絶望から希望と喜びへ
FIREを目指して
わたしは、いつか独立したいという目標を掲げて仕事に励み、30歳の時に会社を設立しました。加えて50歳までにはFIREすることを目指しました。資産を築いて早期退職し、悠々自適に暮らしたいと思い、当時はハワイかオーストラリアの海辺に移住するつもりでいました。仕事にも時間にも追われることなく、海外でもっと自由に、縛られずに生きたいと思ったのです。
20年程がむしゃらに働き、夢に向かって
億万長者からの転落
ところが2010年の春、48歳のとき、わたしは全財産を失いました。その前年、あの1億1,000万円全額を、ある資産運用会社の社長に預けたのが始まりです。海外のファンドを使ってその資金を運用してもらい、毎年固定で8%の配当金、約700万円をもらうという契約内容でした。年間700万円あれば、一人で暮らしていくには十分な金額です。わたしは海外移住に向けてのんびりと情報収集をしていました。
しかし、契約を結んで1年後、そろそろ初回の配当金が入る頃を過ぎても入金はありません。約束の日から数か月が過ぎ、社長との連絡を試みるも、音信不通。当の会社に問い合わせたところ、わたしが信用してお金を預けた社長はすでに辞めていました。後を引き継いだ社長に聞いても、「そんな話は何も知らない、お金も何も残っていない」の一点張りです。訴えることもできましたが、そうなると金融庁の査察が入り、会社が立ち行かなくなることは明らかです。何も知らない、残された従業員たちが職を失ってはかわいそうだと思い、何もしませんでした。
お金を持ち逃げされ、突然収入も資産も失ったわたしは、住宅ローンも車のローンも払えなくなり途方に暮れました。住宅は任意売却しましたが、バブルが弾ける頃に買った相当な金額の物件でしたから、そのときにはローンの残債よりもはるかに低い金額でしか売れません。乗っていた高級車は差し押さえとなりました。残ったのは事務所として使っていたマンションと2,700万円の借金だけです。おまけに経営していた保険会社は顧客を含めて売却してしまっていたため、元の仕事に戻ることもできず、無職の状態です。就職活動に励みましたが、50代目前のわたしを雇ってくれる会社はありませんでした。
声が聞こえた
相当なストレスがかかったのでしょう。詐欺に遭った翌年の1月、気づくと喉に4cm大のしこりができていました。検査の結果、喉頭がんと判明し、すでにステージ4の状態でした。なんだか声がかすれるという自覚症状はあったのですが、あまりに落ち込み、鏡を見ることもなくなっていましたから、発覚したときにはかなり進行していたようです。手術しかないと言われても、手術代を支払うことすらできません。それからというもの、何とかお金を工面してもらえないかと知り合いを当たりましたが、だれも助けてはくれません。最後の頼みの綱と思って訪ねた知人宅でも、援助を断られてしまいました。
「もう死ぬしかない。」そう思いました。バイクで家を出るときは快晴だったのに、帰り道は雨が降り出し、まるで自分の人生のようだと思いました。当時は滋賀県に住んでいて、帰り道に琵琶湖大橋を通ります。橋の最高点から湖面まで26メートル余りあるため、自殺の名所としても知られているところです。「あそこで自殺しよう。」そう思って雨の中、バイクを走らせました。
そのとき、自分の内で声が響きました。
「今がどん底だから、これから起こることは、上昇しかない」
─驚きました。これまで目に見えないものは信じず、神の存在や宗教を否定してきた自分に、声が聞こえたのです。一生懸命生きてきたのにだまされて、こんなに苦しい思いをして、一体何があるというのだろう。自分の人生おいて、何か気づかなければならないことがあるのだろうか。確かにこれがどん底の状態なら、ここからはい上がっていけるのでは─希望が湧き、何とかなる気がしてきました。急に空が明るくなり、見上げると、雲間からすぐ近くまで光の柱が降り注ぎ、吸い込まれるようです。祝福されていると感じ、「もう一度頑張ってみよう」と思えた瞬間でした。
スピリチュアルとの出会い
まずは喉頭がんを治そうと思い立ちました。お金がないため、自然療法について調べていく中で、心理学者のユングにたどり着きました。彼が瞑想によって病気を治した話を知り、自分にはその方法が合いそうだと思ったのです。時間だけはありましたから、鏡に向かい、ユングの手法を参考にして1日に何時間も瞑想しました。長い時間没頭していると、「治したい」「つらい」といった思いはなくなり、神聖な力につながっていく、何の心配もなくなっていくのを感じました。2週間続けたところ、しこりが綺麗になくなりました。がんが消えたことに対し、医師たちは首をかしげるばかりです。
その瞑想をきっかけに、スピリチュアルの世界にのめり込むようになりました。修行のため、インドに10回渡ったほどです。その過程にあって、自分をだましたあの社長を赦すこともできました。いつまでも恨んでいたところで、自分がつらいだけです。相手を赦すことは自分を赦すことだと気づき、生きるのが楽になりました。
ところが2018年、再びがんが見つかりました。今度は前立腺がんのステージ4です。前回と同様、瞑想で治せるものと思っていましたが、どれだけやっても治りません。どうしたものかと悩んでいたときに、インドネシア発祥のスブドに出会いました。宇宙根源の神のエネルギーを受けるだけで浄化が起こるというものです。スブドを始めて3か月で前立腺がんが寛解し、借金もゼロになりました。ところがスブドは宗教ではないため教義がなく、指導者や預言者もいません。次第に自分の中で、もっと明確な道標を得たい、もっと神様について知りたいという欲求が高まってきました。
そんな折、何気なくSNSを見ていると、「神様について知りたいと思いませんか?」という問いかけが目に飛び込んできました。末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師が発信していた動画です。自分からコンタクトを取り、その当日にはレッスンを受け始めました。2024年6月のことです。
神様の力が働いている
教会に来てみると、会員の方々は親切で温かい人ばかり、そして、いわゆる波動の高い人が多いと感じました。頭で理解するのは苦手ですが、とにかく何でも行動してみるのがわたしです。まず聖餐会に出てみると、良い気持ち、確かなエネルギーを感じました。ある方のバプテスマ会に出席した際には、聖霊の賜物を授ける儀式の際に、ものすごい御霊が降りてきたのを感じました。会員の方に誘われ、神殿の見学会にも行きました。推薦状デスクの手前に置いてあるいすに30分程腰かける中で、ものすごい静寂、空気の清さを感じました。さらに、神殿別館の一階に展示されている神殿内部のパネルを見学していると、日の栄えの部屋のパネル前で強烈に感じるものがありました。
これまでに他のキリスト教宗派の勧誘を受け、その集会に参加したこともあります。そこでも同じように賛美歌や説教がありましたが、終始まったくエネルギーを感じませんでした。ところがこの教会では、聖餐その他の儀式だけでなく、賛美歌やお祈り、聞こえてくるものの裏側に、神様の力が働いているのを感じるのです。モルモン書を読んでいても、確かにエネルギーを感じます。そうした実感を重ねる中で、「やっぱりここが正しいんだ、間違いないんだ」という確信が強まっていきました。教わったことを最初からすべて理解できたわけではありませんが、とにかく信じて、やってみて、その中で学んでいこうと思いました。そうして2024年12月、わたしはバプテスマの門をくぐったのです。
イエス・キリストと心を合わせる
今では毎週神殿に参入しています。初めて身代わりのバプテスマを受けたときには、神様のエネルギーが、御霊が、自分の体を通して死者の方に流れていくのを感じました。亡くなられた方の霊が喜んでいるのはもちろん、その代理をする自分の魂も磨かれていく、浄化されていくのを感じて感動しました。これはもう、「やらないと損だ」とまで思いました。神殿で儀式をすることにより、自分の霊がロケットに乗ったような勢いで上昇し、聖められ、成長していることを実感しています。スピリチュアルの世界に目覚めてからというもの、一番の関心事は「霊的な成長」になりましたが、改宗後はそのスピードが増していて、インドで修行していたころよりも遥かに進んでいると感じます。今では出会う人々に自分の体験を分かち合い、「一緒にやらへん?」と誘っています。
神殿に通う中で、教会の教えも自然と腑に落ちるようになりました。例えば、「打ち砕かれた心」と聞いたとき、初めは頭の中がクエスチョンマークでいっぱいでした。「聖句ガイド」を通して教わっても、わたしには理解できません。ところが翌週神殿に行ったところ、スピリチュアル的に言えば、「打ち砕かれた心」とは、エゴが消滅して神にすべてを託す状態だと理解して納得しました。スピリチュアルの世界では、この状態は「覚醒」と呼ばれますが、修行でエゴをなくそうとすればするほど、エゴが出てきて一向に解消できないものです。ところが末日聖徒イエス・キリスト教会では、「イエス・キリストと心を合わせる」ことによって、エゴがなくなるのを感じました。
また、この教会は他の宗派と異なり、アダムとエバが禁断の実を食べたことを原罪とは言いません。それどころか、それによって人類が始まった、すべては神様の計画であると前向きに捉えます。この教えを知ったときに、福音には希望があると感じました。モロナイ書にはこうあります。「したがって、信仰がなければならない。もし信仰がなければならないとすれば、希望もまたなければならない。そして、もし希望がなければならないとすれば慈愛もまたなければならない。」「キリストは……『信仰があれば、あなたがたは、わたしの心にかなうすべてのことを行うことができる』と言われた。」この教会では、信仰を持つことによって希望と慈愛が生まれると説きます。また、イエスの心にかなうのであれば、どんなことでも行うことができるというのです。そこには不幸がありません。どんな悲惨な状況からでも、希望を持って前進する力が湧いてきます。一時は自殺も考えた絶望の状態から、今では日々希望と喜びを持って生きているわたしがいるのです。
新たな目標
改宗をしてから、新たな目標ができました。もう一度会社を立ち上げること、再び住宅を購入すること、そして、この教会で伴侶を見つけ、結び固めの儀式をすることです。教会で皆さんの仲むつまじい様子を見て、究極の幸せが家庭にあることを知って、日の栄えにおける「永遠の家族」を味わってみたいと思えたのです。
自分が頑張ってきたことに対しての成功報酬、稼ぎや名声といったものは、条件付きの報い、一時的なものであって、いつかは消えてしまいます。そういったものよりも、今の方がほんとうに幸せです。何気ないこの日常において、神様がともにおられる感覚、安心感、充実感、それだけで満足であり、経済的には困難があっても心がものすごく満たされているのです。それは何にも代えられません。
最悪の状況から、わたしはここまで変わりました。わたしの信仰は、ただの気休めではありません。厳しい現実社会を生き抜き、神のような体験をすること、その力がこの教会にはあると確信しています。どん底の人生をここまで逆転できたのは、末日聖徒イエス・キリスト教会に出会い、信仰を抱いたおかげであると証します。◆