2025
「先祖を助ける姿を主に示すとき」
2025年2月号


The Power of Covenants ─ 聖約の力と祝福

「先祖を助ける姿を主に示すとき」

─難病を抱えながら613人の先祖の記録を提出したYSA 広島ステーク浜田支部 舟木ふなき望瑠のえる姉妹─

家族歴史は,物心ついた頃から舟木望瑠姉妹の身近にあった。「昔から母に連れられて,お寺に行ったりお墓に行ったりしていました」と望瑠姉妹は振り返る。両親の舟木あきら兄弟と真琴まこと姉妹は若い頃に改宗して以来系図探求に力を入れており,折に触れ先祖のゆかりの地を訪れていた。そんな二人を見て育った望瑠姉妹だったが,自分が家族歴史に携わることは考えていなかった。「母は自分で全部済ませたと言っていたので(家族歴史で)もうやることはないと思っていました。」

食べたいのに食べられない

舟木望瑠姉妹は1995年7月23日に,島根県浜田市で暮らす舟木家族の次女として生まれた。5ミリ四方の紙で鶴が折れるほど器用で,幼い頃から病院通いの多かった望瑠姉妹の少女時代の憧れは外科医。尊敬する心臓外科医に手紙を書き,返事をもらったこともある。小さい頃から便秘がちだった望瑠姉妹だが,高校生になると慢性的な腹痛に悩まされた。病院では過敏性腸症候群と言われ治療をしたが,症状は悪化,ついには食べ物を見ただけで嘔吐するようになった。真琴姉妹は言う。「飴とかの食べ物を見ると唾液が出て,胃にたまる。それだけで吐いてしまうんです。」胃腸機能の異常を疑い,西日本中の大学病院を回ったが成果はなかった。「当時,望瑠が思春期だったこともあって,精神的な問題と言われました。」明確な診断を受けられないまま数年間病院をたらい回しにされる間にやせ細り,体重は33キロにまで減った。食べたいのに食べられない。望瑠姉妹にとって地獄のような日々だった。「食べられないわたしは人間じゃないのかなって,動物だって食べられるのにって思って,毎日泣いていました。」ようやく医師の診断が下ったのは望瑠姉妹が24歳のときだ。胃腸機能運動障害─胃腸の動きが極端に悪化し,通常の食生活が不可能な状態になっていた。「朝薬を飲んで午後胃カメラを撮ると,朝の薬がそのまま写っていました。」直接血管に栄養を送り込むため,胸に点滴用カテーテルを埋め込む手術が行われ,そこから栄養素が混注された高カロリー輸液を24時間点滴するようになった。点滴によって慢性的な栄養不足は解消されたものの,度重なるカテーテル感染に悩まされた。「原因は点滴交換のときに雑菌が入ったり,カテーテル周りの皮膚が蒸れて汗をかいたり……感染管理をきちんとしていてもかかることもあります。」一度感染すると,高熱や合併症に苦しみ何日も入院した。少し元気になるとまた感染しベッドに逆戻り。「また感染したらどうしよう,倒れたらどうしようと思って,何もする気になれませんでした。」ほぼ一日中ベッドの上で過ごし,ゲームや動画を見て気を紛らわせる毎日だった。

家族歴史をやってみない?

2022年10月のことだった。いつものようにベッドで療養していた望瑠姉妹のもとに同じステークの姉妹からメールが届く。「望瑠ちゃん,家族歴史をやってみない?」真琴姉妹から望瑠姉妹が退屈していると聞き,声をかけてくれたのだった。彼女は望瑠姉妹にファミリーツリーの基本的な仕組みを教えてくれ,当時ラジオ沖縄で放送されていた,教会提供の番組『あなたとニー(根)コネクト』を紹介してくれた。聴いてみると,翌年に迫った沖縄神殿奉献にちなみ,ファミリーサーチの紹介が行われていた。出演していた沖縄ステークの神殿・家族歴史担当高等評議員(当時)安里あさと吉隆よしたか兄弟の温かく,確信に満ちた言葉が心に残った。それから間もなく,望瑠姉妹はオンライン・インスティテュートへの登録を決める。趣味で時間を潰すだけの今の生活を変えたかった。目的のクラスを探して開講クラス一覧を眺めるうち,一人の教師の名前にはっとする。『あなたとニー(根)コネクト』に出演していた安里兄弟が,系図クラスを開講していた。「ラジオの安里兄弟だ!」気が付くとクラス登録ボタンを押していた。2023年1月から系図クラスに出席した望瑠姉妹の印象を,安里兄弟はこう振り返る。「多い時には20名を超える生徒がいたクラスでも,物おじせずに自分の洞察や証を分かち合う,ムードメーカーでした。」望瑠姉妹は,安里兄弟がレッスンで引用したネルソン姉妹の言葉に心を打たれる。「……先祖を助けることに真剣に取り組んでいる姿を主に示すとき,天は開かれ,必要なものがすべて与えられることでしょう。」1クラスでファミリーツリーの実習が行われたときのことだった。望瑠姉妹が真琴姉妹の先祖のツリーを開いてみると,先祖の情報が色とりどりに染まり「!」マークが付されていた。修正を促す印である。「母さんは,全部終わったと言っていたのに……?」真琴姉妹が入力した大量の先祖の中には,生年月日が不明だったり地名が標準化されていなかったりと,神殿で儀式を行うための情報が足りない人物が多くいた。真琴姉妹に状況を話すと「わたしが直すよ」と言われた。反射的に望瑠姉妹は答える。「祝福がほしいから,わたしがやる!」これまでは動画を見るために使っていたタブレットで,望瑠姉妹は毎日のように系図入力作業に打ち込んだ。系図クラスの後や時間のある日に安里兄弟がオンラインで助けてくれた。真琴姉妹から譲り受けた大きな紙袋二つ分の資料から先祖の情報を入力,標準化を行い,約年設定や同一人物の融合など難しい部分は安里兄弟が確認した。ある日,情報の揃った先祖の記録を神殿に送っていると安里兄弟が言う。「今,この先祖,喜んでカチャーシー踊ってるよ!」陽気な言葉には,実は深い意味があった。「望瑠姉妹の作業をお手伝いするときに,先祖の方々が喜んでおられるという強い印象を何度も受けました」と安里兄弟は言う。「自分たちが一日千秋の思いで待ちわびた儀式がやっと受けられる! みんなが永遠の家族になれる! という……。望瑠姉妹の先祖には,そういった立派な信仰を持った方々が大勢おられるのでしょうね。」こうして半年間,飽くことなく入力作業を続け,安里兄弟の助けを得て先祖の記録を神殿に提出し続けた望瑠姉妹。気がつけばその人数は,500名を超えていた。

生死のはざまで

2023年7月22日の朝,真琴姉妹は1階の望瑠姉妹の部屋をのぞいた。望瑠姉妹は数日前から発熱していた。ベッドで寝ている望瑠姉妹に声をかけると,話がかみ合わない。そして「トイレに行く」と立ち上がった瞬間崩れ落ち,ベッドと壁の間に落ちた。「望瑠!望瑠!」声をかけても動かない。あわてて近所の人を呼んで望瑠姉妹を引き上げ,救急車で近くの医療センターに急行した。診断の結果,これまでのような細菌が原因ではなく,カンジダによるカテーテル感染から多臓器不全を起こしていることがわかる。すぐにカテーテルを抜かなければ命が危ないといわれ,片道2時間の島根大学病院まで救急車で搬送された。到着後,病院から渡された治療の同意書の文言に真琴姉妹ははっとする。これまでなかった「臓器提供」の文字があった。娘が置かれている状況の厳しさに直面した真琴姉妹。しかしそのとき,心に浮かんだのは「大丈夫」という気持ちだった。「望瑠のすべてを御存じの主がおられるので,望瑠のために奇跡が起こっても起こらなかったとしても,どちらでも大丈夫,と。」その頃,浜田支部会長の平野ひらの謙二けんじ兄弟は支部のグループLINEにメッセージを送っていた。「皆さんにお祈りのお願いです。……」望瑠姉妹の回復と医療従事者への導きを願う祈りの呼びかけに続々と会員が反応する。「神殿に名前を入れました!」「わたしもお祈りをします。」一丸となって望瑠姉妹の回復を願った。倒れてから一週間後,望瑠姉妹は意識を取り戻すが,危機的状況は続く。「両目もカンジダに侵されていてすぐに手術が必要でしたが,敗血症や誤嚥性肺炎,DICによる脳出血も起こしていたわたしの体は全身麻酔に耐えられず,手術はまだできないだろうと言われました。」8月20日に行われた広島ステーク大会一般部会では,望瑠姉妹のために特別に祈りをささげるよう呼びかけが行われた。すると翌日,急に望瑠姉妹の緊急手術の実施が決まる。「え,今?って感じでした。数日前はできないと言われていたのに……。」手術は無事行われ,望瑠姉妹は「ここまで回復が早いのは珍しい」と医師が首をひねるほどのめざましい回復を見せる。そして8月31日,望瑠姉妹は退院した。九死に一生を得た経験が望瑠姉妹にもたらしたのは,「生かされている」という気持ちだった。「それまで自分は普通に生き続けられると思っていました。でも今回本当に死ぬかもしれないと思ったときに,自分の今生きている時間は当たり前ではなく,神様が生きなさいって言ってくださっているんだと分かりました。」

いざ,東京へ!

望瑠姉妹が比較的体調の良い日々を送っていた2024年1月,舟木夫妻はある決断をする。望瑠を旅行に連れていこう─。「望瑠はずっと,SNSで繋がった友達に会いたいと言っていました。」またいつ感染するか分からない望瑠姉妹のために,行けるときに行かなければという気持ちだった。命綱の点滴が24時間欠かせない望瑠姉妹の旅行には入念な準備が必要だった。1日分の栄養を混注した高カロリー輸液は冷蔵保存が必須だ。冷蔵便で運べないか運送会社に問い合わせたところ,積み替えの待機時間に適温を保てない可能性があると断られる。レンタカーを借り,大きな発泡スチロール箱にいっぱいの氷とともに輸液を詰めた。「最初の3日間分は冷蔵で運んで,残りの分はカロリーと栄養素は少ないけれど常温保存できる輸液を持っていき,現地で必要な栄養を自分でミックスして使用しました。」全ての準備を終えた舟木夫妻は,後部座席を倒しクッションを詰めた車に望瑠姉妹を寝かせ,次男の瑠久るうく兄弟も連れて旅に出た。大阪で病院を受診した後,静岡,東京,滋賀を巡る7日間の旅。東京では長男の類佳るか兄弟が営む民泊施設に宿泊した。長女のさわ瑛実えいみ姉妹も広島から上京し,数年ぶりの家族団欒だんらんの時を過ごした。SNS上で交流してきた友人たちも望瑠姉妹の訪問を喜んでくれた。「みんな自分と同じように闘病中の友達です。会えない人もいたけど,それは次回の宿題ね,って!」毎日新しい道を走り,新しい風景を見て,会いたかった人々に会う。「夢かなってずっと思っていました」と望瑠姉妹は振り返る。「何で(旅行に)行けてるんだろ,わたし死にかけてたよね?って。」

後悔しない人生─聖約の道へ

全ての旅程を終え,島根に戻ってきた望瑠姉妹は,これまでZoomで自宅から見ていた日曜日の集会に出席し始めた。支部の会員たちは驚き,喜んだが望瑠姉妹自身も驚いていた。「いつ何が起こるか分からないから,後悔しない思い出作りのための旅行だったんですが,帰って来て行く前より元気になったんです。」同じ頃,望瑠姉妹は自身のエンダウメントのための神殿準備セミナーも受け始める。「もともと受ける予定だったけど,東京に行けて自信がつきました。ベッドで寝ていなくても,わたしにはいろんなことができるんだって。」セミナーを担当した熊谷くまがいるり子姉妹も望瑠姉妹の前向きな気持ちを感じた。「いろんなことをお伝えしましたが,二言目には『頑張ります!』って言われていました。」2024年6月15日,梅雨の晴れ間の陽差しに輝く福岡神殿で,望瑠姉妹は自身のエンダウメントを受けた。日の栄えの部屋で長いすに腰掛けたとき,涙がこぼれた。「頑張ったよねって。諦めないで良かったっていう気持ちでした。」1年前には想像もできなかった光景に涙が止まらない。その胸に満ちていたのは感謝だった。「両親が自分への主の御心を信じてくれたこと,家族やみんなが自分を思って祈ってくれて神殿に名前を入れてくれたこと,病院の方々が自分のためにいつも力を尽くしてくださっていること……全部に感謝の気持ちでいっぱいでした。」

先祖が助けてくれたんよ

初めてのエンダウメントを終えた数日後,望瑠姉妹は再びカテーテル感染し,島根大学病院に入院した。数日目の朝,調子が良かった望瑠姉妹が動画を見ていると,掃除の女性が個室に入ってくる。会話が始まり,望瑠姉妹は冗談交じりに「実は去年死にかけたんですよ」と話した。「死の淵から生還したんだねえ」と応じた女性は続けて言った。「先祖が助けてくれたんよ!これからも,助けてくれるよ。」 「なんで知ってるの?って思いました。」自分が家族歴史探求に取り組んでいることなど知るはずもない彼女の言葉に望瑠姉妹は驚き,女性に教会の家族歴史活動を紹介した。何度もお世話になっている大学病院で,一度も会ったことのなかった女性の言葉。後日話を聞いた真琴姉妹は,彼女は主が送ってくださった天使だと思っている。2024年7月に行われた支部大会での証の中で,望瑠姉妹は系図クラスで学んだネルソン姉妹の言葉を引用した。その言葉が真実であることを,望瑠姉妹は多くの経験と証を通じて知っている。「皆さんの生活が現在どれほどすばらしくても,あるいはどれほど厳しく悲惨であっても,神殿・家族歴史活動に携われば,それは良くなります。」

人を強めるイエス・キリストの力

2024年11月現在,時折見舞われるカテーテル感染や,新たに発見される体の問題と向き合いながらも,望瑠姉妹は活発に過ごしている。「あの時死にかけてから,やりたいことはちょっと無理してでもやろうって思っています」と笑う望瑠姉妹。輸液を保管する冷蔵庫を新たに備え付けた車で,旅行や毎月の神殿参入など様々なことに取り組んでいる。充実した日々にあって気がかりなのが神殿家族歴史活動だ。カンジダに感染して以来,右目には視野欠損が残った。左目も二重に見えたり,夜は視界がぼやけたりする。それでも少しずつ作業を続け,神殿に提出した先祖の名前は613人になった。「家族歴史をやろうと思ったのは,祝福文に書いてあったからというのもあります」と望瑠姉妹は言う。「自分が生きるには主の祝福が本当に必要なので,体調の許す限り神殿に入って,系図入力もまた挑戦したいです。」本当は大好きな子供に携わる仕事もしたいし,周囲と違いすぎる人生に落ち込むこともある。「泣きたくなったときは,悲しい映画を見てガーッて泣いています(笑)」それでも望瑠姉妹の視線は,試練を通して与えられた祝福に向けられている。「もし病気にならなかったら,つらい人の気持ちも分からなかったろうし高慢になっていただろうけど,病気になったことで人の気持ちも分かるし,生かされていることの感謝も出てくるようになりました。ほんの少しだけど食べられるようになったので,食べ物を味わえることもありがたい。病気は嫌だけど,全てに感謝しています。」ネルソン大管長はこう語る。「神殿の聖約を守ると,人を強める主の力にあずかることができます。……もしイエス・キリストに従うという聖約を交わして守るなら,人生のつらい時期は一時的なものであることに気づくでしょう。」

  1. ウェンディ・W・ネルソン「2017 年ルーツテック家族歴史大会」にて,2 月11日のメッセージより「わたしは証します。皆さんの生活が現在どれほどすばらしくても,あるいはどれほど厳しく悲惨であっても,神殿・家族歴史活動に携われば,それは良くなります。……わたしは証します。先祖を助けることに真剣に取り組んでいる姿を主に示すとき,天は開かれ,必要なものがすべて与えられることでしょう。」

  2. ストレスや自律神経の乱れによって腹痛や便秘,下痢などを慢性的に繰り返す病気

  3. 医療用の柔らかい管

  4. 「神殿・家族歴史を沖縄の人々に」『リアホナ』ローカル2002 年12 月号L5 参照

  5. 生年が不明の場合,親族の生年を手掛かりに「約○年」と生年を推定すること

  6. 祝宴の最後に軽快な沖縄民謡に合わせて皆で踊る伝統的な舞踊。喜びや感謝の気持ちを表現しており,両手を振り上げて自由に踊るスタイルが特徴

  7. 真菌の一種。皮膚・口腔・消化管・膣などに存在する常在菌だが,免疫機能の低下に伴って増殖し,感染症を起こすことがある

  8. 播種性血管内凝固症候群:感染症などの基礎疾患の下に,全身の主として細小血管内に微小血栓が多発する病態

  9. ラッセル・M・ネルソン「主イエス・キリストは再びおいでになります」2024 年10月総大会説教