モルモン書の力を活用する
2023年新任伝道部指導者セミナー
2023年6月24日(土)
D・トッド・クリストファーソン長老:皆さんはもう御存じかもしれませんが,大管長会は昨日,『わたしの福音を宣べ伝えなさい』の第2版の出版を発表しました。多くの点で,この更新された宣教師のためのリソースは,皆さんが現在使っているものと同じように感じるかもしれません。しかし,ラッセル・М・ネルソン大管長はこう言っています。「この新しい版は,世の中が急速に変化する時期に作成され,その変化に対応して多くの配慮がなされています。」このディボーショナルを聴いている全世界の宣教師のためと,ネルソン大管長の発表をまだ見ていない人のために,その一部お見せしましょう。
〔ビデオ開始〕
ラッセル・M・ネルソン大管長:『わたしの福音を宣べ伝えなさい』の第2版の発行を発表できることをうれしく思います。副題は, 「イエス・キリストの福音を分かち合うためのガイド」です。この新たな版は,世の中が急速に変化する時期に作成され,その変化の多くへの配慮が反映されています。この版には,主のもとに来るようにという主の招きを人々が受け入れる助けとなる,これまでに見た中で最善の教えが含まれています。
改訂された『わたしの福音を宣べ伝えなさい』によって,自分自身の証が強められる機会を味わうようお招きします。天の御父の聖なる業を助けることが特権であると感じることでしょう。 『わたしの福音を宣べ伝えなさい』 第2版や聖文,生ける預言者の教えを研究し,実践する時に,祝福を受けるでしょう。あなたの証は強められ,救い主の福音を分かち合う能力が増すでしょう。
わたしは神が生きておられることを知っています。イエスはキリストであられます。この教会はキリストの教会です。わたしたちは,主の業を助けるために召されている主の聖約の民です。このことを,皆さん一人一人への愛とともに証します。イエス・キリストの聖なる御名により,アーメン。1
〔ビデオ終了〕
クリストファーソン長老:『わたしの福音を宣べ伝えなさい』のこの新しい版を,まずは個人学習と同僚学習で研究してください。その際には,イエス・キリストと,わたしたちを御父と御子に結びつける聖約の力が新たに強調されている点に注目してください。また,第3章のレッスンに変更がありますので,どうか注意してください。しかし,変更ばかりにとらわれずに,この新しいリソースを使って,聖文をもっとよく学び,味わって神に近づくようにとお願いします。『わたしの福音を宣べ伝えなさい』を使って皆さん個人の改心を深め,人々がキリストのもとに来て,主の聖約の民の一員になれるよう助けてください。
ここユタ州プロボのMTCには,今月末から新任の伝道部会長夫妻として奉仕を始める138組の夫婦が集結しています。これは,毎年行われる新任伝道部指導者セミナーです。日曜日に終わるこの4日間の集会では,『わたしの福音を宣べ伝えなさい』第2版を読んで話し合うことに多くの時間を費やしています。大管長会と十二使徒定員会,教会の中央役員が,各章についてプレゼンテーションをしています。このディボーショナルでは,わたしは祝福されて,第5章「モルモン書の力を活用する」を中心にお話します。
わたしはモルモン書が大好きです。何度でもそう言いたいほど好きです。モルモン書は,この末日に人を改宗に導く主の道具です。モルモン書の出版は,長年預言されていたイスラエルの集合が現在進められていることのしるしです。2モルモン書は道具です。つまり,「すでに白くなり刈り入れを待っている」あの広大な畑に勢力を尽くして「入れる」鎌なのです。3このように,モルモン書は,この最後の神権時代に主の聖約の民を集めるしるしとなり,そのための手段ともなります。ネルソン大管長が言ったように,「この書物こそ,主の再臨に世を備えるために必要な本なのです。」4
預言者ジョセフ・スミスと,モルモン書を翻訳し,出版したというその比類ない功績に,わたしは計り知れないほど感謝しています。この業が,この若く忠実な僕により,本人のまさに言った通り「神の賜物と力」5を通して行われたという証が,わたしにはあります。ジョセフの愛妻エマや,おもな筆記者だったオリバー・カウドリ,それに,モルモン書の翻訳と印刷に不可欠だった金銭的な犠牲と支援を提供したマーティン・ハリスなど,このプロジェクトのために預言者にかけがえのない支援を提供してくれた人たちに,わたしは感謝しています。神がこのすべての人たちを祝福してくださいますように。
この写真に映っているのは,アメリカ合衆国ペンシルベニア州ハーモニーにあるジョセフ・スミスとエマ・スミスの家を再現したものです。モルモン書の英語への翻訳の大半がこの小さな建物で行われたのは,1829年のことでした。家の前に二つ窓が見えるのがメインルームで,料理や食事のほか,寝ること以外のすべての用途に使われていました。この部屋には,モルモン書の翻訳が実際に行われた,この写真にあるような小さなテーブルがありました。そこには金版があり,通常は全部または一部に布がかけてあって,預言者にしか見ることができないようになっていました。ウリムとトンミム,または別の聖見者の石を使って,ジョセフは同じテーブルの前に座るオリバー・カウドリに記録の翻訳を口述しました。そしてカウドリは,七面鳥の羽根を削って作ったペンにインクを付けて,ジョセフの口から出た言葉を紙に書いていったのです。
このようにして,このような質素な環境の中で,世界中に数限りなくいる人たちの中で,ごく少数の人にしか知られず,人里離れた辺鄙な場所で,古代のモルモン書のほとんどすべてのテキストが,金版に刻まれたものから紙へ,改良エジプト文字から現代英語へと,ペンとインクで「ダウンロード」されたのです。ラッセル・M・ネルソン大管長はかつてモルモン書の出現を「驚くべき奇跡」6と言いましたが,まさにそのとおりでした。
『わたしの福音を宣べ伝えなさい』第2版の第5章は,「モルモン書の力を活用する」というタイトルです。7モルモン書の力は,モルモン書に伴う聖なる御霊の証の中にあります。すなわち,モルモン書が真実であり,末日の回復の有力な証拠であるという御霊の証,モルモン書にある教義が真実であるという御霊の証,そして,モルモン書にあるイエス・キリストについての証が真実であるという御霊の証の中にあるのです。
『わたしの福音を宣べ伝えなさい』にはこのような勧告があります。
「人々が霊的な経験,特にこの書物が神の言葉であることについて聖霊の証を得られるようにモルモン書を活用してください。
教えるときには,モルモン書の聖句を優先的に使ってください。モルモン書の聖句には,聖霊を通して人を改心させる力があります。モルモン書を使って福音を教えるとき,あなたの教えは,力強くはっきりと,心と思いに刻まれるでしょう。」8
この新任伝道部指導者セミナーにおけるプレゼンテーションで,モルモン書の聖句と例が,惜しみなく頻繁に使われ,心と思いに実に力と明瞭さを持って響き渡っていることを大変うれしく思います。
『わたしの福音を宣べ伝えなさい』では,「回復された福音を教える際に,主要な情報源としてモルモン書を活用してください」と教えています。95章には,教義の基本的な要点と,その教義が教えられているモルモン書の具体的な章が載っている便利な表があります。例えば,「アダムとエバの堕落,イエス・キリストの贖罪,復活と裁きなど,『永遠の神の偉大な計画』」については,それぞれ2ニーファイ2章;9章;モーサヤ15章-16章;アルマ12章;40章-42章に説明があります。この表で見つけた聖句と,モルモン書の研究から得た知識とこれから得る知識を駆使して,第3章を参考にしながら福音のレッスンを教えてください。
福音を教える際に大切なことは,教えを聴く人の個別の状況や疑問にこたえることができるようにメッセージを組み立てることです。モルモン書は,次に挙げるような,人が本質的に持つ疑問に答えるために使うことのできる強力なツールです。「神はわたしを御存じで,わたしを気にかけておられるのだろうか」「人生の目的は何か」「自分はどうすればもっと良い人になれるのか」「どうすれば神から赦されたことを実感できるのか」「死んだらどうなるのか」昨年の新任伝道部指導者セミナーで,ダリン・H・オークス管長は次のように勧告しました。
「宣教師は,モルモン書を使って自分の疑問に答える方法を知らなければなりません。そうすれば,それを効果的に使って,他の人が同じことを行うようになるのを助けられます。……彼らは回復された福音を教えるに当たってモルモン書の力を習得しなければなりません。まず自分自身の生活にそれを適用し,その後,教える相手とそれを共有するのです。」10
わたしはこれから,十二使徒定員会の兄弟たちとその伴侶の方数人にマイクの前に来てもらい,イエス・キリストが述べた言葉またはイエス・キリストについて述べた言葉をモルモン書から引用してもらいます。引用する言葉は,人が本質的に持つ,ある特定の疑問の答えになっている言葉,またはすべての人が理解しておくべき福音の重要事項を教えている言葉にしてください。わたしが最初に話し,それからクリストファーソン姉妹,ソアレス長老と姉妹,レンランド長老と姉妹にこたえてもらいたいと思います。
わたしが引用する例はこれです。キリストの愛は実に皆に及び,主の愛を感じるには,悔い改めて主に立ち返りさえすればよいのだと,モルモン書ははっきりと教えています。例外なくだれでも,この愛を受けることができます。2ニーファイ26:24,27で二―ファイはこう言っています。
「主〔なる神〕は世のためになることでなければ何事もなさらない。 すべての人をみもとに引き寄せるために御自分の命を捨てるほど,主は世を愛しておられるからである。……
また主がだれかに,主の救いにあずかってはならないと命じられたことがあるだろうか。見よ,わたしはあなたがたに言う。そのようなことはない。むしろ主は,すべての人に救いを無料で授けてこられた。そして,すべての人に悔い改めを説き勧めるよう,主の民に命じてこられた。」11
3二―ファイ9:13-14では,イエス御自身がこう勧めておられます。
「わたしがあなたがたを癒すことができるように,今あなたがたはわたしに立ち返り,自分の罪を悔い改め,心を改めようとしているか。
まことに,あなたがたに言う。 あなたがたは,わたしのもとに来るならば永遠の命を得るであろう。見よ,わたしの憐れみの腕はあなたがたに向けて伸べられている。 わたしは来る者をだれでも受け入れよう。わたしのもとに来る者は幸いである。」12
キャシー・クリストファーソン姉妹:アルマ7:11-12から大好きな聖句を分かち合いたいと思います。次のようにあります。
「そして神の御子は,あらゆる苦痛と苦難と試練を受けられる。これは,神の御子は御自分の民の苦痛と病を身に受けられるという御言葉が成就するためである。
また神の御子は,肉において御自分の心が憐れみで満たされるように,また御自分の民を彼らの弱さに応じてどのように救うかを肉において知ることができるように,彼らの弱さを御自分に受けられる。」
さて,わたしたちが主の苦しみについて考え,その贖罪について考えるとき,主は確かに世の罪のために苦しまれたことを,わたしたちは知っています。ひどい苦しみだったに違いないことは分かりますが,どれほどの困難だったか,厳密にはどのようにわたしたちのためとなったのかを,死を免れない人間の身では実際には理解することができません。
わたしたちは皆ある種の痛みや苦しみを知っており,このように言う傾向があります。「だれにもわたしの苦しみは分からない。」しかしこの聖句のおかげで,イエス・キリストはあなたの状況を完全に理解し,ご自分の子供たちを救う方法を御存じであること,大いなる憐れみを持ってわたしたちが必要なことを御存じで,困難の中にあるわたしたちを助けることがおできになることが分かります。
ほかの人たちと福音を分かち合うとき,来てイエス・キリストをそのように見ることができるよう助けています。イエス・キリストが遠い存在ではなく,人格を持ったとても愛の深い神,信頼できる御方,心を尽くして完全な愛と献身を持って従うことのできる御方であることを知るでしょう。
ロザーナ・ソアレス姉妹:神の御言葉を教えてくれるモルモン書は,とても大切なものです。この世よりも力強く,傷ついたわたしたちの心を癒してくれます。
アルマ31:5にこう書かれています。「 ところで,御言葉を説き教えることは民に正しいことを行わせるのに大きな効果があり,まことにそれは,剣やそのほか,これまで民に起こったどのようなことよりも民の心に力強い影響を及ぼしたので,アルマはこの度も神の言葉の力を使うのが望ましいと思った。」
モルモン書ヤコブ2:8にはこうあります。「そしてあなたがたの妻子は,喜びをもたらす神の御言葉,まことに傷ついた心を癒す御言葉を聞こうとして,ここに来たことと思う。」
ウリセス・ソアレス長老:モルモン書は試練を堪え忍ぶための忍耐の大切さについて教えています。また,心を主に向けるならば,それらの経験が霊的成長や永遠の進歩につながることを教えています。アルマ38:5にこうあります。「神を信頼すればするほど,あなたはそれだけ試練や災難や苦難から救い出され,そして終わりの日に高く上げられるということを覚えていてもらいたい。」
アルマ34:41にはこうあります。「 むしろあなたがたは忍耐し,いつの日かあらゆる苦難を離れて休めるという確固とした望みをもってそれらの苦難に耐えるように,あなたがたに勧める。」ありがとうございます。
デール・G・レンランド長老:わたしにとっての魂の問いは,キリストのもとに来たいという願いを持ち,聖約によって結ばれることを選ぶには,何が必要か,何を差し出す必要があるのかということです。その答えは,3二―ファイ27:13-16で救い主によって与えられています。
「見よ,わたしはあなたがたに,わたしの福音について告げた。わたしがあなたがたに告げた福音とは,次のとおりである。すなわち,父がわたしを遣わされたので,わたしは父の御心を行うために世に来た。
父は,わたしが十字架に上げられるようにと,わたしを遣わされた。十字架に上げられた後で,わたしは全ての人をわたしのもとに引き寄せた。わたしは人々によって上げられたが,そのように人々は,父によって上げられてわたしの前に立ち,自分の行いが善いか悪いかによって,行いを裁かれるのである。……
このために,わたしは上げられたのである。それで,父の力によってすべての人をわたしのもとに引き寄せ,彼らが各々の行いに応じて裁かれるようにするのである。
さて,悔い改めて,わたしの名によってバプテスマを受ける者はだれであろうと,満たされるであろう。そして,最後まで堪え忍ぶならば,見よ,わたしはその者を,わたしが……世の人々を裁くその日に,わたしの父の御前で罪のない者としよう。」
イエス・キリストが御父の御心に従い,死に打ち勝ち,悔い改めを条件にわたしの罪と過ちを負い,わたしのために取りなしをする力を御父から受け,究極的にわたしを贖ってくださったことを深く考えると,それで十分です。これらの事柄で,わたしがみもとに引き寄せられるのに十分なのです。質問は,それらはあなたのためにもなされたのでしょうか。
ルース・レンランド姉妹:自分だけで完全である必要はないという希望に溢れた約束でモルモン書が終えられていることがすばらしいと思います。「まことに,キリストのもとに来て,キリストによって完全になりなさい。」―モロナイ10:32-33―「神の御心に添わないものをすべて拒みなさい。もしあなたがたが神の御心に添わないものをすべて拒み,勢力と思いと力を尽くして神を愛するならば,神の恵みはあなたがたに十分であり,あなたがたは神の恵みにより,キリストによって完全になることができる。そしてあなたがたは,神の恵みによりキリストによって完全になれば,決して神の力を否定することができない。
さらにあなたがたは,神の恵みによりキリストによって完全になり,神の力を否定しなければ,神の恵みによりキリストによって聖められる。それはキリストの血が流されたことによるものである。キリストの血が流されたのは,あなたがたの罪の赦しのために御父が聖約されたことによるものであり,それによってあなたがたは染みのない清い者となるのである。」
イエス・キリストを通して,わたしたちのための犠牲によって,わたしたちは悔い改めることができます。悔い改めを通してわたしたちの罪を赦してくださり,わたしたちは聖くなって再び御父と住むことができると,御父は言われました。
クリストファーソン長老:教えるよりどころをおもにモルモン書に置くとは,モルモン書以外の聖文をあまり使わないとか,あまり高く評価しないという意味ではありません。聖書を知り,聖書を愛する人には,聖書とモルモン書が互いにその記述の裏付けになっている点について説明すればよいのです。モルモン書は,イエス・キリストに関する聖書の教えと証をさらに詳しく説明して,分かりやすくしています。モルモン書を「イエス・キリストについてのもう一つの証」と呼ぶのは正しいことですが,モルモン書は,多くの点で,イエス・キリストについての卓越した証となっています。
わたし個人のことを申し上げますと,わたしはモルモン書を深く研究するようになって初めて,聖書の価値がよく分かるようになりました。わたしの宣教師時代の失敗談を一つ,お話ししましょう。モルモン書が聖書を増強することを,わたしはこの失敗を通して知りました。
同僚とわたしは,聖書を読み,心から主に従いたいと思っている大学生を教えていました。しかしこの大学生は,山上の垂訓でイエスが言われたこんな言葉に戸惑いを覚えていました。「何を食べようか,何を飲もうかと,自分の命のことで思いわずらい,何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり,からだは着物にまさるではないか。」13そして,こう聞いてきたのです。「人は教育を受けるべきではないですか。経済的に自立して家族を養えるようになることを,イエスは望んでおられないのでしょうか。これらのことで『思いわずらうな』というのは非現実的です。路頭に迷ってしまいますよ。」
恥ずかしい話ですが,伝道のその時点でわたしはまだモルモン書にあまり詳しくなかったので,この若者を悩ませていた疑問の答えがモルモン書に簡潔に書かれていることを知りませんでした。主がニーファイ人にこの説教をされたときの話を読むと,主がこの勧告を十二使徒,つまり十二弟子にのみ与えておられたことが分かります。一般の人に与えた勧告ではなかったのです。
第三ニーファイによると,イエスは群衆への教えを終えると,振り返って「御自分が選ばれた十二人を見て,〔彼らに向かって〕言われ〔まし〕た。「……あなたがたは,この民を教え導くためにわたしが選んだ者……である。……何を食べようか,何を飲もうかと,自分の命のことで思い煩い,何を着ようかと自分の体のことで思い煩ってはならない。……
あなたがたの天の父は,これらのものがすべてあなたがたに必要であることを御存じだからである。
まず神の王国と神の義を求めなさい。そうすれば,……すべて添えて与えられるであろう。」14
ですから,イエスはわたしたちの友人に,そして人々全般に,不注意に,無頓着に生活するよう言っておられたのではないのです。主は十二使徒に向かって,この世的なことを心配しないようにと言っておられただけだったのです。神は,彼らが十二使徒にしかできない務めに力を注ぐならば,必要なものを与えてくださいます。もしわたしに十分な知識があってこのことを指摘していたならば,このお友達はモルモン書と聖書の両方があることに感謝するようになり,この件について納得したことでしょう。皆さんはもっとうまく答えられるようになると思います。
「あなたは,モルモン書について聖霊の証を求めるよう勧めることを,教えの中心とするべきです。」15恐らく御存じでしょうが,エズラ・タフト・ベンソン大管長はこう言いました。「かなめ石が取り除かれるとアーチが崩れ落ちるように,この教会のすべての教えはモルモン書の真実性に依存しているのです。……もしこのモルモン書が真実であるならば〔,〕……回復やそれに伴うすべてのことを受け入れなければならなくなります。」16
しかし,皆さんの課題は,とにかくモルモン書を読んで理解してもらい,それについて祈ってもらうことです。モルモン書には人を改心に導く力があります。それは確かなのですが,読んで祈らなければ,その力を感じることはありません。
『わたしの福音を宣べ伝えなさい』の第5章には,人々がモルモン書を読んで理解するのに役立つセクションがあります。もちろん,レッスンの間一緒に読むことができますし,レッスンでは毎回必ず読んでほしいと思います。フォローアップ訪問で読むこともできますし,ある特定の聖句や章を一緒に読むために特別な訪問の予定を作ってもよいのです。その方が地理的に現実的なのであれば,テクノロジーを使ってリモート集会を開き,そこで読んでも結構です。会員が一緒にモルモン書を読んで,教えを聞いている人が教会の人たちと仲良くなれるよう手配することには,特に大きな価値があります。
一緒に読む際に付加価値を付ける方法の提案が5章にあることに,わたしは特に感謝しています。以下に挙げるような提案です:
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「読む前に祈る。理解できるよう助けを求める。モルモン書に書かれていることが真実であることを聖霊が証してくださるよう祈る。
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輪読する。教えを聴く人にとって心地良いペースで読む。分かりにくい語句の意味を説明する。
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時々読むのをやめて,読んだことについて話し合う。
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だれが言っているか,その人はどのような人物で,どのような状況にあるのかなど,聖句の背景と話の流れを説明する。……
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証と適切な見解,気持ち,個人的な経験を分かち合う。」17
モルモン書を読むことについては,穏やかな態度で執拗に勧めなければなりません。優しく勧めるにしても,粘り強く勧めてください。モルモン書を読んで祈るということをせず,モルモン書が真実かどうかを知ることに正直なところ関心がないとしたら,どうやって真の改心を遂げることができるというのでしょうか。モルモン書と,イエス・キリストとその使命に対する独自の証が,このような回復を可能にしたのです。ジョセフ・スミスはこう言いました。「モルモン書とそれらの啓示を取り去ったならば,わたしたちの宗教はどこにあるのでしょうか。どこにもありません。」18モルモン書を積極的に読むかどうかは,皆さんのメッセージを聞く準備ができている人とそうでない人を見分けるための偉大な「ふるい」だと,わたしは信じています。
このすべてについて,皆さんは人々が自分で読めるようになるための助けをしているのだということを,覚えておいてください。彼らが毎日モルモン書を読みたいという気持ちになるよう助けるとよいでしょう。『わたしの福音を宣べ伝えなさい』に書いてあるように,「毎日この書物を読むことは,バプテスマへの鍵であり,生涯にわたる改心に向かう進歩への鍵であることを,強調してください。」19もちろんこれは,皆さんにもわたしにも当てはまります。たとえほんの数節であっても,モルモン書を毎日読み,研究することは,生涯にわたる改心の鍵となります。ネルソン大管長は,そうすることで得られる祝福はたくさんあることを,こう言っています。
「愛する兄弟姉妹の皆さん,毎日祈りの気持ちでモルモン書を研究するならば,皆さんは毎日,さらによい決断を下すようになるでしょう。研究したことについて深く考えるならば,天の窓が開いて,自分自身の疑問の答えを授かり,生活の中で導きを受けるようになります。毎日モルモン書をよく学び,味わうならば,……今日の悪から守られることを約束します。」20
『わたしの福音を宣べ伝えなさい』が強調するように,「モルモン書が真実であるという証を聖霊の力によって得ることは改心の重要な一部です。」21モルモン書はわたし自身の改心に役立ってきました。なぜそうなのでしょうか。それは「この世で最も正確な書物」22だからです。イエス・キリストご自身が,モルモン書は主の指示の下に主の力によって翻訳されたことを証され,「あなたがの主,あなたがの神が生きているように確かに,その書は真実である」23と宣言されました。
イエス・キリストについてわたしが今知っていることの多くを,モルモン書で学びました。モルモン書はわたしの証の土台であり,主を証する書物です。モルモン書はわたしを主に近づけてくれます。モルモン書は,偉大な贖いの計画に関するわたしの理解の源です。モルモン書は,回復に対するわたしの証の土台です。
何年か前,わたしはニューヨーク州パルマイラの聖なる森で自分の証をビデオに記録しましたが,この中でわたしは,証を得るうえでモルモン書から受けた影響について話しました。そのビデオの一部を少しお見せしたいと思います。
〔ビデオ開始〕
ニューヨーク州パルマイラの町の近くにあるこの美しい森は,聖なる森として知られています。このような春の朝に,誠実で心優しい14歳の少年ジョセフ・スミス・ジュニアが,神の前における自分の立場を知り,自分が従うべき宗教について神の指示を受けようと,この森でひざまずき祈りました。
わたしは青少年のときに,ある夏の夜にひとりでこの聖なる場所にやってきました。ジョセフがここで起きたと言ったことについて,神からの確証を求めていました。熱心な祈りを長い間していたと感じましたが,答えは来ず,強い落胆を感じていました。しかし数週間後,家で座ってモルモン書の言葉を読んで深く考えていたとき,聖霊がわたしの心を満たし,求めていた答えを与えてくださいました。この霊的な交わりは,言葉だけによるものではなく,実に言葉以上に力強いもので,それによってわたしは御父と御子が実際にこの場所でジョセフ・スミスに御自身を現されたこと,そしてイエス・キリストについてのジョセフの証とすべての聖文の証が真実であることを知ることが許されました。
それ以降,霊的な証が何度も様々な場所や状況で確信を与えてくれました。御霊による証を得るのにこの聖なる森である必要はないことが分かりました。同じように,あなたが霊的な確証を得るために,聖なる森や他の特別な場所である必要はありません。天の御父はあなたを御存じで,あなたがどこにいようと心の希望と願いを御存じです。わたしの場合と同じで,神は御自身の時と方法で語りかけてくださいます。あなたが心から願い,受けた答えに従うという意志を持っているならば,あなたが知りたいことを明らかにしてくださるでしょう。
〔ビデオ終了〕
わたしの福音を宣べ伝えなさい』では,このことをうまく説明しています。
「モルモン書の主要な目的はイエス・キリストについて証することです。この書物を読むと,イエス・キリストが確かに生まれてその使命を果たし,復活し,力をお持ちだったことが分かります。この書物は,キリストとキリストの贖罪についての真の教義を教えています。……
人はモルモン書を読んでそれについて祈るならば,救い主のことが分かるようになり,主の愛を知ることでしょう。この書物を読むと,イエス・キリストに対する証が強くなるでしょう。どうすればイエス・キリストに近づいて救いを得られるかが分かるようになるのです。」24
エズラ・タフト・ベンソン大管長は,こう宣言しています。「モルモン書はイエス・キリストに対するわたしたちの証のかなめ石であり,キリスト御自身はわたしたちが行うすべてのことの隅石となる御方です。モルモン書は力強く,また明快に,イエスが実在の御方であることを証しています。」25モルモン書は,「ユダヤ人と異邦人に,イエスがキリストであり,永遠の神であり,すべての国民に御自身を現されることを確信させる」ために書かれました。26
イエス・キリストに関するモルモン書の証,すなわちイエス・キリストが何者であって何を行い,何をし続けておられるかについての証が真実であることを知るために,研究し,祈ってください。わたしはそれを行いました。そして,イエスがどなたか,何を教えられ,行われたかという,イエス・キリストについてのモルモン書の証が真実であることを知っています。わたしは改心しました。イエス・キリストは,人類の,復活された贖い主です。神は御父であり,ジョセフ・スミスは神の啓示者です。そして,末日聖徒イエス・キリスト教会は神の教会であり,皆さんは神の選ばれた使者です。神が皆さんを祝福してくださいますよう,イエス・キリストの御名により祈ります。アーメン。