態から救い出されたことを記念する助けとして,主は過越の祭を設けられました。そのとき,主はエジプト人の第一子を打たれましたが,子羊の犠牲の象徴である血をかもいに付けたイスラエルの子らの家は「過ぎ越され」ました(出エジプト12:3-14,26-32参照)。最後の晩餐で,救い主は,新しい象徴的な記念の「食事」である聖餐を設けられました。過越の祭の象徴を食べることが将来のイエス・キリストの犠牲を暗示し,古代イスラエル人がエジプトの束縛から解放されたことを覚えておく助けとなったのと同様に,聖餐を受けることは,わたしたちを罪の束縛から解放することができるイエス・キリストの贖いの犠牲を覚えておく助けとなります。
十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド長老は,「聖餐式はわたしたちにとっての過越であり,わたしたちが守られ,救われ,贖われていることを思い出させてくれるものであると考えているでしょうか」と問いかけています(「わたしを記念するため,このように行いなさい」『聖徒の道』1996年1月号,73)。
マタイ26:21-22。「主よ,まさか,わたしではないでしょう」
十二使徒は救い主と共にガリラヤとユダヤを旅しました。旅の過程と救い主との交流を通じ,十二使徒は救い主の信頼できる友人となりました。過越の食事の席で救い主が「あなたがたのうちのひとりが,わたしを裏切ろうとしている」と言われたとき,彼らは衝撃を受けたに違いありません。それぞれが順に「主よ,それはわたしですか。」と尋ね始めました(欽定訳〔英文〕マタイ26:21-22から和訳)。十二使徒定員会のボイド・K・パッカー会長は,これらの節にある十二使徒の模範に従って,主と主の僕からの勧告がわたしたちに当てはまるかどうかを考えるように勧めました。
「マタイの第26章から得られる教訓があります。それは最後の晩餐のときです。
『そして,一同が食事をしているとき言われた,「特にあなたがたに言っておくが,あなたがたのうちのひとりが,わたしを裏切ろうとしている。」』(マタイ26:21)
彼らが十二使徒であったことを思い出してください。彼らは,使徒としての資質を持つ人たちです。わたしにとって,彼らがこのときお互いを肘でつつき合って『年長のユダに違いない。最近の彼の様子は実に〔おかしい〕ではないか』と言わなかったのは非常に興味深いことです。これは彼らの持つ幾つかの資質を反映しています。その代わりに,
『弟子たちは非常に心配して,つぎつぎに「主よ,それはわたしですか」と言い出し』たと記録されています。(欽定訳〔英文〕マタイ26:22から和訳)
皆さんにお願いします。勧告を無視しがちな性質を打破し,少しの間だけでも幾らか使徒的な態度を持って,次のように自問してください。『わたしは自分を向上させる必要があるでしょうか,この勧告を真剣に受け入れて行動に移すべきでしょうか,もし弱く,幹部の兄弟たちに従わないか進んで従わない者がいるならば,主よ,それはわたしですか』」(“That All May Be Edified” [1982], 237)
マタイ26:23。「わたしと一緒に同じ鉢に手を入れている者」
鉢に手を入れる習慣に関する洞察については,ヨハネ13:26-27の解説を参照してください。
マタイ26:26-28。聖餐の象徴
最後の晩餐でイエスが聖餐を設けられたとき,イエスは聖餐の象徴がイエスの体と血を表すと十二使徒にお教えになりました(3ニーファイ18:1-3,7,11も参照)。ジェフリー・R・ホランド長老は,聖餐の象徴の重要性について話しました。
「聖餐ではまず最初に,裂かれ祝福されたパンの一切れを取ります。パンは必ず裂かれていなければなりません。このとき,わたしたちは鞭の打ち傷のついた体と打ち砕かれた心,十字架上で『わたしは,かわく』と言われ,最後には『わが神,わが神,どうしてわたしをお見捨てになったのですか』と言われた主の肉体的な苦しみを思い起こすのです。(ヨハネ19:28;マタイ27:46)
救い主の肉体的な苦しみにより,人類すべてが主の憐れみと恵みを通して(2ニーファイ2:8参照),死の縄目を解かれ,墓より復活することができるようになりました。……
次にわたしたちは,水の入った小さな杯を取り,キリストが流された血と,ゲツセマネの園で始まった主の霊的な苦悩と苦痛を思い起こします。ゲツセマネの園で主は,『わたしは悲しみのあまり死ぬほどである』と言われました(マタイ26:38)。イエスは苦しみながらも,『ますます切に祈られた。そして,その汗が血のしたたりのように地に落ちた』(ルカ22:44)。
救い主の霊的な苦しみと流された無垢の血は,愛を込めて,万人のためにささげられました。主はそれにより,アダムの背き,すなわち『最初のとが』の代価を支払ってくださったのです(モーセ6:54参照)。さらにキリストは全人類の罪,悲しみや苦痛のために苦しまれ,主が教えられた福音の原則と儀式に従うかぎり,わたしたちの罪を贖ってくださったのです(2ニーファイ9:21-23参照)。使徒パウロが書いているように,わたしたちは『代価を払って買いとられた』のです(1コリント6:20)。何と高価な代価であり,また何と憐れみ深い買い主でしょう。
このようなことを思い起こすため,福音の儀式はすべて何らかの意味で主イエス・キリストの贖いに焦点が置かれているのです。特に聖餐の儀式には深い象徴的な意味があり,ほかの儀式よりも頻繁に行われ,わたしたちの生活に溶け込んでいます。」(「わたしを記念するため,このように行いなさい」,72-73)聖餐に関するさらなる情報については,1コリント11:17-29の解説を参照してください。
マタイ26:26-29。救い主の贖いを記念する
聖書のジョセフ・スミス訳は,救い主が聖餐の儀式を行い続けるよう弟子たちに命じられたことを明確にしています。これらの節は,聖餐の目的の一つが,救い主に従う人々に主の贖いを記念する機会を与えるためであることも明白にしています。
「一同が食事をしているとき,イエスはパンを取って裂き,それを祝福して,弟子たちに与えて言われた。『取って食べなさい。これはあなたがたのために贖いとして与えるわたしの体を記念するものである』
また杯を取り,感謝して彼らに与えて言われた,『みな,この杯から飲みなさい。
これは,罪の赦しを得させるようにと,わたしの名を信じるすべての人のために流すわたしの新しい聖約の血を記念するものである。
わたしはあなたがたに戒めを与える。あなたがたは,わたしが行うのを見たそのことをあなたがたも努めて行い,最後までわたしのことを証しなさい。
あなたがたに言っておく。わたしが来て,わたしの父の国であなたがたと共に,新しく飲むその日までは,わたしは今後決して,ぶどうの実から造ったものを飲むことをしない。』」(ジョセフ・スミス訳マタイ26:22-26〔『聖句ガイド』内「聖書のジョセフ・スミス訳〔抜粋〕」マタイ26:22,24-25。23,26節はジョセフ・スミス訳〔英文〕から和訳〕。新約聖書のマタイ26:26-29と比較。)
マタイ26:28。「これは……わたしの契約の血である」
「これは…わたしの契約の血である」(マタイ26:28)という救い主の言葉は,旧約聖書の重要な言葉遣いを示唆しています。契約と訳された言葉は,「聖約」を指す場合もあります。主がイスラエルの子らと聖約を交わされたときに,民は主の言葉に従うことを聖約しました。モーセは主に犠牲をささげ,その血を取って,『見よ,これは主が…,あなたがたと結ばれる契約の血である』と言って民に注ぎかけました(出エジプト24:8;出エジプト24:3-8も参照)。マタイ26:28に記録されているように,イエス・キリストがこの言葉を示唆されたとき,イエスは新たな「契約」,つまり聖約が,古い聖約と同じように血によって確立されようとしていたこと,また,犠牲の血がモーセの時代の民を象徴的に覆ったように,主がわたしたちのために流される血がわたしたちの罪を覆い,消し去ることをお教えになりました。
Peace I Leave with You, by Walter Rane.「これは……わたしの契約の血である」マタイ26:28。
預言者エレミヤは,「主は言われる,見よ,わたしがイスラエルの家と……新しい契約を立てる日が来る」と記録しました(エレミヤ31:31)。これはイスラエルが主と交わした古い聖約が取って代えられることを示していました。イエスがぶどう酒の杯を使徒たちに与えられたとき,イエスは,古い聖約の成就と,新しい聖約の成立を示しておられたのでした。
マタイ26:29。救い主は「ぶどうの実から造ったもの」を飲まれる
マタイ26:29に記録されているように,救い主は,御父の王国でもう一度弟子たちとともに飲むまでは,ぶどうの実から造ったものを飲まないと弟子たちに告げられました。このように,聖餐は救い主の贖いを象徴するだけではなく,救い主が栄光のうちに地上に戻られるときを期待して待ち望みます(1コリント11:26参照)。
末日において,主は預言者ジョセフ・スミスに対し,主が将来地上でぶどうの実から造ったものを飲まれるときの詳細を明らかにされました。教義と聖約27章に記録されているとおり,主は,モロナイ,エライアス,バプテスマのヨハネ,エリヤ,アブラハム,イサク,ヤコブ,エジプトに売られたヨセフ,ペテロ,ヤコブ,ヨハネ,そして「すべての者の先祖……であるミカエル,すなわちアダム」などの多くの古代預言者を含む,主に従う者たちとともに地上で再び聖餐を受けられることを明らかにされました(教義と聖約27:4-14参照)。主に従う者には,「父が世からわたしに与えてくださったすべての者」が含まれます(教義と聖約27:14)。これは,わたしたちが交わした聖約に正直かつ忠実であり続け,最後まで堪え忍ぶならば,将来救い主とともに聖餐の象徴を受ける者の中にわたしたちが数えられるという意味です。
マタイ26:30。「彼らは,さんびを歌った後」
最後の晩餐の終わりに救い主と弟子たちが歌った「さんび」は,恐らくハレルと呼ばれる詩篇113-118篇からの伝統的なユダヤ教の暗唱であったと思われます。従来,詩篇113-114篇は過越の祭の食事の始めに歌われ,詩篇115-118篇はその食事の正式な締めくくりの一環として歌われました。
マタイ26:31-35。「今夜,あなたがたは皆わたしにつまずくであろう」
救い主と弟子たちが二階の広間を出てオリブ山に向かって歩いていたとき,救い主は弟子たちに,その夜全員が主につまずくだろうと言われました。その後,救い主は「わたしは羊飼を打つ。そして,羊の群れは散らされるであろう」と言って,ザカリヤ13:7にある預言を参照されました(マタイ26:31)。ペテロは,自分は決して主につまずかないと答えましたが,イエスのペテロへの返答は,イエスがペテロ自身よりもペテロのことをよく御存じであったこと,そして同様に,わたしたち自身よりもわたしたちそれぞれのことをよく御存じであることを表しています。その夜遅くに救い主が捕らえられた後,弟子たちは一時的に散り散りになり,ペテロは救い主を3度否定しました。
羊飼いが打たれるというこの預言は,御自身の来るべき死に対して弟子たちを備えるために,現世における務めにおいて救い主が述べられた多くの事柄の一つです。このような預言の例は,マタイ12:38;16:21;17:9,22-23;20:17-19;21:33-39に記述されています。
マタイ26:36。「ゲツセマネという所」
エルサレムの城壁のすぐ外にあるオリブ山の上,またはその近辺にあるゲツセマネは,救い主がしばしば訪れられたオリーブの木の園でした(ルカ22:39;ヨハネ18:1-2参照)。救い主はその夜,全人類の罪のために苦しみを負い,無限の贖罪を成し遂げるためにゲツセマネに来られました。ゲツセマネの園は,エルサレムの神殿の東方にあります。モーセの律法に定められているとおり,だれかが燔祭をささげたいとする場合,その人は「雄牛の全きもの」を選び,それを会見の幕屋の東の入口で祭司にささげました(レビ1:3)。新約時代,ささげ物はエルサレムの神殿の東門で祭司にささげられました。これらの行為は,ゲツセマネの園で救い主が御自身を御父にささげられることのひながたとして見なすことができます。
イスラエルのハゾルにある古代のレバー式オリーブ搾油機の復元物。レバーに吊るされた重りが,つぶしたオリーブを入れてから積み重ねたかごに圧力をかけると,かごから油がにじみ出て,石盤に流れ出ます。
Photograph by James Jeffery
十二使徒定員会のラッセル・M・ネルソン長老は,次のように説明しています。「そこはヘブライ語で『ゲツセマネ』と呼ばれる園で,『オリーブ搾り』を意味し,オリーブをつぶして油や食糧にする場所でした。主はそのゲツセマネで,『すべての人が悔い改めて自分のもとに来ることができるように……すべての人の苦を引き受け』られたのです。」〔教義と聖約 18:11〕主は全人類の罪の重荷を自ら負われ,その苦しみのためにあらゆる毛穴から血を流されました〔ルカ22:44;教義と聖約19:18参照〕。」(「贖い」『聖徒の道』1997年1月号,40)
次の記述は,オリーブから絞り出された油が,ゲツセマネでイエス・キリストが流された血を視覚的に表現することができる一つの方法を説明しています。
「ある秋学期,わたしは自らオリーブを収穫して油を搾る活動に参加するBYUエルサレムセンターの学生たちを監督しました。オリーブはヤム(yam)という石盤に置かれ,実をつぶすための石が,オリーブから油がにじみ始めるまで石盤上で何度も押し転がされました。油が石灰石の石盤の淵から流れ落ち出すと,それは毎年新たな圧搾作業の最初の瞬間に見られる独特の赤い色をしていました。
そのとき,古代の圧搾工程の再現に立ち会うためにオリーブ圧搾機を取り囲んでいた170人の学生たちが息をのむのが聞こえました。それは,油が通常の黄金色に戻るまで,驚くべき,むしろぞっとする瞬間でした。わたしは,そのグループの全員が,これが起こるのを見ながら同じことを考えたと思います。それは,わたしたちが話し合った象徴の単なる見事な確証以上のものでした。わたしたちのすぐ目の前で,ゲツセマネを現実的に映し出すものだったのです。『油絞り』を意味する『ゲツセマネ』と呼ばれる場所で,救い主は全人類のために無限かつ永遠の贖いを行われ,わたしたちに代わって血を絞り出されたのです。」(Andrew C. Skinner, Gethsemane [2002], 89-90)
マタイ26:37,40-45。主はペテロ,ヤコブ,ヨハネを連れて行かれた
主は,以前と同様に,ペテロ,ヤコブ,ヨハネを他の使徒たちから区別されました(マタイ17:1;マルコ5:37参照)。このときに主が彼らを選別された理由は分かっていませんが,主が天に昇られた後で彼らが教会を管理することは分かっています。ゲツセマネでの経験が,救い主の苦しみについての貴重な知識を彼らに与え,彼らが後に贖いの証人としての役割を果たすことを可能にしたのかもしれません。この経験を通じて,彼らは「心は熱しているが,肉体が弱い」ため,「誘惑に陥らないように,目を覚まして祈〔る〕」必要があることを学びました(マタイ26:41)。
マタイ26:37-39。ゲツセマネでの救い主の苦しみ
マタイの記述はゲツセマネでの幾つかの出来事について教えてくれますが,わたしたちは,追加の聖文や預言から,そこで起こった事柄の意味を学びます。ベニヤミン王は,イエス・キリストが「肉体の苦痛や飢え,乾き,疲労」と,「御自分の民の悪事と忌まわしい行いのため〔の〕……苦しみ」を感じられたと教えました(モーサヤ3:7)。アルマは,イエスが「肉において御自分の心が憐れみで満たされるように,また御自分の民を彼らの弱さに応じてどのように救うかを肉において知ることができるように」,御自分の民の苦痛,苦難,試練,病,そして弱さを経験されたと記録しました(アルマ7:11-12参照)。アルマはまた,「神の御子は御自分の民の罪を負い,御自分の解放の力によって彼らの背きを取り消すために,肉において苦しみを受けられる」とも言いました(アルマ7:13)。
十二使徒定員会のリチャード・G・スコット長老は,贖いを遂行することにおいて,救い主が大きな苦難に直面されたと述べました。
「まず,計り知れないほどの責任の重さです。これを完全に成し遂げないかぎり,天の御父の子供たちは一人もみもとに帰ることができないということを救い主は御存じでした。子供たちは御父の御前から永久に追放されます。なぜなら律法を破ったことを悔い改める方法はありませんし,清くない者は神とともに住むことができないからです。御父の計画は無効になり,霊の子供たちは皆,永遠にサタンの支配の下で苦しむことになるのです。
第2に,絶対的に清い思いと心をお持ちの救い主が,人類が出遭うあらゆる苦しみを,最も邪悪で卑劣な罪が引き起こす苦悩までも経験なさらなければならなかったということです。
第3に,救い主は,肉体的にも精神的にも限界まで追い込まれているときに,サタンの手下たちの猛烈な攻撃に耐えなければなりませんでした。そして,力が限界に達し,最も助けを必要としていたときに,わたしたちには十分理解できないある理由のために,御父は重い責任を救い主御一人に背負わせ,救い主が御自身の力と能力のみで担うに任されたのです。」(「生きて変わらぬ主,御名に栄えあれや」All Glory to His Name!”『リアホナ』2010年5月号,76-77)
O My Father, by Simon Dewey
七十人会長会のタッド・R・カリスタ―長老は,全人類を悪魔から解放するために,ゲツセマネ,そしてその後十字架の上でイエスが耐えられた事柄を幾つか説明しました。「サタンの力は,容赦ない激しさで,あらゆる局面において救い主を攻撃したに違いありません。救い主は,すべての囚人が悪魔の執拗な影響力から解放されるまで,大胆不敵な攻撃の中を推し進まれました。これは,無限の影響を伴う救出使命だったのです。この苦しみの中で,集結し得る救い主のすべての筋力,すべての徳,すべての霊的な貯えが奮い起こされたでことしょう。すべての精力が枯渇し,すべての能力が使い果たされ,すべての力が行使されたはずです。すべてが使い尽くされたように見えたときに初めて,悪の力はその守りを放棄し,悲惨な敗北を喫して逃げ出すことになったのです。……偉大な解放者はわたしたちを救ってくださいました―その時代を救い,永遠を救ってくださったのです。しかし,まったく何という戦いだったのでしょう。何という傷,何という愛,何という犠牲だったのでしょう。」(The Infinite Atonement [2000], 130-31)
ゲツセマネでのキリストの苦しみを心に思い描く助けとするために,LDS.orgで視聴できる聖書ビデオ—イエス・キリストの生涯から,ビデオクリップ「ゲツセマネで苦しみもだえる救い主」(8分31秒)を視聴してください。このビデオクリップはマタイ26:36-57を取り上げたものです。
マタイ26:39。「わたしの思いのままにではなく,みこころのままになさって下さい」
「わたしの思いのままにではなく,みこころのままになさって下さい」という救い主の言葉は,天の御父に対する主の従順を表しています(マタイ26:39)。贖いの苦い杯を飲むことができるように主を支え,強めたのは何だったのでしょうか。もちろん,これには多くの要因がありました。聖文と預言者の教えは,この質問に対する答えを幾つか提供してくれます。
主は,天の御父に対するこの上ない,完全な愛と献身を動機としておられました(ヨハネ8:29;17:1-26参照)。「自分の命を与えたほどにこの世を愛した」と明かされました(教義と聖約34:3。1ニーファイ19:9も参照)。「自分の前におかれている喜びのゆえに,……十字架を忍」ばれました(へブル12:2)。ロレンゾ・スノー大管長(1814-1901年)は,贖いには「御父がイエスに課された事柄を成し遂げるために,〔イエスが〕持っておられたすべての力と,呼び起こすことができたすべての信仰が必要だった」(The Teachings of Lorenzo Snow, comp.Clyde J. Williams [1984], 98)と教えました。
ゲツセマネの園で救い主が御父の御心に従われたことは,わたしたちの模範となり,生活の中で神の御心に従うようにわたしたちを招いています。十二使徒定員会のロバート・D・へイルズ長老は,次のように説明しました。「次のように天の御父に祈るには,大いなる信仰と勇気が必要です。『わたしの思いのままにではなく,みこころのままになさって下さい』〔マタイ26:39〕。主を信じ,堪え忍ぶという信仰は偉大な強さをもたらします。皆さんの中には,自分に十分な信仰があれば,時には試練や苦難を引き起こす環境を変えられる,と口にする人がいるかもしれません。信仰を用いるのは,環境を変えるためでしょうか,それとも環境に対して堪え忍ぶためでしょうか。これからも,人生の様々な局面を変え,わたしたちが遭遇している状況を和らげてくださるよう,信仰を込めた祈りをささげられるかもしれませんが,祈りを終えるときは常に,『みこころが行われますように』(マタイ26:42)という思いを持たなければなりません。主への信仰には主に対する信頼も含まれます。」(「忍び抜いた人たちはさいわいであると,わたしたちは思う」『聖徒の道』1998年7月号,83)
マタイ26:47-50。救い主への裏切り
新約時代,男性は,頬に接吻して互いにあいさつすることが習わしでした(ローマ16:16;1コリント16:20;1テサロニケ5:26参照)。このようなあいさつは,特に生徒が偉大なラビに行うときに,尊敬を表す象徴となりました。彼らは兄弟愛と友情を伝え合ったのでした。従って,イエスがユダに「友よ,なんのためにきたのか」(マタイ26:50),そして「接吻をもって人の子を裏切るのか」(ルカ22:48)と言われたときのイエスの言葉には皮肉が含まれていました。
Judas Betraying Jesus with a Kiss, by James Tissot
マタイ26:51-54。救い主には天の使いの軍団を呼び寄せることも可能であった
祈って「天の使いたちを十二軍団以上」(マタイ26:53)も呼び寄せることができるという救い主の言葉は,逮捕と,それに続く虐待に主が進んで屈服されたことを正しく認識するために役立ちます。文字どおりに解釈すると,「天の使いたち…(の)十二軍団以上」は36,000から72,000人の天使になります。数日前のいちじくの木に対する救い主ののろいは,主が言葉で破壊することがおできになることを明らかにしました(マタイ21:19-20参照)。救い主は,御自身を守る力をお持ちでしたが,このときはそれを使わないことを選択されました。モルモン書の預言者ヤコブは,「あなたがたを刺し貫き,一目であなたがたを地に打ち倒すこともおできになる」と言って,主の御力を彼の民に教えました(ヤコブ2:15)。
後に七十人になったジェラルド・N・ランドは,救い主が経験された虐待から御自分を守るために御力をお使いにならないという自主的な選択について書きました。
「その力,その光,その栄光が宇宙に秩序をもたらす御方,口にするだけで太陽系,銀河,星を創造された御方が邪悪な男たちの前に立ち,何の価値も無い者として裁かれるのを想像してください。
イエスを裁判に引き連れて行ったこれらの男たちに対してイエスが何をなし得られたかを考えてみると,イエスが御自分を低くされたことに対して新たな異なる認識をします。ユダがゲツセマネの園に兵士と大祭司を連れて来て,接吻でイエスを裏切ったとき,イエスは一言口に出すだけでエルサレムの都全体を完全に破壊することができました。大祭司の僕が進み出て顔を平手で打ったとき,イエスは指一本動かすだけでこの男を土に返すことができました。別の男が進み出て顔につばをかけたとき,イエスはまばたきするだけで太陽系全体を絶滅させることができました。しかし,イエスはそこに立ち,耐え,苦しみ,御自分を低くされたのでした。」(“Knowest Thou the Condescension of God?” in Bruce A. Van Orden and Brent L. Top, eds., Doctrines of the Book of Mormon: The 1991 Sperry Symposium [1992], 86)
ペテロが大祭司の僕の耳を切り落としたときのイエス・キリストの対応は,イエスに危害を加えようとした者に対してさえもおかけになった神の御子の哀れみを示しています。
マタイ26:57。カヤパとはだれか。
カヤパの中庭だと言い伝えられている場所へ続く階段
Photograph by James Jeffery
カヤパは紀元18年から36年まで務めた大祭司で,紀元7年から14年までの大祭司であったアンナスの義理の息子でした。カヤパはサドカイ人に属していました。新約時代,大祭司の地位は,正当な神権の職ではなく,腐敗した政治的な役職となっていました。カヤパは,新約時代のほかのどの大祭司よりも長い間この地位に就いており,そのことがポンテオ・ピラトなどのローマ政府の指導者と密接な協力関係にあったことを示しています。
大祭司としてのカヤパの責任には,さい銭箱の管理と神殿の儀式の監督が含まれており,そこからかなりの大金を得ていました。これらの神殿での責任のため,彼は恐らく,救い主が宮の庭を清められたことを彼の権力に対する挑戦であり,彼の富に対する脅威だと見なしたのでしょう(マタイ21:12-15参照)。救い主がラザロを死からよみがえらせた後,カヤパはイエスを殺す必要があると言い,この陰謀を先導した可能性さえあります(ヨハネ11:49-53参照)。大祭司として,カヤパはサンヒドリンを管理し,イエス・キリストが捕らえられた夜の中心的な尋問者の一人でした。
マタイ26:59。「イエスを死刑にするため」
マタイ26:59で言及されている議会はエルサレムの最高議会(サンヒドリン)でした。これは,レビ人,祭司長,律法学者,パリサイ人,サドカイ人,その他政治団体の人々を含む合計71人の組織で,大祭司が全員を管理しました。その当時の大祭司はカヤパでした。これは,ユダヤの最高法廷であり,エルサレムの最高立法評議会でもありました。おもな機能はユダヤの律法を解釈し,ユダヤ人の生活を規制することでした。祭司長と議会のその他の者は,「 イエスを死刑にするため,イエスに不利な偽証を求めようとして」いました。これは,彼らが信頼性のある証人を見つけることができず,イエスに対する申し立てが弱かったこと,そして彼らの行為が計画的であったことを示唆しています(『聖句ガイド』「サンヒドリン」の項も参照)。
マタイ26:61-66。冒瀆の罪
定義によると,冒瀆とは神をののしる,侮辱する,あざける,またはのろうことを意味します。イエス・キリストはこれらのことをまったく行いませんでしたが,カヤパは救い主の「力ある者の右に座〔す〕」という言葉を冒瀆と見なしたのでした(マタイ26:63-64参照)。しかし,救い主の聖なる力と権能に対する主張は,それが真実でなかった場合にしか冒瀆とは言えませんでした。カヤパがこれを聞いたとき,彼は衣を引き裂いて,救い主が神を汚したと宣言しました。これはモーセの律法によると死刑に値する罪でした(レビ24:11-16参照)。カヤパと議会の議員は,救い主がこれで「死に当たる」ことになったと宣告しました。しかし,冒瀆はユダヤ人の問題で,ローマ人には関係のないことだったため,ユダヤ人の指導者たちは,イエスをピラトのところへ連れて行くときには扇動の罪に変えました。扇動の罪に関するさらなる情報については,マルコ15:1-2の解説を参照してください。
マタイ26:64。「あなたがたは,間もなく,人の子……を見るであろう」
「人の子」を見ることについての救い主の言葉(マタイ26:64)に関する洞察は,マルコ14:53-65の解説を参照してください。
マタイ26:66-68。ユダヤ人議会による救い主への虐待
ユダヤ人指導者たちの前で裁判にかけられた神の子は,身体的にひどい状態であったと思われます。尋問前の数時間,イエスはゲツセマネで激しい苦痛を経験されました。ケデロンの谷を行き来されました。失血による影響,そして恐らく弱った体への夜の冷気の影響も感じておられたことでしょう。また,恐らく何時間も眠っておられなかったでしょう。救い主は,この弱った身体状態で,告発者の手によるさらなる虐待に直面されました。ニーファイは,「人の子らに対して愛にあふれた優しさと寛容に富んでおられる」ために,救い主は浴びせかけられる侮辱と虐待を進んでお受けになると預言しました(1ニーファイ19:9)。
ユダヤ人指導者たちはイエス・キリストの顔につばきをかけ,こぶしで打ち,手のひらでたたきました(マタイ26:67参照)。イエスに目隠しをして,嘲弄しました(マルコ14:65;ルカ22:63-64参照)。使徒ペテロはその後「キリストも,あなたがたのために苦しみを受け,……ののしられても,ののしりかえさず,苦しめられても,おびやかすことをせず」と述べました(1ペテロ2:21,23)。
七十人のブルース・D・ポーター長老は,贖いには,救い主が罪を犯すことなくユダヤ人とローマ人の虐待に耐えることが必要であったと教えました。「様々な試練の中でイエスがお受けになった残虐行為と侮辱は,キリストをつまずかせようとするルシフェルの最後の抵抗を表していました。不機嫌な言葉,怒りをあらわにする,自己憐憫や高慢に一瞬甘んじることさえをも含む,たった一つの過ちですべてが失われてしまいます。このために,いわれのない非難,冒瀆的な罵声,いばらの冠,骨が編み込まれた鞭による恐ろしい鞭打ちの刑,あざけりの王の外套,つばの吐きかけ,愚弄,兵士たちの殴打といった可能なかぎりすべての侮辱が救い主に浴びせられたのです。この悲惨な劇的な出来事はすべて,ゲツセマネでの贖い主の勝利を無に帰す方法をまだ見つけられるかもしれないと期待したルシフェルによって操られていました。」(The King of Kings [2000], 106-7)
マタイ26:69-75。ペテロによるイエス・キリストの否定(マルコ14:66-72も参照)
Peter’s Denial, by Carl H. Bloch
スペンサー・W・キンボール大管長(1895-1985年)は,3度救い主を否定するというペテロの行いを考えるときは,救い主に対するペテロの多大な愛と,救い主の彼に対する信頼を思い起こすように勧めました。
「ペテロの心理的な反応が何だったか,あの悲惨な夜に彼がした事をペテロに告白させたのが何だったのかを理解しているふりをするつもりはありません。しかし,ペテロの疑う余地のない勇敢さ,度胸,多大な献身,そして主に対する無限の愛を考慮して,彼をとりあえず信じ,救い主は彼を完全に赦されていると思えることから,少なくとも彼を赦すことはできないでしょうか。キリストは,ほぼ即座にペテロをキリストの教会の最高の地位に引き上げ,王国の完全な鍵を彼に授けられました。
……鶏が夜明けを知らせるのを聞き,ペテロは,主を否定したことだけでなく,主が言われたことはすべて,十字架の刑でさえも成就することを思い起こしました。彼は外に出て激しく泣きました。彼の涙は個人的な悔い改めのためだけだったのでしょうか,それとも彼の主であり,教師である御方の避けられない定めと,彼自身の大きな損失に気づいた悲しみの涙が混ざっていたのでしょうか。
彼が信者の一団の長として,最初に墓に来た人々の一人となるのは,ほんの数時間後です。彼が聖徒を集め,小さくても強く,結束した団体を組織するのは,ほんの数週間後です。牢で苦しみ,暴力を受け,虐待され,キリストが予言したとおり「麦のようにふるいにかけ」られるのも,さほど先の話ではありません。(ルカ22:31参照)」(Peter, My Brother, Brigham Young University Speeches of the Year [July 13, 1971], 5)ペテロの否定に関するさらなる情報については,ヨハネ18:15-18,25-27の解説を参照してください。