15.ノーブー神殿
最初のノーブー神殿の建築には、地元の灰白色の石灰岩が使われた。建物の大きさは、奥行が39m、幅が27m、地上から塔の頂までは48mである。教会員は、1841年の着工以来、この美しい神殿を建てるために多大の犠牲を払った。その建築のために、数か月間労働を提供した人々もいれば、金銭で犠牲を払った人々もいた。神殿は完全には完成していなかったが、西部へ脱出する前の数か月間、儀式を受けに来る教会員たちでいっぱいになった。多くの聖徒が暴徒から暴行の脅迫を受けて1846年早春にノーブーを去ったが、特別な使命を受けた人々がとどまって神殿を完成させた。1846年4月30日、十二使徒定員会のオーソン・ハイド長老とウィルフォード・ウッドラフ長老、そのほかおよそ20人の人々でその主の宮を奉献した。残っていた教会員がノーブーを追われた9月に神殿は放棄された。その後、暴徒たちは、その神聖な建物を汚した。その内部は1848年10月に火災によって破壊された。(この写真にある)再建された神殿は、最初の神殿を忠実に復元したものであり、2002年6月27-30日にゴードン・B・ヒンクレー大管長によって奉献された。
重要な出来事:1845年10月5日に、神殿の集会室で総大会が開かれた。エンダウメントの儀式は1845年12月10日に始められ、1846年2月7日まで続けられた。5,500人を超える末日聖徒が自身のエンダウメントを受け、また多くの死者のためのバプテスマと結び固めが執行された。