シオンの中心の場所を確立する
地上にシオンを確立することは、ジョセフ・スミスの預言者としての務めにおける主要な焦点でした。
最も早い時期に記録されたジョセフ・スミスへの啓示の中で、主は「シオンの大義を起こして確立するように務め」るよう末日聖徒に教えられました。(教義と聖約12:6)シオンは預言者エノクの町の名前です。旧約聖書は、「エノクは神とともに歩み、神が彼を取られ」、彼の町全部が天においてともにあると説明しています。(創世5:24 )現在モーセ書の一部となっている啓示で、主はエノクと彼の町についてジョセフ・スミスにさらに教えています。主はその町をシオンと呼ばれました。そこに住む人々が「心を一つにし,思いを一つにし,義のうちに住んだからで〔す〕。そして,彼らの中に貧しい者はい〔ませんでし〕た。」(モーセ7:18参照 )イエス・キリストの弟子として、古代のエノクの町のシオンの原則を適用し、彼らは世を救い主の再臨に備えさせるる手助けをしました。1
これらの啓示は、エノクの町に倣ってどのように町を築くか主に尋ねるようジョセフや他の初期の教会員を促したのです。彼らの質問にこたえ、どこにどのようにシオンを築くか、主は具体的に指示を与えられました。また、主の言葉に不従順である場合の結果も説明されました。
最初に与えられた指示の一つは、ミズーリ川の西側に住んでいる先住民 に福音を分かち合うことでした。この地域は合衆国の領土の一部でしたが、まだどの州にも属していませんでした。オリヴァー・カウドリとほか4人の宣教師がその責任を引き受けました。この伝道は、教会が言語や文化的信条が宣教師と異なる人々へ福音を分かち合う、初めての組織的な試みでした。
1831年7月、ジョセフ・スミスと他の教会員たちは、ミズーリの宣教師たちを訪ねました。最も近い町であるジャクソン郡インィデペンデンスにいる間に、主はシオンの中心地がインディペンデンスであることを明らかにされました(教義と聖約57:2 )。主は御自分の民にそこに集まるよう命じられ、さらに主は、エドワード・パートリッジビショップに、裁判所の西に土地 を購入するよう求めました。その土地は24の神殿を建てるため、シオンでイエス・キリスト教会の業を行うために奉献された、聖別された建物を建設するためでした。
これらの啓示は、エノクの町に倣ってどのように町を築くか主に尋ねるようジョセフや他の初期の教会員を促したのです。彼らの質問にこたえ、どこにどのようにシオンを築くか、主は具体的に指示を与えられました。また、主の言葉に不従順である場合の結果も説明されました。
最初に与えられた指示の一つは、ミズーリ川の西側に住んでいる
1831年7月、ジョセフ・スミスと他の教会員たちは、ミズーリの宣教師たちを訪ねました。最も近い町であるジャクソン郡インィデペンデンスにいる間に、主はシオンの中心地がインディペンデンスであることを明らかにされました(
ジャクソン郡における問題
ミズーリ州において、聖徒たちは互いの、そして地球の世話をすることも、祈りと断食、安息日を守ることを通して学びました。主は、それが聖徒たちが一つとなり、平和や永遠の命など将来の祝福に備えることになると教えられました。(教義と聖約59:23 )
多くの人がこの勧告に従い、清い心をもって周りの人に奉仕しようと努めました。しかしその地域に定住する聖徒が増えるにつれ、近隣住民との緊張は高まっていきました。以前から定住していた人たちは、やがて末日聖徒の人数が自分たちよりも多くなることを恐れていました。また、彼らは末日聖徒の宗教が民主主義に対して異なる視点を与えると感じ、特に州の奴隷制度を守る法律を変えてしまうのではないかと懸念していました。
1833年の終わりごろ、武装した聖徒と住民の集団が、激しく衝突しました。これらの攻撃により、聖徒はジャクソン郡に持つ土地や個人の財産を放棄せざるを得なくなりました。これらの行為は違法であり正当化することはできませんが、主はまた、このように説明されました。「背きのゆえに、〔聖徒〕らの受けている苦難が彼らに及ぶのを許した。」その背きとは、「あつれきや争い、ねたみ、対立、およびみだならなむさぼりの欲望」などであり、シオンの「受け継ぎを汚したのである。」(教義と聖約101:2、6 )彼らの振る舞いは、「清い心」の標準よりもはるかに低いものでした。
1833年の終わりごろ、武装した聖徒と住民の集団が、激しく衝突しました。これらの攻撃により、聖徒はジャクソン郡に持つ土地や個人の財産を放棄せざるを得なくなりました。これらの行為は違法であり正当化することはできませんが、主はまた、このように説明されました。「背きのゆえに、〔聖徒〕らの受けている苦難が彼らに及ぶのを許した。」その背きとは、「あつれきや争い、ねたみ、対立、およびみだならなむさぼりの欲望」などであり、シオンの「受け継ぎを汚したのである。」(
暴徒の暴力が続く中、シオンを確立しようと努力を続ける聖徒たちは困難に直面していましたが、主は、どんなに不完全であろうとも、彼らの努力は決して無駄ではないことを保証されました。「シオンの子らが散らされても、シオンがその場所から移されることはない」と、主は宣言されました。(教義と聖約101:1 )
シオンのステーク
インディペンデンスにシオンの中心地を築くことができず、ジョセフはシオンのステークの確立とほかの場所に神殿を建てることに焦点を当てました。オハイオ州カートランドから始め、ミズーリ州のコードウェル郡、デイビース郡へと広げていきました。
シオンを確立する 業は、今日も世界中の数百の神殿と数千のステークで続いています。生ける預言者の指示の下に、神聖な聖約を交わして守るために末日聖徒が集まる所は、それがどこであっても、世と自分自身をシオンの王であるイエス・キリストの再臨に備えているのです。
注
注
モーセ7:62、64 、「主の再臨に備える 」D・トッド・クリストファーソン、2019年4月も参照してください