The Power of Covenants ─ 聖約の力と祝福
「先祖を助ける姿を主に示すとき」
─難病を抱えながら613人の先祖の記録を提出したYSA 広島ステーク浜田支部
家族歴史は,物心ついた頃から舟木望瑠姉妹の身近にあった。「昔から母に連れられて,お寺に行ったりお墓に行ったりしていました」と望瑠姉妹は振り返る。両親の舟木
食べたいのに食べられない
舟木望瑠姉妹は1995年7月23日に,島根県浜田市で暮らす舟木家族の次女として生まれた。5ミリ四方の紙で鶴が折れるほど器用で,幼い頃から病院通いの多かった望瑠姉妹の少女時代の憧れは外科医。尊敬する心臓外科医に手紙を書き,返事をもらったこともある。小さい頃から便秘がちだった望瑠姉妹だが,高校生になると慢性的な腹痛に悩まされた。病院では過敏性腸症候群と言われ治療をしたが,症状は悪化,ついには食べ物を見ただけで嘔吐するようになった。真琴姉妹は言う。「飴とかの食べ物を見ると唾液が出て,胃にたまる。それだけで吐いてしまうんです。」胃腸機能の異常を疑い,西日本中の大学病院を回ったが成果はなかった。「当時,望瑠が思春期だったこともあって,精神的な問題と言われました。」明確な診断を受けられないまま数年間病院をたらい回しにされる間にやせ細り,体重は33キロにまで減った。食べたいのに食べられない。望瑠姉妹にとって地獄のような日々だった。「食べられないわたしは人間じゃないのかなって,動物だって食べられるのにって思って,毎日泣いていました。」ようやく医師の診断が下ったのは望瑠姉妹が24歳のときだ。胃腸機能運動障害─胃腸の動きが極端に悪化し,通常の食生活が不可能な状態になっていた。「朝薬を飲んで午後胃カメラを撮ると,朝の薬がそのまま写っていました。」直接血管に栄養を送り込むため,胸に点滴用カテーテルを埋め込む手術が行われ,そこから栄養素が混注された高カロリー輸液を24時間点滴するようになった。点滴によって慢性的な栄養不足は解消されたものの,度重なるカテーテル感染に悩まされた。「原因は点滴交換のときに雑菌が入ったり,カテーテル周りの皮膚が蒸れて汗をかいたり……感染管理をきちんとしていてもかかることもあります。」一度感染すると,高熱や合併症に苦しみ何日も入院した。少し元気になるとまた感染しベッドに逆戻り。「また感染したらどうしよう,倒れたらどうしようと思って,何もする気になれませんでした。」ほぼ一日中ベッドの上で過ごし,ゲームや動画を見て気を紛らわせる毎日だった。
家族歴史をやってみない?
2022年10月のことだった。いつものようにベッドで療養していた望瑠姉妹のもとに同じステークの姉妹からメールが届く。「望瑠ちゃん,家族歴史をやってみない?」真琴姉妹から望瑠姉妹が退屈していると聞き,声をかけてくれたのだった。彼女は望瑠姉妹にファミリーツリーの基本的な仕組みを教えてくれ,当時ラジオ沖縄で放送されていた,教会提供の番組『あなたとニー(根)コネクト』を紹介してくれた。聴いてみると,翌年に迫った沖縄神殿奉献にちなみ,ファミリーサーチの紹介が行われていた。出演していた沖縄ステークの神殿・家族歴史担当高等評議員(当時)
生死のはざまで
2023年7月22日の朝,真琴姉妹は1階の望瑠姉妹の部屋をのぞいた。望瑠姉妹は数日前から発熱していた。ベッドで寝ている望瑠姉妹に声をかけると,話がかみ合わない。そして「トイレに行く」と立ち上がった瞬間崩れ落ち,ベッドと壁の間に落ちた。「望瑠!望瑠!」声をかけても動かない。あわてて近所の人を呼んで望瑠姉妹を引き上げ,救急車で近くの医療センターに急行した。診断の結果,これまでのような細菌が原因ではなく,カンジダによるカテーテル感染から多臓器不全を起こしていることがわかる。すぐにカテーテルを抜かなければ命が危ないといわれ,片道2時間の島根大学病院まで救急車で搬送された。到着後,病院から渡された治療の同意書の文言に真琴姉妹ははっとする。これまでなかった「臓器提供」の文字があった。娘が置かれている状況の厳しさに直面した真琴姉妹。しかしそのとき,心に浮かんだのは「大丈夫」という気持ちだった。「望瑠のすべてを御存じの主がおられるので,望瑠のために奇跡が起こっても起こらなかったとしても,どちらでも大丈夫,と。」その頃,浜田支部会長の
いざ,東京へ!
望瑠姉妹が比較的体調の良い日々を送っていた2024年1月,舟木夫妻はある決断をする。望瑠を旅行に連れていこう─。「望瑠はずっと,SNSで繋がった友達に会いたいと言っていました。」またいつ感染するか分からない望瑠姉妹のために,行けるときに行かなければという気持ちだった。命綱の点滴が24時間欠かせない望瑠姉妹の旅行には入念な準備が必要だった。1日分の栄養を混注した高カロリー輸液は冷蔵保存が必須だ。冷蔵便で運べないか運送会社に問い合わせたところ,積み替えの待機時間に適温を保てない可能性があると断られる。レンタカーを借り,大きな発泡スチロール箱にいっぱいの氷とともに輸液を詰めた。「最初の3日間分は冷蔵で運んで,残りの分はカロリーと栄養素は少ないけれど常温保存できる輸液を持っていき,現地で必要な栄養を自分でミックスして使用しました。」全ての準備を終えた舟木夫妻は,後部座席を倒しクッションを詰めた車に望瑠姉妹を寝かせ,次男の
後悔しない人生─聖約の道へ
全ての旅程を終え,島根に戻ってきた望瑠姉妹は,これまでZoomで自宅から見ていた日曜日の集会に出席し始めた。支部の会員たちは驚き,喜んだが望瑠姉妹自身も驚いていた。「いつ何が起こるか分からないから,後悔しない思い出作りのための旅行だったんですが,帰って来て行く前より元気になったんです。」同じ頃,望瑠姉妹は自身のエンダウメントのための神殿準備セミナーも受け始める。「もともと受ける予定だったけど,東京に行けて自信がつきました。ベッドで寝ていなくても,わたしにはいろんなことができるんだって。」セミナーを担当した
先祖が助けてくれたんよ
初めてのエンダウメントを終えた数日後,望瑠姉妹は再びカテーテル感染し,島根大学病院に入院した。数日目の朝,調子が良かった望瑠姉妹が動画を見ていると,掃除の女性が個室に入ってくる。会話が始まり,望瑠姉妹は冗談交じりに「実は去年死にかけたんですよ」と話した。「死の淵から生還したんだねえ」と応じた女性は続けて言った。「先祖が助けてくれたんよ!これからも,助けてくれるよ。」 「なんで知ってるの?って思いました。」自分が家族歴史探求に取り組んでいることなど知るはずもない彼女の言葉に望瑠姉妹は驚き,女性に教会の家族歴史活動を紹介した。何度もお世話になっている大学病院で,一度も会ったことのなかった女性の言葉。後日話を聞いた真琴姉妹は,彼女は主が送ってくださった天使だと思っている。2024年7月に行われた支部大会での証の中で,望瑠姉妹は系図クラスで学んだネルソン姉妹の言葉を引用した。その言葉が真実であることを,望瑠姉妹は多くの経験と証を通じて知っている。「皆さんの生活が現在どれほどすばらしくても,あるいはどれほど厳しく悲惨であっても,神殿・家族歴史活動に携われば,それは良くなります。」
人を強めるイエス・キリストの力
2024年11月現在,時折見舞われるカテーテル感染や,新たに発見される体の問題と向き合いながらも,望瑠姉妹は活発に過ごしている。「あの時死にかけてから,やりたいことはちょっと無理してでもやろうって思っています」と笑う望瑠姉妹。輸液を保管する冷蔵庫を新たに備え付けた車で,旅行や毎月の神殿参入など様々なことに取り組んでいる。充実した日々にあって気がかりなのが神殿家族歴史活動だ。カンジダに感染して以来,右目には視野欠損が残った。左目も二重に見えたり,夜は視界がぼやけたりする。それでも少しずつ作業を続け,神殿に提出した先祖の名前は613人になった。「家族歴史をやろうと思ったのは,祝福文に書いてあったからというのもあります」と望瑠姉妹は言う。「自分が生きるには主の祝福が本当に必要なので,体調の許す限り神殿に入って,系図入力もまた挑戦したいです。」本当は大好きな子供に携わる仕事もしたいし,周囲と違いすぎる人生に落ち込むこともある。「泣きたくなったときは,悲しい映画を見てガーッて泣いています(笑)」それでも望瑠姉妹の視線は,試練を通して与えられた祝福に向けられている。「もし病気にならなかったら,つらい人の気持ちも分からなかったろうし高慢になっていただろうけど,病気になったことで人の気持ちも分かるし,生かされていることの感謝も出てくるようになりました。ほんの少しだけど食べられるようになったので,食べ物を味わえることもありがたい。病気は嫌だけど,全てに感謝しています。」ネルソン大管長はこう語る。「神殿の聖約を守ると,人を強める主の力にあずかることができます。……もしイエス・キリストに従うという聖約を交わして守るなら,人生のつらい時期は一時的なものであることに気づくでしょう。」◆