2024
御霊を招く音楽を若人に届ける
2024年10月号


Strengthen Young Married Adults ─ 永遠のキャリアプラン

人に寄り添い,地元を強める

伊藤 寛くんが小学校高学年の頃だった。両親が仕事の関係で米国ユタ州を訪れた。教会に好印象を抱いていた両親はテンプルスクウェアを訪問し,連絡先を宣教師に渡して帰国する。後日,訪ねて来た宣教師を家に招き入れ,家族揃ってのレッスンが始まった。ただ,バプテスマを勧められても,「受けるなら,家族全員で受けたい」という思いから,ずっと断り続けてきたという。

自分の殻を破り,もっと成長したい

時は流れ,寛くんが高校3年の夏休みのこと。小学1年からボーイスカウトを続けてきた寛くんは,スウェーデンで開催された4年に1度の世界大会に参加する。160か国から集った3万人と共に過ごした日々は,驚きの連続だった。他国の青少年は信仰心や自立心があり,日本人より大人びてしっかりしている。「自分と何が違うんだろう?」真剣に考えていると,訪問し続けてくれている宣教師のことが浮かんだ。「彼らは自分で働いて伝道に来ている。ぼくも宣教師のような人になりたい!」振り返ると,目立ち過ぎてはいけないとずっと自分を抑えてきた。「海外の人はどんどん自分を前に出している。ぼくも感じたことを表現して,自分の殻を破り,もっと成長したい。人間として魅力のある,良い人物になりたい。」片言の英語と身振り手振りでいっぱい語り合い,「自分を表に出せることは,こんなにすごいことなんだ」と思った。

帰国してほどなく,宣教師から何度目かのバプテスマチャレンジがあった。レッスンに同席してくれた姉妹から,家族としてではなく,それぞれ個人の選択で決めるようにと勧められ,一人で考える時間が与えられる。返事を約束した2週間後,家族は順に自分の決意を伝えた。

─「ぼくは受けたいと思います。」最初に寛くんが迷いなく答えると,「わたしも受けます。」以前から改宗への思いがあったが,家族全員で受けたいと時を待っていた母も,息子の意思を聞いて決意する。母方の祖父母はクリスチャンで,曽祖父母は岡山で教会を3つ創設し,曽祖父は車いすに乗っても伝道をしたという。そんなルーツを持つ寛兄弟は母親の眞理子(まりこ)姉妹と共に,2011年9月18日,春日井(かすがい)ワード(当時)でバプテスマを受ける。

なぜぼくは改宗者なのですか?

改宗して1か月後,宣教師と一緒に伝道する活動があった。同僚の宣教師が御器所(ごきそ)駅の構内で大学生に声をかけたとき,寛兄弟は突然,「永遠の家族の証をした方がいい」と促される。「大切にしている人がいますか?」と問うと,大学生は「彼女を大切にしている」と言う。「その人とずっと一緒にいられたらどう思いますか?わたしたちは死んだ後も,その方と一緒にいることができます。」それは,寛兄弟が持っている唯一の証だった。真剣に耳を傾けてくれた大学生と連絡先を交換し合い,モルモン書も渡せた。それまでの活動では口を開くことができず,「改宗者で福音の知識がない自分には教える資格はない」と思っていた。初めて,伝道に対する証を持つことができた。

一方,改宗者であることでつらい経験もする。高校を卒業した3月,寛兄弟は青少年の神殿参入に初めて参加した。ステーク中の青少年たちは前年(2011年)のefyの話で盛り上がり,弾ける笑顔を見せていた。参加していない寛兄弟は疎外感を感じる。東京神殿に着くと,何かの手違いだったのだろう,面接を受けて神殿推薦状も持参していたのに,改宗してまだ1年経っていないから儀式は受けられないと制止された。孤独感,悲しみが一気に押し寄せる。「もっと早く改宗すればよかった。なんで自分は改宗者で,皆は2世なんだろう。自分は,神様から愛されていないのかもしれない。」初めて教会を離れたいと思った。泣きたい思いをこらえ,皆が儀式を終えた後も,神殿のロビーでずっと聖文を読んでいた。

聖句ガイドから「祈り」について調べると,エノス書の言葉に目が留まる。「わたしの霊は飢えを感じた。それで,わたしは造り主の前にひざまずき,自分自身のために熱烈な祈りと嘆願をもって造り主に叫び求めた。」自分もエノスのように叫び求めたかった。「神様,なぜ,ぼくは今改宗したのでしょうか?神様はぼくを愛してくれているのですか?」1日に何度も祈り,家族に心配をかけたくないので1~2食だけ抜く「軽い断食」も続けた。

改宗者の気持ちに寄り添う宣教師

それから20日後の4月下旬,大学の構内で昼休みにモルモン書を読んでいるとき,「伝道に行った方がいい」という強い促しを感じる。「知識が不足している自分でも,伝道に出てもいいんだ!」求道者や改宗者の気持ちに寄り添える宣教師になるように,と言われた気がした。

セミナリーでの土台がないと痛感する寛兄弟は,週に3回インスティテュートで学んだ。それでも「まだまだ知識がないな」という焦りや不全感は拭えない。伝道に出る1か月前,同じワードの神権者が声をかけてくれた。「しっかり準備した方がいいから,福音の原則を教えようか?」心から望んでいた言葉だった。彼は毎日,母と自分の名前を挙げて祈り,導きを感じて声をかけてくれたのだという。それから毎日1~2時間,彼の家でのレッスンが続く。福音の原則のテキストを使ってひも解いてくれた教義は心の中にスッと入り,学んできた知識が繋がって福音の全体像が見えてきた。「伝道中は本当に助かりました。証と共に預言者の言葉を示すこと,自分を捨てて奉仕することも教わりました。彼がしてくれたように,ぼくも改宗者に寄り添う宣教師になろうと決意を新たにしました。」

心に引っかかった助言

2015年に伝道から帰還した寛兄弟の当初の夢は,BYUに進学しMTC5の先生になって,本場の英語で福音を深く学ぶことだった。ある日,ステーク会長会の兄弟にBYUに行きたいと話したことがある。喜んでくれると思ったが,意外な返事が返ってきた。─「留学もいいと思うんだけど,地元に残って地元を強めてくれる人が増えたら,もっとうれしいと思っています。」確かに,自分はこの地で生まれ,地元の指導者にいっぱい支えられてきたし,親も親戚もまだ改宗していない……。色々な思いがよぎった。そういう選択肢もあるんだと心に引っかかったが,そのときは留学のことしか考えられず,地元に残る気持ちは皆無だった。

寛兄弟は外資系の企業で派遣社員として働き始め,フィリピン出身のカイリン姉妹と2016年に結婚,2DKのアパートで新婚生活をスタートさせる。彼の仕事は,物流,梱包,在庫管理などだ。職場は従業員を大切にし,職場環境の改善に努めるホワイト企業だが,改善のためのITプログラムなどはなく,寛兄弟はあまりにも非効率的な働き方に驚く。少しでも働きやすくしたい,との思いから,「このやり方で意味があるのか」と声を上げる。

「初めから気づいたことは何でも言っていました。でも全然理解してもらえなくて,『まずやってから言え』とボコボコにされました。ぼくの態度も悪かったと思いますが,それでもあきらめずに何度も言葉に出していましたね。」仕事を終えた後や昼休みを使って勉強し,別の部署の人から業務に応用するためのコーディングを学んだりもしたが,寛兄弟は当時23歳で最年少,社員は平均30歳代後半,先輩方には面白いはずがない。働き方を変えようとする新米社員への風当たりは強かった。

自分の思いを主に差し出す

結婚3年目の晩夏,2019年8月31日。十二使徒のウリセス・ソアレス長老による全国ディボーショナルが福徳のステークセンターで開催された。二女が誕生したばかりで一人で出席した寛兄弟は,2時間前から最前列の中央に座って開会を待った。冒頭,アジア北地域会長会のチェ・ユーンフワン会長(当時)が聖句を引用する。「天が地よりも高いように……わが思いは,あなた方の思いよりも高い。」

それを聞いて,心が騒いだ。

「自分の思いや行っていることは,エゴではないか,まずそう感じました。ずっと仕事と教会,家庭のバランスで葛藤していました。職場では人間関係で苦しみ,お金を貯めるために切り詰めた生活をして,留学の目途も立たず,妻や幼い子どもに負担をかけていました。古いアパートで,最初は真夏でもエアコンがなくて,家具や食器も人からの借り物でした。」

ソアレス長老は,ヘンリー・B・アイリング管長,ゴードン・B・ヒンクレー大管長らによってなされた預言的な約束を聴衆に思い起こさせ,次のように語った。「十二使徒の一員として,皆さんの国になされてきた約束が真実であることを再確認します。福音に対する自分の忠実さについて改めて考えるよう皆さんにお勧めします。その忠実さは皆さんの国を祝福するだけでなく,皆さん個人や家族にも祝福をもたらすものです。」忠実であるために,自分は何をなすべきなのか。早く留学したいけれど,この目的は正しいのか,本当に家族を養っていけるのか……。「大切にしたい自分の思いを捨ててでも,御心に従いますので,どうしたらいいのか教えてください。」帰りの電車の中で熟考し,帰宅後もひざまずいて心を注ぎ出した。

─そのとき,かつて地元の指導者から聞いた「地元を強めた方がいい」という言葉が浮かんできた。

「地元にいる家族も親戚も,まだ改宗していない。妻の親族にも改宗していない人たちがいる。子どもたちの今後のこともある。」自分に向いていた視点を親族に向けるや,近視眼的だった視界が広がり,主の深い御心が見えてきた。同時に,彼らを改宗に導き,ずっと一緒にそばにいたいという思いが,強い感情を伴って湧き上がってきた。「地元(国)を強めたい。まずはこのエリアに残ろうと決めました。」もやもやしていた感情が晴れてすっきりとし,これが正しい道だと確信する。

寛兄弟は家族への負担を減らすべく住まいを変え,いつかはと思い描いていた起業についても本気で考え始めた。

アプリ開発者として起業

寛兄弟は,会社のすべてのコンピュータープログラムを一から勉強したり研修を受けたりして,理解を深めてきた。大学で少し学んだくらいのレベルでは,現場では役に立たない。業務時間の短縮や業務の効率化に向けて,3か月かけて第1案を作り,その後は現場を見ながら,どんどん改良し続ける。例えば,それまでは200ほどもある注文書を1つずつ準備していたが,製品別,棚順にできるようにしただけで,集荷の効率が一気によくなった。出荷時に必要なキットの組み合わせには手間も時間も要する。寛兄弟は,在庫管理をしてキットをストックできる仕組みを作り出すなど,改善を重ねた。彼の「良いものを求めていく力と,できるまで方法を探していく粘り強さ」は磨かれ,その影響は他部署にまで及んだ。現場を見ているとあれもこれもとアイデアが出てきた。それをチームや他部署のメンバーと相談しながら実務レベルに落としていく。寛兄弟は,徐々に全社員から信頼を置かれるようになっていった。

仕事以外にも,フリーランスのシステムエンジニアを目指し,1年コースの研修を受講してプログラミング言語のコーディングを学んでいたが,業界に通用するレベルにはまだまだ遠かった。

しかしある日,教会の友人からこんな誘いを受ける。「実際にコードを書かなくてもいいから,デモ用のアプリを作るプロジェクトに参加してくれないか?」最新の手法で,コーディングしない分,時間や費用を大幅に縮小できる。反面,課題解決能力やチームで働くコミュニケーション力がより求められるが,人に寄り添うのは寛兄弟の得意とするところだ。伝道の経験も役に立つ。

寛兄弟はコードなしの方法を学び,試行錯誤を繰り返しながら,エンジニア仲間で競う大会で3回優勝する。その一つが,多言語文化チャットアプリだ。タップをしたら自分の言語に変換できるというもので,周りの外国人やカイリン姉妹の親族の困りごとからヒントを得た。日常の中からニーズを拾い上げ,最良のものを目指して介入していくスタイルは一貫している。こうして寛兄弟は独立に向けて地歩を固め,2023年9月,7年間勤めた会社を惜しまれながら退職,ついにシステムエンジニアとしてアプリ開発会社を起業した。案件のプロジェクトマネジメントを寛兄弟が担当し,オンラインで繋がった10人ほどのチームで改善アイデアを出し合いながら柔軟に開発を進める。

地元の人に寄り添って

寛兄弟のアプリ開発は相手企業に寄り添うことから始まる。一般にアプリ開発は「高くて遅」く,出来た頃にはニーズのタイミングを逸してしまうこともあるが,寛兄弟は最新の技術を活用して「早くて安い」開発を心がける。2年かけて全然開発が進まなかったシステムを,1か月でクライアントの理想の形まで作り込んで喜ばれたこともある。介護施設での食事管理アプリ開発のときには,何度もその施設を訪れ,関係者から話を聞いた。食事の種類はとても複雑で,制限食,形態,量,好み,アレルギー,体調変化,入・退所などにより,内容も量も日々変化する。「介護の現場はマンパワーが不足しているため,効率的に,安全に,間違いなく管理するにはITが必要です。それをエンジニアの頭で作るのではなく,現場のニーズを丁寧に拾い上げるヒアリングから取りかかります。」

ITがあまり介入できていない分野の課題解決に斬り込み,人口減少,少子高齢化といった,地元の課題の延長線上にある日本全体の課題まで見据える。

教会でも,改宗者に寄り添える改宗者であろうと努める。ワード日曜学校会長である寛兄弟は,改宗したばかりの人が居心地よく学べるようにと提案し,彼らのための「わたしに従ってきなさい」のクラスを担当した。周りが配慮をしても,なかなか改宗者の視点には立てない。彼自身も改宗当時,レッスンから置いて行かれる思いをしたからこそ,親身になって課題解決に取り組む。

また,家族に寄り添うのは寛兄弟のライフワークだ。伊藤家では,年に2,3回は親族が集まり,父方・母方の祖父母に孫の顔を見せる。1年半前にカイリン姉妹の実家の近くに建てた家では,20名近い親族が集まったり,宣教師を頻繁に招待したりする。「地元に残ったからこそ,親族と共に過ごせています。周りの人に手を差し伸べ,家族や友人,社会を豊かにしたい。そこまで成長しないといけないと考えています。」

寛兄弟は,家族や親族,地元の会員や人々の傍らに立ち,自分に何ができるのか,地元から国まで主の祝福を受ける未来を手繰(たぐ)り寄せようとしている。◆

  1. Especially For Youth と題する,青少年を対象とした長期宿泊を伴う大規模な宗教教育プログラム。日本では2011年に始まり,後にfsyへと継承され,原則として2年に一度開催されてい

  2. 有効な神殿推薦状を所持しているすべての会員は,死者のためのバプテスマと確認に参加することができます。(総合手引き28.1.2)

  3. エノス1:4

  4. Brigham Young University:ブリガム・ヤング大学。教会が運営する米国最大規模の私立大学

  5. Missionary Training Center:宣教師訓練センター

  6. コンピュータに対する命令や手順をプログラミング言語(コード)で記述すること

  7. イザヤ55:8-9参照