Living the Gospel of Jesus Christ─イエス・キリストの福音に生きる
荒れ野で進むべき方向を指して
2020年の春,里見博之兄弟は,愛知県津島市の自宅のリビングでひざまずき,朝の祈りをささげていた。窓から差し込む朝日の暖かさを感じながら祈っていたとき,はっきりとした御霊のささやきを聞いた。─「息子の仕事のためにお祈りをしなさい。」─博之兄弟はいぶかしい気持ちで目を開ける。息子の直樹兄弟は当時,大阪でエンジニアとして勤務していた。「職場では評価されていると聞いていました。だから何が起こっているのか分かりませんでしたが,次の日から妻と一緒に『直樹の仕事を祝福してください』と祈るようになりました。」
祈り始めて3か月後,博之兄弟は御霊の導きの理由を知る。直樹兄弟から電話がかかってきたのだ。「お父さん,実は仕事のことで悩んでいる」と切り出した息子に「知っているよ」と博之兄弟は答える。「だから,お父さんたちはあなたの仕事のことをずっと祈っていましたよ。」
息子の決意
直樹兄弟は言う。「仕事を辞めて公認会計士試験にチャレンジしたい。」─数か月前に妻の文香(あやか)姉妹が3人目の子どもを身ごもったことがきっかけだった。「当時の仕事はうまくいっていましたが,3人の子どもに十分な教育を受けさせることを考えると収入面で厳しかった。身近で,医師である義父が活躍する姿を見ていて,自分もしっかりした資格があればと思いました。医師,弁護士に並ぶ三大国家資格の一つ,公認会計士を考え始めました。」
公認会計士試験は,短答式の一次試験と論文式の二次試験から成る。一次試験の合格率は10%を切ることもある「超難関」である。多くの受験生が仕事を辞めて勉強に集中する。家族を養う直樹兄弟は迷った末,主に祈った。「祈り終えたときに前向きな印象があったので,仕事を辞めて試験に挑戦することを決めました。」
直樹兄弟の話を聞いた父親の博之兄弟は「いいんじゃないか」と励ます。「祈りをもって決めたと言っていたので。彼の決断に全幅の信頼を置いていました。」
直樹兄弟は7月に職を辞し,公認会計士試験の勉強に取り組む。文香姉妹がフルタイムで働き,生活を支えた。
どん底の日々
2022年6月某日。大阪府枚方(ひらかた)市の自宅では直樹兄弟がパソコンをにらんでいた。スクリーンには公認会計士1次試験の合格発表が表示され,直樹兄弟の受験番号はない。3度目の不合格だった。
公認会計士試験について,直樹兄弟は当初2年での合格を見込んでいた。「ぼくは勉強に対して苦手意識がなく,ずっと志望校に合格していたので,この成功体験があれば公認会計士も受かるはずだって思っていました。……その自信はへし折られましたね。」生活資金も底を尽いていた。「最初,公認会計士を目指すきっかけになった3人目の子は流産してしまったんですが,この少し前に妻がもう一度子供を授かって,3月末で仕事を辞めていたんです。」直樹兄弟は祈り,「働いた方がいい,でも勉強は続けるように」と感じた導きに従い,派遣社員として再就職する。
収入を得て生活は安定したものの,仕事と勉強に追われる日々は多忙を極めた。睡眠時間が4時間半の生活を数か月続け,直樹兄弟は倒れる。「朝,ランニングをしていたら,急に気分が悪くなってその場に倒れたんです。それからも急に脂汗がばーっと出たりして……自律神経がおかしくなっていました。」健康を取り戻すためにやむなく勉強を数カ月休んだ。
「一番しんどい時期でした」と直樹兄弟は当時を振り返る。「2年かけて一次すら受からない。お金もない。エンジニアとしての経歴も,この2年で履歴書的には何の価値もなくなった……築いた武器みたいなものが全部なくなって素っ裸で放り出された感覚で,気を抜くと『死にたい』とつぶやいていました。」妻の文香姉妹にとっても辛い日々だった。「リーハイの妻のサライアみたいな気持ちでした。神権者は導きを受けて,妻は荒れ野について出ていく……兄弟は答えを受けていたけどわたしは受けてないですし,公認会計士試験,一刻も早くやめてくれないかなって思っていました。」家族でさまよう荒れ野は,どこまで歩いても光が見えないように思えた。
東京神殿で,声を
ぎりぎりの精神状態で,直樹兄弟は11月に行われた京都ステーク大会に出席する。地域幹部七十人として招かれた土門大幸(どもん・ひろゆき)長老のお話が心に残った。「ビジネスがうまくいかなかったときに,神殿に参入すると決めて,どんどんお金はなくなったけれども,祝福を受けてビジネスが軌道に乗った,というお話でした。」
その後,文香姉妹にも背中を押された直樹兄弟は上京し,神殿に参入する。日の栄えの部屋で主の御心を求めて祈った。「自尊心はズタボロで,もう試験勉強を辞めたいという思いでいっぱいでした。」
そんな直樹兄弟の耳に,主の声が聞こえる─「今すぐ仕事を辞めて勉強に専念しなさい。」……印象や促しという形ではなく,はっきり聞こえたその声は,これまで受けたどの導きとも違っていた。
「そのとき,人生を主の御手に委ねる覚悟ができました。」毎月神殿に参入することを決意し,大阪に戻った直樹兄弟は家族歴史に着手する。試験合格には先祖の助けが必要だと感じたからだった。「先祖を助けようとするときに,自分の人生についても助けを得られるというウィッツオー長老の言葉を思い出しました。」
12月に受けた4回目の試験は不合格だったが,立ち止まらなかった。決意した通りに12月も神殿に参入した際,青木秀樹(あおき・ひでき)神殿会長に声をかけられ,直樹兄弟は儀式執行者として召された。
娘のために祈りなさい
直樹兄弟の生活が神殿と家族歴史によって変わり始めた頃,父親の博之兄弟と母親の幸子(ゆき こ)姉妹の祈りにも小さな変化が起こっていた。
2023年の元旦,新春のリビングで博之兄弟は幸子姉妹の頭に手を置き,新年の祝福を授けた。祝福の中で博之兄弟は述べる。「本当に心から,娘の春菜(はるな)のためにお祈りをしなさい。」直樹兄弟の妹にあたる長女の春菜姉妹は,大学生の頃から教会に来ていなかった。結婚してからも里見家の近くに住んでいたものの,父親の博之兄弟とは疎遠になっていた。導きを受けて,博之兄弟は幸子姉妹と二人で毎朝,春菜姉妹のために心を込めて祈り始めた。
神殿クラウドファンディング
2月,博之兄弟は直樹兄弟の予定に合わせて上京し,一緒に東京神殿で奉仕することにした。ところが当日,奉仕を終えた直樹兄弟の様子がおかしい。「顔が真っ黄色なんです。」倒れかけた直樹兄弟を休ませようと,神殿ロビーの椅子に座らせた。ぐったりと椅子に身を沈めた直樹兄弟の口から切れ切れに言葉がこぼれる。「ぼくは今,受験生で仕事も辞めて,お父さん,お金がないんです……」
12月から毎月神殿に参入し奉仕をしていた直樹兄弟。導きに従って仕事を辞めており,経済的に厳しい状況だった。文香姉妹の実家から支援があったが神殿参入の交通費までは頼れない。どうにか夜行バスの運賃を捻出したものの一番安い4列シートの狭い座席で,眠ることもままならない。「勉強で疲れているのもあるし,神殿に着いた時点ですでに頭ががんがん痛い状態でした」と直樹兄弟は言う。
疲弊した息子を目の当たりにした博之兄弟は,帰宅してすぐに幸子姉妹と,近所に住む次女の真由子(まゆこ)姉妹とで家庭の夕べを開いた。直樹兄弟の窮状について話したとき,真由子姉妹が言う。「お父さん,クラウドファンディングを始めたらどうだろう。一人何千円か出したら,お兄ちゃんは新幹線か,もっとゆっくり寝られるようなバスで行けるんじゃないかな?」
家族でクラウドファンディング─「それ,すごくいい!」幸子姉妹も顔を輝かせる。その場で博之兄弟は春菜姉妹にも電話をかけた。「春菜,お兄ちゃんが東京神殿で奉仕をする責任をいただいたんだけれど,今受験生でお金がなくて,大変な状態になっているんだ……」教会から離れて何年も経つ娘がどのように受け止めるのか,不安もあった。しかし春菜姉妹は言う。「お兄ちゃん,すごいね!」「春菜もお金を出したい。」
「春菜が,わたしも出すよって言ってくれたのは本当に奇跡でした」と博之兄弟は瞳を潤ませる。「自分はお休みしている教会員が,神殿訪問のスポンサーになるって考えられないことじゃないですか?……春菜の,家族愛からだったと思います。」
こうして家族によるクラウドファンディングが始まった。電子決済アプリを通じて毎月思い思いの額を直樹兄弟に送金する。そのお金で直樹兄弟は新幹線のチケットを購入し,神殿に通った。「新幹線で行っても始発で行って終電で帰る生活だったんですけど,体は楽になりました。本当にありがたかった。」試験勉強の傍ら家族歴史に取り組み,100人分の先祖の記録を提出した。
骨の髄から,神様の愛を
定期的な神殿参入を通じた先祖への奉仕は,徐々に直樹兄弟の心を変えていく。「神殿に行くようになって幸せになりました」と直樹兄弟は断言する。「家族歴史って,名前を知っている程度の先祖のために,時間とお金を割いて戸籍を取り寄せて入力して神殿に行って,その儀式も(先祖が)受け入れるか分からない……でもこれってイエス・キリストの贖いと非常に似ているんです。イエス様も,受け入れるか分からないぼくたち全人類のために命をささげてくださった。先祖のために時間とお金を使って神殿に参入することで,イエス・キリストの愛について理解を深めることができました。」
一時期「死にたい」とまで思い詰めた直樹兄弟の心を劇的に変えた先祖の力とイエス・キリストの愛。それは,里見家の面々にも働きかける。
2023年3月,やわらかな日差しを浴びながら,博之兄弟と幸子姉妹は朝の祈りをささげていた。導きを受けて以来一日も欠かさず春菜姉妹について祈り続ける二人にその日,新たな導きが与えられた。博之兄弟の耳に,かつて直樹兄弟のために祈るよう指示されたときと同じくはっきりとした声が聞こえる─「彼女が骨の髄から神様の愛を感じることができるように祈りなさい。」
骨の髄から……聖文に頻出する言葉は,里見夫妻にこれまでの祈りを振り返るきっかけを与えた。「ずっと娘が教会に来るよう一生懸命祈っていましたが,そのお祈りは独りよがりだったと思います」と幸子姉妹。「天のお父様の賜物の中で最も大いなる賜物の一つは自由意志です」と博之兄弟は言う。「だから春菜が教会に来るようにというお祈りではなくて,彼女が天の御父の愛を骨の髄から感じることによって,自由意志を使って教会に来たいと思う,そういうお祈りをしなさいというチャレンジでした。」
それからは,春菜姉妹が文字通り骨の髄から主の愛を感じられるよう祈った。それは,主が与えられた意識改革の機会だった。それまで,福音に対する真摯さから,博之兄弟は家族にも厳格に戒めを守ることを求めた。「子どもが部活動で日曜日の教会をおろそかにしたら『あなたは今,霊的に灰色になってるんですよ。野放しにしていると,やがて真っ黒になる』と厳しい目つきで言う父親でした。教会に来ない春菜に対しても,不満が態度に表れていたと思います。」博之兄弟は春菜姉妹に対する自身の言動を改める。「彼女の自由意志を重んじて,あなたの自由なんだよ,とよく言うようになりました。」
誕生日の奇跡
5月2日は博之兄弟の誕生日だった。幸子姉妹と二人で和食レストランでお祝いをした後,互いの携帯が同時に鳴る。里見家のLINEグループに春菜姉妹からメッセージが届いていた。LINEを開いた博之兄弟は目を疑う。そこには,春菜姉妹が教会に行かなくなった理由が綴られていた。「彼女はもう,家の敷居をまたげないくらいの覚悟でお休みするようになったんですが,教会に来ない理由は一度も言ったことがなかった。なのに,わたしたちがお祈りをしてから,行かなくなった理由を自分から書いてくれたんです。」
心を開いた娘のメッセージに,ありったけの愛情を込めて二人で返信した。「あなたはまぎれもなくわたしたちの娘であるし,直樹の妹であり真由子のお姉さんで,かけがえのない家族であるっていうことを書きました。」間を置かず他のメンバーからのメッセージが続く。直樹兄弟,真由子姉妹,文香姉妹,真由子姉妹の夫の蕗野良介(ふきの・りょうすけ)兄弟……春菜姉妹への愛と感謝を伝えるメッセージでトーク画面が埋まっていった。博之兄弟は幸子姉妹とともに数か月にわたってささげ続けてきた祈りの言葉を思い出す。「みんなが書いた,その言葉によって春菜は『骨の髄から』家族の愛を感じたんです。天のお父様から感じたのではなくても,わたしたちを通して結果的には天のお父様の愛を感じることができたという強烈な証を持っています。」
夫婦の二人三脚で
LINEグループで起こった大きな奇跡で家族が喜びに包まれていた頃,直樹兄弟は正念場を迎えていた。5度目の公認会計士試験である。3月に受けた直前模試の結果は「ズタボロでした。」(直樹兄弟)合格ラインにかすりもしない出来に「再度仕事を辞めて本気で勉強したので,かなり落ち込みました。」しかし妻の文香姉妹は落ち着いていた。「わたしは,兄弟は受かるって導きを受けていたので。」
2023年1月,文香姉妹は久しぶりに東京神殿へ参入した。日の栄えの部屋で祈ったとき,脳裏にある光景が広がる。「兄弟が5月の試験に合格しているところでした。」そして経済面を心配する姉妹に主はこう言われた。「主の僕が生活を支えてくれます。」……すると間もなく,里見家のクラウドファンディングが始まったのだった。
模試で最低点を出した直樹兄弟はあきらめなかった。毎朝5時起きで奮闘する姿を見た文香姉妹は「わたしも早起きして霊的に支えるべきだと感じました。」以降,毎朝一緒に起き,直樹兄弟の隣でストレッチと聖典勉強をする。二人三脚で試験に向かってスパートをかけた。
2023年5月28日。五月晴れの空の下で迎えた5度目の公認会計士国家試験の日,試験会場の大学に向かう人波の中で直樹兄弟は冷静だった。「今自分は主の御心の中にいるから,何とかなる。」試験勉強を始めた当時は分からなかった主の思いが,分かるようになっていた。「正直に言うと,公認会計士になって高収入を得たい,社会的な地位を得たいという気持ちがあったんですけれど,お祈りするうちに,主がそういうことに一切関心がないことが分かったんです。受かっても落ちても問題ない,ぼくが戒めを守ることが一番大事だと。」
そして2023年6月23日の午前10時,5度目の合格発表画面─そこに直樹兄弟の受験番号があった。
最後の模試で43.2%だった得点率は,本番では驚異的な伸びを見せて71.2%を叩き出す。例年よりもさらに低い合格率6.9%の難関を見事に突破したのだった。
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今,直樹兄弟は,満身創痍だった体調を整えつつ二次試験に向けて勉強を続けている。その表情が穏やかなのは,最難関の一次試験を突破したからではなく,試練を通じて本当の幸せを見いだしたからだ。「主と聖約を交わして戒めを守るなら,妻とこの子たちがいるだけで,たとえどんな状況でも幸せだと分かりました。欲しかったものは最初から手に入れていたんです。」直樹兄弟が歩んだ,リーハイの家族のような試練の旅路。それは家族を繋ぐ祝福となった,と博之兄弟は感じている。「直樹の試練がなければクラウドファンディングはなくて,それがなければ,春菜が家族に近づく機会もなかったと思います。彼女はまだ教会に来ていませんけれども,すごく強い,結び固めを受けたような結びつきを感じます。」
祈りによって始まった家族の物語は,新しい祈りによって次の扉を開く。2024年1月,博之兄弟は,実家に家族で帰省した直樹兄弟から神権の祝福を受けた。直樹兄弟はこう述べる。「春菜姉妹が聖餐を受けるようになるように,お祈りをしてください。」─
博之兄弟は,春菜姉妹とより強い家族のきずなを育む努力を続けている。「何か悩んでいるって聞いたら,彼女の家にすぐ自転車で駆け付けます。」祈りを通して一歩ずつ明らかにされる主の御心。その実現のために里見家族は,これからも祈り,神殿に参入し,喜んで人生の荒れ野を進んでいく。◆