「真理を教え、人生を変える」『リアホナ』
信仰の肖像
真理を教え、人生を変える
イエス・キリストの福音は真実であり、主の教義は人生を変えます。まさにケニアの若者の生活を変えているのです。
写真/レスリー・ニルソン
わたしは、2024年9月に設立された教会の小さな支部の会長を務めています。支部の約3分の2は青少年です。毎週教会に来ていますが、ほとんどが数キロ離れた所から通っていて、歩いて来る青少年もいれば、自転車で来る青少年もいます。
親の多くは教会員ではありませんが、子供がバプテスマを受けることを許可しました。先日、そのうちの一人と会いました。その父親は、息子が通っている教会についてもっと知りたいと思っていました。
「息子は大きく変わりました。別人のようです。家では聞き分けが良く、親切です。その理由を知りたいのです」と言いました。
この父親は教会に来て、救い主の教えと回復された福音が息子の行動を変えたことを自分で確かめました。「今では息子がとても良い場所に行っていることが分かりました。ほかの人も行けるようにします」と、後に語っています。
昨年、わたしの支部では30人以上の青少年がバプテスマを受けました。今後2、3年のうちに、多くの宣教師が支部から出て伝道することでしょう。うれしいことです。ここでのわたしたちの務めは、イエス・キリストへの帰依と回復された福音への改心を深める機会を彼らに提供することです。ですから、セミナリーやインスティテュートなど教会のプログラムに登録してよく備えられるようにしています。
みんな楽観的
わたしが伝道を終えたとき、ケニア全土には12の支部しかありませんでした。現在は100を超えるワードや支部があります。教会の発展、特にケニア西部での発展は驚きです。
わたしの支部に青少年がたくさんいる理由の一つは、青少年の会員伝道が非常にうまくいっているからです。ほとんどが同じ学校に通っていて、教会に誘い合っています。これにより、多くの会員に楽観的な見方が生まれました。
ケニアでの発展のもう一つの要因は、帰還宣教師です。教会にとって大きな力となっています。伝道から帰るとき、イエス・キリストを信じる信仰と主の回復された福音の証を携えて帰って来ます。指導力を磨いてきます。教会に通い続け、教会員と結婚します。その子供たちは教会員として育ち、教会の力となります。
もう一つの要因は、1990年代と2000年代初頭にナイロビに住んでいた開拓者の会員たちです。今は退職してケニアの田舎の村に戻っています。証を携え、信頼され、親戚や友人に福音を分かち合っているのです。
しかし、1990年代のナイロビでは、教会を批判する新聞記事が多かったため、教会員の生活は厳しいものでした。
当時の教会員が忠実で堅固であったことをうれしく思います。彼らは多くのことに耐えました。しかし多くの聖徒は、行く先々で、何をするにも模範を示しました。それが大きな違いを生んだのです。
「新しく造られた者」
伝道中、ケニアとウガンダにいる兄弟姉妹にイエス・キリストの福音を教える機会がありました。しかしさらに重要だったのは、わたし自身がイエス・キリストに対する証を得たことです。1997年に帰還したとき、わたしは別人になっていました(2コリント5:17参照)。
様々な国から来た同僚と一緒に奉仕する機会があり、そのほとんどが、伝道が終わったら大学に戻ると言っていました。気づけばわたしも同じことを望んでいました。
同僚から希望をたくさんもらったわたしは、伝道後に故郷に帰って質素な生活に戻り、カルチャーショックを受けました。しかし、天の御父が助けてくださることを知っていたので、大きな信仰と希望をもってその時期を過ごすことができました。
教会教育システムから帰還宣教師が得られるローンを借りて勉強することができ、2002年に医学研究所で卒業証書を取得しました。それ以来、多くの教会の召しを受けて奉仕するという祝福を受けてきました。ケニア西部に来たとき、地域の指導者の下、カカメガで教会のグループを立ち上げました。グループは支部に成長し、今では二つに分かれています。
「彼らは、教会がイエス・キリストの福音を聞く避け所であることを知っています」と、教会に引きつけられる若者たちについてジャストゥスは言います。
木とテント
現在は約100人を収容できるテントで集会を行っています。片側は人があふれたときのために開けていて、入れなかった人たちが近くの木の下に座ることもあります。
今のところ、聖餐会だけが行われています。ただ教会に出席して、聖餐を取り、交友を持つため、往復2時間かけて歩いて来る会員もいます。
教会に来ると感じる仲間意識が、支部の若い会員たちの心に響くのです。彼らは、教会が避け所であって、そこでイエス・キリストの福音を聞き、人格者になれることを知っています。気にかけてくれる人がいることを知っています。教会が真理、徳、誠実さ、高潔さ、勤勉であることを学ぶ場所だと知っています。教会には学校でよく勉強するようにと励ましてくれる人たちがいることを知っています。
わたしは子供のころ、友人から末日聖徒イエス・キリスト教会に誘われました。わたしはどこにでもいるような少年でしたが、イエス・キリストを信じる信仰と主の回復された福音に対する証は強くなっていきました。教会員はわたしを信頼し、わたしのために時間を割いてくれました。今日、わたしは若い人たちに同じように行う機会に恵まれています。