2025
FSY 2025 参加者の証
2025年10月号『リアホナ』


For the Strength of Youth─青少年の証

FSY 2025

東京セッション

イエス様はすぐそばに

浄泉じょせんまな姉妹

東京ステーク浦和ワード

fsy参加中は愛を感じる機会がたくさんありました。

ユースのみんなが笑顔で楽しそうに会話しているのを見たとき、お互いを心から受け入れていることが伝わってきて心の中に温かい気持ちを感じました。また友達がわたしに楽しそうに笑顔を向けて話してくれているときには、この子はわたしを受け入れてくれている、愛してくれているということを感じました。

そして同じように天のお父様はわたしたちみんなを愛してくださっていること、わたしたちみんなが天のお父様の子どもであるということを心に感じ、幸せな気持ちになりました。このように感じたとき、天のお父様とイエス様がわたしたちのすぐ隣にいてくださるように感じました。

音楽プログラムでの出来事も印象に残っています。

このプログラムの中に『主と歩もう』という曲があり、その歌詞の中にはこうありました。

「天の家へ主と歩もう 

主の愛と御霊に満たされて

心かわり 目が開ける

主と歩もう 手を取り合い」

これを聞いた瞬間、不思議なほどこの歌詞がすっとわたしの心の中に入ってきました。イエス様が「いつもあなたのそばにいるよ。愛しているよ」と言ってくれているように感じ、心の中が大きな愛と御霊で満たされていくのが分かりました。イエス様がわたしたちのことを愛してくれていて、すぐ側にいること、わたしたちの手を引いていつでもどんなときでも助けてくださるということを強く感じた経験でした。

fsy中は様々な場面で愛を感じ、天のお父様とイエス様がわたしたちの近くにいらっしゃるということを感じる機会が何度もありました。きっとこれがわたしに用意されていたメッセージだったのだと思います。

わたしがfsy中に読んで心に残った聖句を分かち合います。「そして、あなたがたを受け入れる者がだれであろうと、わたしもそこにいるであろう。わたしはあなたがたに先立って行こう。わたしはあなたがたの右におり、また左にいる。わたしの御霊はあなたがたの心の中にある。また、わたしの天使たちはあなたがたの周囲にいて、あなたがたを支えるであろう。」

今回のfsyでの経験を通して、この聖句が真実であり、イエス様がいつもわたしたちの隣にいて導いてくださるということを証します。このような素晴らしい経験に心から感謝しています。この教会が大好きです。◆

カウンセラーの慈愛

堀田ほった來瞳くるみ姉妹

東京西ステーク吉祥寺ワード

今回のfsyで印象に残っているのは、カウンセラーの方から受けた影響です。fsyに参加するのは3回目ですが、わたしが毎年一番楽しみにしているのは音楽プログラムです。これまでは歌う側で参加していたのですが、今回は初めて聴く側で参加しました。

最近は、周りの人に比べて信仰が強くないと感じることが多く、御霊をあまり感じられずにいました。カウンセラーの方にそのことを相談すると、祈ってみるように提案してくれました。そこで、「御霊を感じられるように、自分の心が平安でありますように」と祈ってから音楽プログラムに参加しました。プログラム自体は素晴らしかったものの、あまり御霊を感じられませんでした。

わたしはバレー部に所属していますが、週に6日は部活があり、夏休み期間も休みは3日程度です。今回のfsyも部活の大会と日程が重なっていたため、抜けたり入ったりを繰り返していました。それもあって御霊を感じられなかったのかな、とも思いました。

音楽プログラムが終わった後、カウンセラーの方が「御霊を感じることはできた?」と聞いてくれました。「あまり感じることができなかった」と答えると、どうしたら良いと思うか尋ねられました。わたしが答えられずにいると、「一緒に祈ってみよう」と言ってくれました。

カウンセラーの方が手を握ってくれて、ほんとうに久しぶりに、心から主に祈り求めました。何か御霊を感じたとか証をその祈りで得たわけではなかったのですが、自然と涙があふれました。ここまで見返りを求めず、愛のあふれる人がいること、これほど真剣になって一緒に祈ってくれる人がいることがほんとうに嬉しかったです。

信仰を試す行動

カウンセラーの方に教わったことがあります。それは、「証を得ていることと認識していることは違う。聖霊によって証を得ていても、自分で気づこうとしないかぎり証は得られない」ということです。

これまでに何度か、「主はほんとうに生きておられる」「わたしを助けてくださった」と感じたことはありましたが、振り返ってみると、それは心から主に祈り、行動して助けを求めたときでした。最近では、真剣に主に向き合い、心から頼り、具体的な行動を起こすことが足りていなかったと気づきました。証を得るには自分から行動して、聖霊の小さなささやきに気づこうとする必要があったのです。また、いつも主の方を向いていれば道をそれることはないと教えてもらいました。信仰についても周りの人と比べるのではなく、主を目標にして行動していくことが大切だと学びました。

「信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。しかし、『ある人には信仰があり、またほかの人には行いがある』と言う者があろう。それなら、行いのないあなたの信仰なるものを見せてほしい。そうしたら、わたしの行いによって信仰を見せてあげよう。」

自分にとって少し難しいと思うような行動を起こすこと、信仰を試すことを通して、初めて御霊を感じ、証を得られるのだと学びました。やるべきことはそれなりにやってきたつもりでしたが、もっと真剣に神様と向き合って、犠牲を払って行動を起こす必要があることを強く感じました。これまでに御霊を感じた経験や、fsyで学んだことを大切にして、もっと信仰を行動に移していきたいです。また、カウンセラーの方がくれたような慈愛を、主のようにたくさんの人に与えることができる人になりたいです。

主がわたしたち一人一人を愛してくださっていることを証します。◆

困難の中に道が備えられる

原島ひらしま聡明そうめい兄弟

東京ステークひばりヶ丘ワード

わたしが今回のfsyで最も印象に残っている経験は、4日目に発表した音楽プログラムです。前回の音楽プログラムが素晴らしいものであったことから、今回も音楽プログラムに参加しようと思っていました。

わたしはテナーを選択していましたが、前回のfsyに比べて練習時間が少なく、リハーサルをしてみても、テナーパートで歌ういくつかの曲においてうまく音程をとることができず、まともに歌うことができませんでした。曲によってはパート内の誰も音程をとることができないものもあり、とても不安になったことを覚えています。前日である3日目の練習までその状況は続き、わたしは今まで熱心に練習をしなかったことを悔い改め、最低限歌えるように祈り、夜に個人で練習すると心に決めました。

しかし、その3日目の昼頃にわたしのカンパニー内で数人が熱を出し、隔離されてしまいました。その人たちはその後の楽しい活動などに参加することが難しくなりました。何人もの祈りのおかげで、最終的に全員がカンパニーに合流し、その後の活動にも参加できました。

そのようなごたごたで予定が乱れ、結局パート練習をする時間もないまま本番当日になりました。でも、祈りが聞き届けられたおかげか、何とか音程の覚え方を思いつき、無事本番にはみんなと共にテナーパートを歌い切ることができました。

そのとき、神様は困難の中にも道を備えてくださっていることが確かに分かりました。この経験から、やるべきことから目を背けないことと、へりくだって主に頼ることの大切さを学びました。

***

fsyから帰ってきて、この世にはゲームや漫画、SNSをはじめとするあらゆる強力な誘惑が存在することを改めて感じます。fsy期間中はそれらから守られていたことがはっきり分かりました。fsyは、わたしたち青少年が聖徒にもっと近づけるように神様によって備えられたプログラムであることを証します。◆

主の道をともに歩む仲間

謝花じゃはな天励てんま兄弟

東京西ステーク国立ワード

わたしのカンパニーは、愛を直接伝えるということを目標にして約1週間過ごしました。

わたしは、大好きだよとか、愛してるよとか、心では思っていても、それを直接伝えるということを今まであまりしてこなかったし、正直苦手なところがありました。自分の弱さだと感じていました。けれど、カンパニーで過ごす時間が増えるにつれて、その時間やカンパニーのみんなが心の底から愛おしく感じるようになって、愛を伝えることに心から喜びを感じられるようになりました。

「もし彼らがわたしの前にへりくだり、わたしを信じるならば、そのとき、わたしは彼らの弱さを強さに変えよう。」

この聖句にあるように、神様がカンパニーのみんなを遣わして、わたしの、愛を伝えることが苦手だという弱さを強さに変えてくれたんだと思います。fsyでわたしの感じた幸せや主の愛を、もっといろいろな人たちに伝えたいと思えるようになりました。

***

fsy最後の夜、カンパニーのみんなで証を分かち合ったり、愛を伝え合う時間がありました。わたしは今までの人生の中で、御霊を感じて涙を流すことは一度としてなかったけれど、初めて涙を流して証しました。カンパニーのメンバーが証を分かち合うときに御霊を感じたし、一人一人が神様の子どもであることを実感しました。

主はいつもわたしたちの近くにいて見守ってくださっていること、そして主の道をともに歩む仲間がいることに感謝します。この世界に生きている一人一人が主から愛を受けている子どもであることを証します。fsyが主によって用意されたプログラムであることを証します。◆

長崎セッション

聖句を生活に生かす

中村なかむら日向ひなた姉妹

福岡ステーク福岡ワード

高校生活では友達との仲も良く、楽しく過ごしていましたが、去年の春、突然、ほとんどのクラスメイトがわたしに冷たい視線を注ぎ、声もかけて来なくなりました。心当たりはなく、みんなといるのが怖くなって祈りました。「神様、毎日がとても辛いです。状況が良くなりますように。」─言葉が心に浮かび上がってきました。「あなたは一人ではありません。大丈夫です。」

この試練から、仲が良い人に愛を示すのは簡単でも、苦手な人に十分な愛を示せていないことに気づきました。「隣り人を愛せよ」との聖句を頑張ろうと思い、まずは苦手な人たちに「おはよう!」と声掛けをしました。すると相手からあいさつが返ってきました。最初はちょっと愛を示すのが怖かったけど、少しずつずっと示していくうちに苦手意識がなくなり、3か月たつ頃には苦手だった人たちと仲良くなることができました。

fsyに参加するまで、セミナリーや毎日の聖典学習、神殿参入を頑張ってきましたが、参加して新たな気づきがありました。ただいつもしているから習慣的に今日もするというのではなく、「真理をもっと見つけたい」「目的は何か」など、課題を持って取り組むことが大事だと強く感じることができました。聖典学習では、ただ読むのではなく、「聖句から何を学べるか」などを考えながら読むことが大切だと学びました。

主はわたしたちの祈りを聞いてくださり、答えを与えてくださることを知っています。◆

主は祈りに答えてくださいます

齊内さいうち愛音のの姉妹

京都ステーク近江八幡ワード

わたしは最近、進路について、また自分の将来についてよく考えていました。大学に進学してからも、今しているスポーツ競技を続けたいと思っているけれど、伝道にも出た方が良いと心のどこかで思う自分がいて、どうしたらいいのかとても悩んでいました。

「わたしはこれからどうするべきなのか」と、毎晩お祈りをしていましたが、これだと思える答えはなく、いつも心の中に焦りと不安を抱えていました。

そんなときに今回のfsyがあり、受験勉強や学校の課題など目の前のやるべき事はたくさんありましたが、わたしの人生において必要な答えが見つかるといいなと思い、参加することにしました。

fsyでは、たくさんのレッスンやディボーショナルがあり、主を仰ぎ見ることや教育の大切さについて、また伝道についてなど、霊的でこれからの人生に役立つことをたくさん学ぶことができました。

その中で、悩みの答えを得ることに繋がった経験を分かち合いたいと思います。

朝のカンパニーでのディボーショナルの時間にある姉妹が、「お祈りをするときには、神様の御心を尋ねる方が良い。わたしたちは答えを求めてしまうけれど、答えを求めるのは少し違う。そうして祈って得ることができた答えが、神様が与えてくださる自分にベストな答え」だと教えてくれました。

その言葉を聞いて、今までわたしがしていたのは、ただ答えを求めるお祈りだったということに気づきました。人生の選択についてのお祈りの仕方を変えてみようと思い、「わたしの進路について神様の御心を教えてください」と祈るようにしました。

そして、七十人のキム長老夫妻がレッスンをしてくださったときです。キム長老は、「伝道に出るという決断を後悔することは一生ない」とおっしゃいました。その言葉を聞いたときに、伝道に出るべきだと強く感じました。この強く感じた気持ちは神様がくださったわたしへの答えだと、キム長老を通して神様が答えを与えてくださったのだと、その日の夜の振り返りの時間にはっきりと感じました。

お祈りの方法についてのカンパニーの姉妹のアドバイスと、キム長老の言葉によって、わたしは神様の御心を知り、人生において大きな選択の答えを得られたことに感謝しています。

主はいつもわたしたちの祈りを聞いてくださっていて、必要なときに、必要なタイミングで、またいろいろな人や出来事を通して、答えを与えてくださるということを証します。このfsyは神様が計画し、用意してくださった神聖なプログラムであることを証します。◆

主の御心を優先する選択

上原うえはらそう兄弟

京都ステーク岡町ワード

ぼくは今回のfsyに、将来についての悩みを解決するヒントを得るために参加しました。小学生の頃に始めたピアノがきっかけで音楽が大好きになり、今、音楽関連の仕事を考えています。ただ進学も普通とは違いますし、一度就職してしまうと伝道に出るタイミングを逃したり、教会員生活を続けることも難しくなったりするのではという不安がありました。そのため、fsyに参加する前もよく祈り、両親と祝福文を読み返して答えを得られるように備えてきました。

今回のfsyを振り返ると、すべての霊的な活動にヒントが散りばめられていたと感じています。キム夫妻のディボーショナルの中では「どんな悩みでも、イエス・キリストによって解決される」という言葉が特に印象に残りました。イエス様はぼくのことを知っていて気にかけてくださり、祈りを聞いてくださっていると感じました。主の御心に沿った選択をするために、霊的によく備える必要があることを学ぶことができました。

ディボーショナルや活動の中では『青少年の強さのために』が多く引用されていました。「イエス・キリストこそ、永遠の喜びに至る道です。自分の持つ選択する自由を使ってイエス・キリストに従うとき、皆さんは永遠の幸福に至る道を歩んでいるのです」という部分が心に響きました。イエス・キリストの望む、天父の御心に沿う選択をし続けるとおのずと将来も備えられていくという気がしました。

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fsyが終了した翌日の日曜日、それを感じる機会がありました。以前受けていた音楽事務所のオーディションに合格していたことが分かり、個人的に大きなチャンスだったのですが、ぼくと両親の心の中に引っかかる部分がありました。

そのとき、霊感に基づいた選択とはこういうことなのだろうと思いました。自分の意見とそぐわない主の御心に対しても、その御心を優先して選択することなんだと思い出して、契約は辞退させてもらうことにしました。

今、その選択に対して何の後悔もありません。音楽を職業にするために自分にできることを続けていこうという前向きな気持ちで過ごせています。

「あなたがたがわたしの言うことを行うとき、主なるわたしはそれに対して義務を負う。しかし、あなたがたがわたしの言うことを行わないとき、あなたがたは何の約束も受けない。」わたしたちが主の御心を求めそれに従うときに、主の助けと祝福があることを証します。◆

御霊のある所に本当の楽しさが

堀川ほりかわ海凪かいな兄弟

福岡ステーク久留米ワード

自分は今年から高一で、寮に入っていて家族と離れたことで、聖典を読んだり自分からお祈りをしたりする機会などが減っていました。御霊が感じられていないなと感じていた中でのfsyでした。緊張することもあったけど、最高のカンパニーやカウンセラーで、楽しい日々を過ごせたし、たくさんの証を得ることができました。

一番印象に残っているのは音楽プログラムです。自分も参加して歌っていたのですが、舞台からだと観客席の人の様子がよく見えるんです。朝のディボーショナルやクラスでは結構な人が眠くて寝ていたのに、音楽プログラムではみんな起きていて真剣に聞いていました。

音楽プログラムのことから、やっぱり同世代の歌や証というのは強い影響力を持っているのだと感じました。そして、fsy全体を通して、御霊のある所に人の温かさや本当の楽しさがあるんだな、ということを改めて感じました。

これまで自分は、主は自分のことを天から見守ってくださっているという感覚で生きてきました。しかし、今回のfsyを通して、主は常に自分のそばにおられ、寄り添ってくださっているということを強く感じました。

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もう一つ、自分に強く印象を与えた聖句を紹介します。それは新約聖書のヨハネによる福音書第10章16節です。ここではイエス様が、エルサレム周辺だけでなく、その囲いにはいない自分の羊がいると語っており、すべての羊が一つの群れとなると言っています。イエス様が言っている羊は主にニーファイ人のことで、この聖句はモルモン書が真実であることの証明になっています。またイスラエルの集合についての証も含まれており、個人的に大好きな聖句になりました。

本当にこのfsyという経験が神様から来ていて、自分たちに素晴らしい経験をもたらしてくれるものであることを証します。◆

  1. 教義と聖約84:88

  2. fsyでは、青少年の男女15名前後から成る「カンパニー」と呼ばれる班でともに行動する。各カンパニーに成人男女ペアが「カウンセラー」として付き添い、青少年たちの情緒的・身体的安全と成長を見守る

  3. ヤコブの手紙2:17-18

  4. エテル12:27

  5. マタイ22:39

  6. 教義と聖約82:10