「またセレステに会える」『フレンド』2005年4月号,30-31
またセレステに会える
「このお花を見ると,復活について思い出すわ」とお母さんは言います。
アメリカ合衆国でほんとうにあったお話です。
わたしは上体を後ろにそらしながら,庭をながめました。ジョンソン家のわきには,お母さんとわたしがちょうど球根を植えたばかりの黒っぽい土が続いているところがあります。わたしは土をなでてため息をつきました。
「植えるのを手伝ってくれてありがとう」とお母さんが言います。
わたしはどろまみれの手を見て,だまっていました。セレステ・ジョンソンのことを考えていたのです。以前はこの家に住んでいたセレステ。わたしとほぼ同い年だったセレステ。一緒に初等協会に来てくれたセレステ。一緒に遊んだり,おたがいの誕生日パーティーに行ったりしました。時々,裏庭にテントをはって,キャンプごっこをしたりもしました。わたしの親友でした。
そんなセレステはもういません。数か月前に交通事故でなくなってしまったのです。わたしもわたしの家族もたくさん泣きました。わたしたちのお友達だったセレステがいなくなり,さびしくなるのは分かっていました。わたしたちは,セレステのお父さんが交通事故でけがをしたことで泣き,セレステの家族が悲しんでいたことで泣きました。
セレステの家族を助けたいと心から思いました。わたしはセレステの妹のエラにはぬいぐるみをあげました。それから,ワードの人たちがセレステの家族にプレゼントをおくることができるよう手伝いました。みんなから愛されていることを知ってほしかったからです。
セレステのお葬式に行ったとき,わたしは教会のお友達たちの近くにすわりました。セレステが大好きだった,「信仰」という初等協会の歌を歌いました。どうすればまた神様とくらせるかについての歌です。セレステにまた会えることを思い出させてくれました。おはかでは,ひつぎの上にお花を置きました。セレステを知っている人はみんな,まだ悲しみ,さびしさを感じていました。でも,いのって断食すると,悲しい気持ちが少しうすらぎました。聖文を読んだり,教会の友達と話したりすることも役立ちました。
今日,わたしたちはジョンソン家の庭に花の球根を植える手伝いをしました。球根は今は小さくて茶色です。春にどんな風にさくのかはっきりは分かりませんが,きっときれいなはずです。
お母さんはわたしを見ながら,「球根の良いところを知ってる?」とたずねました。
わたしは頭を横にふりました。太陽がまぶしかったので,目を細めながらお母さんの方を向いて,「何が良いの?」と聞きました。
お母さんは言いました。「球根のお花は冬にはかれるけど,春には必ずまたさくの。このお花は復活について思い出させてくれるの。お花がかれてしまうと見えなくなってしまうけど,なくなってしまったわけではないのよ。セレステや,いつかは死ぬわたしたちみんなと同じようにね。イエス様のおかげで,わたしたちはみんな死んだ後によみがえってまた生きるの。」
わたしはもり上がった土の方に目をやりました。球根はどんどん成長し,土をおしのけます。春までには美しいお花になることでしょう。セレステにもまた会えることを知っています。
わたしは球根が植えられている土の方に身を乗り出して,キスを投げかけ,「春に会おうね」とささやきました。
イラスト/ショーナ・J・C・テニー