デジタル版のみ:ソーシャルメディア発信の教会指導者の教え
イエス・キリストの復活はわたしたちに希望を与えてくれます
生ける預言者やほかの教会指導者たちがソーシャルメディア上で復活について教えた事柄を見てみましょう。
「復活されたキリスト」ウォルター・レーン画
復活祭は,この人生には終わりはあるものの,それが終わりではないことを思い起こさせてくれます。イエス・キリストのおかげで,わたしたちは肉体と再び結合し,愛する人たちと再び一つとなることができます。主の無限の犠牲は,現世の旅路で得られる最大の希望です。
ラッセル・M・ネルソン大管長は,次のように教えています。
「わたしは2005年のあの土曜日に家にいられたことを感謝しています。最初の妻ダンツェルとわたしは家事を終え,少しの間くつろぐことにしました。ソファーに座り,手を握り合い,テレビで番組を見始めました。
数分のうちに,ダンツェルは思いがけず突然に,安らかに永遠の来世へと旅立ちました。妻を蘇生させようとするわたしの努力は実を結びませんでした。わたしはショックと悲しみで押しつぶされそうでした。60年近くをともに過ごした親友を失ったのです。
その10年前には,娘をがんで亡くしました。エミリーはまだ37歳でした。2019年には,その恐ろしい病気で大切な娘をもう一人亡くしました。ウェンディーはまだ67歳でした。
これらの喪失の時にあって,わたしは主イエス・キリストに対する証にどれほど感謝したことでしょう。主が墓に対する勝利を得られたことの中に,わたしたちは自分自身の復活についての約束を見ることができます。
救い主は復活した後,『わたしは,天においても地においても,いっさいの権威を授けられた』(マタイ28:18)と宣言されました。その力には復活の鍵が含まれます。わたしは主がその鍵を用いて人類家族の全員をよみがえらせられること,そしてその鍵を用いてダンツェルとエミリーとウェンディーをよみがえらせてくださることを知っています。
神の子供たちにとって,復活は,老化や劣化や腐敗が取り除かれることを意味します。『この死すべき体は不死をまとい』(モーサヤ16:10),『霊と体は再び結合して完全な形になり』(アルマ11:43)ます。
復活はまた,もう一つの結合,すなわち家族の再会を可能にします。わたしたちはともに愛をもって生活しているので,愛する人が亡くなったときに涙を流します(教義と聖約42:45参照)。しかし,永遠の家族の観点から未来を待ち望むとき,マグダラのマリヤのように,悲しみの涙を喜びの涙に変えることができます。」
教会の指導者たちは総大会でイエス・キリストの復活について語ってきました。また,これらのテーマに関する以下を含むメッセージを,ソーシャルメディア上でも分かち合っています。
イエス・キリストの文字どおりの復活
[ビデオ]:「イースターには,すべてのクリスチャンとともに,イエス・キリストの文字どおりの復活を祝います。死後,使徒たちに姿を現されたとき,主は御自分が霊ではないことを断言されました。当時医者であったルカの言葉によればこう記されています。イエスは言われました。『さわって見なさい。霊には骨や肉はないが,あなたが見るとおりわたしにはあるのだ。』(ルカ24:39)
しかし,すべての人は肉体を持って復活するのでしょうか。回復の聖文は,すべての人が完全な体で復活するという堅固な信仰と宣言において,わたしたちを一つにする明快さを与えてくれます。モルモン書は,霊と体が再び結合すると教えています。現代の啓示では,天使は骨肉の体を持つ復活した人物であると説明されています。最も具体的なのは,モルモン書からの次の言葉です。
『霊は体に回復され,体は霊に回復される。そして,手足と関節はことごとくその体に回復される。まことに,髪の毛一筋さえも失われることなく,すべてのものが本来の完全な造りに回復される。』(アルマ40:23)
わたしたちには皆,完全な体の復活を待ち望む特別な理由があります。」
President Dallin H. Oaks, First Counselor in the First Presidency, Facebook, Apr. 6, 2023,facebook.com/dallin.h.oaks
復活は希望と決意の源です
「イエス・キリストの復活についての証は,希望と決意の両方の源です。主は生きておられ,主の犠牲のおかげで,わたしたちは復活し,聖められます。イエスが復活されたキリスト,わたしたちの救い主,完全な模範であり永遠の命への導き手であられることを証します。わたしたちが生涯心を込めて,主の犠牲と主のわたしたちへの愛を思い起こすことができますように。」
President Henry B. Eyring, Second Counselor in the First Presidency, Facebook, May 31, 2024, facebook.com/henry.b.eyring.
主の希望,主の平安,主の愛
「わたしは,救い主の比類なき贖いの犠牲と輝かしい復活という,完全かつ絶対的な真理について証します。この思いを心に留めて生活するなら,主の希望と主の平安,主の愛を感じることができると約束します。
愛する人を思いがけず失うと,悲しみや悲嘆に圧倒されることがあります。
昨年末,輝かしいブリガム・ヤング大学の新入生,アンナ・ピーターソンの人生は,悲劇的なそりの事故の後,突然終わりを迎えました。アンナは謙遜で,愛にあふれ,親切なイエス・キリストの弟子でした。彼女は,ほかの人が神の愛を感じられるように助けるよう努めていました。実のところ,彼女は専任宣教師になるための申請を終えたところでした。
アンナが亡くなったとき,多くの人が友人を失いましたが,彼女の両親であるジョーンとジュリーは,18年間世話をし,祈り,愛してきた美しい光を失いました。娘の死は,だれにとっても悲しみに包まれるのに十分です。しかし,深い悲しみを感じながらも,ジョーンとジュリーは主イエス・キリストに頼ることを選んだのです。
ジョーンは,わたしがフランス・ボルドー伝道部を管理していたときに共に奉仕した宣教師でした。彼とジュリーに,この悲劇に直面しながらもイエス・キリストを信じる信仰を実践し続けている彼らの思いを分かち合ってくれるよう頼みました。これは彼らがわたしに分かち合ってくれたことです:
ジョーン:『アンナの突然の悲劇的な死によって,わたしは胸に大きな傷を負ったように感じます。しかし,ギレアデには乳香があり,救い主の贖罪と,アンナの18年間のすばらしく,信じられないような時間の両方に対する感謝の気持ちに心を傾けると,深い憐れみであふれるほどに満たされます。わたしたちには前進する力があります。』
ジュリー:『アンナの事故の直後,わたしはわたしたちの取り組みのテーマを「Turn to the Light,Our Savior」(救い主という光に目を向ける)にしようと思いつきました。暗闇ではなく光を選んで対処する機会を互いに分かち合うとき,わたしたちは互いに強め合い,主は悲しみの中にいるわたしたちを支えてくださいます。わたしとわたしたちは主を信頼することを選びます。』
わたしはジョーンとジュリーのイエス・キリストを信じる信仰を心から尊敬しています。彼らはわたしにとってすばらしい模範です。この復活祭の季節に,イエス・キリストが死の縄目を断ち,すべての人が墓を超えて生きられるようにしてくださったことを証します。そして,最も重要なことは,主を信じて従うならば,永遠に,そうです,永遠に主とともに住むことができると,主がわたしたち一人一人に約束しておられるということです。
Elder Neil L. Andersen, Quorum of the Twelve Apostles, Facebook, Apr. 7, 2023, facebook.com/neill.andersen.
キリストに信頼を置くことができる
「イースターが近づくにつれ,わたしは妻と最近一緒に中央アメリカを旅した経験を振り返っています。グアテマラシティーでの最後の日に,わたしたちはディボーショナルに出席しました。そこでは,4つのステークの初等協会の聖歌隊が,イエス・キリストについての音楽と言葉による証を分かち合いました。
それは美しい,心温まる集会でした。わたしはアンヘル・スニガ兄弟の誠実で簡潔な証を決して忘れません。イエス・キリストについて簡潔に証を述べたとき,アンヘルはイエス・キリストが自分の救い主であることをほんとうに知っているという力強い証を心に感じました。決して忘れられない時間となりました。
その後,ディボーショナルの後,わたしたちは子供たち一人一人と握手を交わしました。一人の少年がわたしに尋ねました。『イエス様は元気ですか』わたしはこう答えました。『イエス様はあなたを愛し,あなたを信頼しておられます。だから自信を持って主を信頼してくださいね』この少年は,わたしの霊が喜びで満たされるような,確信のある笑顔で答えてくれました。
復活祭までの一週間に救い主がわたしたちのためにしてくださったことについて考えるとき,イエスが皆さんを愛しておられ,皆さんを信頼しておられるのですから,皆さんも主を信頼することができるという知識で霊を満たすよう,皆さん一人一人にお勧めします。」
Elder Dale G. Renlund, Quorum of the Twelve Apostles, Facebook, Apr. 5, 2023, facebook.com/DaleGRenlund.
主のおかげで,常に希望があります
「皆さんがすばらしい復活祭の週末を過ごせることを願っています。私たちが復活祭を祝う理由は,愛する救い主の贖いの犠牲と復活のためであることを常に覚えていてください。それがなく,主がおられなければ祝う理由はありません。なぜなら,この世においても来るべき世においても,わたしたちに希望はないからです。わたしたちはいつも主を覚えていなければなりません。主のおかげで,常に希望があります。
わたしは常にジェフリー・R・ホランド長老のこの言葉を愛しています。『この復活祭の季節に得られる大きな慰めの一つは,イエスがただ御独りでそのような長く孤独な道を歩まれたおかげで,わたしたちはそうする必要がないということです。……カルバリの出来事のおかげで,たとえ孤独を感じることがあっても,決して独りではなく,助けの手が差し伸べられるという真理をわたしたちは知っています。全人類の贖い主は確かに,わたしたちを慰めのないままに〔しない〕……と言われたのです。
……この聖なる週を控え,……わたしたちが言葉だけでなく,また人生が順調なときだけでなく,行いにおいて,勇気において, 信仰において主イエス・キリストの忠実な弟子であると心から公言できますように。孤独を覚えながら道を歩むときも,十字架が肩に重くのしかかるときにもそうできますように。この復活祭の週の間,『いつでも,どのようなことについても,どのような所にいても,死に至るまでも』キリストのそばに立つことができますように。わたしたちのために死なれたとき,そして究極の完全な孤独に置かれたとき,キリストはわたしたちのそばに立っておられたのです。』(総大会,2009年4月)
ホランド長老の証にわたしの証を付け加えたいと思います。救い主イエス・キリストのおかげで,だれも独りで歩む必要はありません。カミール・N・ジョンソン会長が総大会で述べたように,『イエス・キリストは安らぎです』。主を通してそのような安らぎを見いだせますように。そして,わたしたちは今もこれからも独りで歩いているのではないという確かな証を一人一人が持てるようになりますように。感謝祭,おめでとうございます!」
Sister J. Anette Dennis, Facebook,Apr. 9, 2023 facebook.com/RS1stCounselor