Teachings of Presidents
第15章:祈り


「第15章:祈り」『歴代大管長の教え—ラッセル・M・ネルソン

「第15章」『教え—ラッセル・M・ネルソン

祈る家族

第15章

祈り

イエス・キリストの御名により,聖霊の力によって天の御父に祈ってください。そうするときに,主はあなたが行うすべてのことにおいて良い方向に導いてくださいます。

ラッセル・M・ネルソンの生涯から

1985年11月,教会の大管長に新たに聖任されたエズラ・タフト・ベンソン大管長は,ラッセル・M・ネルソン長老に「福音を宣べ伝えるために共産主義のくびきの下にある東ヨーロッパの国々を開く」割り当てを与えました。

このとてつもない任務には旧ソビエト連邦も含まれており,この国ついて決定権を持つ人たちから支援を得ることは,特に困難でした。1987年夏に行われた会合が芳しくない結果に終わった後,ネルソン長老と,この割り当てを受けた七十人のハンス・B・リンガー長老は,クレムリン近くの公園のベンチに行き,教会が追い込まれているこの窮地について話し合いました。そして,どのような手段を講じるかを考えた後,導きを求めて祈りました。

これは,ネルソン長老がロシアの人々と国のためにささげた数え切れないほどの祈りの一つです。何をするべきか,どこへ行くべきか,だれと会うべきか分かるようにと,祈りました。心を和らげてくださいと祈りました。政府の役人たちが会うことに前向きになってくれるようにと祈りました。

1990年,ネルソン長老は,福音を宣べ伝えるためにロシアの地を再奉献するための公式の祈りをささげました。祈りの中で,ロシアの人々に福音の祝福が注がれるようにと,天の御父に願い求めました。それは時間のかかる,骨の折れる仕事でした。しかし,ロシアに足繁く通い,何度も会議を行うことによって,少しずつ進歩が見られるようになっていきました。

そして1991年6月,ネルソン長老はモスクワのボリショイ劇場で行われたタバナクル合唱団の公演後の晩餐会に出席したのです。この晩餐会でロシア共和国のアレクサンドル・ルツコイ副大統領は,末日聖徒イエス・キリスト教会はロシアで全面的に承認されたと発表したのです。

「ほんとうに驚くべき瞬間でした」と,ネルソン長老はそのときのことを振り返っています。「わたしたちはその時が来ればいいのにと思ってはいましたが,その夜にそのようなことになるとは思ってもいませんでした。……たくさんの教会員が,このことを実現するためにできるかぎりのことをしましたが,奇跡を起こしたのは,間違いなく主でした。」

ラッセル・M・ネルソンの教え

愛にあふれる天の御父は,御自分の子供たちの言葉を聞きたいと思っておられる

16:47

愛にあふれた天の御父は,御自分の子供たちの言葉を聞きたいと思っておられます。祈りを通して,神に愛を表すことができます。神は祈りをごく簡単なものとしてくださいました。いつでも神に祈ることができます。特別な装置は要りません。電池を充電する必要すらなく,毎月使用料を払うわけでもありません。

中には自分の問題で困ったときだけ祈る人もいます。あるいはまったく祈らない人もいます。聖文には,こうあります。「あなたがたは,主なる神が授けてくださったものについて,主を思い起こさない。 あなたがたはいつも富のことを心にかけていて,主……に富のことを感謝するのを忘れている。」〔ヒラマン13:22

預言者たちは長年にわたって,謙虚に,しばしば祈るよう勧めてきました。

ですから,朝いちばんになるべき気高い行いは,感謝の念を込めたへりくだった祈りでなければなりません。聖文にはこのような勧めがあります。神に祈りなさい。そうすれば,神はあなたを顧み,あなたは喜びをもって神の顔を見るであろう。(欽定訳〔英文〕ヨブ33:26 参照。アルマ34:2137:37も参照)

わたしは自分自身が親になるまで祈りによるあいさつの大切さについて十分理解することがありませんでした。子供たちがわたしたち親に対して口を閉ざさなかったことに感謝しています。このことを通じて,今では,天の御父がわたしたちの朝夕の祈りをなぜ喜んでくださるかが分かりますし,子供たちのだれかが口をきいてくれなかったときの御父の悲しみを,想像することもできます。

研究のための質問

天の御父にもっとうまく自分の思いを伝え,御心を知るには,どうしたらよいでしょうか。

イエスは祈る方法を教えてくださった

16:47

イエスは祈る方法を教えてくださいました。祈りは天の御父に対して,イエス・キリストの御名を通して,聖霊の力によってささげます。これこそ「まことの祈りの方式」です。くどくどと祈ったり〔マタイ6:7〕,暗唱したりして「人に見せようと」〔マタイ6:5〕する祈りとは対照的です。

イエスは,わたしたちが祈りをささげる賢明な御父は,求めない先から必要なものを御存じであることを明らかにされました。

モルモンが息子のモロナイに教えたところによれば,わたしたちは「熱意を込めて」〔モロナイ7:48〕祈らなければなりません。ニーファイはこう述べています。「わたしは昼は絶えず民のために祈り,夜は……涙で枕をぬらしている。 そしてわたしは,信仰をもって神に叫び求めている。わたしは,神がわたしの嘆願を聞き届けてくださることを知っている。」〔2ニーファイ33:3

祈りがもたらす穏やかな力は,特別な必要があるとき,断食によっていっそう確かなものになります。

祈りは声を出さずにささげることもできます。心の中で祈ることができます。特に,言葉が考えの妨げとなってしまうときはそうです。祈るときにはしばしばひざまずきますが,立っていても座っていても祈れます。体の姿勢よりも自分の霊を神に沿わせる方が重要なのです。

祈りを終えるときには,「イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン」と言います。ほかの人が祈るのを聞いているときには,「わたしもそのようにお祈りします」という意味で,声に出して「アーメン」と言います。

〔救い主は〕弟子たちに,「わたしの名によって常に父に祈らなければならない。」〔3ニーファイ18:19〕と言われました。さらに救い主は次のように強調しておられます。「あなたがたの家族の中で,わたしの名によって常に父に祈りなさい。」〔3ニーファイ18:21〕イエス・キリストの御名によって天の御父に祈るとき,わたしたちは従順にその教訓を生活に取り入れていることになります。

16:47

いつ祈るべきでしょうか。主はこう述べておられます。「熱心に探し,常に祈り,そして信じていなさい。〔そうすれば〕万事があなたがたの益となるようにともに働くであろう。」〔教義と聖約90:24;強調付加〕

アルマはこう言っています。「あなたのすべての行いについて主と相談しなさい。そうすれば,主はあなたのためになる指示を与えてくださる。まことに,夜寝るときは,眠っている間も主が見守ってくださるように,主に身を託して寝なさい。そして,朝起きるときに,神への感謝で心を満たしなさい。」〔アルマ37:37。強調付加〕

わたしたちはひそかに祈ります。また家族と一緒に定期的に祈ります。食事のとき,また日々の様々な活動を行うときに祈ります。一言で言えば,わたしたちは祈る民なのです。

研究のための質問

「絶えず祈る」とは,どのような意味でしょうか。

主は祈りの力を高める方法を教えてくださった

16:47

主は祈りの力を高める方法を教えてくださいました。例えば,主はこのように言っておられます。「まことに,義人の歌はわたしへの祈りである。 それに対する答えとして,彼らの頭に祝福が注がれるであろう。」〔教義と聖約25:12

また,祈りの力は断食によって高められます。主はこう言っておられます。「わたしはあなたがたに一つの戒めを与える。あなたがたはこれから先,祈りと断食を続けなければならない。」〔教義と聖約88:76〕……

……〔謙遜になること〕もまた,祈りの力を高めてくれます。聖文はこう述べています。「あなたは謙遜でありなさい。そうすれば,主なるあなたの神は手を引いてあなたを導き,あなたの祈りに答えを与えるであろう。」〔教義と聖約112:10

祈りは個人が自主的に行うものです。主は言われました。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」〔黙示 3:20〕イエス・キリストの御名により天の御父に祈るとき,その戸は開かれるのです。

わたしたちは,祈りによって神への愛を示します。また,耳を傾けることは,祈りの大切な要素です。主からの答えはきわめて静かに与えられます。それゆえ主は「安らかにしていて,わたしが神であることを知りなさい」〔教義と聖約101:16〕と勧告しておられます。

心から祈る必要があります。過去と将来の活動について丁寧に列挙しながら,合間に祝福をお願いするだけでは,永続する力をもたらす神との交わりを経験することはできません。力を増すために祈る方法を教えてくださいと進んで祈る意志がありますか。主は教えてくださるでしょう。

15:25

日の栄えの考えを抱くと,心が徐々に変わります。もっと頻繁に,もっと心を込めて祈りたいと思います。皆さんの祈りを買い物リストのようにしないでください。主の観点は,皆さんのこの世の知恵を超えています。皆さんの祈りに対する主のこたえは,皆さんを驚かせ,日の栄えの考えを抱く助けになるでしょう。わたしたちの祈りを,天の御父との生きた対話にすることができますし,そうあるべきです。

心配事や恐れ,弱さについて,イエス・キリストの御名によって祈ってください。そうです,心の切なる思いについて祈るのです。その後で耳をかたむけてください。心にうかんだ考えを書きとめてください。感じたことを記録し,それに従って,促しを受けたとおりに行動してください。

研究のための質問

祈りの力を高めるために,何ができるでしょうか。

あなたの心からの懇願は主にとって重要なものである

15:25

揺るぎない信仰は祈りによって強化されます。皆さんの心からの懇願は〔神〕にとって重要なものです。預言者ジョセフ・スミスがリバティーの監獄に監禁されていた悲惨な日々にささげた真剣かつ熱烈な祈りを考えてみてください。主は祈りにこたえ,預言者の見方を変えられました。「息子よ,あなたはこのことを知りなさい。すなわち,これらのことはすべて,あなたに経験を与え,あなたの益となるであろう。」〔教義と聖約122:7

永遠の観点で祈るならば,涙ながらの切々たる懇願が聞かれているかどうかを疑問に思う必要はありません。次のような主の約束が教義と聖約第98章に記録されています。

「あなたがたの祈りは……主の耳に達しており,この封印と証あかしをもって記録されているからである。すなわち,祈りがかなえられることを,主は誓って定めた。

それゆえ,主は,祈りはかなえられるという不変の聖約をもって,あなたがたに約束を与える。また,あなたがたを苦しめたすべてのことは,あなたがたの益のために,またわたしの名の栄光のためにともに働く,と主は言う。」〔教義と聖約98:2-3

主はわたしたちを安心させるために最も力強い言葉を選ばれました。封印(結び固め),証,誓い,定め,不変の聖約といった言葉です。兄弟姉妹,主を信じてください。神は皆さんの誠実な心からの祈りを心に留められます。そして,皆さんの信仰は強くされるでしょう。

研究のための質問

神があなたの祈りを聞いてくださることを理解するうえで,どのような経験が助けになりましたか。

天の御父は永遠の観点からわたしたちの祈りにこたえてくださる

16:47

祈るときには主に助言しようとすべきではありません。そうではなく,主に問いかけ,主の助言に耳を傾けるべきです。……すべての祈りに対して,望みどおりの答えが返って来るわけではありません。時には否定的な答えもあります。驚くことはありません。地上の愛ある親たちも,子供のすべての願いを聞き入れているわけではないのです。……

祈りは天の御父の御心と一致するものでなければなりません。御父はわたしたちを試し,強め,可能性を存分に発揮できるよう助けたいと望んでおられます。

時として,熱烈に祈っても,祈りがこたえられないように思えることがあります。「なぜだろうか」と疑問に思います。わたしもそう感じたことがあります。そのようなときの恐れや涙を味わったことがあります。しかし,祈りはないがしろにされないということも知っています。信仰が無に帰することはないのです。すべてを御存じである天の御父は,わたしたちよりはるかに広い視野を持っておられます。わたしたちはこの世的な問題や苦痛に目を向けますが,御父は永遠の進歩や可能性を理解しておられます。御心を知るために祈り,忍耐と勇気をもって御心に従うなら,天の癒しは御父の方法と時間に従ってもたらされるのです。

16:47

世の救い主であるイエス・キリストは,御自身の血によってわたしたちを贖ってくださった贖い主であり,わたしたちの模範です。主は地上での使命を終えるとき,御父の愛子として,御心が御父の御心に飲み込まれてしまうように祈られました。あの重大なときに,救い主はこう叫ばれたのです。「父よ,……わたしの思いのままにではなく,みこころのままになさって下さい。」〔マタイ26:39〕ですから,わたしたちも神にこう祈るべきです。「御心が行われますように。」

研究のための質問

「天の御父の御心と一致した祈りをする」とは,どのようなことだと思いますか。

毎日,準備し,深く考え,祈るための個人的な時間を計画する

「あなたは祈る時,自分のへやに入り,戸を閉じて,隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると,隠れた事を見ておられるあなたの父は,報いてくださるであろう。」〔マタイ6:6

自分だけの「へや」がどこにあるとしても,それが文字どおりの部屋であろうと,人目につかない場所であろうと,そこで自分だけの時間を取って準備し,深く考え,祈る計画を立ててください。……

メモ帳と鉛筆を手元に置いて,成すべきことが心や頭に浮かんだら,それを書き留められるようにしておくとよいでしょう。この貴重な準備の時間を毎日取るなら,聖霊から手を伸べて教えていただくことができるようになります。

独りの時間を過ごし,その後に家族の祈りと聖文研究をすることで,すばらしい一日を送る備えができます。聖霊を通して主があなたの伴侶となり,守りとなり,導き手となってくださることを確信することができるようになります。……

毎日,一日を通じて祈り,自分の役割を果たして主とともにくびきを負うことができるよう導きを求めてください。主のくびきは負いやすく,主の荷は軽いのです。〔マタイ11:28参照〕その助けが必要になることでしょう。主の聖なる御業において主とともにくびきを負うならば,難し過ぎてできないということはなくなります。

一人になるために,静かで人目につかない場所に行ったことがありますか。自分にとって,「聖なる森」に相当する場所を見つけていますか。そこで,天の御父に祈り,心のひそかな願いを注ぎ出すことができているでしょうか。人が人と話すように,神と会話しているでしょうか。いつでもどこでも無条件に神に仕えることを,心から神に断言していますか。「主よ,わたしはここにいます。わたしをお使いください」と口にしたことがありますか。主に懇願したことがありますか。そのとき,以前よく使っていたかもしれない口先だけの決まり文句は捨て去っているでしょうか。……家庭を祈りの場にすることを,今決意してください。家庭を信仰の聖所にしてください。

研究のための質問

毎日,新たな一日を始めるに当たって,祈りの中でどのような質問をすることができるでしょうか。祈っていて感じたことを書いておくことは,なぜ大切なのだと思いますか。

祈ることはわたしたちを強め,ほかの人々を祝福する助けとなる

体力を維持するために運動が必要なように,霊的な強さにも努力が必要です。…… 最も大切な霊的な運動は,祈りです。それは神と調和し,神の戒めに従いたいという望みを生み出します。祈りは知恵,徳,謙遜さの鍵です。

15:58

祈りは,人生の試練に正面から立ち向かえるように,わたしたちを助けてくれます。また祈りは,わたしたちの態度を最も大切なものに集中させてくれます。祈りによってこのように集中するならば,誘惑というわなの仕掛けられた所でも,右往左往することはないでしょう。弟子というものは,災難と隣り合わせの切り立ったがけの淵で,その危険な状態をもてあそぶようなことはしません。経験豊かな登山家は危険ながけから身を乗り出すようなことはせず,ロープやほかの安全装置を使って自分の体を信頼できる人の体につなぎ,より安全な方向へと移動していきます。わたしたちも同じです。難問の山積した人生という山を登るとき,わたしたちは主に身を寄せて主とつながっていなければなりません。そして福音の鉄の棒や家族,信頼できる友人にしっかりとつかまるのです。……

主は言われました。「あらゆる思いの中でわたしを仰ぎ見なさい。疑ってはならない。恐れてはならない。」〔教義と聖約6:36〕わたしはそのような信仰がわたしたちを解放する力を与えてくれることを知りました。 神を仰ぎ見ることにより,わたしたちはまず何をしないかをしっかりと決めます。そしてその後は,自分が何をすべきかを自由に追求していくのです。

16:30

信仰は祈りによって強められます。祈りは,肉体に関することだけでなく,人生のあらゆる重要な問題に関して決断を下す際の力強い鍵となります。心からへりくだって,誠心誠意,真心から主に祈り求めるとき,主の助けが与えられるのです。

信仰と祈りだけではまだ十分ではないことも忘れないでください。自分で努力をすることも,通常,心の望みを達成するためには必要です。「信仰も,それと同様に,行いを伴わなければ,それだけでは死んだもので〔す〕。」〔ヤコブの手紙2:17

困っている人々のために祈りをささげることは,神に喜ばれることであると固く信じています。実際,主はわたしたちに対し,御自分に頼り,人々のために祈るよう命じておられるのです!しかしながら,助けを必要としている人々にミニスタリングし,彼らを高め,愛し,支えるために何ができるだろうかと神に導きを祈り求めるとき,神は御自分の子供の一人を祝福するために,わたしが実際に行動に移すことのできる,具体的かつ簡潔な事柄で祈りにこたえてくださると,わたしの個人的な経験から申し上げます。

自らの思いと祈りがいかにして,神から霊感を受け,親切,思いやり,寛容の行いへ導かれるきっかけとなるかを考えてみるようお招きします。この世にあって,また皆さんの家庭や学校,職場において,どれほどの善い行いができるか想像してみてください。主の癒しと主の助けをもたらす手になろうと努めるなら,わたしたちは確かに主を賛美しているのです。

研究のための質問

祈りは,あなたが人生の試練に立ち向かううえでどのような助けとなってきましたか。祈りは,人に仕える方法を見つけるうえでどのように役立ちましたか。

招きと約束

わたしたちが祈るとき,主は扉を開けてくださる

祈りは個人が自主的に行うものです。主は言われました。「見よ,わたしは戸の外に立って,たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら,わたしはその中にはいって彼と食を共にし,彼もまたわたしと食を共にするであろう。」〔黙示 3:20〕イエス・キリストの御名により天の御父に祈るとき,その戸は開かれるのです。

神はあなたの誠実な心からの祈りを心に留めてくださる

永遠の観点で祈るならば,涙ながらの切々たる懇願が聞かれているかどうかを疑問に思う必要はありません。次のような主の約束が教義と聖約第98章に記録されています。

「あなたがたの祈りは……主の耳に達しており,この封印と証あかしをもって記録されているからである。すなわち,祈りがかなえられることを,主は誓って定めた。

それゆえ,主は,祈りはかなえられるという不変の聖約をもって,あなたがたに約束を与える。また,あなたがたを苦しめたすべてのことは,あなたがたの益のために,またわたしの名の栄光のためにともに働く,と主は言う。」〔教義と聖約98:2-3

主はわたしたちを安心させるために最も力強い言葉を選ばれました。封印(結び固め),証,誓い,定め,不変の聖約と言った言葉です。兄弟姉妹,主を信じてください。神は皆さんの誠実な心からの祈りを心に留められます。そして,皆さんの信仰は強くされるでしょう。

天の癒しは神御自身の方法と時によって与えられる

16:44

すべてを御存じである天の御父は,わたしたちよりはるかに広い視野を持っておられます。わたしたちはこの世的な問題や苦痛に目を向けますが,御父は永遠の進歩や可能性を理解しておられます。御心を知るために祈り,忍耐と勇気をもって御心に従うなら,天の癒しは神御自身の方法と時によってもたらされるのです。

聖霊はあなたに手を差し伸べ,教えてくださる

自分だけの「へや」がどこにあるとしても,それが文字どおりの部屋であろうと,人目につかない場所であろうと,そこで自分だけの時間を取って準備し,深く考え,そして祈る計画を立ててください。……

メモ帳と鉛筆を手元に置いて,成すべきことが心や頭に浮かんだら,それを書き留められるようにしておくとよいでしょう。この貴重な準備の時間を毎日取るなら,聖霊から手を伸べて教えていただくことができるようになります。

独りの時間を過ごし,その後に家族の祈りと聖文研究をすることで,すばらしい一日を送る備えができます。聖霊を通して主があなたの伴侶,守り,導き手となってくださることを確信することができます。

神は親切,思いやり,寛容の行いへあなたを導いてくださる

自らの思いと祈りがいかにして,神から霊感を受け,親切,思いやり,寛容の行いへ導かれるきっかけとなるかを考えるようお招きします。この世にあって,また皆さんの家庭や学校,職場において,どれほどの善い行いができるか想像してみてください。主の癒しと主の助けをもたらす手になろうと努めるなら,わたしたちは確かに主を賛美しているのです。

ビデオ

祈りの答え

4:21

関連する説教

祈りがもたらす穏やかな力」(2003年4月総大会)

16:47

主の祈りから得られる教訓」(2009年4月総大会)

15:25