注目のディボーショナル
キリストによって、何事でもすることができる
2024年11月12日にブリガム・ヤング大学アイダホ校で行われたディボーショナルの説教より。
成し遂げるべきことをすべて成し遂げるにはどうすればよいでしょうか。
「命の光」キム・ヨンサン画
「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。」(ピリピ4:13)
このことを知ったうえで、こう自問することもあるでしょう。「では、自分には何が求められているのだろう。すべてを同時に行う必要があるのだろうか。」
わたしたちは、多くの情報が飛び込んで来て、多くを求められる興味深い世界で生きています。時に、まず何から手を付け、最後に何をすべきなのか分からない状況に陥ることもあるでしょう。そのような結果、何もせずに終わり、落胆して落ち込んでしまうことさえあるのです。
では、自分の役割を存分に果たし、成し遂げる必要があることを成し遂げるために何ができるかをじっくり見ていきましょう。
救い主との関係に取り組む
まずは、救い主イエス・キリストとの関係に取り組み、それを最優先するのが賢明です。主をもっとよく知るようになれば、人生における自らの役割をもっとよく理解できるようになるのです。
ひとたびキリストとの関係に取り組み始めると、関係を強める部分が即座に発揮され、関係がますます深まっていくことに気づくことでしょう。
その過程で自分自身への理解が深まり、もっと自分に自信が持てるようになります。キリストとの特別な関係のおかげで、さらに自尊心を持てるようになるのです。
こうした関係の結果、行いを改善し、より良い人になりたいと思うようになります。
優先順位のバランスを取る
なすべきことや行いたいことをすべて検討し、タスクを「良いこと」「より良いこと」「最も良いこと」に分ける方法を身に付ける必要があります。
わたしは、ホランド会長がパリで開かれた集会に訪れられたときに述べられた考えを大切にしています。会長は、優先順位を決める過程で、こう自問するとよいとアドバイスしてくれました。
「わたしはこのことに結び固められているだろうか。」
わたしたちは伴侶や子供たちと結び固められています。永遠にともに過ごす彼らを、常に優先する必要があるのです。
わたしたちは自分が結び固められている人々を優先すべきですが、それを言い訳に、自分を向上させる成長の機会を逃すべきではありません。仕事をしてばかり、遊んでばかりの人生にしてはなりません。ある程度のバランスが必要です。
「わたしニーファイは度々山の中へ行き、度々主に祈った。それで、主はわたしに大いなることを示してくださった」(1ニーファイ18:3)というニーファイの行動に倣い、優先順位を明確にし、そのことを天の御父と相談してください。
戒めを守る
モルモン書では、わたしたちが神の戒めを守れば、神はわたしたちを祝福し、栄えさせてくださる(モーサヤ2:22参照)と約束されています。
ネルソン大管長は、不道徳は証を最も速やかに失う原因の一つで、人生をたちまち複雑にするものだと述べています。また、サタンの最も執拗な誘惑の多くは、道徳的な清さを汚すことに関することだとも述べています。
ラッセル・M・ネルソン大管長はまた、次のように述べています。「天を開くために何より強力な組み合わせは、清さを増すこと、完全に従順であること、熱心に求めること、モルモン書に記されたキリストの御言葉を日々味わうこと、そして神殿・家族歴史活動に一定の時間を割くことです。」
毎日の聖文研究と日々の祈りは、鉄の棒にしっかりとつかまり、主の声を聞けるようにするための手段です。また、日々の悔い改めを忘れないようにしてください。日々行いを改善し、より良い人になろうと努力するのです。
アルマは息子たちに、個人の祈りについて次の深遠な教えを授けています。「あなたのすべての行いについて主と相談しなさい。そうすれば、主はあなたのためになる指示を与えてくださる。まことに、夜寝るときは、眠っている間も主が見守ってくださるように、主に身を託して寝なさい。そして、朝起きるときに、神への感謝で心を満たしなさい。これらのことを行うならば、終わりの日に高く上げられるであろう。」(アルマ37:37)
聖霊に頼る
主の教会の会員であるわたしたちは、聖霊の賜物を授かっています。
ネルソン大管長は次のように述べています。「導き、指示し、慰める、変わることのない聖霊の影響力がなければ、これから先、霊的に生き残ることはできなくなるでしょう。」
わたしは、聖霊の影響力がなければ、もはや何が真実か否かを見極められない時代がやって来たのだと考えています。近ごろ人工知能でできることについて考えてみてください。聖霊は、慰め主という役割のほかに、聖めをもたらす御方でもあります。
クリストファーソン長老は、このことについてさらに説明しています。長老は、聖めとはキリストの贖罪の過程で、わたしたちを清め、癒し、さらにキリストのようになれるよう助けてくれますが、わたしたちは聖霊を通してのみ、イエス・キリストの聖めの力にあずかることができると教えています。「聖霊の賜物は……キリストの血が適用され、わたしたちの罪が取り除かれ、聖められたという恵みを告げるものです。」
イエス・キリストの贖罪が自分の生活に効力を及ぼしているかどうかは、どうすれば分かるのでしょう。答えは簡単です。「今日、聖霊の影響力を感じたら、自分の生活に贖いの力が及んでいるという証拠だと考えてよいでしょう。」
エンダウメントを受ける
主の宮に参入し、従順、犠牲、福音の律法、純潔、奉献の律法に従って生活するという聖約を交わして守るとき、わたしたちはエンダウメントの賜物を受けることができます。
これらの聖約を守ることで受ける賜物には、次のようなものがあります。
1.主の目的と教えに関するさらに深い知識
2.神から期待されていることをすべて行う力
3.主や家族やほかの人々に仕えるときに与えられる天からの指示と守り
4.さらなる希望と慰め、平安
何と栄えある祝福でしょうか。何とすばらしい贈物を愛にあふれる天の御父から授かっていることでしょう。御父はわたしたちが人生で成功を収め、みもとに戻るよう望んでおられるのです。
わたしはこれまでに幾度か、イエス・キリストの贖罪に対する証を受ける機会がありました。また、その清めの役割だけでなく、思いもよらなかったことが可能になる力を授けられるという証も受けてきました。
わたしは人生で何度も、特に自分のコンフォートゾーンから出たときはなおさら、その力を感じてきました。
キリストによって、何事でもすることができると知ることができますように。またその知識により、いつまでも皆さんの生活に祝福がありますように。