この家で暮らしていたとき,ハンター夫妻はノーブーの聖約によるコミュニティーで奉仕し,神殿都市とそこの家族の成長を見る祝福を受けました。アンは1843年8月に
ノーブー女性扶助協会に加入しました。1844年11月,エドワードはノーブー第5ワードのビショップとして仕えるよう召されました。その役割の中には,神殿建設のために労働による什分の一の組織化を支援したり,断食献金を集めて新たにやってきた移民や困っている人に再分配するということも含まれていました。その同じ年,アンは夫婦の間の唯一の子となるアンを出産しました。
ハンター一家は1842年から1846年までこの家に住んでいました。エドワード・ハンター,アン・ハンター夫妻は,1840年に末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗しました。その後,二人はペンシルベニア州チェスター郡の豊穣な農場を売却し,自分たちの到着に備えてこの家を建設する手配をして,ゲーン一家など,地元支部のほかの教会員が預言の召しに従ってノーブーに集まるのを助けました。
1842年の夏,ジョセフ・スミスは,自分を捕らえてミズーリへと連れ戻そうとノーブーにやってきた保安官から逃れるため,ハンターの家に隠れました。ハンターの家に隠れている間も,ジョセフは預言者であり指導者である自分の役目を果たし続け,書簡を通じて,教会員に神の啓示を伝え続けました。
死者のためのバプテスマとして知られる神殿儀式に関する2通の書簡を書き取らせました。その一部が現在,教義と聖約
127章と
128章に記されています。
エドワード・ハンター,アン・ハンター夫妻の家に隠れていた期間を含めて,ジョセフ・スミスが不当な法的措置から逃れ,死者のためのバプテスマに関する啓示を受けたことについては『聖徒たち』第1巻,
39章を読んでください。
見どころ
ハンターの家は,応接間,オフィス,サマーキッチンの3部屋を案内するガイドツアーです。夫妻の自宅見学後,宣教師が丘を下ってゲーンの自宅まで皆さまをお連れし,神殿都市ツアーを終えます。
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