Young Service Missionary ─ ヤング奉仕宣教師
主はすべての人を必要としておられる
2023年秋,末日聖徒イエス・キリスト教会は伝道活動に関する世界的な変更を発表した。これまで奉仕伝道部に所属していたヤング奉仕宣教師を,2024年1月よりティーチング伝道部に統合するというものだ。日本では,世界に先駆けて昨年から統合された。今,主に仕えることを熱望しながら機会を得られなかった若い人たちに,奉仕宣教師という道が開けている。現在,福岡伝道部で奉仕する帆足歩真長老がその夢をつかむまでの長い道のりと,召されてからの日々を追った。
宣教師に憧れて
帆足歩真兄弟は1997年11月19日,温泉地として名高い大分県別府市にて,末日聖徒の両親のもとに5人きょうだいの長男として生を受けた。まじめで絵を描くのが好き,そんな歩真少年の心を捉えたのが「ティーチング宣教師」だった。当時,別府市には「別府グループ」が組織され,帆足家のリビングが集会所になっていた。自宅では日曜日ごとに聖餐会が開かれ,頻繁に宣教師が食事に招かれた。「宣教師が伝道している姿をいつも見ていて,かっこいいなと思うようになりました。」颯爽と自転車にまたがり,堂々と証を述べる長老や姉妹の姿は,憧れから次第に,未来の目指すべき目標として歩真兄弟の心に刻まれた。
2016年4月,高校を卒業した歩真兄弟は別府の自宅を離れて熊本で一人暮らしを始める。教会員の知人の経営する有料老人ホームで働いて伝道資金を貯めるためだった。4月14日,仕事を終えた歩真兄弟は近くのスーパーに立ち寄った。時刻は夜の9時半頃。品物を選んでいると,足元から突き上げるような激しい揺れを感じる。「まず縦揺れの地震が来て……帰って寝ているときに横揺れの地震が来ました。」九州地方では初の震度7を観測し,熊本県と大分県に甚大な被害をもたらした平成28年熊本地震の本震だった。大きな揺れが収まってから,歩真兄弟は当時集っていた長嶺ワードに避難した。「教会で寝泊まりして,ステークに届いた支援物資の仕分けをしたり,ホワイトボードに物品の名前を書いたりしていました。」
地震から6か月後,心身の不調を訴えた歩真兄弟は仕事を辞めて別府に戻る。これまで経験したことのない大地震は歩真兄弟の心に強いショックを与えていた。戻った歩真兄弟の状態に家族は驚く。母親の和枝(かずえ)姉妹によれば「幻覚が見えたり,話が通じなかったり……夜中に徘徊することもある」ほどだった。訪れた心療内科では入院が必要と診断された。幻覚や異常行動を抑えるために何種類も薬を試したが,強い副作用が出て体に合わなかった。別の病院での再検査を考えていたとき,和枝姉妹は導きを受ける。「熊本の地震で心のバランスを崩したのだから,大分より熊本の病院で診てもらったほうが話が早いし,よく診てもらえるのでは,と感じました。」熊本県宇城市に精神科・心療内科を専門とする病院がある。熊本ステーク会長の高橋泰三(たかはしたいぞう)兄弟が院長を務めるその病院へ,歩真兄弟を連れて行った。入院して様々な薬を試すうち,歩真兄弟に合うものが見つかった。「その薬に出会えたことで,だんだん回復していった感じでした」と和枝姉妹は振り返る。
なす術はない?
薬のおかげで精神状態も安定し,19歳になった歩真兄弟は,念願のティーチング宣教師の申請をする。しかし,途中でストップがかかった。歩真兄弟が飲んでいる薬が原因だった。特定の薬を服用していることでティーチング宣教師の健康上の標準を満たせなかったのである。
薬を服用せずに日常生活を送れるようになれば,息子はティーチング宣教師になれるのではないか─帆足夫妻は,同じ病を克服した人々の情報を調べ,積極的に歩真兄弟の生活に取り入れた。環境を変えることで病気が治ったという話を聞き,劇団に所属させたこともある。「歩真と同じ若い人たちが集まっているグループで照明係を募集していたんです。単純作業だからいいかもしれないと思って。」それでも,薬なしで生活できるようにはならなかった。薬を全く飲まない生活も試してみたが,朝起きられなくなったり,攻撃的になったりで続かなかった。
最終的に分かったのは,歩真兄弟の穏やかな日常生活のために薬は手放せないという事実だった。「今飲んでいる薬は神様の祝福なんだっていう証も得ていたので,(歩真兄弟が)ティーチング宣教師になることはもう諦めるしかないなと思っていました。」こんなことになるなら,熊本へ行かせるんじゃなかった……。帆足夫妻は深い後悔にさいなまれる。もはや,なす術はないと思われた。
しかし歩真兄弟は,この事態に対して全く違う感想を抱いていた。「あ,(伝道に)出られるな,と思いました。」セミナリーで聖文に親しんできた歩真兄弟の脳裏には,試練を乗り越えた多くの預言者の姿が浮かんでいた。「彼らの模範から,善いことを行おうとしたら大きな試練があることは知っていました。ぼくは正しいことをしようとしているから反対の力が働いている。だから絶対に出られるはず,と思っていました。」毎朝起きるなり間髪入れず伝道について話し出す息子に両親は困惑していたが,歩真兄弟の主への信頼は揺るがなかった。周りが無理だと思っても,「口には出さないけど,忍びのようにひっそりと(笑)宣教師になれることを信じていました。」
神に仕えたいと望むならば
2021年1月9日,主治医である高橋ステーク会長の元に歩真兄弟より電話がかかってくる。「ぼくの(宣教師の)申請書,まだ持っていますか?」高橋会長があるよ,と答えると「(書き直すので)返してもらえませんか?」と言う。その言葉に高橋会長ははっとする。「彼はまだ伝道に出たい気持ちがあるんだ,と思ったんです。」ずっと歩真兄弟を気にかけていた高橋会長は,改めて行動を起こす。インターネットを見直す中で目に留まったのが,教会公式ウェブサイトにある「奉仕宣教師」のページだった。ページのトップに掲げられていた,教義と聖約4章3節が高橋会長の胸を打った。「あなたがたは神に仕えたいと望むならば,その業に召されている。」─「これが全てであるはずだ,と思いました。」そこに記されていたのは「ヤング奉仕宣教師」の召し。彼らはティーチング宣教師と同じ手続きを経て預言者より召され,自宅で生活しながら可能な限り専任に近い形で働く。「教える」と「奉仕する」という方法の違いこそあるものの,フルタイム宣教師を目指してきた歩真兄弟にぴったりだと思った。引き続き情報を集め,関係各所と調整をしていたとき,地域七十人の土門(どもん)大幸(ひろゆき)長老より朗報がもたらされる。以前,東京北伝道部会長を務めた関口(せきぐち)治(おさむ)兄弟と貴子(たかこ)姉妹が,奉仕伝道指導者として召されるためアメリカで訓練を受けているという。これで,歩真兄弟が日本でヤング奉仕宣教師として働く道が開かれた。主の計らいに心から感謝し,高橋会長は歩真兄弟に最新の宣教師推薦書を送った。同送されたそのメールを父の宗和(むねかず)兄弟は今も大切に保存している。「本当に,このメールからとんとん拍子に進んでいった感じで……まさに主の祝福でした。」
2023年10月,歩真兄弟の元に,待ちに待った伝道の召しが届く。任地は福岡伝道部,ヤング奉仕宣教師としての召しだった。11月5日,歩真兄弟は大分ワードで宣教師の任命を受ける。高橋会長から頭に手を置かれたとき,喜びと平安があった。「召されたのはティーチング宣教師ではなくヤング奉仕宣教師だったけど,これまで自分が正しい道を進んでいたことを神様は証明してくれたと思いました。」
家族は彼の明らかな変化を感じている。「ネームタグをつける前と後で,全然違うんですよ。すごく前向きになって自信がついたみたいで」と和枝姉妹は喜ぶ。伝道前から通っている就労支援施設にも,帆足長老はネームタグを付けて行く。以前はあまり気が進まなかったが,今は胸を張って積極的に参加するようになった。
伝道のもたらす価値
ヤング奉仕宣教師の目的は,「救い主がされるように奉仕することにより,人々がキリストの元に来ることを助ける」こと。奉仕活動は宣教師個人の才能やスキル,賜物を考慮して計画され,その内容は多岐にわたる。帆足長老が今,力を入れているのは「家族歴史活動」である。「家族歴史は伝道前から取り組んでいて……調べるのは好きですね」という帆足長老。平日,時間を見つけてファミリーツリーに先祖の記録を入力し,木曜日から土曜日までは福岡神殿で儀式を受ける。幕の向こうの先祖に向けた伝道活動だ。帆足長老は記録を携えて神殿に参入する奉仕の時間を「宝石を得るよりも価値がある」と感じている。「宝石は得たら,指輪とかにしてきれいだけど,それで終わりじゃないですか。でも,ご先祖様を調べて受ける儀式は永遠に続く。彼らは生きるし,(神殿での奉仕伝道は)ダイヤではできないことができるから,すごく価値があると思います。」
幕のどちら側であっても仕える喜びを感じている帆足長老の奉仕伝道は,多くの人々に支えられている。奉仕伝道指導者の関口夫妻は毎日のようにLINEでやり取りし,悩みを聞いたり,伝道生活のアドバイスを送ったりしている。福岡神殿に行くためのバスの予約について教えることもある。帆足長老にとってコーチのような存在だ。「ぼくは話すのが得意ではなくてたまにぶっとんだことを言ってしまうけど,関口夫妻はちゃんと理解してくれます。楽しくて頼れる。感謝しています。」
帆足長老が所属する大分ワードの会員たちも,彼の伝道を助けたいという熱い思いを抱いている。渡邊康博(わたなべ・やすひろ)ビショップは帆足長老が召されて間もなく,関口夫妻から奉仕伝道について学ぶ集いを開いた。「ワード始まって以来のヤング奉仕宣教師です。帆足長老の2年間が成功だったと思えるよう,一緒に活動を計画して彼を支えていきたいです。」彼の存在自体がワードに様々な機会をもたらしている。
主の方法で使われる
精神的な病を抱えている分,多くの人の助けを必要とする帆足長老。しかし彼だからこそできる伝道がある。2023年12月に大分ワードで行われたクリスマス会のことを,ある姉妹はこう語る。「教会員でない夫が十数年ぶりにクリスマス会に来てくれ,そのときに隣に座った歩真長老が夫に話しかけてきてくださったそうです。」帆足長老は言う。「最初は緊張しましたが,ぼくは宣教師なので,勇気を持って声をかけました。」
「メリークリスマス,今日は来てくださりありがとうございます」とあいさつすると,ご主人は「どうも」と優しく応じた。ご主人は緊張する帆足長老をフォローして助けるように話してくれたという。「遠慮がちに話す歩真長老に対し,夫は彼の優しい物腰と,一生懸命話そうとしてくれる誠意ある人柄にとても好感を持ったようでした。家に帰ってからも歩真長老のことをそのように良い人だったと話していました。」話すことが得意ではない帆足長老が勇気を奮ったことで生まれた機会。「夫は強くプッシュされることが苦手ですから,神様は一番適任である優しい助け手を夫の隣に送ってくださったのだと思い,感謝しました。」
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帆足長老が所属する福岡伝道部の原伸二郎(はら・しんじろう)会長は,ヤング奉仕宣教師の働きに大きな期待を寄せる。「様々な能力や特質や,病気や障害があってもそれを生かして伝道ができます」と原会長は言う。「イエス様は社会的に弱い立場にある多くの人々に話しかけました。最近の改宗者や福音を聞く人は多様性に富んでいます。人々を助けて寄り添うために,多様性を持った宣教師がたくさん必要とされています。とりわけ,それは多くのチャレンジを経験してきたヤング奉仕宣教師にできることです。伝道は言葉だけではなくて,愛のある行いによりキリストの光を輝かすことです。ヤング奉仕宣教師(の存在)はわたしには,アイリング管長の預言の『大きな変化が……会員の心の中に起きる』という部分が実現する一つのしるしではないかと感じられます。」
帆足長老の2年間はまだ始まったばかり。思い通りにいかないこともたくさんある。体調が悪い日もあれば,活動を計画してもしりごみしてしまう日もある。それらも含めた伝道活動の全てを帆足長老は祝福だと感じている。「今,ぼくは御霊を感じていて,永続的な喜びというのを感じています。なので,伝道に出るという決断は本当にいいことです。」
主は,全ての人の賜物や特質や課題をご存じであり,その御業を推し進めるために一人一人を使われる。「わたしの完全な福音が弱い者や純朴な者によって世界の果てまで……宣べられるためである。」 帆足長老もまた,それを体現しながら,今日も奉仕の業によって人々をキリストの元に招いている。◆