2025
ジョセフ・スミスの最初の示現の記録を理解する
2025年1月号


『わたしに従ってきなさい』

ジョセフ・スミス―歴史1:1-20

ジョセフ・スミスの最初の示現の記録を理解する

ジョセフ・スミスの最初の示現に関する記録は4種類ありますが,どこが違うのでしょうか。なぜ違っているのでしょうか。そして,それらの記録から何が学べるでしょうか。

ジョセフ・スミス

霊的な経験についてだれかに話そうとしたことはありますか。どのような詳細を話しましたか。どのような詳細を省きましたか。友人に話すときと聖餐会で話すとき,または末日聖徒イエス・キリスト教会の会員でない人に話すときとでは,話し方を変えると思いますか。

以上の問いは,ジョセフ・スミスが1820年にニューヨークで見た天の御父とイエス・キリストの示現をどのように説明したかを考えるときに重要になってきます。ジョセフはこの経験を何度か話しました。今日,ジョセフの口から直接語られた体験談は,以下の年度に書かれた4種類があります。

  1. 1832年の夏ごろにジョセフが書いた個人の歴史。ジョセフは,自分が森に行って祈ったのは,霊的な事柄についてよく分からなかったからだと説明しています。また,罪を赦されたいとも思っていました。

    若き日のジョセフ・スミス
  2. ジョセフの1835年の日記。ロバート・マシューズという名の説教者がオハイオ州カートランドにやって来ました。宗教的な事柄についてジョセフと話すことを望んでいたので,ジョセフは示現について話しました。ジョセフの日記をつけていたウォレン・パリッシュは,このときにジョセフが語ったことを記録しました。

    聖典を持つジョセフ・スミス
  3. ジョセフが1838年に始めた公式の教会歴史。ジョセフは教会が回復された過程について話し,その中で最初の示現について話しました。この話は高価な真珠に掲載されています。

    何かを書いているジョセフ・スミス
  4. 1842年にジョセフが書いた手紙。ジョン・ウェントワースというジャーナリストがジョセフに,末日聖徒イエス・キリスト教会が世に現れた過程について説明してほしいと頼みました。ジョセフは手紙でそのことについて書き,その中で最初の示現についても説明しました。

    手書き

それぞれの記録は,異なる時期に異なる人たちに向けて書かれたものです。ジョセフはそれぞれ異なる目的で書きました。しかし,これらの記録を読み合わせると,聖なる森でのジョセフの経験の理解が豊かで明快なものになります。

どんな違いがあるのか

これらの記録は,それぞれ,詳しく書かれている部分が異なります。1832年の記録の中で,ジョセフはおもに罪を赦されたいという切実な願いについて書いていて,どの教会がほんとうの教会なのかを知りたかったことについては特に書いていません。「主」が自分に御姿を現されたことを書いていますが,天の御父とイエス・キリストを別個の御方として書いてはいません。

1835年と1838年の記録には,邪悪な力が働いてジョセフの祈りを妨げようとしたことが記されています。ジョセフの1835年の記録には,ジョセフは天使だけでなく,二人の御方の訪れを受けたと記されています。1838年と1842年の記録でも,二人の御方について書かれており,そのうちの一人はイエス・キリストだったとはっきりと書かれています。この二つの記録は,ジョセフが真の教会を探し求めていたことを強調しています。

なぜ記録によって違いがあるのか

説明が異なるのには,幾つかの理由があります。

記憶というものの性質

わたしたちは,記憶は変わらないものだと考えることがありますが,記憶とはそういうものではありません。年を取るにつれて,物事を違った形で記憶していたりします。前に起こったことが,人生で別のことを経験したために違う意味を持つようになることがあります。記憶の主要な部分は変わりませんが,枝葉の部分は幾らか変わる可能性があります。それは,人の記憶が不確かであるから,あるいは正確でないからということではなく,記憶のある部分が場合によって強調されるということです。

目的の違い

ジョセフが自分の物語を語るのには,様々な理由がありました。1832年,ジョセフは個人的な記録を作成していたため,最初の示現が自分個人にとってどのような意味を持っていたかに,より焦点を当てました。1838年と1842年には,教会設立の経緯の一部として最初の示現について話しています。そのためジョセフは,どの教会がほんとうの教会なのかについて知りたかったことを強調しました。

対象者の違い

ロバート・マシューズとジョン・ウェントワースは教会員ではありませんでした。彼らに対し,ジョセフは物事を違った方法で説明する必要がありました。1838年の記録は,教会員に向けて書かれています。1832年の記録は親しい友人や家族にしか読まれないだろうと思っていたのかもしれません。

同じ部分はどこか

4つの記録すべてで,主要な部分の詳細は変わりません。ジョセフは自分自身の救いと世の人々の救いについて,混乱している状態にあり,ヤコブの手紙1章5節から6節を読み,祈りの答えが受けられることを知りました。森の中に入って祈ったジョセフに天の御方たちが御姿を現されました。その御方たちはジョセフを名前で呼び,当時の教会は正しい教義を教えていないことを告げました。

最初の示現

これらの記録から分かること

わたしは何種類かの記録を読むのは良いことだと思います。最初の示現をよく理解するのに役立つからです。ジョセフがどうしたらよいか分からずに祈りたいと思った理由が,はっきりと分かるようになります。最初の示現が人生の様々な時期にジョセフにとってどのような意味を持っていたかを読んでいると,御霊を強く感じるようになります。これらの記録を重ね合わせると,ジョセフがほんとうのことを語っていたことが分かります。ジョセフ・スミスは,聖なる森で天の御父とイエス・キリストにまみえました。このことを考えると,わたしも祈りの答えが受けられるという望みが強くなります。

書かれた時期

ジョセフが祈った理由

ジョセフが証言した,御姿を現された御方

1832年

罪の赦しを受ける

1835年

宗教についてだれが正しく,だれが間違っているかを知る

二人の御方—まず御一方,次にもう御一方—そして天使

1838年

どの教会がキリストのほんとうの教会なのかを知るため

父なる神とその御子イエス・キリスト

1842年

どの教会がキリストのほんとうの教会なのかを知るため

「二人の栄光あふれる御方」