扶助協会ディボーショナル
聖なる女性たちはイエス・キリストに焦点を置く


11:39

聖なる女性たちはイエス・キリストに焦点を置く

2026年扶助協会ディボーショナル:世界規模の女性の集い

2026年3月8日(日)

わたしの召しの最もすばらしい祝福の一つは、末日聖徒イエス・キリスト教会の姉妹たちに対して、心からの深い愛を感じることです。わたしの心では、今わたしが聖なる場所で皆さんとともにいると感じています。それは皆さんが集まっている礼拝堂や、テントの下、 カシータファレといった住まい、あるいは自分のアパートかもしれません。そこでともに座り、向き合って、皆さんを愛していること、確かに皆さんが愛に満ちた神の娘であること、そして、イエス・キリストは確かに信頼できる御方だと直接お伝えしたいです。

イエス・キリストへの信仰を持ち、揺るぎない強さ、力、確信を示してくださる世界中の姉妹の皆さんと過ごせるのは賜物です。このような互いに学ぶ機会は、神が女性を愛しておられることの表れです。

末日聖徒イエス・キリスト教会の姉妹たちとのミニスタリングの訪問や、駐車場やスーパーでの何気ない会話の中で、わたしが確かに知っていることは、

人生は大変だということです。

イエス様とともに頑張ることも、一人で頑張ることもできます。それは自分で選ぶのですが、主とともに向き合うなら、苦難は聖なるものとなります。皆さんは聖なる女性になるのです。

最近駐車場で、ある姉妹に会い、娘さんが交通事故で入院したと知りました。また、別の娘さんをがんで亡くしたことも打ち明けてくれました。彼女は慰めを求めてわたしのところに来たのかもしれないと思いましたが、そうではありませんでした。慰めを求めに来たのではなく、娘さんが天使たちに見守られているという証をわたしに伝えるためでした。また、亡くなった別の娘さんがその天使の一人だということを彼女は知っていました。そして、主の宮で結び固められた家族は永遠であると確信していました。神の聖約の娘であるその姉妹は、愛に満ちた御父の幸福の計画とイエス・キリストの贖いの力、そして天使が彼女と大切な人たちを守ってくれるという約束に信仰と自信を持ち、人生の試練に立ち向かっていたのです。 娘さんはまだ入院しており、困難は依然として続いていましたが、彼女は、一人で頑張るよりも、イエス・キリストとともに頑張ることを選びました。苦難の時が、聖なる時、すなわち聖められたひとときとなったのです。

わたしのよく知る姉妹で、4人の幼い子供を養うために働くシングルマザーがいます。そして、彼女の母親は進行性のがんでした。この打ちのめされるような時期に、彼女はますます熱意を込めて頻繁に祈り、子供たちを養う方法についても助けを求めて祈るようになりました。天の御父と救い主に頼ったのです。御二方を信頼し、主の宮で聖約を交わす準備をしました。母親の病気は悪化する一方でしたが、それでも家族や友人たちと神殿へ行き、母親が亡くなる直前に、彼女自身のエンダウメントを受けました。現世での困難は依然として続いていますが、彼女は聖約によって救い主と結ばれることを選び、進むべき道に対して気持ちが楽になりました。簡単ではなくても楽になったのは、主の力により、癒しと強さを授かったからです。 逆境の火の中で鍛えられた救い主との関係について尋ねると、この聖なる女性は、この試練がなければ、これほど深くキリストを知り、頼ることはなかっただろうと言いました。

精錬の火は高温です。それは聖くなるための代価です。銀を精錬する人は、不純物を取り除くために火を用いますが、その工程は鉱石を炉に投げ込んで終わりではありません。温度を測り、酸素を供給する時間を注意深く見極め、溶けた金属の表面に不純物が浮かび上がってくるのを見守ります。精錬する人は不純物を吹き飛ばし、純粋な銀が残るようにします。その表面は鏡のように光り、精錬する人の姿を映し出します。

「彼〔イエス・キリスト〕は銀をふきわけ清める者のように座〔しておられます。〕」 わたしたちは苦難の炉の中で精錬され、選ばれた貴い銀なのです。 銀が精錬され不純物が取り除かれたように、わたしたちはさらに神に似た人格を持つようになり、聖なる女性になります。

逆境の火の中で、精錬してくださる御方の見守るまなざしに気づき、その目を見て、受け入れていただけないでしょうか。

D・トッド・クリストファーソン管長はこう勧告しています。「ですから、この精錬する者の火の中にあるとき、神に怒りを抱くのではなく、神に近づいてください。御子の御名によって、御父を呼び求めてください。御霊によって日々御二方とともに歩んでください。時を経て現される、御二方のあなたへの献身を待っていてください。真に神を知り、真に自分自身を知ってください。」

苦難はやって来ます。イエス様とともに頑張ることも、一人で頑張ることもできます。主とともに向き合うなら、苦難は聖なるものとなります。

聖典の中の聖なる女性ハンナは、この原則を示す模範です。

ハンナは主の宮へ行き、そこで泣きました。 謙遜な祈りの中で、子供がないために苦しく、悲しい思いをしていることを神に伝えました。 不平ではありません。深く落ち込み、心痛の中にあると正直に伝えたのです。彼女の苦痛がいかに深いかを主は御存じのはずだったにもかかわらず、彼女は「主の前に心を注ぎ出し」、包み隠さず話しました。

そしてハンナは、主が祝福してくださったものを、主の目的のために喜んで奉献するという誓いを立て、大胆に宣言しました。「万軍の主よ、……はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ〔ます。〕」

祭司エリはハンナに「安心して行きなさい」と言い、彼女の

願いどおりに主は息子をお授けになる、と告げました。ハンナの柔和さは、「どうぞはしためにも、あなたの前に恵みを得させてください」という彼女自身の言葉に表れています。ハンナはその場を去り、「その顔は、もはや悲しげではなくな〔りまし〕た。」

やがて、息子サムエルが生まれました。 乳離れすると、彼女は約束どおりにその子を主の宮に連れて行きました。 彼女は祈りの中で、主に感謝し、ほめたたえてこう叫びました。「わたしの心は主にあって喜び〔ます。〕 「主のように聖なる者はない。あなたのほかには、だれもいない。われわれの神のような岩はない。」

それからサムエルを祭司エリのもとに残し、乳離れしたばかりの息子を神への務めに完全にささげました。想像できますか。ハンナは後にさらに5人の子供に恵まれましたが、主にサムエルをささげたときには、子供はサムエルだけでした。 ほかにも子を授かるとは思っていませんでした。走り回って遊ぶ子を見守り、愛し分かち合うことを教え、寝かしつけるといった、母親が心から望むひとときはなかったのです。

夫と一緒に年に1度、犠牲をささげるために主の宮に来る度に、ハンナはサムエルのために作った新しい小さな上着を持って行きました。 息子に会ってどんな言葉を掛けたでしょうか。別れ際に、母親としてどんな気持ちがしたでしょうか。

聖文には彼女の心の痛みは書かれていませんが、わたしには分かります。

ハンナは忠実でした。それでも、苦労はありました。

扶助協会の姉妹の中には、現代のハンナがいます。逆境の中でも主の宮で礼拝し、断食し、全身全霊を主に注ぎ出して祈り、主が祝福してくださったものを主にささげ、主と交わした約束を守り、主の御心と時を信頼する女性です。

わたしたちには現世で、老いと病にさらされる肉体が与えられ、良くも悪くも、選択の自由を行使するすばらしい機会があります。だから苦難の時があるのです。そのとき、イエス・キリストとともに頑張ることも、一人で頑張ることもできます。主とともに向き合うなら、苦難は必ず聖なるものとなります。聖なる時、聖なる場所、聖なる女性になるのです。

最近、子供たちがこんな歌を歌うのを聞きました。

「もっとイエス様が必要なの

もっと光が

もっと愛が

もっと希望が

もっとイエス様が必要なの」

姉妹の皆さん、わたしたちには、もっとイエス・キリストが必要です。主の光、主の愛、主の希望、癒し強める主の力が必要です。

聖なる女性たちはイエス・キリストに焦点を置きます。「キリストのことを話し、キリストのことを喜び、キリストの言葉をよく味わい、キリストを確固として信じ、力強く進む」のです。慈愛、すなわちキリストの純粋な愛は、決して絶えることがありません。

自分がこの世の試練に遭っていないと感じるときには、ニール・A・マックスウェル長老の、次の言葉を考えてください。「わたしたち自身が特別な試練に遭っていないときには、ほかの人が試練に耐えられるように助け、思いやりをもって霊的な励ましを与えなくてはなりません。」

それこそが聖なる女性のなせる業です。

イエス・キリストはわたしたちの贖い主であり、愛を込めて見守ってくださる精錬者であられます。苦難の火の中で主を信頼するとき、苦しい時間は聖められたひとときとなり、わたしたちは聖なる女性となるのです。皆さんを愛しています。皆さんは確かに愛に満ちた天の両親の娘であり、イエスを確かに信頼することができます。

イエス・キリストの御名により、アーメン。

  1. 教義と聖約109:22参照

  2. 「神と聖約を結んだ関係になると、わたしたちは神と結びつき、人生のすべてがより容易になります。誤解しないでください。わたしは、聖約を交わせば楽な人生になるとは言っていません。むしろ、妨害に遭うでしょう。サタンは皆さんがイエス・キリストの力を見いだすことを望んではいないからです。しかし、救い主とともにくびきを負うということは、の力と贖いの力にあずかることができるようになるということなのです。」(ラッセル・M・ネルソン「世に打ち勝ちなさい。そうすれば、休みが与えられるであろう」『リアホナ』2022年11月号、97)

    「神殿で指示と御霊を通して教えられるすべてのことは、イエス・キリストに対する理解を深めてくれます。主の必須の儀式は、神聖な神権の聖約を通して、わたしたちを主に固く結びつけてくれます。そして、わたしたちが聖約を守るならば、主はわたしたちを癒し強める主の力を授けてくださいます。ああ、これから先、なんと主の力が必要なことでしょう。」(ラッセル・M・ネルソン「神殿とあなたの霊的な基『リアホナ』2021年11月号、93)

  3. “Refiner’s Fire and Fullers’ Soap,” Ensign, Sept. 2016, 74–75参照

  4. マラキ3:3

  5. 1ニーファイ20:10参照

  6. D・トッド・クリストファーソン「わたしたちと神との関係」『リアホナ』2022年5月号、79

  7. サムエル上1:7参照

  8. サムエル上1:10、15参照

  9. サムエル上1:15

  10. サムエル上1:11

  11. サムエル上1:17-18

  12. サムエル上1:20参照

  13. サムエル上1:24参照

  14. サムエル上2:1

  15. サムエル上2:2

  16. サムエル上2:21参照

  17. サムエル上2:19参照

  18. Angie Killian and Monica Scott, “More Jesus.”

  19. ラッセル・M・ネルソン「主のために時間を取る」『リアホナ』2021年11月号、120

  20. ニール・A・マックスウェル「もし汝よくこれを耐え忍ばば」『聖徒の道』1990年7月号、38