ブリガム・ヤング,メアリー・アン・ヤング夫妻の家では,ブリガム・ヤングが十二使徒定員会会長として,ノーブーで指導力を発揮した時の話を聞くことができます。また,一家のノーブーでの生活,家と町を離れる決断,西部での新生活に備えるための努力についても詳しく知ることができます。
このレンガ造りの家は,ヤング一家がノーブーで2番目に暮らした家です。ブリガムがイギリスで伝道をしていた1840年9月に,メアリー・アンと子供たちが移り住んだノーブーでの最初の家は,未完成の丸太小屋でした。
1841年に伝道から帰還したブリガムは,家を完成させるため,大工仕事に取り組みました。一方で,一家のレンガ造りの家の建築も進んでいました。1843年5月31日,ヤング一家はこの新居に引っ越し,1846年2月に
ノーブーを離れるまで,この家で暮らしました。
聖徒たちがノーブーで暮らしている間に,ブリガム・ヤングは教会においての指導力を培いました。1840年4月14日,イギリスでの伝道中でありながら,ブリガムは
十二使徒定員会の会長として支持されました。この家に住んでいる間に,ブリガムは十二使徒定員会のほかの会員や,民政当局,新しい改宗者,帰還した宣教師たちと会いました。1844年6月27日にジョセフ・スミスが
殉教した後,ブリガム・ヤングは教会の先任指導者になりました。この殉教を受け,ノーブーでは緊張が高まり,ブリガムの責任はさらに重くなりました。彼はほかの教会指導者たちとともに,聖徒たちをのちにユタ州となる西部の地へと移住させる準備をしました。荷馬車や物資など,物質的に必要なものを用意することに加え,会員たちが神殿の儀式を受けられるよう,ノーブー神殿の完成にむけ聖徒たちが急ピッチで働いたのは,さらに重要な準備の一つでした。聖徒たちがノーブーを離れる前に,ブリガムはほかの使徒とともに,主の宮において数千人に対して
エンダウメントと
結び固めの儀式を執行しました。
ソルトレーク盆地に移住する聖徒たちの準備においてブリガム・ヤングの果たした役割については,『聖徒たち』第2巻
第1章をお読みください。
見どころ
パイオニア・トレイル・ツアーは,七十人ホールから始まり,ブリガム・ヤング,メアリー・アン・ヤング夫妻の家で締めくくるガイドツアーです。ブリガム・ヤングとメアリー・アン・ヤング夫妻の家では,キッチンや寝室など複数の部屋を案内するツアーがあります。ヤング夫妻の家を見学した後は,ノーブーにあるほかの場所を自由に散策できます。
トレイル・オブ・ホープや
パイオニア・メモリアルとエクソダス・トゥ・グレイトネスなどのパイオニア・トレイル体験などはいかがでしょうか。