「第7章:選択の自由と責任」『歴代大管長の教え—ラッセル・M・ネルソン』
「第7章」『教え—ラッセル・M・ネルソン』
第7章
選択の自由と責任
わたしたちは,この世が存在する以前から創造主の霊の子供として選択の自由,すなわち選ぶ力を備えていました。これは命に並ぶほど貴い神の賜物です。
ラッセル・M・ネルソンの生涯から
ラッセル・M・ネルソンが教会の大管長に聖任されて間もなく,妻のウェンディはネルソン大管長について世の人々に何を知ってもらいたいか尋ねられました。
「彼女はためらうことなく答えました。『彼は啓示を受ける人だということです。』少し間を置いてから,彼女はこう付け加えました。『そして,皆さんが思っているように愛情深く,それ以上に愛情深い人です。』
さらに深く考えた後,彼女は別のことを付け加えました。『わたしの夫は,他人の選択の自由をこの上なく尊重しています。彼は,賛美歌「すべての人は自由であることを知れ」(“Know This, That Every Soul Is Free”)の歌詞そのものです。次の歌詞がすべてを物語っています。「呼び,勧め,正しく導き,知恵と愛と光をもって祝福し,世に知られぬ善と思いやりとに満ち,強いることは決してない。」それがラッセル・M・ネルソンです。』」
ラッセル・M・ネルソンの教え
選択の自由は神からの賜物である
わたしたちは,この世が存在する以前から創造主の霊の子供として選択の自由,すなわち選ぶ力を備えていました〔アルマ13:3参照〕。これは命に並ぶほど貴い神の賜物です。
人間は,人生の進路を自ら選ぶ特権を神から与えられたとき,命そのものと同じくらい貴い賜物を受けました。わたしたちは,だれに耳を傾けるか選択します。何を信じ,どのような者になるか,自由に選ぶことができるのです。……
前世において,救いの計画が立てられ,人のために地が造られたときでさえ,選択の自由は保たれました。創造主はわたしたちについて次のように言われました。「わたしたちはこれによって彼らを試し,何であろうと,主なる彼らの神が命じられるすべてのことを彼らがなすかどうかを見よう。」(アブラハム3:25)
研究のための質問
選択の自由は,神の救いの計画の中でどのような役割を果たしているでしょうか。選択の自由がわたしたちにとって貴いものなのは,なぜでしょうか。
現世のおもな理由は,選択の自由をどのように行使するかを試すためである
生まれる前,わたしたちは霊の子供として天の御父とともに住んでいました。そこで,地上に来て肉体を得る日が来るのを心待ちにしていました。わたしたちは死すべき世の危険を承知のうえで,選択の自由を行使し,責任を負えることを願ったのです。「この世の生涯は試しの状態,すなわち神にお会いする用意をする時期……となった。」(アルマ12:24)
わたしたちはなぜ,この地球という惑星にいるのでしょうか。最も重要な理由の一つは,死すべき体を受けることです。もう一つは,試しを受けること,すなわち死すべき世を経験することであり,人生の苦難にどう対処するか決めることです。そうした機会には選択が求められ,その選びは,選択の自由によって決まります。したがって,皆さんが現世に存在する大きな理由の一つは,選択の自由をどのように行使するか試されることなのです。(2ニーファイ2:15,25参照。)
選択の自由は,神から与えられた賜物です。皆さんは,どのような人物になり,何を行うか,自由に選ぶことができます。しかも,助けが得られないわけではありません。親と相談することは,何歳になっても特権です。祈りは天の御父との交わりをもたらし,個人的な啓示の促しを招きます。また,状況によっては,特に難しい決断を下さなければならない場合,専門のアドバイザーや地元の教会指導者に相談することが賢明であるかもしれません。
必要な導きをどこから得たらよいでしょうか。わたしたちを一番よく知っておられる創造主からです。神はわたしたちに,選択の自由を持ってこの地上に来ることを許されました。偉大な愛にあふれる主は,わたしたちを独りにしておくことはなさいません。導きとなる霊的な地図を備えて,現世での旅に成功できるように助けてくださったのです。この地図は「標準聖典」と呼ばれます。そのように呼ばれるのは,聖書,モルモン書,教義と聖約,高価な真珠が,わたしたちの生活の標準を定めているからです。それらは参考文献の標準となり,また国家基準局に保管されている時間や重さや長さの基準のような働きをします。
永遠の命という目標に到達するためには,標準聖典の教えや神の預言者が受けたそのほかの啓示に従う必要があります。
前世で行われた天上の戦いで,皆さんはイエス・キリストの側に立ちました。そして今,地上では,善悪両軍の戦いが続いています。この戦いは現実のものです!今,わたしたちが戦っているのは,依然として善の軍勢と悪の軍勢の戦いです。神の側には,世の救い主となるように予任されたイエス・キリストがおられます〔1ニーファイ10:4参照〕。もう一方には,背く者,選択の自由を損なおうとする者であるサタンがいます〔モーセ4:3参照〕。
神の計画は,サタンがあなたを誘惑するに任せています。今この現世で,あなたが選択の自由を行使して悪よりも善を選び,悔い改めることを選び,イエス・キリストのもとに来て主の教えを信じ,主の模範に従うことを選べるようにするためです。何と大きな責任と信頼を受けていることでしょうか!
あなたに与えられた選択の自由は,モルモン書の中で明確に説明されています。「人は肉においては自由であり……自由と永遠の命を選ぶことも,あるいは悪魔の束縛と力に応じて束縛と死を選ぶことも自由である。悪魔は,すべての人が自分のように惨めになることを求めているからである。」〔2ニーファイ2:27〕あなたは何を選びますか。
別の聖句では,「悪事は決して幸福を生じたことがない」〔アルマ41:10〕と明言しています。多くの……人がその真理に挑もうとしてきましたが,その試みはことごとくくじかれています。
自分の思うままに行動する自由は,永遠の進歩と幸福の中心を成すため,サタンはそれを損なおうと躍起になっています。サタンは実に手に負えない相手で,不眠不休で働きます。決して眠ることはありません。皆さんの多くはこのことをすでに経験から知っていることでしょう!……
あなたは,人生で選択をする際に助けとなる優先順位を決めますか。
あなたが行う選択は,善と悪のいずれかを選ぶことに限りません。多くの選択は,二つの善い選択肢から行わなければならないでしょう。すべての真理が同等には作られていないため,あなたは優先順位を決める必要があります。知識を追求するうえで理解してほしいことは,あなたが学ぶことのできる最も重要な真理は主から与えられるということです。御父への執り成しの祈りの中で,救い主が述べられた次の言葉がそれを示しています。「永遠の命とは,唯一の,まことの神でいますあなたと,また,あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。」〔ヨハネ17:3〕あなたが学ぼうとしているどのようなことにも増して,天の御父であられる神とその御子イエス・キリストを知ろうと努めてください。御二方を知り,わたしと同じように御二方を愛してください。
優先順位に関するもう一つの聖句が,これまでずっとわたしの助けとなってきました。「この世のものを求めないで,まず,神の王国を築き,神の義を打ち立てることを求めなさい。そうすれば,これらのものはすべて添えて与えられるであろう。」〔ジョセフ・スミス訳マタイ6:38(『聖句ガイド』)〕
この世の何にも増して,永遠の命という栄えある最終的な行く末へと自分を導く選択をしたいと皆さんは望んでいることでしょう。それこそが,神が皆さんに用意しておられる最も大いなる栄光なのです。……永遠の命を最優先事項として選んでください。そうすれば,ほかの選択は正しい場所に収まることに気づくでしょう。
研究のための質問
自分の人生を振り返るとき,どのような決断が最も幸福と喜びをもたらしてきましたか。そのような選びから,選択の自由についてどのようなことを学びましたか。
道徳的な選択の自由を正しく行使するには,イエス・キリストを信じる信仰が必要である
道徳的な選択の自由を正しく行使するには,信仰が必要です。主イエス・キリストを信じる信仰は,福音の第一の原則です。主がおられればこそ,選択の自由が与えられたのです。信仰は主を基として築かれるものであり,選択の自由が与えられている根本的な理由は,信仰が試されるためです。
神とその聖なる御子を信じる信仰,主の言葉を信じる信仰,主の教会を信じる信仰,主の僕たちを信じる信仰,主の戒めを信じる信仰を,皆さんは自由に育み,働かせることができます。
困難な問題に直面することは,何も今に始まったことではありません。何世紀も前,ヨシュアは自分の家族が直面した選択について,次のように言っています。
「あなたがたの仕える者を,きょう,選びなさい。ただし,わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」〔ヨシュア24:15〕
このような信仰を育むことによって,聖霊を伴侶とし,聖霊の助けを受けて賢明な決断が下すことができるようになるのです。
イエス・キリストを信じることを選ぶことです。父なる神と愛する御子について,また回復の妥当性について,あるいはジョセフ・スミスの預言者としての神聖な召しの信ぴょう性について疑う気持ちがあれば,信じることを選び,忠実であり続けてください。疑問の答えを,主とそのほかの正確な情報源に求めてください。信じたいという望みをもって研究してください。預言者の人生の断片にある欠点や聖文の食い違いを見つけようと思いながら研究するのではありません。そのようなことについて,ほかの疑い深い人々と語り合って自分の疑いを増長することはやめてください。霊的な発見の旅を主に導いていただけるようにしてください。
研究のための質問
あなたが救い主の教えに基づいて決断したときのことを考えてください。その決断はあなたの人生にどのような影響を与えましたか。
不義な選択をするなら,わたしたちはその選択の結果に拘束される
日の栄えの考えを抱くと,皆さんの選択の自由を奪うものを何であれ,避けるようになります。ゲームやギャンブル,借金,アルコール,怒り,ポルノグラフィー,性行為,あるいは食べ物など,それが何であれ,依存すること(アディクション)は神に背きます。なぜでしょうか。それらに対する執着心が皆さんの神になるからです。慰めが必要なとき,主ではなく,それらのものに目を向けます。アディクションと闘っている人は,必要に応じて,霊的および専門的な援助を求めてください。執着心によって,神のすばらしい計画に従う自由を奪われないようにしてください。〔訳注:現在は「依存症」に代わって「アディクション」という用語を使用しています〕
ポルノグラフィーや妊娠中絶,有害な物質の常用といった反抗的な悪は,幸福な家庭と忠実な家族という土台の強さをむしばむシロアリとなります。悪に身を委ねれば,必ず家族を危険にさらすことになるのです。
目をポルノグラフィーに向けたり,みだらなことを語ったりしないでください。選択の自由があるからという理由だけで選ぶことは,将来の選択の自由を制限します。選択の自由を行使しておいて,その選択によって生じる責任と報告義務を避けることはできません。
この「堕胎」と呼ばれる戦争は,一種の流行のように世界中で行われています。……
……頻度は低いですが,妊娠の状態を継続させることが母体の生命を脅かすことがあります。有能な医師により,一方の生命の維持のために一方の生命を犠牲にする必要があると認められた場合,多くの人は母親を救うことに同意します。しかし,このような状況は,特に現代医学の恩恵に浴している地域ではまれなことです。
ほかには心情的なものとして,暴行や近親相姦によって妊娠したケースがあげられます。暴行というこの悲劇は,酌量されます。潔白である女性には,選択の余地がなかったからです。
しかし,以上の二つの理由で堕胎が行われるケースは〔ごくわずか〕です。〔ほとんど〕は個人の都合で行われていると言ってよいでしょう。……
堕胎を正当化する……〔一つの〕論拠は,女性には自分の体を自由にする権利があるというものです。ある程度まで,これは真実です。わたしたちは自由に考え,自由に計画し,自由に行動します。しかし,一度行動に移したら,決してその結果から逃れることはできません。〔ほとんどの場合,〕堕胎を考えている人は,すでにある選択を行った人なのです。
分かりやすくするために,宇宙飛行士のことを考えてみましょう。宇宙飛行士は,選抜から計画,準備のすべての段階において,自由に辞退することができます。しかし,ロケットに点火された瞬間,選択の自由はなくなります。自分の選択の結果によって拘束されるわけです。困難な事態が生じ,やめておけばよかったと思っても,後の祭です。
神から授けられている生殖の力を乱用する人たちも同じです。違う考えを持ち,別の計画をすることは自由ですが,その選択は行動によって確定されます。
選択の自由に対する誤解がしばしば見られます。選択は自由でも,一度その選択を行えば,わたしたちはその結果に拘束されます。
薬物を使うことも使わないことも,わたしたちの自由です。しかし,一度,常習性のある薬物を使う選択をすれば,わたしたちはその結果に拘束されます。アディクションに陥れば,将来の選択の自由が奪われます。薬物の魔力によって人は文字どおり,意志の力を失ってしまうのです!
医師として,わたしは健康回復の処方箋を紹介してみたいと思います。また,聖任を受けた使徒として,永遠の視野を持てるように霊的な祝福を祈り求めたいと思います。そのような視野に立ち,わたしの霊的な処方箋に従うならば,選択の自由という賜物を取り戻すことができるでしょう。
研究のための質問
選択の自由を制限しかねない決断には,どのようなものがあるでしょうか。
裁きの日に,あなたは自分の信仰,希望,働き,罪について報告する
皆さんは(そしてわたしも)やがてこの世を去り,復活し,裁きを受け,そして永遠の王国の中で,一つの場所が報いとして与えられ……ます。日が暮れる度に,皆さんは必ず訪れるその裁きの日に近づいているのです。その日,皆さんは自分の信仰や希望や働きについて報告し,その責任を取るよう求められます。主はこう言われました。
「それは,すべての人がわたしの与えた道徳的な選択の自由に応じて,……教義と原則に従って行動できるようにして,各々が裁きの日に自分自身の罪に対する責任を負うようにするためである。」〔教義と聖約101:78〕
わたしたちは皆,復活するとき肉体は本来の完全な造りに回復されます。皆さんの復活の日は,それ以降どのような生活を送ることになるかを決定する裁きの日になるでしょう。
その裁きでは,行いだけでなく,心の奥底にある志や心からの望みも対象になります。皆さんの日々の思いは失われていません。聖文によれば,神の裁きの日にはわたしたちは心の中で自分の行いを「はっきりと思い出し」(アルマ11:43),「ことごとく思い出〔す〕」(アルマ5:18)のです。
研究のための質問
わたしたちは単に行いによってではなく,「心からの望み」によって裁かれることを知るのは,なぜ大切なのでしょうか。
選択をするときは,日の栄えの王国を永遠の目標とする
教会の大管長としてわたしが最初にお勧めしたのは,結果を念頭に置いて始めることです。これは,日の栄えの王国を永遠の目標とし,この地上で決定することによって次の世で自分がどこに行くのか,慎重に考えることを意味します。……
選択するときには,長い目で,永遠の観点から見るようお招きします。イエス・キリストを第一にしてください。皆さんの永遠の命は,主と主の贖罪を信じる信仰に懸かっているからです。また,主の律法に対する皆さんの従順さにも懸かっています。従順は,今日は皆さんを喜びに満ちた生活へ,そして明日は壮大な永遠の報いへと導いてくれるのです。
現世の時間は,永遠に比べればほんの一瞬です。しかし,愛する兄弟姉妹,それは何と重要な一瞬なのでしょう!
心を喜ばせてください。そして皆さんは,自分の思うとおりに行動すること,すなわち永遠の死の道を選ぶことも,永遠の命の道を選ぶことも自由であるのを覚えておいてください〔2ニーファイ10:23参照〕。
決断する自由を賢明に行使することは,現世と永遠にわたる皆さんの霊的な成長にとってきわめて重要です。皆さんが学ぶのに若すぎることはありません。皆さんが変わるのに年を取りすぎているということもありません。学んで変わりたいという強い気持ちは,神から与えられた永遠の進歩を目指す熱意から生じます。永遠のための決断を下す機会は毎日あります。
研究のための質問
永遠の観点を持つことは,選択にどのような影響を及ぼすでしょうか。
招きと約束
神とその聖なる御子を信じる信仰を深め,働かせる
神とその聖なる御子を信じる信仰,主の言葉を信じる信仰,主の教会を信じる信仰,主の僕たちを信じる信仰,主の戒めを信じる信仰を,皆さんは自由に育み,働かせることができます。
困難な問題に直面することは,何も今に始まったことではありません。何世紀も前,ヨシュアは自分の家族が直面した選択について,次のように言っています。
「あなたがたの仕える者を,きょう,選びなさい。ただし,わたしとわたしの家とは共に主に仕えます。」〔ヨシュア24:15〕
執着心によって,神のすばらしい計画に従う自由を奪われないようにする
日の栄えの考えを抱くと,皆さんの選択の自由を奪うものを何であれ,避けるようになります。ゲームやギャンブル,借金,アルコール,怒り,ポルノグラフィー,性行為,あるいは食べ物など,それが何であれ,依存すること(アディクション)は神に背きます。なぜでしょうか。それらに対する執着心が皆さんの神になるからです。慰めが必要なとき,主ではなく,それらのものに目を向けます。アディクションと闘っている人は,必要に応じて,霊的および専門的な援助を求めてください。執着心によって,神のすばらしい計画に従う自由を奪われないようにしてください。〔訳注:現在は「依存症」に代わって「アディクション」という用語を使用しています〕
選択をするときは,日の栄えの王国を永遠の目標とする
教会の大管長としてわたしが最初にお勧めしたのは,結果を念頭に置いて始めることです。これは,日の栄えの王国を永遠の目標とし,この地上で決定することによって次の世で自分がどこに行くのか,慎重に考えることを意味します。……
選択するときには,長い目で,永遠の観点から見るようお招きします。イエス・キリストを第一にしてください。皆さんの永遠の命は,主と主の贖罪を信じる信仰に懸かっているからです。また,主の律法に対する皆さんの従順さにも懸かっています。従順は,今日は皆さんを喜びに満ちた生活へ,そして明日は壮大な永遠の報いへと導いてくれるのです。
永遠の命を最優先事項とすれば,ほかの選択は正しい場所に収まる
この世の何にも増して,永遠の命という栄えある最終的な行く末へと自分を導く選択をしたいと皆さんは望んでいることでしょう。それこそが,神が皆さんに用意しておられる最も大いなる栄光なのです。……永遠の命を最優先事項として選んでください。そうすれば,ほかの選択は正しい場所に収まることに気づくでしょう。
ビデオ
関連する説教
「永遠にわたる決断」(ヤングアダルトのためのワールドワイド・ディボーショナル,2022年5月15日)
「日の栄えの考え」(2023年10月総大会)
「束縛か自由か」(1988年10月総大会)
「選択」(1990年10月総大会)
「永遠のための決断」(2013年10月総大会)
“Youth of the Noble Birthright: What Will You Choose?”(Church Educational System devotional for young adults, September 6, 2013)
「生命を尊ぶ」(1985年4月総大会)