救い主への愛がわたしの「理由」です
わたしは救い主を愛しています。これこそが、自分のしていることを行う、最も力強い真の理由です。
わたしたちの愛する預言者、ラッセル・M・ネルソン大管長が絶えずわたしたちに招きの言葉をかけていることに、皆さんはお気づきでしょうか。大管長は先の二つの総大会で、分かち合われたメッセージを研究して、深く考えるよう招きました。2024年4月に大管長はこう語っています。「これからの数か月間、皆さんが今大会のメッセージを繰り返し研究するように願っています。」そして2024年10月にはこうも述べています。「どうか、〔話者〕の話を研究してください。これからの半年間、真実と偽りを見分けるリトマス試験紙として、この大会の説教を活用してください。」
これらの招きは、わたしたちが生涯を通して受けてきた、特に近年受けてきた預言者の招きに加えることができるでしょう。わたしたちはこれらの招きを、単に招かれたり求められたりしたという理由で、やることリストに追加する必要のある事柄の一つだと考えてしまうかもしれません。それ以上に何かあるのでしょうか。
この「理由」と、受けてきたすべての招きに関して深く考えているときに、わたしはかつて学び、決意したことについて思い起こしました。わたしが自分にとって欠かせないこれらを行うように努めるのは、救い主を愛しているからです。これこそが、自分のしていることを行う、最も力強い真の理由です。そしてこれは、親愛なる兄弟姉妹である皆さんへのわたしの愛につながっています。
すべての行いを、救い主への愛に結びつけられるように努めるようお招きします。これを、皆さんの兄弟としての心からの招きと考えていただけるように願っています。
救い主への愛に結びつけることで、救い主の弟子として行うすべてのことの背景にある、真の「理由」を理解できるようになります。そして、聖約による神との結びつきが強まり、神聖な永遠の真理—すなわち、決して変わることのない永遠かつ絶対的な真理—を理解することができます。永遠の真理とは次のようなものです。「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」
興味深いことに、長年行ってきたことが伝統になり、そのような伝統や活動が、イエス・キリストへの信仰を築くわたしたちの取り組みを左右することがあります。それは、聖約による救い主との結びつきに及ぼす影響について考えないまま、それらを長年行ってきたからだと思われます。
この世界で、わたしたちは通常、自分が行っていることや、課題や目標を着実に達成することに力を注いでいます。霊的な事柄に関しては、物事を行ったり達成したりする理由を理解することによって、ただ漠然と行うよりも多くを成し遂げる機会があります。これらの機会を利用して、自分の行動には救い主と天の御父に対する愛が関連していることを理解し、結びつけましょう。教会の活動や伝統といった義にかなう事柄を適切に行うのは良いことですが、それを「なぜ」行うかに結びつけるとき、理由が分かるという祝福にあずかるでしょう。これは、良いことをしたり、正しく行ったりするだけではなく、正しく理解するということです。
例えば、聖文を読む、心からの祈りをささげる、または自分の家族やワードのために活動を準備するという目標を立てたとします。そのほんとうの目的は単にこれらの作業を終わらせることでしょうか。それともこれらの行動は、手段、つまり真の目標を達成する方法でしょうか。活動をする目的は、単に長年やっていて、完了したというチェックを付けるためでしょうか。それとも、これらもわたしたちが学び、感じ、救い主と結びつくための手段でしょうか。
わたしの話の論点をどうか誤解しないでください。活動や伝統を行ったり、目標を立てて達成するために努力したりすること、それ自体には何の問題もないのです。ですが、なぜそれを行い、どのように宗教を実践するかを理解する機会と祝福に対して、思いと心を開くよう皆さんをお招きします。
キリストを中心とした伝統のすばらしい例の一つは、ダリン・H・オークス管長が大管長会を代表してわたしたち全員に呼びかけたチャレンジです。オークス管長はこう語っています。「新年を迎えるに当たり、イエス・キリストの贖罪の犠牲を祝う復活祭に備えましょう。……ほかの人が何を信じ、何をしていようと、わたしたちは生ける救い主の復活を祝うために、主の教えを学び、社会全体で復活祭の伝統を確立する手助けをすべきです。特にわたしたち自身の家庭の中でそうすべきです。」お分かりのように、これはただ伝統を持つようにという招きではありません。そうではなく、わたしたちはその伝統を、救い主についてさらに学び、主の復活を思い起こすための手段とするのです。
行動の理由を救い主への愛へとさらに結びつけるようになると、必要としているもの、探し求めているものをさらに受けることができます。ネルソン大管長はこう述べました。「皆さんの抱える疑問や問題が何であれ、その答えは常に、イエス・キリストの生涯と教えの中に見いだすことができます。」そして次のように招いています。「どうか、主の贖罪、主の愛、主の憐れみ、主の教義について、また、主の回復された癒しと進歩の福音についてさらに学んでください。主に頼り、主に従ってください。」
皆さんの心と思いで、この招きについて深く考えてみてください。ネルソン大管長の招きは、わたしたちがチェックリストを作成して、より知識を蓄えたり、やることリストにある大管長の招きのうち、できたものにチェックを付けたりするためのものでしょうか。それとも、大管長はこれらの永遠の真理と原則を、わたしたちが行動の「理由」を理解し、生涯にわたる弟子としての旅路と救い主の聖約による愛を結びつける機会としてとらえるよう招いているのでしょうか。
わたしが伝えようとしている原則を説明したいと思います。とても極端ではありますが、総大会のメッセージを一度に全部読むという目標を立てたとします。そしてすべて読み終えたら、やることリストに加えたこの招きの横にチェックを付け、読んだ内容については何もしません。これは極端だと承知していますが、あり得ないわけではありません。恐らく、多くの人が、今の話と理想の間のどこかにいることでしょう。
総大会のメッセージを研究し、深く考え、わたしたち一人一人が改善できることを突き止め理解するために活用するというのが招きです。
この招きを受け入れ、その裏にある「理由」を理解するとき、救い主にさらに近づく機会をより得ることでしょう。自分が救い主を愛しているので、生ける預言者の言葉を研究することによって主についてさらに学びたいのだと理解し始めます。そして、同胞を愛しているので、預言者、聖見者、啓示者の教えを、愛する人をはじめ人々と分かち合うのです。
どちらの例でも、義にかなうことが行われています。一つの例は、天の御父と救い主が与えてくださった手段、つまり総大会で分かち合われたメッセージを活用することが目的のようです。二つ目の例は、根本的な理由について洞察を得るという深遠な祝福を含んでいます。それにより、永遠の真理と、救い主イエス・キリストの教えと生涯を生活の中心とする人々に約束された祝福を理解する道筋が開かれるのです。
愛する兄弟姉妹の皆さん、行動と救い主への愛を結びつけることの重要性を、皆さんが感じ、理解できるように願っています。グローバル化した世界の中で、様々な声が皆さんに影響を与えようとします。しかもできることなら、回復されたイエス・キリストの福音の基礎となる幾つかの真理は必要ではないと信じさせようとします。そうした声は、回復された末日聖徒イエス・キリスト教会が表す神の王国が地上に不可欠であることなど、この終わりの時における回復の必要性という、きわめて重要な真理に対してまず上げられます。
救い主との個人的な関係や主を理解することだけで十分であり、宗教や回復された教会は必ずしも必要ではないと主張する声を耳にすることもあるでしょう。そのような誤った考えを考慮することにおいては遅くあり、むしろ耳を貸すことのないようにしてください。そして、救い主が古代より語り教えられたこと—すなわち、天の御父とイエス・キリストのわたしたちに対する愛について、また、御二方に対するわたしたちの愛と御二方に従う理由を結びつけることを思い出すことにおいてはさらに早くあるように、皆さんをお招きします。
父なる神とその御子は、地上における主の王国であるイエス・キリストの教会を回復し、この時満ちる神権時代を始めるために、ジョセフ・スミスのもとに来て語られました。末日聖徒イエス・キリスト教会は、わたしたちが家に帰ることを可能にしてくれる聖約を交わせるよう、天の御父によって確立された手段です。ですから、天の御父とその御子との単なる個人的な関係以上のものが必要です。神権の儀式が不可欠であり、それを通して御二方と聖約を交わします。御二方と聖約により結ばれることで、御二方の聖約による愛を受けられるようになり、聖約に忠実であるすべての人に用意された最も高い栄光の王国を受けることが可能となるのです。
わたしは全霊を込めて、わたしたちの救い主イエス・キリストが、実在する、神聖な御方であられることを証します。主は皆さんを愛しておられ、皆さんの人生で何が起こっているかを御存じです。主は御腕を大きく広げ、「わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう」と、招いておられます。
わたしは救い主を愛しています。そして、主への愛がわたしの「理由」です。イエス・キリストの御名により、アーメン。