キリストと聖約を探す—旧約聖書を読むうえでのニーファイの鍵
ニーファイはあなたの研究の助けとなる洞察を幾つか分かち合っています。
「キリストの面影」ハインリッヒ・ホフマン画、C. Harrison Conroy Co., Inc.の厚意により掲載
わたしは旧約聖書を読むのが大好きです。長年にわたって、喜びをもたらし理解を増し加えてくれる二つの鍵を、旧約聖書に見いだしてきました。その鍵とは、キリストと聖約です。
今年旧約聖書を研究しながら、キリストと聖約を見つける方法を幾つか紹介します。
キリストを探す
真鍮の版から聖文を読んだニーファイは、次のように述べています。「見よ、わたしは、キリストの来臨が真実であることを、わたしの民に立証することに喜びを感じる。モーセの律法は、まさにそのために与えられたのである。世の初めから神が人に与えてこられたすべてのものは、キリストの予型である。」(2ニーファイ11:4)
わたしたちは様々な面で、旧約聖書にイエス・キリストを見つけることができます。
「モーセと青銅の蛇」ジュディス・A・メア画;「十字架上のキリスト」カール・ハインリッヒ・ブロッホ画
旧約聖書の神
現代の啓示を通して、イエス・キリストが旧約聖書の神であられることが分かっています(教義と聖約110:3-4参照)。ですから、創造の業に主の力を見ることができ、シナイ山でイスラエルに神のような者になる方法をお教えになった立法者として主の力を見ることができます。エジプトでの囚われの状態から贖われた主の恵み、荒れ野において御自身の民を心にかけ、約束の地まで導かれた主の愛、そして預言者を送り、イスラエルの民が罪を悔い改めるときに赦しを与えられた主の変わらぬ関心について学ぶことができます。
イエス・キリストの予型
旧約聖書の物語には、イエス・キリストの予型が多く登場します。その多くが、主が将来来られることをあらかじめ示すものです。主の来臨は新約聖書とモルモン書に記録されているとおりです。アブラハムとイサクの物語は、父なる神がその御子イエス・キリストを犠牲とされることをあらかじめ示すものです。イエス・キリストがわたしたちを霊の飢えから救ってくださるように、ヨセフは同胞を肉体の飢えから救いました。イエスがわたしたちを罪から解放してくださるように、モーセは彼の民を奴隷の状態から解放しました。荒れ野での青銅の蛇の物語で、主はイスラエルの子らに、主と主の贖いを信じる信仰の持つ力についてお教えになりました。エリヤとエリシャは、病人を癒し死者をよみがえらせたとき、救い主を体現しました。
「アブラハムとイサク」ハロルド・コッピング画、© Look and Learn/Bridgeman Images
新約聖書の救い主についての洞察
イエス・キリストは旧約聖書の物語とモーセの律法の中に、象徴的に登場しておられます。過ぎ越しの物語と、モーセの律法における犠牲は、キリストを暗示しています。イエスの使命をあらかじめ示すものとして、旧約聖書の預言者たちは病人を癒し、死者をよみがえらせました。預言者エレミヤを通して、主はわたしたちに「新しい契約」すなわち新しい聖約(エレミヤ31:31。32節も参照)を約束されました。
新約聖書で、イエスは旧約聖書の律法と預言者の言葉の成就として地上に来られます。主は山上の垂訓で新しい聖約をお授けになり、最後の晩餐で過ぎ越しの食事の間に聖約の象徴を定められました。病人を癒し、死者をよみがえらせられたとき、愛し合い仕え合うようわたしたちにお教えになりました。主はその贖罪を通してわたしたちを罪と死から贖い、地上に御自分の教会を設立されました。イエスを旧約聖書の神として認識するとき、新約聖書の中の主をよりよく理解することができます。
聖約を探す
ニーファイはまた、聖文の中に聖約を探すよう教えています。「わたしはまた、主がわたしたちの先祖に立てられた聖約を喜んでいる。」(2ニーファイ11:5)
ラッセル・M・ネルソン大管長も、聖約の重要性について次のように強調しています。「この世の人生で勝ち得る最も大いなる賛辞は、聖約を守る者として知られることです。聖約を守る者は、この世でも後の世でもその報いを受けます。」
何とすばらしい約束でしょう!わたしたちはバプテスマを受け、神殿の聖約を交わした後でも、毎日の生活をよりよくするためにこの約束がどれだけ重要な影響を及ぼすか、気づいていないことがあります。しかし旧約聖書は、「聖約の民」となることのほんとうの意味と、それによって受ける祝福と責任をどうすればよりよく理解できるかを思い出させてくれます。
旧約聖書に記されている主要な聖約はアブラハムの聖約です。この聖約からイエス・キリストの福音について様々な真理を見いだすことができ、それによってイエス・キリストへと導かれます。そしてこの御方に救いを見いだします。
聖約をよりよく理解し、守るために、旧約聖書がどのような助けとなるかを幾つか紹介します。
アブラハムの聖約におけるわたしたちの役割を理解する
アブラハムの聖約は、アブラハムに与えられた一連の約束と祝福であり、それは預言者ジョセフ・スミスによって回復された「新しくかつ永遠の聖約」(教義と聖約132:30-31参照)によって、今日まで続いています。ネルソン大管長は次のように教えています。
「そのアブラハムの聖約を新たにするために、主はこの末日にも御姿を現されました。主は、預言者ジョセフ・スミスにこのように宣言されました。
『アブラハムは、その子孫とその腰から出た者について約束を受けた。—あなた、すなわちわたしの僕ジョセフは、その腰から出た者である……。
この約束はあなたがたに与えられたものでもある。あなたがたはアブラハムから出て〔いるからである〕。』〔教義と聖約132:30-31〕」
この聖約を通して、主は義にかなった家族を作られました。御自分の福音を教え、御自分の子供たちをイエス・キリストのもとへ連れていくことができる家族です。使徒パウロは、もしキリストのもとに来るなら、アブラハムの家族の一員になると教えています。「もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。」(ガラテヤ3:29。27節も参照)アブラハムの聖約を通して、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員はイスラエルの家となり、アブラハムの聖約の祝福の相続人となります。
わたしたちは、旧約聖書の時代の人々の生涯を調べ、戒めの中で主が御自身の子供たちと交わされた約束を研究することによって、アブラハムの聖約における自分の役割を学ぶことができます。また、悔い改めて自分たちの聖約に従うようイスラエルの子らに嘆願した、いにしえの預言者たちの声を聞くことによって学ぶことができます。
聖約を通して約束されている祝福を見つける
旧約聖書を読むとき、アブラハムの聖約で交わされた約束を主が守っておられることを示すしるしを探すことができます。三つの最も大きな祝福は、天の御父の王国における受け継ぎを象徴する土地、永遠に増し加えるという約束である子孫、そして「救いの祝福すなわち永遠の命の祝福」(アブラハム2:11)である福音と神権の祝福です。
アブラハムは子孫を通して「地のすべてのやからは……祝福される」(創世12:3)という約束を受けました。これは、アブラハムの血統を通してイエス・キリストがこの世に来て、主の贖いと復活を通して地のすべての国民を祝福されることを意味しています(ガラテヤ3:16参照)。
「ゲツセマネ」の一部、J・カーク・リチャーズ画、複写は禁じられています
アブラハムの聖約のおかげで、今日あなたは生活でどんな祝福を目にしていますか。
イスラエルを集める務め
アブラハムの聖約の一員になるということには、祝福とともに、特定の責任が含まれます。旧約聖書の研究を通して、わたしたちは自分の聖約に従ってどのように生きるべきかを学びます。アブラハムの家族として、教会の会員はイスラエルを集めるよう召されています。伝道活動、ミニスタリング、神殿の業、教会の召しに加わり、ともに家族を教え育てるとき、わたしたちは人をキリストに近づけることによってイスラエルを集めます。
ネルソン大管長は次のように教えています。「だれかを助けるために何かを行うときはいつでも、それが幕のどちら側であろうと、その人が神と重要な聖約を交わして、救いに不可欠なバプテスマと神殿の儀式を行うよう助けるのであれば、あなたはイスラエルの集合を助けています。」
旧約聖書を愛することを学ぶ
今年、『わたしに従ってきなさい』の学習で旧約聖書を読むときに、ニーファイの模範に従ってキリストと聖約という二つのテーマを探すことにより、旧約聖書の教えを愛せるようになります。その中で、イエス・キリストと、キリストの贖罪、そしてキリストの福音を、よりよく理解できるようになります。また、「新しくかつ永遠の聖約」と、その聖約におけるキリストの弟子としての、そしてイスラエルの家の一員としての自分の役割について、さらに学ぶことができます。
旧約聖書の物語と教えは、救い主と自分との関係を深め、自分自身の聖約に対する理解と決意を深める助けとなります。