2025
この世ではなやみがある。しかし,勇気を出しなさい
2025年4月号


Young Teaching Missionary ─ 宣教師の喜び

この世ではなやみがある。しかし,勇気を出しなさい

沖縄本島から南西へ約300㎞,宮古島みやこじまへは那覇空港から約1時間のフライトである。2022年8月21日,石川創平長老は専任宣教師として初の任地である宮古島へ向かっていた。「海が青いなー。」初めて目にする宮古の海だった。飛行機が高度を下げると,宮古ブルーと呼ばれるエメラルドグリーンの水面の下に幾重にも連なるサンゴの塊が透けて見える。ターミナルの外は熱帯の風が吹いている。暑い日ではあるが,頬に当たる島風は暖かく,心地よかった。「よし,これから2年間,主の僕として全力を尽くして働こう!」

***

石川創平兄弟は2000年1月,教会員の両親のもと3人兄弟の長男として仙台市に生まれた。創平兄弟は幼い頃から,何かやると決めたら「全集中」,他のことは二の次にして臨むたちだった。彼は食べることや料理することが好きで,将来の目標を栄養教諭と定めた。そのためには管理栄養士と教員の両方の資格が必要であり,山形県立米沢栄養大学を目指す。一日12時間のスケジュールを組み「全集中」で勉強,合格をもぎ取った。

孤独と祈り

希望に満ちて大学生活を始めた創平兄弟。しかし,ほどなくして元気が萎え自信を失い始める。慣れ親しんだ家族や友人から離れた見知らぬ土地での生活。それまでは当たり前だった話し相手がいない,友達もいない。40名の女子学生に男子は自分1人,スクラムを組んだようにがっちりと固まった女子の中にはそう簡単に入れない。創平兄弟は孤独の中に沈んでいった。

そんな時,幼少期から心にあった聖句が浮かぶ。「求めなさい。そうすれば,与えられるであろう。」この聖句はシンプルで分かりやすく,身近だった。ベッドの脇にひざまずいて祈る。「天のお父様,どうか人との関わりをください。」答えを待った。神の姿を思い描いて誠心誠意祈った。心からの祈りだったが,答えはなかった。それでも主に頼ることをやめず,毎晩,言葉を選んで祈り続ける。「友人でなくてもいいです。人との関わりをください……。」この時期,日曜日に教会へ行くことが唯一の救いだった。会員たちの温かい笑顔で,教会だけが自分にとって安全な場所だと感じられた。

そして一年間祈り続けたのち,とうとう求めたものを得る。「友人を一人頂けたことで孤独から抜け出しました。つらい経験をしたこの一年は改心を深める時期でもありました。」

悩みを乗り越えた創平兄弟はクラスメートから信頼を受け,一目置かれる存在となっていった。手に余る課題や問題があると「これはどうすればいい?」「これお願いできる?」と声がかかった。快く返事をし,その都度てきぱきと対処した。

神様との約束

創平兄弟は漠然と,「聖約の子」として生まれた自分はいつか宣教師になる,と思っていた。同時に伝道とは,何かしらの奇跡が起きるなど分かりやすい導きがあって行くものだと思っていた。しかし,これまでの大学生活では伝道について何の奇跡も促しも見いだせなかった。

大学4年生になると将来の就職が現実味を帯びて迫って来る。教員採用試験のために,また一日12時間のスケジュールを組み「全集中」で臨んだ。

その際,創平兄弟はこう祈る。「神様,わたしは教員になりたいです。しかし,神様の望みはわたしが伝道に行くことだと感じます。でもそれがいつなのかが分かりません。今は全力で試験に取り組むので,後の結果を通して御心を教えてください。それに従います。」

一般教員の採用試験は6割の得点が合格ラインといわれている中で,筆記試験は9割を超えた。面接も手ごたえはあった。「大丈夫。受かってる!」自分でもそう思ったし,教授や周りの人たちも同じ見解だった。「栄養教諭になれる!」今までの張りつめた心が一気に解き放たれ,未来に明るい光が差し込むようだった。

そして9月,採否の通知が届き,はやる心で封を切る─「不採用」の文字が目に飛び込んできた。信じられない,そんなはずはない。あんなに一生懸命に取り組んだのに……。思いが駆け巡る。「もう後がない!」後ろにも下がれない,前にも進めない。どうしよう。未来を絶たれてしまったようで,自分は必要とされていないと感じた。

そのとき,一つの想いがポンと心に浮かぶ─「伝道に行く」。神様との約束の言葉だった。

「そういえば石川君はほかの就職活動はしていませんでしたよね。これからどうされますか?」心配してくれた担当教授の言葉も伝道に行くことを示唆しているように感じた。米沢支部の会員たちも以前と変わらない慰めと励ましをくれた。

創平兄弟は,大学卒業後に伝道に出ると決める。管理栄養士の国家試験に合格した後,実家の仙台へ戻り,長町ワードのビショップの面接を受けて申請書を出した。MTCへの出発までの3か月間,アルバイトをして伝道資金40万円を工面した。金額は十分ではなかったが,神様の御心と指導者の理解があった。「お金のことは気にしなくてもいいから,伝道に行って来なさい。」ステーク会長はそう言って背中を押してくれた。─こうして創平兄弟は専任宣教師となった。

宣教師の幸福

福岡伝道部に着任し,沖縄ステーク宮古支部へ赴任,宮古島での伝道が始まる。まだコロナウイルスの蔓延まんえんが懸念される2022年であったが,この島に宣教師が常駐することとなった。トレーナーであるアメリカ人の先輩宣教師と新人の石川長老の2人でアパートをオープンした。「奉献」の言葉を心に刻み,自分の全てをささげる決意で出発する。足取りも軽く,全身に力がみなぎっているのを感じた。

宣教師としてやることは山ほどあった。宮古支部の日曜日の聖餐会の出席者は通常12,3名である。当時,宮古支部の支部会長会は会長ただ一人。石川長老たち二人が支部会長会に召され,聖餐会の司会と聖餐の祝福やパスをした。日曜学校の教師を務めることもあった。「ほとんどワンオペ状態でしたが,ほかではできない面白い経験でした。会員の皆さんに聖餐会のアサイメントやいろいろな役割の振り分けもしました。」宮古支部の会員たちには信仰と熱意がある。支部の発展を目指して,レッスンへの同席,友人の紹介など宣教師と一致協力して働いた。神様のために働いているという充実感があり,「明日も元気に頑張ろう!」と幸せな気持ちで毎日の伝道を終えていた。

病気の影

赴任して4か月目のある日の入浴時,体を洗っていると精巣に異常を感じた。「おや,変だな?……」気にはなりながらも,「今は集中する時期だ,神様から守られているから,ひとまず様子を見よう。」そう考えて伝道に励む。しかしながら異常が元に戻ることはなかった。自分の体に何かが起きている。

「このままでは集中できない。検査しよう!」石川長老は病院へ向かう。異常を感じてから2,3週間がたっていた。血液検査,CTスキャン,MRIなどの一連の検査の後,画像を前に医師の説明がある。「血液検査では異常は出ていません。しかし,エコーでは,ほら,ここに白い影が見えます。がんの可能性は否定できません。」なぜか医師の言葉にショックは受けず,命の不安も感じなかった。宣教師になる前の一連の健康診断で異常がなかったことも冷静さを保つ助けになった。「もしがんだったとしても大したことはないだろうから,伝道に集中しよう。」

ところがはら 伸次郎しんじろう伝道部会長(当時)に医師の言葉をそのまま伝えると,「帰還して治療をしなさい」と言われた。

石川長老は納得できない。─伝道は始まったばかり,やる気満々で充実感もある。腫瘍マーカーも出ていないし,求道者のバプテスマも3週間後に予定されている。なぜ今帰還しなければならないのか。「伝道には,聖典に出てくる預言者のように命をささげる覚悟で来ています。2年間を全うしたい……」伝道から離れたくない理由を切々と訴えた。

石川長老の気持ちを全て聞いた後,原会長は口を開く。「帰ったほうがいいです。それはあなたの健康のためです。あなたが伝道したい気持ちは十分に分かるけれど,あなたを保護し,監督する立場として,あなたに帰還を求めます。」原会長の言葉には「命じます」に近い強さがあった。

失意の帰還

その夜は眠れなかった。「伝道に出ることは明らかに主の御心のはずだし,祈って導きを通して宣教師になったのに,どうしてこのタイミングで伝道を終えないといけないのだろう。主の御心は伝道を続けることではないのか?もっと別の試練が必要ということなのか?御心が行われますように……」帰還するまでの3日間,悶々とした思いが浮かんでは消える。2023年2月の初めに仙台へ戻り,ステーク会長との解任の面接を終えた。

そして2月第2週,創平兄弟は手術を受ける。病名は右精巣ガン。右の鼠径部を5,6㎝切開し,そこから病巣を全て摘出する。手術後の鼠径部そけいぶの痛みは尋常ではなかった。

「とにかく『痛い』としか言いようがありません。傷口からは出血があり,尿管も挿入されていたので,痛くて体を動かすことができませんでした。」ベッドに横たわっていても右側に負荷がかかると激痛が走る。体を動かせない,寝返りが打てない。痛みを避けるために常に左を下にする。それでも自重で体が傾くと痛みが走る。2日間はベッド上での安静となった。

3日目になると尿管が外れ,歩行許可が出る。点滴スタンドを握り,背中を丸めて小幅に歩こうとする。足を踏み出すと刺すような痛みが走る。「痛い!」一足歩くごとに口から漏れた。

少したつと,右手で壁を伝いながら動けるようになる。痛みは残るものの,手術の翌週に退院となった。

伝道の炎

途端に伝道への気持ちが頭をもたげてくる。創平兄弟の気持ちに呼応するかのように原会長から連絡があった。「許可が出るかどうか分からないけれど,ソルトレークの宣教師管理部に宣教師としてのリインストールメント(再召命)を申請するつもりだよ。許可が下りればもう一度宣教師になれるから。」

「また宣教師として働ける!」希望を抱いた石川兄弟は,宣教師と会って霊性を保とうと東京北伝道部の宣教師へ連絡を取る。そこには奇しくもMTCで同期だった宣教師がいた。事情を知って驚いた彼女は「おいでよ。一緒に伝道しよう!」と誘ってくれる。1か月,宣教師と一緒に伝道した。宣教師を解任されてもやる気満々で,伝道への気持ちは萎えることなく燃え続けた。「ネームタグはなくても出来ることはあるじゃないか,と実感できたのです。」

ゾーン大会に参加したときに,宣教師全員が伝道部のテーマ聖句を大声で暗唱した。「……見よ,わたしは神の御子イエス・キリストの弟子である。」─「『かっこいい!』そのときネームタグをつけた宣教師が輝いて見えました。」どんなにモチベーションがあっても,自分には今ネームタグがない。ネームタグの持つ権能の大切さを再認識した。「一度失ったからこそ,宣教師としての2年間がどれほど貴重なのかが胸に迫り,今輝いている宣教師と一緒にいたいと思いました。」

失ったものの回復

3月になって,創平兄弟のもとに再召命の通知が来る。任地は広島の高須ワード─胸が高鳴った。手術してわずか6週間目での復帰だった。

次の任地は沖縄の普天間ワード。「沖縄に戻れた!」2023年7月に那覇空港へ降り立つ。─最後に見た那覇空港は,伝道をあきらめて帰るときの悔しさと悲しみの場所だった。深くは理由を聞かずに空港まで送迎してくれた会員の顔。受け入れがたい道半ばでの帰還。どこにもぶつけようのないやりきれなさ……あのとき涙越しに見た那覇空港の文字が,今度はうれし涙ににじんで見えた。

普天間ふてんまワードに着任して間もなく,沖縄神殿のオープンハウスが催される。多くの宣教師の中から石川長老は,オープンハウスでの役割が与えられた。多くの人が訪れる中に宮古支部の会員たちもいた。「お帰りなさい。また会えましたね,石川長老!」「お体はどうですか。お元気になられましたか。」喜びの再会となった。

 ゾーンリーダーとなり,巡回で宮古空港へ再び降り立った。オープンハウスに参加できなかった会員や当時の求道者たちとも再会できた。

そののち福岡県の北九州ワード,島根県の浜田支部で働き,2024年9月に任期を満了,帰還した。

御心にかなった試練

創平兄弟は,一連の失意と試練から学んだことがある。謙遜になって,一歩を踏み出す勇気を奮い立たせる方法である。「帰還して,自分の改心が十分でないことを痛感します」と創平兄弟は述懐する。伝道当初の高揚感・全能感とは裏腹に,「伝道に出る前の問題は相変わらず存在していて,それを乗り越えられない自分がいます。試練があることで自分の弱さを認め,謙遜になり,主に助けを求める。そしてイエス・キリストの贖いの力で試練を乗り越えることができる。神を必要としたとき,神はわたしたちの求めと信仰によって助けてくださる。その繰り返しです。神様の御心を行っていてその結果が悪かったとすれば,それは御心にかなった試練だとわたしは受け止めます。それは乗り越えるべき試練です。」

乗り越えるとき,聖文研究が大きな力となる。創平兄弟は心に留まった聖句を書き出し,Book of Ishikawa(イシカワ書)と名付けてファイルにしている。「わたしは気軽に読めるインターネットでの聖句より,こちらのほうが性に合っています。」厚さ何センチにもなるファイルの表紙に宣教師のときのネームタグを挟んで,いつでも参照できるようにしている。

「後悔は一つもありません」と語る宣教師としての2年間は,凝縮された時間だった。これから先もずっと宣教師のようでありたいと願う。「伝道は喜びです。普通の生活に戻って,できることは増えました。宣教師のときにできることは幕のこちら側に集中していましたが,今は幕の向こう側のこともできるようになりました。神殿に参入し,人々にも宣教師のときと同じように関わっていきたいです。」

創平兄弟は今,伝道地であった北九州市で就職し,福岡神殿のワーカー(儀式執行者)として奉仕している。イエス・キリストの弟子として,彼は今も心にネームタグを付けている。◆

  1. ヨハネ16:33

  2. 3ニーファイ14:7

  3. 神殿で結婚した両親の下に生まれた子どもたちは,家族として死を越えて両親と結ばれているという教義

  4. Missionary Training Center:宣教師訓練センターの略。日本出身の宣教師はそのほとんどが米国ユタ州プロボのMTCで訓練を受ける

  5. 割り当てのこと。集会で祈る人や話者,指揮者,伴奏者などが会員に割り当てられる

  6. 3ニーファイ5:13

  7. エテル12:27