イザヤ13-14、22、24-30、35章:第117課
イザヤ25章
主を待ち望む
学習に対して霊的に備えるため「聖文を研究する」にアクセスしてください。
熱心な祈りがこたえられていないように思えるとき、あなたはどのように対応しますか。聖文全体を通して、主とその預言者たちは、わたしたちが主を待ち望み(イザヤ25:9参照)、忍耐強く祝福と答えを求める必要性を強調しておられます。この課は、主の答えと祝福を待ち望むことの重要性を理解する助けとなります。
聖文を研究する
子供たちの忍耐力をテストするために、数人の4歳児の前に大きなマシュマロを一つ置きました。子供たちは、すぐにマシュマロを食べてもよいと言われました。しかし、15分待てば、マシュマロを2個もらえます。待てたのは、わずか30%の子供だけでした。後に研究者たちは、子供たちの今後の人生における成功と、彼らの待つ能力、つまり忍耐力には関連性があることを発見しました。待つ能力と将来の成功に関連性があるのはなぜだと思いますか。
ノートに、次の質問の一つまたはそれ以上に対する答えを書いてください。
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あなたが何かを待ちきれなかったのはどのようなときですか。なぜそのときは待つことが難しかったのでしょうか。
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あなたは現在、天の御父からどのような祝福や答えを受けるのを待っていますか。
今日学習しながら、忍耐強く待つ能力を高めてくださるよう、天の御父に祈り求めてください。
主は、政治的、社会的に不安定な混乱の時代に、預言者イザヤをユダの国に遣わされました。イザヤ25章は、イスラエルの家に、彼らが主から受けている、またこれから受ける大きな祝福を思い出させてくれます。
イザヤ25:1-4、6-9を読み、主がイスラエルのためにすでになされたことと、将来イスラエルのためになさると約束されたことを見つけてください。印象に残った祝福に印をつけてください。
9節には、主を待ち望むことから得られる祝福が記されています。十二使徒定員会のロバート・D・ヘイルズ長老(1932-2017年)は、次のように教えています。
「聖文では『待つ』とは望む、期待する、信頼するという意味です。主を望み信頼するには、信仰と忍耐、謙遜、柔和、寛容、戒めを守り最後まで堪え忍ぶことが必要です。」(「主を待ち望む——みこころが行われますように」『リアホナ』2011年11月号、72)
ヘイルズ長老の言葉をイザヤ25:9にリンクさせるとよいでしょう。
9節の横に、次の真理「主を待ち望むなら、わたしは……だろう」をどのように完成させるか書いてください。
主を待ち望むとはどういう意味かを説明するにあたって、ヘイルズ長老のどの言葉を使うことができますか。主を待ち望むとはどういう意味かをだれかに理解してもらうために、何か付け加えたいことはありますか。
可能であれば、「主を待ち望む——みこころが行われますように」(タイムコード0:59-2:57)を見るとよいでしょう。救い主がどのように天の御父を待っておられるかを見つけてください。
以下の学習オプションを確認してください。一つまたはそれ以上行ってください。
オプションA
主を待ち望む人々に、主はどのような祝福を約束しておられるだろうか
主は御自分を待ち望む人々に大いなる祝福を約束しておられます。
次の聖句を読み、「主を待ち望む」、「忍耐」、または自分で作ったタグを付けます。主を待ち望む人々に主が約束しておられる祝福に印を付けるとよいでしょう。
可能であれば、「忍耐し続ける」(タイムコード1:07-2:41)を見るとよいでしょう。当時大管長会の一員だったディーター・F・ウークトドルフ管長が、約束された祝福を待ちながら、信仰をもって行動するために何をしたかを見つけてください。
ノートに、次の質問の一つまたはそれ以上に対する答えを書いてください。
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今日、主を待ち望むことによる祝福とはどのようなものでしょうか。
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あなたはどのようなときに、答えや祝福を待ったことがありますか。
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あなたがしたことの中で、主を待ち望む助けとなったのはどのようなことですか。
オプションB
主を待ち切れずにいる場合はどうすればよいだろうか
時折、天の御父はわたしたちに、望んでいる答えや祝福を待つように求められることがあります。時に、わたしたちが望む方法やタイミングで、求めている答えや祝福を与えてくださらないこともあります。
以下の4つのリソースのうち、二つまたはそれ以上を選んでください。主を待ち望むことに苦労している人の助けとなるものを見つけてください。
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当時中央初等協会会長会第二顧問であったエイミー・A・ライト姉妹は、次のように話しています。
10:39「わたしたちはよく、……忍耐強く、時にはやきもきしながら『主を待ち望〔んでいる〕』自分に気づくことがあるのではないでしょうか。……
主を待ち望むということは、神聖な時間となり得ます。救い主を個人的に深く知ることができるようになる、磨かれ、精錬される時間です。主を待ち望むということは、『おお、神よ、あなたはどこにおられるのですか』と問いかける自分に気づく時間ともなり得ます。それは、主を何度も何度も意図して選ぶことで、キリストへの信仰を働かせる霊的な忍耐力が求められる時間です。……
深遠な方法によりわたしが学んだのは、試練からの解放は一人一人異なるため、どのように救い出されるかということよりは、救い出してくださる御方自身に目を向けるべきだということです。わたしたちが常に強調すべきは、イエス・キリストなのです。
キリストを信じる信仰を働かせるとは、神の御心だけでなく、神の時をも信頼するということです。わたしたちがいつ何を必要としているかを神は正確に御存じだからです。」(「キリストは壊れたものを癒される」『リアホナ』2022年5月号、83-84)
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「He’ll Be There—主はそばに—」(2:33)歌を通して、若い男性はキリストが悲しみの中にいるわたしたちを慰めてくださるという証を分かち合っています。
2:42
ノートに、主からの答えや祝福を待ち望む間に行うと良いことを分かち合ってください。あなたやあなたの知人が主の祝福を経験したときのことを含めるとよいでしょう。
考えを分かち合いましょう
この課の目的:主を待つことの重要性を理解できるようにします。
教師やクラスに、以下から一つまたはそれ以上を分かち合ってください。
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オプションAの質問の一つに対する自分の回答。
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主の答えや祝福を待ち望むことに苦労している人へのアドバイス。
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この課の目的を達成するために具体的に行ったこと。
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この課で浮かんだ質問。あなたの質問の答えをどこで見つけようと思いますか。